4 / 8
3章『巡り逢う』
しおりを挟む何日ぶりかを考えるのはやめた。まともな日付感覚などもう塵ほども残っていないので、実のところ考えてもわからない。
「ここ何があったっけなあ……」
そんな久方ぶりの外。荒野となったこの世界にも、関係なく夜は訪れる。月が薄ぼけた眼差しをいい加減に落とす中、俺は見る影もなくなった神社の跡地に訪れていた。
神などもういない。なぜなら俺がここを離れたから。この世界の実質的な神であったこの俺が、この場所の祭神だった。そのことに気がついたのはとある古馴染みから聞いた話だった────のだが、今はもう記憶から消したことにしているので思い出すのをやめた。神だなんてものになる気もなかったし、二度と戻るつもりもない。俺にはもう縁のない話だ。この場所だってもうとっくに役目は終えている。
「あっちが本殿か? わかんねー」
瓦礫を足で雑にいなしながら、どこを目指すわけでもなく進んでいく。舞い上がった砂埃がぼんやりと光を帯びながら漂う。瓦礫の隙間から伸びた雑草が足を擽る。ああくそ、なんだって今更こんな場所に足を運んだんだ俺は。
思い出すのは、随分と久しぶりに喫茶店まで会いにきた友人の言葉。知らない子が一人でこの辺りにいるのを見かけた、との話だった。特徴を聞いても心当たりがなかった。この世界のことなら大抵知っている俺と、そんな俺に連れ添っていた友人。両人が知らないとなると、そんなことは起こるはずないと思いながらも、あの事件以降に発生した何かであるという期待が微かに生まれた。そして気づいた。好奇心、興味、それらに抗えない創作者の性分が、俺にもまだ残っていた。
夜闇が辺りを塗りつぶしているとはいえ、視界を遮るものがほとんどないこの場所に人がいたらもうとっくに見つけているはずだ、ということはわかっていた。それでも不思議と、この場所への思い入れなのか、ただ夜の散歩が楽しいだけか、引き返すことを選べない俺がいる。そうして謎の引力に負け続けた夜の廃神社探索。その最中、ふと背後に気配を感じた。振り向くのを躊躇う。知らない子とは言っていたが、間違いなく人間であるとは一言も言っていなかったな、などと今更ながらに思ってしまったから。
「あの……」
俺が固まっている間に、気配の方から声をかけてきた。少年のようでいて少女とも取れるような、幼く柔らかい声。俺はあくまで鷹揚に声の主の方を振り返った。
そこにいたのは、少年とも少女とも取れるような子供。姿を見ても、その印象は変わることはなかった。友人から聞いていた『白髪に赤を入れた緑眼』という特徴にも一致する。間違いなく例の人物である。しかしやはり人間と断定するにはいささか違和感が残る。容姿だけ見れば十代に見えるのに、その顔つきはまるで今生まれ落ちたかのような無垢さを湛えていたから。
「何者だ」
俺の問いに答える前に、子供は月明かりをその眼に溜め、ぱあと顔を綻ばせて、言ったのだ。
「お待ちしておりました、法月せんせ」
────これが、灯璻との出会いだった。
どうやら家もないようだったので喫茶店に連れ帰って話を聞けば、やはり人間ではないらしかった。なぜ俺のことを知っているのか尋ねても初めから知っていたような口ぶりで、いまいちなぜかはわからなかった。あの神社跡に突然現れた、人ならざるもの。灯璻が語る内容は、そんなところだった。
もうこの世界に何かが増えることはないと思っていた俺は酷く驚いた。何より信じ難かったのが、眷属だと言うのだ。俺の。
「ぼくはあの場所で、せんせをずっとお待ちしておりました」
「そう……」
「やっとお会いできて嬉しいです。えへへ」
少年とも少女とも取れるような子供。その印象はいくらか話した今でも特に変わる様子はないのだが、そこに犬っぽいという印象が足されていた。犬耳とブンブンと左右に触れる尻尾が見える気がする。顔つきはどちらかといえば猫っぽいのに、などと思いながら大きな翠の猫目を見ていると灯璻は目を細め、眉を下げ、嬉しそうに照れる。……調子が狂う。
そんな犬がふいに椅子から立ち上がった。そして奥へと続く扉を指さしながら、朗らかに言った。
「この奥にあの方がいるんですよね?」
俺の顔から一気に血の気が引く。焔については誰にも、一言も、話していない。
「お前、それをどこで」
「え? あ……そっか、人には話していないのでしたね」
隙を見て異能空間に飛ばそうと構える俺だったが、それもすぐに見破られたようで灯璻は「すみませんすみません! ぼく敵じゃないのでやめてください~!」と慌てふためき始める。その様子は確かに無害そうだが、いや、何一つ敵ではない証明にはなっていない。
「困りましたね……ぼくはあくまでせんせの眷属で……」
灯璻はそう言って、あ、と声をあげる。そしてにっこりと笑いながら、俺の両手を掴んで、言った。
「やっぱりいいですよ、異能を使っていただいて。ぼくが口で説明するより早いと思うので」
まともな日付感覚など塵ほども残っていない。故にやはり何日ぶりかはわからなかったが、随分と久しぶりに俺は自分以外の生き物に異能を使った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる