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61.ウィルバートは伝えたい

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「ウィルバート様と二人きりで食事ができるなんて、まるで夢のようですわ」

 嬉しそうなグレースには申し訳ないが、わたしがここに来たのはアリス以外をパートナーにする気はないことをはっきりと伝えるためだ。夕食をとりながら、場が馴染んだところで切り出せばいいだろう。

 だがグレースの指定した部屋の入り口で、一緒に夕食をとると言ったことをひどく後悔した。通された部屋の中は薄暗く、所々に置かれたキャンドルがロマンティックな雰囲気を演出している。

 あのカサラング家から来ている侍女達がやったのだろう。本当に余計なことをしてくれる。こんな所で二人きりでディナーなんて、まるで恋人同士のようではないか。

 そう思いながらも仕方なくテーブルについた。部屋の奥からはムードを盛り上げるピアノの音色が聞こえている。こんなデート感満載の場面を見られたら、王宮で働く者達が、わたしがアリスからグレースにのりかえたと勘違いしても不思議ではない。

「ウィルバート様とこんな風に過ごせるなんて……わたくし本当に幸せです」

 まずい!
 頬を赤らめるグレースを見て、思わず頭を抱えそうになった。

 グレースはそんなにもわたしの事が好きなのか? 確かにグレースからの好意は感じてはいたが、まさかここまでとは!! わたしを見るグレースの熱のこもった瞳が、わたしへの愛情を証明しているようだ。

 ルーカスの事を心配しすぎだと笑い飛ばしたけれど、グレースが本気で王太子妃になりたいと思っていたら本当に厄介だ。

 ルーカス、頼む何とかしてくれ。
 祈るような気持ちでルーカスを探すが姿が見えない。

 しまった!! ルーカスにアリスの居場所を探させていた事をすっかり忘れていた。仕方ない。ここは自分でなんとかするしかないようだ。

 ワインを運んで来た者達を下がらせる私に、グレースが「何かお気に障りましたか?」と不安そうな顔を見せた。

 全くもって不快だね。少し優しくしたくらいで何を勘違いしているんだ。君は当て馬なんだよ、当て馬!!

 そうはっきり言ってしまえれば楽なのに。
 国民から愛されるべき王太子としては、言葉は慎重に選ばざるをえない。

「申し訳ないけれど、この部屋であなたと食事をするのはやめておこう」

「この部屋はお気に召しませんでしたか?」

「そういうわけではないんだけれど、この部屋は少しムードがありすぎだからね。アリスがわたし達の仲を誤解するような行動はしたくないんだ」

「でも今アリス様はいらっしゃいませんから……」

 グレースは言わなければバレないとでも言いたそうな顔をした。

 そんな事を言って、きっと誰かがアリスの耳に入れるに決まっている。いやもしかしたらグレース自身が自慢げに話すのではないだろうか?

……もしそうなったら、今度こそアリスは嫉妬してくれるんじゃないか? それならそれでよくないか? 一瞬そんな考えに取り憑かれた。

 だが、わたしに期待の眼差しを向けるグレースを見て冷静さを取り戻す。
 あぶないあぶない。これ以上グレースに勘違いさせては、取り返しがつかなくなってしまう。

 少しきつい言い方になったとしても、わたしの気持ちをはっきりと伝えておく必要があるだろう。都合のよいことに、この場にはメイドもたくさん控えている。多くの者にわたしの気持ちを聞かせておけば、わたしがアリスからグレースへのりかえたなどというくだらない噂も消えるだろう。

 グレースだけではなくメイド達にまでわたしの声がはっきり聞こえるよう、ピアノの音は止めさせた。

「アリス以外の女性と、こういう雰囲気で二人きりになるのはわたしが嫌なんですよ」

 静かになった部屋に、やや大きめのわたしの声はよく通った。これなら皆にはっきりと聞こえているに違いない。

「……どうしてですか?」
 グレースの表情は変わらなかったが、その声はひどく暗い。

「どうしてって、アリスのことを愛しているからだよ」

 一緒にいたいと思うのも、優しくしたいのも、喜ばせたいのも……全てアリスだけだ。

「……そうですか……」

 泣きはしなかったが、私を見つめるグレースの表情は明らかに悲しみに満ちていた。涙を我慢しているのだろう。体が小刻みに震えている。

 泣いてもらっては困るな。まだ一番重要な話をしていないのに。

 本当は春喜宴の話もさっさと終わらせてしまいたかったが、涙をこらえるグレースにパートナーを辞退しろと迫るのも酷な気がした。それにあまりグレースにひどい仕打ちをしては、わたしの評判がさがってしまうおそれもある。

 仕方ない。グレースが落ちつくのを待つしかないか。

 グレースが落ちつくのを待つ間に、この部屋のロマンティック仕様を急いでノーマルに戻すよう命じた。すぐさまキャンドルは撤去され、部屋の電気がついた。

 明るくなった部屋では正面に座るグレースの顔がよく見える。涙を流してはいなかったが、その表情はひどく沈んで見えた。

「グレース嬢、春喜宴のパートナーの事なんですが……」

「ウィルバート様、お待ちください」

 わたしの話がグレースにとって都合の悪いものだということが分かっているのだろうか。グレースがわたしの言葉を遮った。

「お話は食事がすんでからにいたしませんか? せっかくの料理が冷めてしまいます」

 本当は食事もさっとすませてしまいたかったが、そういうわけにもいかないようだ。食事をとりながら、グレースはわたしの気をひこうと話を振ってくるが正直言って面倒くさい。完璧なスマイルを作り上げたまま、適当に相槌をうつ。

 それでも「そう言えば、今日キャロライン様をお茶にお招きしたんですよ」とグレースが言い出した時は無視できなかった。

「それはアリスも一緒だったのかい?」
 キャロラインを招いたということは、一緒にいたアリスもおそらく招かれているだろう。わたしの予想は当たっていたようで、グレースはこくんと頷いた。

「お二人ともわたくしがウィルバート様のパートナーになった話を聞いて驚いていらっしゃいました」

 うふふっとグレースが楽しそうに笑った。

 そうか、アリスの耳にもパートナーの件は入っているのか。まぁキャロラインの手紙の内容からして、アリスの耳にも入っていることは想定していたが、最悪だ。グレースの口から聞かされて、アリスは傷ついていないだろうか? アリスの反応が気にかかる。

「アリスは何か言ってなかったかい?」

「特に何もおっしゃってませんよ」
 そう言ってグレースはにっこりとして見せた。

 うーん……グレースがわたしに言いたくなくて隠しているだけなのか、それとも本当にアリスは何も言わなかったのか判断がつかない。

 まぁでもせっかくパートナーの話が出たのだ。なんとしてもグレースの方からパートナーを辞退するよう誘導しなくては。

「そのパートナーの件ですが……」

「わたくし、ウィルバート様のパートナーになれて本当に嬉しいです。ロバート国王陛下からもよろしく頼むと言われておりますので、精一杯がんばりますね」

 どうあってもパートナーを変更したくないという意志の表れのように、グレースがわたしの言葉を遮るタイミングで口を開いた。

 考えたな、グレースめ。さりげなく自分が国王の認めたパートナーである事を強調している。これではパートナーの辞退を促しにくいじゃないか。だからと言ってここで諦めるわけにもいかない。

「グレース嬢、無理しなくてもいいんだよ。君は夜会が苦手だろう? パートナーなんて他の者に任せて部屋でのんびり過ごす方がいいんじゃないのかな?」

 これでどうだ? 
 あなたの事を心配してますっという態度をとりつつも、さりげなく辞退を促す。我ながら上手い言葉をかけたものだ。

 けれどグレースもそう簡単には攻略されてはくれなかった。

「いいえ。ウィルバート様のパートナーに選んでいただけたんですから、喜んで参加させていただきますわ」

 くそっ。失敗か……次はどう攻めていくべきかと頭をフル回転させる。だが、次に仕掛けて来たのはグレースの方だった。

「わたくしがウィルバート様のパートナーになったことを、父も母もそれはそれは喜んでおります。わたくしが春喜宴に出ないとなると父がなんと言うか……」

 困った顔の下に、ほくそ笑む姿が見えるのは気のせいだろうか。これは暗に自分をパートナーにしないならば、カサラング家を敵にまわすことになると言っているのだろう。

 あぁ。非常に厄介だ。父ですらカサラング公爵を敵にまわしたくないからパートナーの件を押しきられてしまったのだ。国王でもできない事が、王太子のわたしにできるわけがない。

 どうすれば……いっそのこと、頭を下げてパートナーを辞退してもらおうか。カッコ悪いが他に方法が思いつかない。

「グレース嬢……本当に申し訳ないが、パートナーは辞退してもらえないだろうか?」

「……なぜですか?」

「それは……アリスをパートナーにしたいからだよ」

 理由を誤魔化す事も考えたが、どんな理由をであれ嘘くさく聞こえるだろう。やはりここは正直に答えるのがいいだろう。

 予想に反してグレースはあっさり「いいですよ」と頷いた。けれど一つだけ条件をつけた。

「父にパートナー変更を認めさせられる事ができましたら、わたくしもウィルバート様のパートナーになることを諦めます」

 よしっ、待ってろカサラング公爵!!
 何としても認めさせてやろうじゃないか。一筋縄ではいかないカサラング公爵と戦うためにしっかり策を練らなくてはいけない。今日はルーカスと徹夜で作戦会議だ。

 アリス、グレースとパートナーを解消したらすぐ迎えに行くからね。居場所の分からないアリスが早く見つかりますようにと願いながら、苦痛でしかないグレースとの食事を頑張って耐え抜いた。
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