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休暇十日目③青と紫の刺繍
しおりを挟む「はぁぁ・・・」
頭の上から盛大なため息を聞いたのは実に何度目だろうか。数えるのも忘れてしまった。
「ウィル、いい加減機嫌直してくれるかしら」
「そうは言ってもな・・・」
ずっとため息をついてばかりのウィルフレッドにレティシアはあるものを手渡した。
「なんだ?ハンカチか」
「広げてみて」
レティシアにそう言われてウィルフレッドは手にしたハンカチを広げていく。
「これは・・・刺繍・・・」
「えぇ、休暇に入る前、ウィルが不在の時間に作ったの」
「青と紫か・・・」
「そうよ。ウィルと私みたいでしょう?」
休暇の間に渡そうと持ってきていたものの、渡す機を逃してしまい持ったままになっていた刺繍を施したハンカチ。広げたそこには、青と紫の花が入り混じり寄り添うようにも見えるデザインだった。ウィルフレッドはレティシアからのはじめての贈り物に、思考が完全に停止してしまったらしい。
「ウィル?」
「・・・」
「ねぇ、ウィルってば!」
「!?」
「もう・・・確かに大した事ないわ。ウィルが贈ってくれた沢山の手紙やプレゼントに比べれば、本当にささやかすぎると思うけど、これでも頑張ってつく・・・うっ!?」
ハンカチ程度で機嫌が良くなるものかと呆れたのだろうと思い、ツラツラと言葉を発していたレティシアだったが、その言葉さえ発せない状況に陥った。後ろから抱き締める体勢でブルーノに跨っていたウィルフレッドが、これでもかというくらいに強く抱きしめてきて、肩に額を押し当てていた。
「ウィ、ウィル・・・!」
「あっ!す、すまない!・・・ちょっと加減を間違えた」
ゆるゆるっと腕の力を緩め顔を上げたウィルフレッドの表情はこれまでにないほど晴れやかだった。
「大したものでないなんて事はない!だってシアの手作りだろう?俺の為に作ってくれた。だよな?」
ニコニコしていたウィルフレッドだが、次第に不安そうな顔になる。
「・・・」
「どうしたの?」
「・・・他にも刺繍したのがあるのか?」
「それ一枚しか作ってないけど、何か欲しかったの?」
今度はゆっくりと、だがしっかりと、ウィルフレッドはレティシアは慈しむように抱きしめ直す。
「いや、ならいいんだ」
ウィルフレッドはレティシアが自ら刺繍を施したハンカチを貰えたのが自分だけだと知るや否や、たちまちご機嫌になった。嬉しそうにハンカチを眺めてはレティシアの首に擦り寄るように甘え、しばらくはそれを繰り返していた。
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