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48.ウィルバートの夜会
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「えっ? 今なんて言ったんだい?」
アドリエンヌ達に絡まれているアリスを無事救出した所で、アリスからの思わぬ申し出を受けた。
「えっと……あの、私……今日のためにダンスの練習をしてきました。まだ下手っぴなんですけど、一緒に踊ってもらえますか?」
恥ずかしいのか、それとも不安なのか、アリスの言葉は弱々しい。
嬉しい驚きに、すぐには言葉が出てこない。
まさかわたしのためにダンスの練習をしてくれていたなんて。
あぁ。どうしてアリスはこんなに可愛らしいんだ。本当は今すぐに引き寄せたいところだが、これだけ人目がある場所では嫌がられてしまうのがオチだ。抱きしめたい衝動をぐっと抑え込み、そっと手を差し出した。その手にアリスの手が重なる。
アリスが大きく一度深呼吸した。緊張しているのだろう、表情がいつもよりかたい。まぁそれも当然か。アリスにとっては初めての夜会なのだから。
ここはわたしの腕の見せ所。緊張するアリスを完璧にリードしてみせよう。
アリスの背に手をまわすと、ぴくっと一瞬体を縮めた。その可愛いらしい反応に思わず口元がゆるんでしまう。これ以上緊張させないようにとアリスの手をできるだけ優しく包み込んだ。音楽にあわせ足を踏み出す。
「アリス、とても上手だよ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも」
アリスがわたしを見上げ、嬉しそうに笑った。
本当に、私が思っていた以上にアリスのダンスは上手だった。多少ぎこちなさはあるものの、これだけ踊れればどんな舞踏会にも連れて行くことができる。
わたしの言葉で自信が持てたのか、アリスの表情から緊張の色がぬけていく。じっと見つめ続けるわたしの視線に顔を赤らめる余裕が出てきたようだ。
本当にアリスは表情が豊かで可愛らしい。今まで数えきれない程ダンスをしてきたが、相手のことをこんなに見つめているのは初めてかもしれない。できることならこうしてずっと見つめていたい。
愛しい人がいるというのはなんて幸せなことなのだろう。いつもはつまらないダンスがこんなにも楽しいものに変わるのだから。
困ったな。こんな幸せを知ってしまったら、もう義務感満載のダンスなんてできないじゃないか……
繋いだ指先に少しだけ力をいれる。
「アリス、愛してるよ」
背中にまわした手に力をいれ少しだけ引き寄せると、アリスの頬がみるみる赤くなっていく。
まるでリンゴみたいだ。
可愛らしくて今すぐにでも食べてしまいたい。
そんな私の幸福なひとときをぶち壊そうとする存在が、目の端にチラチラと入り込んでくる。わたしとアリスが踊り終わるのを令嬢達が待ち構えているのだ。
基本的にダンスの申し込みは男性側がするものなのだが、わたしの場合は違っている。アドリエンヌのような物おじしない者や、娘を売り込みたい有力貴族がわたしにダンスをして欲しいと声をかけてくるのだ。
アドリエンヌのように自らダンスの申し込みをしてくる令嬢はしつこいが、気楽に対処できる分まだましだ。
厄介なのは彼女達の父親など、有力貴族がしゃしゃり出てくる場合だ。娘と踊って欲しいと言われれば、必ずしも断れるとは限らない。確か昨年は5人だっただろうか。結局断り切れず踊るはめになってしまった。
今年は絶対にアリス以外とは踊らないと決めているが、果たしてどうなるか。とにかく断れない相手にダンスの申し込みをさせないということが一番のポイントだ。
無事に一曲踊りきったところでアリスがほっと息をついたのが分かった。
いつもならダンスは一曲で切り上げるのだが、今日はアリスの手を離したくない。気づけば2曲目が始まっていた。
再び踊り始めたわたし達を見て驚く者や、悔しそうに顔を歪める者達が目の端にうつり込むが、そんなことはどうでもいい。一生懸命な様子でステップを踏むアリスが可愛らしくて、それだけでわたしの心は癒される。
わたしとしてはまだ踊りたい気もあったが、続けて3曲踊ったのだから、アリスはしんどいだろう。ダンスフロアから離れ、できるだけ人のいない場所で少し休憩をとる。
ダンスで火照った体を冷たいりんご酒で冷ましたいところだったが、酒の飲めないアリスに合わせてレモンスカッシュを飲む。蜂蜜の甘さとレモンの酸味がちょうどよく混ざりあい、乾いた体に染み渡っていく。ほどよい炭酸のおかげで、爽やかですっきりとした後味だ。
まるで示し合わせたかのように、アリスと二人そろってほぅっと息をついた。顔を見合わせ、どちらからともなく笑みを浮かべる。
「アリスのダンスはとても上手だったよ。練習してくれていたなんて嬉しいな」
わたしに褒められて照れ臭いのか、アリスがグラスを持ったまま手をもじもじさせる。
「デンバーのお屋敷にいる間に特訓してもらったんです。キャロライン様に、ウィルのパートナーならダンスくらいできなければいけないって言われたので」
天晴れだ、キャロライン!! よくぞアリスを踊る気にさせてくれた。ただ見た目が美しいだけで、性格は悪いと思っていたがこんな配慮ができるとは驚きだ。これは次に会った時に礼を言わねばならないな。
「短期間でここまで上達したのだから、キャロライン嬢は素晴らしい先生だったみたいだね」
「はい。キャロライン様は本当に素晴らしかったです」
何度も失敗する自分を見捨てる事なく丁寧に教えてくれたと、キャロラインの素晴らしさについて語るアリスの瞳はキラキラと輝いている。
キャロラインの働きに関して感謝はするが、アリスにこれだけ絶賛されていることはいただけない。わたしだってアリスに褒めちぎってもらいたい。
「でも少し残念だな。練習しているならわたしにも声をかけてくれればよかったのに。わたしもアリスの練習に付き合いたかったよ」
「それは……」
アリスが少し言いにくそうに言葉を止めた。
「私がダンスを練習していることは、ウィルには内緒にした方がいいとエドワード様に言われたんです」
「エドワードに?」
どうしていきなりエドワードの名前が出てくるのだろうか? 自分でも過剰反応だと思うが、エドワードの名前が出てしまっては、平常心ではいられない。
「エドワードに言われたって、一体どうしてそういう話になったんだい?」
「エドワード様も私のダンスの練習に付き合ってくださ……」
「ちょっと待っておくれ。エドワードとも練習をしていたのかい?」
アリスの言葉をぶち切り、勢いよく尋ねた私にアリスが「はい」っと頷いた。キャロラインにステップを教わった後は、エドワードが実践練習に付き合ってくれていたらしい。
「それはつまり……アリスはエドワードと踊ったということかい?」
「はい。デンバー家にいる間はほぼ毎日ダンスに付き合っていただきました」
一気に血圧があがったのか、くらっと軽い立ちくらみに似ためまいを感じた。胸の奥に苛立ちに似た黒い感情がもやもやと沸きたってくる。
チクショウ!! なんでエドワードが出てくるんだよ!!
誰にも、もちろんアリスにも、聞かせられないような言葉を頭の中で叫んだ。
よりによってエドワードがわたしより先にアリスとダンスをしていたなんて!
わたしの中で今にも爆発しそうな怒りがあることに全く気付いていないアリスが追い討ちをかける。
「王宮に戻ってからはアーノルドにも付き合ってもらいました」
口では「それはよかった」と言ったけれど、嫉妬の炎は激しさを増していく。怒りを顔に出さぬよう静かに鼻で深呼吸を繰り返す。2、3度繰り返すうちに、怒りは消えないものの、なんとか落ち着きを取り戻した。
そんな私と向かい合うように立っていたアリスが、一瞬躊躇うような表情を浮かべ、わたしの背後に向かって遠慮がちに小さく手を振る。
誰に向かって手を振っているのだろうか。振り向いてアリスの視線の先を確認すると、アーノルドがちょうど誰かに別れを告げているところだった。
わたし達の元にやって来たアーノルドが疲れたように、はぁっと大きなため息をついた。っと、同時に待ってましたとばかりに、わらわらと押し寄せた者達がわたしに話しかけてくる。おそらくわたしとアリスの会話に入り込むタイミングを見計らっていたのだろう。
全くアーノルドめ、厄介な者達を連れて来たものだ。ただでさえわたしより先にアリスとダンスをしたことに対して腹が立っているのに、また一段とアーノルドに対する怒りが増してくる。
わたしもアーノルドも、こんな風に取り囲まれておべっかを使われるなんて事は日常茶飯事だ。どんなに多くに囲まれようとも、愛想笑いで過ごすなんていまさらどうってことはない。けれどアリスは違う。遠慮ない視線や、容赦ない質問に明らかに狼狽している。
あぁ、たまらない。
アリスの怯えたような表情と、たじろぐ姿がわたしの心をざわつかせる。きっともう少しであの清らかな瞳がウルウルとし始めるだろう。その顔で私に助けを求めるアリスを想像するだけで興奮してしまう。
けれどそんなアリスの可愛らしい顔を、これだけ沢山の男達に拝ませるのは癪である。アーノルドにだって見せたくはない。アリスの泣き顔にそそられるのは、わたしだけで十分だ。
アドリエンヌ達に絡まれているアリスを無事救出した所で、アリスからの思わぬ申し出を受けた。
「えっと……あの、私……今日のためにダンスの練習をしてきました。まだ下手っぴなんですけど、一緒に踊ってもらえますか?」
恥ずかしいのか、それとも不安なのか、アリスの言葉は弱々しい。
嬉しい驚きに、すぐには言葉が出てこない。
まさかわたしのためにダンスの練習をしてくれていたなんて。
あぁ。どうしてアリスはこんなに可愛らしいんだ。本当は今すぐに引き寄せたいところだが、これだけ人目がある場所では嫌がられてしまうのがオチだ。抱きしめたい衝動をぐっと抑え込み、そっと手を差し出した。その手にアリスの手が重なる。
アリスが大きく一度深呼吸した。緊張しているのだろう、表情がいつもよりかたい。まぁそれも当然か。アリスにとっては初めての夜会なのだから。
ここはわたしの腕の見せ所。緊張するアリスを完璧にリードしてみせよう。
アリスの背に手をまわすと、ぴくっと一瞬体を縮めた。その可愛いらしい反応に思わず口元がゆるんでしまう。これ以上緊張させないようにとアリスの手をできるだけ優しく包み込んだ。音楽にあわせ足を踏み出す。
「アリス、とても上手だよ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも」
アリスがわたしを見上げ、嬉しそうに笑った。
本当に、私が思っていた以上にアリスのダンスは上手だった。多少ぎこちなさはあるものの、これだけ踊れればどんな舞踏会にも連れて行くことができる。
わたしの言葉で自信が持てたのか、アリスの表情から緊張の色がぬけていく。じっと見つめ続けるわたしの視線に顔を赤らめる余裕が出てきたようだ。
本当にアリスは表情が豊かで可愛らしい。今まで数えきれない程ダンスをしてきたが、相手のことをこんなに見つめているのは初めてかもしれない。できることならこうしてずっと見つめていたい。
愛しい人がいるというのはなんて幸せなことなのだろう。いつもはつまらないダンスがこんなにも楽しいものに変わるのだから。
困ったな。こんな幸せを知ってしまったら、もう義務感満載のダンスなんてできないじゃないか……
繋いだ指先に少しだけ力をいれる。
「アリス、愛してるよ」
背中にまわした手に力をいれ少しだけ引き寄せると、アリスの頬がみるみる赤くなっていく。
まるでリンゴみたいだ。
可愛らしくて今すぐにでも食べてしまいたい。
そんな私の幸福なひとときをぶち壊そうとする存在が、目の端にチラチラと入り込んでくる。わたしとアリスが踊り終わるのを令嬢達が待ち構えているのだ。
基本的にダンスの申し込みは男性側がするものなのだが、わたしの場合は違っている。アドリエンヌのような物おじしない者や、娘を売り込みたい有力貴族がわたしにダンスをして欲しいと声をかけてくるのだ。
アドリエンヌのように自らダンスの申し込みをしてくる令嬢はしつこいが、気楽に対処できる分まだましだ。
厄介なのは彼女達の父親など、有力貴族がしゃしゃり出てくる場合だ。娘と踊って欲しいと言われれば、必ずしも断れるとは限らない。確か昨年は5人だっただろうか。結局断り切れず踊るはめになってしまった。
今年は絶対にアリス以外とは踊らないと決めているが、果たしてどうなるか。とにかく断れない相手にダンスの申し込みをさせないということが一番のポイントだ。
無事に一曲踊りきったところでアリスがほっと息をついたのが分かった。
いつもならダンスは一曲で切り上げるのだが、今日はアリスの手を離したくない。気づけば2曲目が始まっていた。
再び踊り始めたわたし達を見て驚く者や、悔しそうに顔を歪める者達が目の端にうつり込むが、そんなことはどうでもいい。一生懸命な様子でステップを踏むアリスが可愛らしくて、それだけでわたしの心は癒される。
わたしとしてはまだ踊りたい気もあったが、続けて3曲踊ったのだから、アリスはしんどいだろう。ダンスフロアから離れ、できるだけ人のいない場所で少し休憩をとる。
ダンスで火照った体を冷たいりんご酒で冷ましたいところだったが、酒の飲めないアリスに合わせてレモンスカッシュを飲む。蜂蜜の甘さとレモンの酸味がちょうどよく混ざりあい、乾いた体に染み渡っていく。ほどよい炭酸のおかげで、爽やかですっきりとした後味だ。
まるで示し合わせたかのように、アリスと二人そろってほぅっと息をついた。顔を見合わせ、どちらからともなく笑みを浮かべる。
「アリスのダンスはとても上手だったよ。練習してくれていたなんて嬉しいな」
わたしに褒められて照れ臭いのか、アリスがグラスを持ったまま手をもじもじさせる。
「デンバーのお屋敷にいる間に特訓してもらったんです。キャロライン様に、ウィルのパートナーならダンスくらいできなければいけないって言われたので」
天晴れだ、キャロライン!! よくぞアリスを踊る気にさせてくれた。ただ見た目が美しいだけで、性格は悪いと思っていたがこんな配慮ができるとは驚きだ。これは次に会った時に礼を言わねばならないな。
「短期間でここまで上達したのだから、キャロライン嬢は素晴らしい先生だったみたいだね」
「はい。キャロライン様は本当に素晴らしかったです」
何度も失敗する自分を見捨てる事なく丁寧に教えてくれたと、キャロラインの素晴らしさについて語るアリスの瞳はキラキラと輝いている。
キャロラインの働きに関して感謝はするが、アリスにこれだけ絶賛されていることはいただけない。わたしだってアリスに褒めちぎってもらいたい。
「でも少し残念だな。練習しているならわたしにも声をかけてくれればよかったのに。わたしもアリスの練習に付き合いたかったよ」
「それは……」
アリスが少し言いにくそうに言葉を止めた。
「私がダンスを練習していることは、ウィルには内緒にした方がいいとエドワード様に言われたんです」
「エドワードに?」
どうしていきなりエドワードの名前が出てくるのだろうか? 自分でも過剰反応だと思うが、エドワードの名前が出てしまっては、平常心ではいられない。
「エドワードに言われたって、一体どうしてそういう話になったんだい?」
「エドワード様も私のダンスの練習に付き合ってくださ……」
「ちょっと待っておくれ。エドワードとも練習をしていたのかい?」
アリスの言葉をぶち切り、勢いよく尋ねた私にアリスが「はい」っと頷いた。キャロラインにステップを教わった後は、エドワードが実践練習に付き合ってくれていたらしい。
「それはつまり……アリスはエドワードと踊ったということかい?」
「はい。デンバー家にいる間はほぼ毎日ダンスに付き合っていただきました」
一気に血圧があがったのか、くらっと軽い立ちくらみに似ためまいを感じた。胸の奥に苛立ちに似た黒い感情がもやもやと沸きたってくる。
チクショウ!! なんでエドワードが出てくるんだよ!!
誰にも、もちろんアリスにも、聞かせられないような言葉を頭の中で叫んだ。
よりによってエドワードがわたしより先にアリスとダンスをしていたなんて!
わたしの中で今にも爆発しそうな怒りがあることに全く気付いていないアリスが追い討ちをかける。
「王宮に戻ってからはアーノルドにも付き合ってもらいました」
口では「それはよかった」と言ったけれど、嫉妬の炎は激しさを増していく。怒りを顔に出さぬよう静かに鼻で深呼吸を繰り返す。2、3度繰り返すうちに、怒りは消えないものの、なんとか落ち着きを取り戻した。
そんな私と向かい合うように立っていたアリスが、一瞬躊躇うような表情を浮かべ、わたしの背後に向かって遠慮がちに小さく手を振る。
誰に向かって手を振っているのだろうか。振り向いてアリスの視線の先を確認すると、アーノルドがちょうど誰かに別れを告げているところだった。
わたし達の元にやって来たアーノルドが疲れたように、はぁっと大きなため息をついた。っと、同時に待ってましたとばかりに、わらわらと押し寄せた者達がわたしに話しかけてくる。おそらくわたしとアリスの会話に入り込むタイミングを見計らっていたのだろう。
全くアーノルドめ、厄介な者達を連れて来たものだ。ただでさえわたしより先にアリスとダンスをしたことに対して腹が立っているのに、また一段とアーノルドに対する怒りが増してくる。
わたしもアーノルドも、こんな風に取り囲まれておべっかを使われるなんて事は日常茶飯事だ。どんなに多くに囲まれようとも、愛想笑いで過ごすなんていまさらどうってことはない。けれどアリスは違う。遠慮ない視線や、容赦ない質問に明らかに狼狽している。
あぁ、たまらない。
アリスの怯えたような表情と、たじろぐ姿がわたしの心をざわつかせる。きっともう少しであの清らかな瞳がウルウルとし始めるだろう。その顔で私に助けを求めるアリスを想像するだけで興奮してしまう。
けれどそんなアリスの可愛らしい顔を、これだけ沢山の男達に拝ませるのは癪である。アーノルドにだって見せたくはない。アリスの泣き顔にそそられるのは、わたしだけで十分だ。
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