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4章『溶け合う』
しおりを挟む眷属だと名乗る怪しい子供。そいつに異能を使って見たものは、俺が何度も何度も飽きるほど見てきた己自身の悪夢だった。
見てわかった。灯璻という存在固有の記憶がまだほとんどないこと。俺から生まれた存在であること。俺が殺したと思っていた〝僕〟の側面の生まれ変わりであること。
「いわば神様である貴方の使い、といったところでしょうか」
「俺はもう神じゃない」
道理で俺の知ることを知っているわけだ。更には全てではないにしろ意識の共有までしているらしい。厄介な存在が増えたものだ、と俺は頭を抱える。
「人の信仰を失っても、創作世界にとって貴方は神です。創造神です。その事実は覆りません」
「変な宗教勧誘を受けている気分だ」
「ふふ、そうみたいですね」
意識の共有をしている割には俺に灯璻の思考が読めないのは何故だ。こうして内側を覗かれていると、灯璻の方がよっぽど神のようだと思ってしまう。その思考すら読まれているようで、灯璻は「そんな、恐れ多い」と首を横に振っていた。
そういえば、この世界でこんな澄んだ翠眼を見たのは初めてだった。この世界での目の色には法則性があって、大抵は俺のように真っ黒いか、鮮やかな赤だった。現実で自身の創作を殺したことがあるか、殺されたことがあるかの違いだった。となると、どちらでもない灯璻は確かにこの世界で突然生まれた、という説得力があった。翠。どういう意味なんだろうか。名前も明らかに俺の誕生石である翡翠からきている。そう思うと、俺から生まれた存在である説得力も持っているような気がする。いやまあ、それに関しては他でもない俺自身の異能で証明済みなのだが。
「それでは、そろそろ行きましょうか」
灯璻がそう言いながら、喫茶店の扉を開けた。俺はその先が本来の景色ではないことに目を見張る。真っ黒だ。ただひたすらに、黒がそこにある。
「行くって……どこに」
「貴方の世界、です」
俺の世界。そう言われて浮かぶのはここと、もう一つ。俺の異能の元になった、愛するあの世界。
まさか、その黒はあそこへ繋がるとでも言うのか。
「翡翠がなんて呼ばれているかご存知ですか」
迷っていることも筒抜けなのだろう。灯璻は話し始める。
「奇跡の石です。そして持つ人を選ぶと言われています」
持ち主の意図を見抜く、とも言われていることを思い出す。今まさに見抜かれていることを思い、妙な気分になった。
「貴方は持つべき器です。ぼくの存在がその証拠です」
「でも、」
俺にそんな資格があるとは思えない。誰も救えなかった。神にも人間にもなり損なった。それどころか、全てを壊した。
「創造に破壊はつきものです。破壊無くして、良いものは作れない」
灯璻は柔らかく微笑む。
「創作を愛する貴方様なら、とっくにお分かりでしょう?」
俺は渋々、椅子から立ち上がる。扉の先の黒から目が離せないでいるからか歩き方を一瞬忘れたような気になって、転がっている椅子に躓きかけたが、なんとか持ち堪えた。
心を読まれている感覚はやはり落ち着かない。どうせ今俺が焔のことで逡巡していることも筒抜けなのだ。などと考えていると、案の定灯璻は「ああ、彼なら大丈夫です」とこちらへ笑いかけてくる。
「縁は巡るもの。本当に縁のある存在であれば、あちらに行ってからも巡り会うはずです」
願わくばもう二度と自我を持って動くアイツとは会いたくないのだがな。と思う反面、心のどこかで期待の色が滲むのがわかった。ああ、やはりどれだけ壊れることになっても、俺はアイツがどうしようもなく好きなのだ。
「さあ、ぼくといきましょう」
その言葉に手を引かれ、一歩、黒に踏み出した。が、俺は立ち止まる。
「少し……待っててくれ」
「わかりました」
何故立ち止まったかも当然理解しているであろう灯璻の少し困ったような柔らかい笑顔を背に、俺は最奥の部屋へと足早に向かう。用があるのはもちろん、椅子に座る彼。
部屋の扉を閉めて、一度その場で深呼吸する。改めて見る彼の姿はやはり間違いなく愛おしい者の形をしていて、いつもは無遠慮に触っているのに今日だけは何故かやけに緊張してしまう。ゆっくりと近づき、そっと頬に触れる。元々白い肌が更に血の気を失っており、人形のように冷たく、硬い。生きていた頃を思い出して、少し悲しくなる。他でもないこの俺が手にかけたというのに。
「焔」
声になったかも分からないくらい微かにそう呼んで、俺はその顔に自分の顔を近づけた。緊張故かまた寸前で一度止まるが、それでも引き返す気は持ち合わせてはいなかった。耳のすぐ後ろで鳴る心臓の音。今更触れるだけのキスに何をそんなに、と少し面白くなって笑みを零しながら、俺はその唇へと吸い寄せられる。
「愛しているよ」
今もあの頃の記憶に縋り続けているくらい、心から。
「じゃあな」
短い別れの言葉を置いて、俺は部屋の扉を閉めた。
「お待たせ」
戻ってきた俺の表情を見て、灯璻が安心したように微笑む。俺はその隣に立ち、再び黒に踏み出した。
また一歩、また一歩と恐る恐る進んでいく。気がつけば、喫茶店へ続く扉からの明かりが届かない距離まで来ていた。隣を見やれば、灯璻の手にはいつの間にか紅灯が携えられていた。暖色の柔らかい灯りが足元を照らす。まるであの世へ案内されているようだ、なんて感想を抱く。照らされるまで気づかなかったが、無数の彼岸花が道をあけていたから。
そうして歩くうち、重厚感と高級感のある木製扉が目の前に現れた。
「この先は、貴方の愛する世界のとある場所、とある部屋に繋がっています」
「嘘じゃ、ない……よな? 現実に戻されるとか、ないよな」
「嘘ついてまで現実嫌いの主を現実に戻すメリットがぼくにあるとお思いで?」
「……ないって、信じるぞ」
「はい」
紅灯に照らされた翠が柔らかく細められる。
俺は息をひとつ飲んで、ドアノブに手をかけた。
「ぼくと、ぼくらと、生きましょう。せんせ」
扉を開けるのとほとんど同時に聞こえたその言葉を最後に、俺の意識は黒に沈んでいった。
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