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最終章『薫り満つ』
しおりを挟む黒に沈んだ俺の意識が再び浮上した時には、俺は灯璻の姿でそこに存在していた。瞼を上げて周囲を見れば、何故だかメイドのような服を纏って、潜ってきた扉の正面にあったアンティーク調の机の前に座り込んで寝こけていたようだった。
灯りのついていない部屋には机の後ろにある窓から差し込む光が扉側へと影を落として、緩やかに漂う埃が仄かに煌めいていた。右の壁一面に本棚があり、薄ぼんやりと本と木の匂いが充満している。
そんな状況を認識した俺は、急速に何もかもが腑に落ちた。
俺からは思考が読めなかったのは奴がここまでの案内人でしかなく、もっと言えば外に出たいと無意識に思う俺が〝僕〟を利用して作り出した分身だったから。自我を持って動くほど生き物として確立していなかったから。つまり、おそらく、俺はずっと一人で喋っていたのだ。そのことに俺自身が気づいておらず、別の存在として認識していたから、一方的に心を読まれているような気になっていた。
ぼんやりとそう考えているうちに、突如、目の前の扉が開かれた。
「あれ!? 人がいる!?」
「子供……もしかしてここのオーナーの孫か?」
そんな話をしながら、扉の向こうから二人の男がこちらを見ていた。
「あなた達は……」
随分久しぶりに声を出したような感覚に襲われながらそう言う。自分の口から発された声は、灯璻そのものだった。
そんな風にして出会った、二人の探偵。俺は咄嗟に灯璻を名乗り、彼らの助手、そして表の喫茶店の給仕をすることになった。
二人と知り合って、俺はやっと実感した。この地は確かに話の通り、俺の愛するもう一つの俺の世界だった。
そうして表向きは喫茶店として営業しながら、探偵として事務所を構え、俺が灯璻として過ごすことにも慣れた、そんな頃だった。
一人の客が、ほろ苦い香りが満ちる喫茶店の扉を開けた。
「ここにいるって噂聞いたんだよね~。へえ、いいとこじゃん」
「……や、久しぶり、相棒」
願わくば、二度と会いたくなかった。しかしそれでも滲んでいた期待の色が、急速に心を染め上げたのがわかった。それと同時に、憎しみも。
珈琲とミルクが半量ずつ。カフェオレのような心模様だと思った俺は、ミルクをわざと沈め、表情を曇らせた。
「帰れ。ああいやお引き取りください。できればそのまま二度と顔を見せないでください」
「え、ちょ、ひっど~い! 折角の再会でそれ~!?」
場所も、姿も、何もかもが変わっても。縁があれば巡り会う。
どうやらうちの案内人は少しばかり優秀すぎたらしい。
「今更また相棒面できると思うなよ!!」
「灯璻ってそんな声出たんだ」
「ちょっとちょっと、お客さん相手に吠えないでよ~」
「だってこいつ……!! いえ、仰る通りですね。申し訳ございません」
「あ、急に通常運転に戻った」
破壊の先に、また創造がある。
どうか、ここがより良い楽園となることを。
「いらっしゃいませ。ご注文は如何致しましょうか」
その日淹れた珈琲は、何故だかやけに美味しくて、少し腹立たしかった。
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