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43.お茶にうるさい男

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「たしかにエドワード様はいらっしゃいましたけど、心奪われてなんていませんよ。寂しくなかったのは忙しかったからなんです」

「本当かい?」
 疑うような口調でウィルが尋ねる。

「忙しいって、デンバー邸では何をして過ごしていたのかな?」

「それは……」 

 えっと……どこまでウィルに話していいんだったっけ?

 私がダンスの特訓をした事は、夜会当日までウィルには内緒にするようエドワードから言われている。その方がウィルは驚くし喜ぶだろうとのことだ。

 私だけ口止めしたって無駄なことはエドワードも承知しているようで、アナベルもキャロラインも、メイシー様までもがエドワードによって口止めされていた。どう説得したのか知らないけれど、皆がウィルには内緒にした方がいいと言い出したんだから、エドワードの口の上手さには脱帽だ。

「キャロライン様達とお芝居を見に行きました」

 とりあえず無難な話をと、皆で街に出て芝居を見た話や、キャロラインとレストランに行った話をしてみた。私の話が終わるまで黙って聞いていたウィルが、「楽しく過ごせたみたいでよかったよ」とやや寂しげに微笑んだ。

「あっ、でも、ウィルが迎えに来てくれてから今日までは少し寂しかったです」

「本当に?」

「はい。ウィルが馬車で帰るのを見送った時、やっぱり一緒に帰ればよかったなって後悔しました」
 途端にウィルの顔がぱぁっと明るくなる。

「あぁ。アリス大好きだよ」

 ガバっと覆い被さるようにウィルが私を抱きしめた。ウィルの重さと熱を体全体に感じる。それが何だか心地よくて、目を閉じた。

 ああ、やっぱりウィルの腕の中は気持ちがいい。

 キャロラインが何と言おうと、アナベル達がいくらエドワードに魂を抜かれようと、私にとっての世界一はやっぱりウィルだと改めて思った。


☆ ☆ ☆


「だいぶそれらしくなってきたじゃねーか。やっぱり俺の教え方がいいからだろうな」

 私をリードするアーノルドが満足そうに、にんまりとした表情を浮かべた。

「お兄様ったら何を言ってるんですの? アリス様が一生懸命練習なさったからですわ」

 座って見ていたキャロラインがアーノルドを諫めるように口をはさむ。

「アリス様、これで明後日の夜会はばっちりですわね」

 まだまだ先だと思っていた夜会は、あっというまに2日後に迫っていた。最後の特訓をする私のため、キャロラインはここ数日毎日のように私に会いに来てくれている。今日はアーノルドも加わって、ダンスのおさらいだ。

「ウィルバートからアリスは踊らないと聞いてたけど、踊ることにしたんだな」

 アーノルドは私達を椅子に座らせ、自らお茶の用意を始めた。

「ウィルからは踊らなくてもいいって言われたんだけど……」
 チラッとキャロラインの方を見ると、キャロラインがにっこりと微笑んだ。

「何度も言いましたが、踊れないことと踊らないことは違います。アリス様が踊らなくても構いませんが、踊れないことが周りに知られては、笑い者にされてしまいます。アリス様が笑い者になるなんて……わたくしには耐えられません」

 こんな私のことを本気で心配してくれるキャロラインには、いくら感謝しても足りないくらいだ。

「でも何でダンスの練習をしてること、ウィルバートには秘密なんだ? あいつに言えばいくらでも練習に付き合うだろうに」

「だってウィルには秘密にした方がいいってエドワード様に言われたんだもん」

「兄貴に?」
 アーノルドが驚いたような顔をして、お茶の準備の手をとめた。

「何で兄貴がそんなこと言うんだ?」

「なんか当日まで内緒にしていた方がウィルが喜ぶとか言ってたけど……」
 私にもはっきりとは分からない。

「エドワード様のことだから、何か企んでるんじゃないかな?」

「お前何言ってんだ!! 企むだなんて兄貴に失礼だろ。兄貴のことだから、絶対お前のことを考えて言ったに決まってるじゃないか」

 アーノルドの言葉にキャロラインもうんうんと頷いている。

 けっ。アーノルドめっ、お前もエドワードの信者かよ!! 心の中で悪態をつく。

 本当にエドワードという人物は厄介だ。実の弟と妹にまであの性格の豹変ぶりがバレてないんだから。

 この調子じゃ、私がエドワードの裏の顔を暴露したって、きっと皆冗談だと思ってとりあってくれないだろう。まぁエドワードの報復が怖いから暴露なんてしないけど……

 一人悶々とする私の前に、真っ白なティーカップが置かれた。全員分の紅茶を用意したアーノルドが席につく。

「でもちょうどよかった。視察先で買った茶をお前にも飲ませたかったんだ」

 アーノルドに言われ、まだ熱いカップにそっと口をつけた。

 ん? 何だろうこの香り……
 どこかで嗅いだことのある香りに意識を集中させる。

「もしかして……やきいも?」

「御名答」
 アーノルドがパチンと指を鳴らした。

「やきいも茶とか、最高におもしろいだろ?」
 相変わらずお茶のことになると、アーノルドは楽しそうだ。

 やきいも茶ねぇ……再びカップに口をつける。うん、間違いなくやきいもの匂いがする。

「まぁ悪くは……ないですわね……」
 うん、キャロライン様の言う通り悪くはない。悪くはないけど……

「これならやきいもを食べながら、普通のお茶を飲んだ方がいいんじゃないのかなぁ」

 私達の微妙な反応にアーノルドは不満そうだ。
 まだお茶を飲み終えていないにもかかわらず、席を立ってしまった。

「じゃあ次は何にすっかなぁ……」

 そう言って、部屋の奥に置かれた本棚の扉に手をかける。その開かれた扉の中を見て驚いた。棚の中には沢山の缶や瓶がきれいに整列していたのだ。

「アーノルド、それって全部お茶なの?」

「ああ、いいだろ? 俺の自慢のコレクション。えーっと……そう、これこれ」

 再び新たなカップが私の前に差し出された。先程のやきいも茶と比べると今度の茶はかなり色が濃い。

「いただきます」

 カップを持ち上げるとほろ苦い香りが微かに漂ってくる。これは多分……口に含んで確信する。うん、これはビターチョコレートだわ。

「うまいだろ?」

「絶品とは言えませんが、先程のやきいも茶よりは数段美味しいです」

 キャロラインの言う通り、やきいも茶よりは確かに美味しい。でもどうせチョコレートなら甘い方がもっと美味しいのに。

「ねぇアーノルド、ミルクと砂糖もらってもいい?」
 ミルクと砂糖をたっぷり加えてスプーンで混ぜる。うん、美味しい。濃い目の紅茶にミルクがとてもよく合った。

「お前は見た目もガキみたいだけど、味覚までお子ちゃまかよ……」

 アーノルドはそう言って笑うけれど、紅茶を甘くしただけで子供扱いするなんて失礼だ。

「そう言えば、先日お土産でいただいたお茶はとても美味しかったです。なかでもアップルジンジャーがわたくしのお気に入りですね」

 キャロラインの言葉にアーノルドが目を輝かせた。
「アップルジンジャーな。たしかにあれはよかった」

 よしっと言って立ち上がったアーノルドが再び本棚へと向かう。

「アリスにも飲ませてやらないとな。えーっとアップルジンジャーはっと……」

「アーノルド、今日はもう十分いただいたから……」

「まぁ遠慮するなって」

 遠慮しているわけではなく、すでに2杯のお茶をいただいた後なので水腹なのだ。しかし機嫌良くお茶の用意をするアーノルドには何だか言い出しにくい。

「アリス様……」
 キャロラインがにっこりと笑って首を横に振った。その顔は諦めてくださいませと言っているようだ。

 湯気が立つ熱々のカップにふぅっと息を吹きかけ冷ますようにしてコクンと一口飲んでみる。

「うん、たしかに美味しい」
 少し甘味のあるアップルティーに、辛い生姜がガツンときいている。

「寒い夜、寝る前に読書しながら飲みたい感じのお茶ね」
 ピリっとした生姜の効果なのか、ダンスで疲れた体が温まり疲れがとれるような気がする。

「じゃあこれ持って帰れよ」

「えっ? もらっちゃってもいいの?」

「ああ、もちろん」
 頷いたアーノルドは少し声を落とした。
「だけどウィルバートには絶対言うなよな」

「この紅茶をもらったことを?」
 言うなと言われたら別に言わないけれど、わざわざ秘密にする理由が分からない。

「ウィルバートに知られたら色々うるせーんだよ。この前の視察でアリスに土産の茶を買ってたんだけどな、ウィルバートに怪しい茶を渡すなとかごちゃごちゃ言われたんだよ」

 一体どんなお茶を買ったらウィルバートに怪しいと言われるのだろう? 興味はあるが、今ここで尋ねたら4杯目のお茶を飲むことになりそうな予感がする。

「お兄様はウィルバート様が嫌がるような怪しいものをアリス様に送ろうとしたのですか?」

「いや、別にそんなに怪しくはないぞ。なんなら今から飲んでみるか?」
 やっぱり……当然この流れになっちゃうよね。

「まぁ可愛らしい色」
 4杯目のお茶は綺麗なピンク色をしていた。カップを持つだけでレモンの爽やかな香りが漂ってくる。

「特段怪しい所はありませんわね。味も普通ですし……」

「そうなんだよ」
 キャロラインの言葉にアーノルドが反応した。

「ウィルバートは茶が怪しいとか何とか言ってたけど、結局俺がアリスに土産を渡すのが気に入らないだけなんだよな」
 そう言ってアーノルドはおかしそうに笑って私を見た。

「めんどくせーから、お前も俺からもらったって言わない方がいいぞ」
 アーノルドの言葉に頷く前にキャロラインが驚いたような声を出した。

「まぁ。ウィルバート様は人のお土産にまで口を出すんですの?」

「お土産に口を出すというか、自分以外がアリスに贈り物をするのが嫌なんじゃね?」

「そんな……王太子ともあろう方が、そんな心の狭い方だなんて」
 信じられないと言った口調でキャロラインが首を振った。

「アリス様、本当にウィルバート様なんかとお付き合いしていていいんですか?」

 うーん……お付き合いしているとは言っても、とりあえずお付き合いしているだけで、まだ本当の恋人同士っていうわけじゃ……っていうかまだって何、まだって。自分の思考に自分でツッコミをいれる。

 そもそも本当の恋人って何だろう? 
 今と何か変わるのだろうか?

 ただ今のウィルと関係はとても居心地がいい。もう少しこのままでいたい、そう思いながら温かいお茶を飲み干した。
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