吸血族の棲む森 ~美少年、美貌領主に犯されて堕ちていく~

AYAME

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Chapter01

01-01

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 凡庸なる農家の少年、ダニエル・ラコンブは畑の芋掘りに勤しんでいた手をはたと止め、あどけなさの抜けきらない顔を上げて、長閑な田園地帯の縁辺を見極めんとするかのように遠くを眺めやった。
 なだらかな平地に築かれた農耕地帯の彼方に、こんもりと生い茂る鬱蒼とした森の、その物言わぬ不気味さをねめつける。

「姉ちゃん……」

 案ずる余り、声に漏れ出てしまった以上、心は坂道を滑り出すように急いて、急いて、もはや農作業なんかしてはいられない。
 土くれにまみれた手足を拭うこともせず、ダニエルは餌を目にした仔犬よろしく駆け出してしまっていた。
 そうして遠くの森へと向かって畑道を疾駆していると、ラコンブ家の隣に土地を構える老爺が、野良仕事を放り出して何処かへと駆けて行く少年を見咎めて声を放つ。

「おぉい、ダニエル坊や! 仕事をサボって、どこへ行く気だぁ?」

 麦の穂を刈る鎌を皺だらけの右手で握りながらどやしつけてきた隣家の老人へ、少年は駆け足を中断させて叫び声を返す。

「姉ちゃんを、迎えに行くんだ!」
「あぁ? お前んとこのカミーユは、もうよちよち歩きの御嬢ちゃんじゃないだろぉがよォ!」
「でもジャンおじさん! おれ……迎えに行かなきゃ!」

 不安で、不安で、居ても立ってもいられなかった。ダニエルは姉の身が心底、心配でならなかった。

「あんだい! 森の都まで、買い出しに行っただけなんだろぉ? 黙って待ってりゃ、そのうち帰ってくるぞい!」

 大声を張り上げて忠言してくる老人の相手も等閑に、ダニエルは再び畑道を走り出してしまう。

「ちゃあんと仕事をやらないような奴にゃ、もうワシんとこの美味しいパンを食わしてやらんからなぁ!」

 人の好いご近所さんからの差し入れを擲ってでも、ダニエルは姉の出迎えを優先したかった。
 ジャン老が言ってのけた通り、ダニエルの九つ年上の姉、カミーユ・ラコンブは既に成人に達していて、貧しい農家の娘でありながら、聡明で思慮深く、相応の着飾りさえすれば貴族の令嬢に扮することも充分可能な、清楚で慎ましやかな淑女であった。
 が、それ故に、心配なのであった。

「姉ちゃん……! 待ってて……」

 またダニエル自身も、農事に携わっているが故の泥臭さはあるとはいえ、姉に負けず劣らず、程良く整った面貌を誇る美少年であった。
 姉カミーユと同じ黄金色の、柔らかな髪を翻し、簡素なチュニック服から伸びる細くしなやかな腕と足のささやかな筋力を全開にして、緑のキャンヴァスに引いた一条の白線の如き田舎道をひた走っていく。
 どこか反抗的で負けん気の強そうな丁子茶の瞳には、しかし野路の先からやって来るはずの、姉の形貌の幻影しか映っていない。
 嫌な予感がした――解明の仕様のない不吉な直観だけが、心に重石を載せるように少年を暗然とさせていた。
 今までだって、こうして姉が、森の奥にある都で開かれる定期市に、一人きりで買い物に赴くことは幾度かあった。
 ラコンブ家は農家を営んではいるが、彼らの暮らす一帯は些か片田舎に過ぎ、近隣の農家では賄えないような品々は、遠出をして都まで買い出しに行かねばならなかった。
 本来であれば馬の背に跨っての行路が理想であったが、一つには姉カミーユは乗馬の訓練をしっかりと受ける機会に恵まれなかったという事情があり、いま一つにはラコンブ家の馬は今年の春に老衰の末に天寿を全うしてしまい、代わりの一頭を購入する資金を捻出する家計の余裕も、一家には無かった。

「無茶だ……歩いてなんて……」

 三里を越える道のりは姉の足では遠すぎると、出立前に散々訴えはしたが、カミーユは弟の不安視を杞憂に過ぎないと微笑み返した。


   × × ×


「心配してくれてありがとう、ダニエル。あなたは優しい男の子ね」
「い、いや……心配とか、じゃなくてさ。その……何かあってからじゃマズイし」

 照れ臭そうに目線を脇へと逸らせた弟の黄金の髪の毛を、指の先で掬うように撫でながら、姉は言い含める。

「大丈夫よ。それは……。とにかく、私が行かなくてはならないの。だから……」
「だったら、おれも一緒についていくよ!」
「いいえ、それは駄目よ。ダニエルは畑の仕事をちゃんとやって、おばあちゃんの様子を見守っててもらわなくっちゃ」

 病に倒れて寝たきりの祖母の件を持ち出されては、徒に強く出ることもできなかった。

「でも……姉ちゃん。やっぱり、姉ちゃん一人じゃ危ないし……それに、『あいつら』が守ってくれるって言ったって、そんなの信用――」
「……ッ」

 その話題に触れた時の、瞬時に翳りゆく姉の面差しを直視し、突発的に生じた沈黙に尚一層不穏なものを感じたが、ダニエルが断ち切った語の代わりに何かを述べようとするのに先んじて、カミーユは素早く取り繕うような仕草を見せた。

「平気、よ。ダニエル。心配しないで。暗くなる前には、帰ってくるから、ね」


   × × ×


 そう念を押して家を出て行った姉の帰りを、ついに待ちきれなくなって、頼まれたはずの諸事もほっぽりだしてしまったダニエルが、遠くの森を前景にして空の色を窺うと、そこには微かに朱の混色が兆していた。
 都で仕入れるべきものは、種々の調味料、香辛料、茶葉、茸や魚の乾物類、冬の到来に備えての毛織物や、病気の祖母用の薬草……そう話していた姉の言葉を蘇らせて所要時間を推定してみても、既に掛かり過ぎている気がする。
 もしや、本当に姉の身に何か遭ったのではないか……或いは、途中ですれ違ってしまったのか……否、それは有り得ない。都のある森までの道は一本道だ。有り得ない……有り得ないと信じようとする一方で、草の香りに満たされた野道を征く少年の足は、ジワジワと不安の泥土へと埋もれていく。

「あ……っ!」

 だが。

 道の先、沈み始めている日輪の陽光を受けて煌めく金の髪の輝きを目にし、それが灌木の傍に腰を下ろしている誰あろう最愛の姉のものであると遠目で確認できた刹那、少年の胸のうちを覆っていた疑心の岩壁は崩れ去り、安堵の念とともに土を蹴っていた両足の歩幅は縮められていった。

「姉ちゃん! カミーユ姉ちゃん!」
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