王太子殿下は小説みたいな恋がしたい

紅花うさぎ

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52.書庫の責任者

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「わぁ!! 初めて入りましたが、書庫ってとても華やかな所なんですね」

 天井の豪華なシャンデリアを見上げ、アナベルが感嘆の声をあげた。

「本当、私もびっくりだわ」

 書庫に来たのは久しぶりだけど、今までとは全く違う豪華な内装に足が止まってしまう。

「おおーい。アリス、こっちだよ」
 私達に気づいたロバート様が手を挙げた。

「やぁ、アリス。病気だったと聞いたけれど、もう調子はいいのかな?」

「はい。もうすっかり良くなりました」

 体調不良は一日寝ていたらすっかりとよくなった。それでも念のため大人しくしろとアナベルに言われ、3日間もゴロゴロしていたので体が痛くなってしまった。

「急に呼びつけて悪かったね。君達に新しい書庫を見せたかったんだよ。どうだいこの出来は?」
 ロバート様は自信満々の笑みを浮かべ私達を見た。

「素晴らしいですね。今までの暗い感じと違ってずいぶん明るくなったと思います」

 とは言ってみたものの、正直どうして書庫にこんなゴージャスなシャンデリアが必要なのか理解できない。素敵なのは事実だけど、これじゃあ落ちついて本を読める気がしない。

 回りを見回して満足そうな笑みを浮かべるロバート様に、アナベルが不安そうに尋ねた。

「あの、ロバート様……本当に私も入室してよろしかったんですか?」

「もちろんだとも。この新しい書庫は王宮で働くものは誰でも利用できる場所にするのだから。アナベルも遠慮なく感想を聞かせておくれ」

 ロバート様の言葉にアナベルは嬉しそうに頷いた。

「そうだ、アリス。書庫を見てまわるついでに、また本を選んでもらえないだろうか?」

「本ですか……?」

「君が前に勧めてくれた本はとても面白かった。あんなに夢中で小説を読んだのは初めてだよ」

 ロバート様からこんな風に言ってもらえるのはとてもありがたい。なんせロバート様は、小説を一冊読んだだけでノックを昇進させちゃうくらい本に興味のない人だ。これをきっかけに、読書を楽しいと思ってくれたら私も嬉しい。

 私としてはロバート様が面白かったと言っている本の続編をすすめたい。けれどあの本のせいでメイシー様が家出した事を考えると、やはり他の本にすべきだろうか。

 どの本をすすめるべきかと悩む私の胸の内を察したのだろうか。任せろと言うかのように、ロバート様が胸をドンと叩いた。

「心配しなくても大丈夫だよ。今回は犯人をバラすような失敗はしないつもりだから」

 失敗しないつもりじゃなくて、せめてそこは失敗しないと言い切って欲しかった。悩みながらも、やはり前回と同じシリーズの本をすすめることにした。

 興味深々な様子で私の横を歩くアナベルと共に目当ての本を探す。今までの本の並びのままならきっとすぐに見つかっただろうが、これだけ改装されてしまっていては何がどこにあるのか分からない。

「こう本が多いと、何がどこにあるかさっぱり分かりませんね」

 アナベルの言う通りだ。
 今までは隙間も多かった本棚に、今ではびっちりと本が詰まっている。本の並び方が分からない中、大量の本から目当ての本を見つけるのは至難の技だ。

 ここは本を並べた人に、探している本の在り処を聞くのがてっとり早い。一体誰が本棚を整えたのだろうか? 一度ロバート様の所に戻って尋ねるのがいいだろう。

 ロバート様の元へ戻ると見知らぬ女性の姿があった。二人の話の邪魔になっては悪いと、少し離れた場所から様子を伺う。

「アリス、そんな所に立ってないでこっちにおいで」

 私に気づいたロバート様が手を挙げて私を呼ぶ。言われた通りに側に行くと、ロバート様は側に立つ女性に目を向けた。

「アリス、こちらはカサラング家のグレース嬢だよ。ウィルバートと同じ王立学園の生徒なんだが、読書家で有名でね。書庫に置く本の選定を任せているんだ」

「読書家だなんて……わたくしなどまだまだですわ」 

 そう言ってグレースが少し照れたように笑った。その親しみやすい笑顔に親近感がわく。

 このグレースという女性、見た感じから判断して、私と同じくらいの10代後半に思える。
 顔立ちは特に目をひく美形ではないけれど、手足が長くすらっとしていてスタイルがいい。清潔感のある若草色のタイトなロングドレスがとてもよく似合っている。

「グレース嬢、こちらは異世界からの客人のアリスだ。仲良くしてやっておくれ」
 ロバート様に紹介され、グレースと挨拶を交わす。

 今まで出会ってきたキャロラインやアドリエンヌといった顔立ちの派手な人とは違い、薄い顔のグレースとは穏やかな気持ちで対面することができる。一緒にいて緊張しないし、本好きな仲間だし、なんだかグレースとは仲良くなれそうな予感がする。

 グレースは人の良さそうな笑みを浮かべたまま、私をじっと見つめている。

「アリス様はウィルバート様の恋人でいらっしゃるとお聞きしましたが、本当なのですか?」

 またか。
 笑顔で接してくれるグレースには悪いけれど、私はこの手の質問が苦手だ。というより毎回答えに困ってしまう。

 たしかに今現在私はウィルの恋人にはなってるけど、恋人(仮)なのよね。「はい」と力いっぱい答えるのはなんだか気がひける。だからと言って、「恋人は恋人でも、仮のだけどね」なーんて答えるのも違う気がする。

 私が返答に迷っていると、ロバート様が代わりに答えた。

「本当だよ。ウィルバートはそれはもうアリスに夢中でね。毎夜アリスの寝室で甘い時を過ごしているんだ」

 ちょっとちょっと。ロバート様ってば話を大きくしすぎじゃないかしら。この言い方だと、なんだか誤解されてしまいそうで恥ずかしい。

 たしかにウィルは私の寝室に来るけれど、毎晩ってわけではないし、二人で読書してるだけだから、甘い雰囲気なんてなりっこない。

 恥ずかしさを堪える私を気にかけることなく、散々大袈裟な話をしたロバート様は、
「さぁて、わたしはそろそろ行かないといけないな。グレース嬢、あとはお任せるよ」と忙しそうに書庫から出ていった。

 とたんにグレースの顔から笑顔が消える。
「では、わたくしはまだ仕事がありますので……」

 愛想のあの字もないほどの仏頂面が気にはなったが、その場を去ろうとしたグレースを引き留めた。

「あの、私も何かお手伝いできることありませんか? 本に関しては多少知識がありますので、少しはお役にたてると思います」

「特にございませんわ。手伝いはカサラング家の優秀な侍女達がしてくれますので」

 グレースはニコリとすることもなく、即座にそう答えた。いつの間に湧いて出たのか、グレースの後ろには4人の侍女が控えている。

「そうですか……ではロバート様におすすめする本を探しますね。もし覚えてらっしゃいましたら、どの本棚にあるのか教えてもらえますか?」

 私が本のタイトルを告げると、グレースが眉間にシワを寄せた。

「まさか!? 本気でそのような本を陛下に薦めるつもりではありませんよね?」

「本気ですけど、何か問題ありましたか?」

 首を傾げる私にグレースが嫌悪感を露わにする。

「申し訳ありませんが、そういった類の本は撤去いたしました。ウィルバート様がお使いになる書庫に、低俗な本は相応しくありませんもの」

「低俗って……」

 そりゃ確かに私がロバート様に選んだ本は子供向けよ。一国の主に薦めるには多少子供っぽい本だけれど、ロバート様が面白いと思えばそれでいいじゃない。

「昔から、好きな本を知ればその人の本質が分かると言われています。はっきり申し上げて、そのような低俗な本を好まれるアリス様も低俗だと言わざるをえません」

 あまりの言葉に呆気にとられる私の目に、4人の侍女達がクスクスと馬鹿にしたように笑っているのが見えた。

 仲良くなれる予感がしたと思ったのは、全くの間違いだった。軽蔑とも侮蔑とも思える私を蔑みきったグレースの表情に言葉も出ない。

「アリス様、お部屋へ戻りましょう」
 そう言ったアナベルを見てギョッとした。

 アナベルは真っ赤な顔で手をきつく握りしめ、小刻みに震えていたのだ。私が馬鹿にされた事に対する怒りを必死に抑えているのだろう。

「そ、そうね」
 このままじゃ私より先にアナベルが爆発してしまう。それはまずいと、急いで書庫を出た。

「なんなんですか、あの態度!! アリス様に向かって低俗なんて言葉を使うなんて許せません」
 書庫を出るなりアナベルが叫んだ。

「アリス様、後でウィルバート様に報告してあんな女すぐに王宮から追い出してもらいましょう」

「ロバート様の選んだ人だし、追い出すのは無理だと思うけど……」

「いーえ、何が何でも追い出してもらいます」
 怒ったままのアナベルがズンズンと廊下を進んでいく。

 アナベルとは違い、私はグレースを追い出して欲しいとは思っていない。それよりも、できれば仲良くなって一緒に本の話でもできたら嬉しいと思っている。

 絶対に仲良くなれそうもない、あのキラキラしたキャロライン様とだってうちとける事ができたのだから、グレース様とだってきっと仲良くなれるわ。

 でもあのグレースの様子だと、うちとけるには時間がかかりそうだ。もしもこのままずっとあの調子だったら……やっぱり今までみたいに気軽に書庫に行けなくなってしまうかもしれない。それはやっぱり寂しいことだ。

 なんて悪い事を考えていても仕方ない。
 もしも書庫に行けなくなっても、私にはウィルが買ってくれた本棚があるじゃない。

 ウィルが選んだ本の中にはえっと思うような本もあるけれど、私好みの小説も多くある。しばらくは書庫に行かなくても楽しく過ごせるのも事実だ。

 まだ怒りのおさまらない様子のアナベルの後ろをついて歩きながら、今日は何を読もうかな……っと私の頭の中は、すでに次に読む本のことでいっぱいだった。
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