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67.ウィルバートの悪夢
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「一体どうしたんだい?」
部屋に飛び込んで来たアーノルドの息は荒く、長い距離を走って来たことがうかがえる。
「もう賊が口を割ったのですか?」
ルーカスが早く知りたくてたまらない様子で身を乗り出した。
「あぁ。奴等大した抵抗もなくペラペラと喋ったぜ」
「それは手間がかからなくて助かったね」
思った通りだ。賊とはいっても、どう見ても小物感丸出しの者達だった。これならすぐに解決するだろう。
気楽にとらえるわたしに対して、アーノルドは「それが全然よくねーんだよ」っと首を振った。
「あいつら、今回の騒ぎはアリスに命じられたって言いやがったんだ」
「はぁ?」
アーノルドの言葉に思わずキョトンとしてしまう。
アリス? アリスとはわたしの可愛いアリスのことだろうか?
そう考えて思わずぶっと吹き出してしまう。あまりに突拍子のない話に笑いが止まらない。
「何呑気に笑ってるんだよ。俺の話聞いてたか?」
「聞いていたよ。でもアリスが私を襲うよう指示するわけがないだろう」
再び笑ったわたしに、アーノルドは声を大きくした。
「そうじゃねーんだ。アリスが指示したのはグレースを襲うってことなんだよ」
「グレース嬢を?」
「ああ。今屋敷内は大騒ぎだぞ。お前のお気に入りの異世界からの客人が、恋敵であるグレースを消すために賊に襲わせたってな」
そんな馬鹿な……
確かに周りから見たらアリスとグレースの関係性は恋敵かもしれない。けれどわたしが好きなのはアリスだけだ。それはアリスもグレースも知っている。
グレースがアリスを邪魔で消したいと思うことはあっても、アリスがグレースを邪魔に思う必要なんてないはずだ。アリスがグレースを襲わせるというのはあり得ない。
「困りましたね。大半の、特にこの屋敷の者などは賊の言葉を真実だと思うでしょう」
アーノルドの話を聞いたルーカスはため息をついた。
「まぁ知らない奴等からしたら、アリスはグレース嬢にウィルバートのパートナーを奪われたように見えるからな」
ルーカス、アーノルド、二人の言葉に不安がよぎる。言われてみればたしかにそうだ。わたしにはアリスがグレースを消す必要はないと分かっているが、何も知らない者からしたら……
「殿下、どちらへ?」
「賊に会いに行くに決まっているだろう」
ルーカスはいい顔をしなかったが、気にしてはいられない。
アーノルドに案内させ、賊が捕らえられているという地下へと向かう。わたしが出向いてもできることは限られているが、アリスが賊と繋がりがあるというおかしな情報が蔓延することだけは阻止したい。
「これはこれは殿下、このようなむさ苦しい場所にわざわざお越しいただかなくとも、こちらからご説明に参りましたのに」
地下へと続く階段でカサラング公爵にバッタリと出くわした。
「わたしも賊の話を聞いてみたくなりましてね」
「その必要はございませんよ。全てこちらで処理させていただきますので」
カサラング公爵は頑なにわたしが階下へ行くのを許可しなかった。こう邪魔されると何かあるのではと勘ぐりたくなる。
「わたしが賊に会うのは、公爵にとって何か都合が悪いのでしょうか?」
「とんでもございません」
カサラング公爵がわざとらしいほど大袈裟に否定してみせた。
「ですが殿下が賊の口を塞いでご自分に都合の悪いことはお隠しにならないとは限りませんので」
「わたしがそのようなことをするとお思いですか?」
「そうですね……」
公爵がチラリとアーノルドに目を向けた。
「供の者からすでにお聞きでしょう。我が家の娘が狙われたんですからね、慎重にもなりますよ。しかも仕組んだのは殿下のお気に入りの娘だとか……」
公爵の側近2人が階段を塞ぐように仁王立ちする。どうしても下へは行かせたくないのだろう。まぁわたしとアーノルドがいれば、彼らを押しのけ階段を降りるなんてことは簡単だが、ここでもめ事を起こすのはよい考えとはいえない。
アーノルドに視線を向けると、わたしの言いたい事を察したように頷いた。地下に自分の部下を残して来ているアーノルドにその場を任せ、わたしはルーカスと共に部屋へと引き上げる。
「殿下よろしいのですか? 公爵のあのような発言を許してしまって」
ルーカスはわたしに対する公爵の発言はひどい侮辱であると腹を立てている。
「許すつもりはないが、まずアリスが賊とは関係ないと証明するのが先だろう」
そうしなければ、公爵はわたしの言うことなど無視するに決まっている。部下に指示を出したアーノルドが戻るのを待ち、再び賊についての説明を聞いた。今回は先程とは違い、集中してアーノルド言葉に耳を傾ける。
わたし達を襲った者達は賊とは呼んではいるが、ただのゴロツキだ。謝礼金目当てで集まっただけの集団なので、まとまりもなければ仲間意識もない。
「あっしがコイツらに声をかけたんでさぁ。いい話があるからのらないかってね」
ゴロツキの一人がそう言って下品に笑ったとアーノルドは言う。
そのゴロツキは、「お前は誰にこの話をもちかけられたのか?」と言う問いにもほいほい答えたようだ。
「あっしに声をかけたのは、黒髪の娘でしたぜ。たしか名前は……アリスとか何とか言ってましたかね」
「悪事を働く時に自分の名前を名乗るなんて、不自然すぎやしないかい?」
アーノルドの説明が終わるのを待てず口を挟んだ。
「それにアリスが黒髪だと知っている者ならば、ウィッグを使っていくらでもアリスのフリをすることができるはずだよ」
アリスの髪の毛はこの国では見かけることのない珍しい黒髪だ。黒髪と言ってもカラスのような真っ黒ではなく、陽の光にあたると茶色にも見えるようなダークブラウンに近い黒髪だ。その黒髪はとても艶があり神秘的で美しい。
そんな特徴的なものだからこそ、黒髪のウィッグをつけさえすればアリスのフリなんていくらでもできる。やはり誰かがアリスを陥れようとしているとしか考えつかない。
その事はアーノルドもルーカスも分かっているのだが、どうやってそれを証明するかが問題だ。もちろんアリスのフリをした者を見つけるのが一番早いが、そうそう見つかるとは思えない。
頭を悩ませていると、トントントンっとドアをノックする音がして、アーノルドの隊の者が姿を現した。
「失礼いたします。殿下に急ぎ報告したい事がございます」
「何かあったのかい?」
「はい。先程アリス様をこちらへと移送するため、カサラング家の者が王宮へと出発いたしました」
アーノルドに命じられて公爵の動向を探っていたところ、公爵がアリスの連行を命令していたというのだ。
くそっ。
わたしの許可なく勝手なことを。
幸か不幸かアリスは今王宮ではなくデンバー邸にいる。カサラング家の私兵がアリスを見つけるまでしばらく時間がかかるだろう。
「アーノルド、すまないが王宮とデンバー邸に使いを出してもらえるかな? カサラング家の者がアリスに手荒なことをしないよう、エドワードに護衛をお願いしたいんだが」
本当ならエドワードにアリスの護衛を頼むなんて考えられないことだが、今は非常事態だ。エドワードは気にくわないけれど、アリスを守るということだけ考えれば、エドワードが一番信用できる。
「殿下、エドワード様ですが、確か今は王宮を留守にされておられるはずです」
ルーカスの言葉にアーノルドも頷いた。
「そうそう。しばらく留守にするって言って、昨日王宮を出て行ったぞ」
はぁ? こんな時に留守だって? 全く役に立ちやしない。そんな役立たずが王宮の騎士団長だなんて。はっ、おかしすぎてへそが茶を沸かすってもんだな。何もかもが思い通りにならずイライラがつのっていく。
「心配すんな。兄貴はいねーけど、騎士団には優秀な騎士がそろってんだ。心配しなくてもアリスは大丈夫だぜ」
こういう時に親友の存在はありがたい。アーノルドの言葉に少しだが冷静さを取り戻せた気がする。
「じゃ、すぐ王宮に部下を送るとするか」
大きく伸びをしながら部屋を出て行くアーノルドによろしく頼むと、「任せろ。アリスが来たらすぐ知らせてやるよ」っとアーノルドは力強い頷いた。
アリス……できることなら今すぐわたしが守りに行きたい。だがそんなことできやしない。王太子なんて本当につまらないものだ。皆から敬われ、もてはやされてもこんな時に好きな女性の元へ行く自由すら与えられない。
頭を冷やそうと窓を開けると、ヒンヤリとした風が吹きこんでくる。あんなに激しかった雨もいつの間にかあがり、雲一つない星空が広がっている。
「殿下、アリス様がこちらに到着するまではまだ時間がかかりますし、少しお休みになられてはいかがですか?」
「……そうだね……」
そう答えて星空をぼんやりと見つめたままのわたしに、ルーカスはそれ以上何も言わなかった。
それから何時間たっただろうか……
気づくとソファーに座りうたた寝をしていたらしい。すでに夜が開けたのだろうか。窓から差し込む光は明るい。中途半端にうとうとしたせいで、これが夢の中か現実かの区別がつかない。
「お、おい。大変だぞ」
ドアを勢いよくあけアーノルドが部屋へと転がり込んでくる。どこかで見た光景だな。そう考えながら、それは昨夜アーノルドが賊からアリスの名が出たことを知らせに来た時だということを思い出す。なんだ、やっぱりわたしは夢を見ているのか……
部屋へ入るなり、アーノルドは夢現なわたしに向かって信じられないようなことを口にした。
「……今なんて言ったんだい?」
聞き返すわたしに、ひどく辛そうな表情のアーノルドが告げたのは、アリスの死だった。
一瞬気が遠くなるのを感じるが、気絶なんてしている場合ではない。やり場のない感情を抑えきれずドンっとテーブルをたたく。その拳に伝わる痛みが、これは夢ではなく現実なのだと教えてくれる。
アリスが死んだ? はっ。そんなわけないだろう。やはりこれは夢なのだ。全部夢に違いない。
早くこんな悪夢から覚めなければ……そうすればきっと、少し照れた様に可愛く微笑むアリスに会えるはずだ。
部屋に飛び込んで来たアーノルドの息は荒く、長い距離を走って来たことがうかがえる。
「もう賊が口を割ったのですか?」
ルーカスが早く知りたくてたまらない様子で身を乗り出した。
「あぁ。奴等大した抵抗もなくペラペラと喋ったぜ」
「それは手間がかからなくて助かったね」
思った通りだ。賊とはいっても、どう見ても小物感丸出しの者達だった。これならすぐに解決するだろう。
気楽にとらえるわたしに対して、アーノルドは「それが全然よくねーんだよ」っと首を振った。
「あいつら、今回の騒ぎはアリスに命じられたって言いやがったんだ」
「はぁ?」
アーノルドの言葉に思わずキョトンとしてしまう。
アリス? アリスとはわたしの可愛いアリスのことだろうか?
そう考えて思わずぶっと吹き出してしまう。あまりに突拍子のない話に笑いが止まらない。
「何呑気に笑ってるんだよ。俺の話聞いてたか?」
「聞いていたよ。でもアリスが私を襲うよう指示するわけがないだろう」
再び笑ったわたしに、アーノルドは声を大きくした。
「そうじゃねーんだ。アリスが指示したのはグレースを襲うってことなんだよ」
「グレース嬢を?」
「ああ。今屋敷内は大騒ぎだぞ。お前のお気に入りの異世界からの客人が、恋敵であるグレースを消すために賊に襲わせたってな」
そんな馬鹿な……
確かに周りから見たらアリスとグレースの関係性は恋敵かもしれない。けれどわたしが好きなのはアリスだけだ。それはアリスもグレースも知っている。
グレースがアリスを邪魔で消したいと思うことはあっても、アリスがグレースを邪魔に思う必要なんてないはずだ。アリスがグレースを襲わせるというのはあり得ない。
「困りましたね。大半の、特にこの屋敷の者などは賊の言葉を真実だと思うでしょう」
アーノルドの話を聞いたルーカスはため息をついた。
「まぁ知らない奴等からしたら、アリスはグレース嬢にウィルバートのパートナーを奪われたように見えるからな」
ルーカス、アーノルド、二人の言葉に不安がよぎる。言われてみればたしかにそうだ。わたしにはアリスがグレースを消す必要はないと分かっているが、何も知らない者からしたら……
「殿下、どちらへ?」
「賊に会いに行くに決まっているだろう」
ルーカスはいい顔をしなかったが、気にしてはいられない。
アーノルドに案内させ、賊が捕らえられているという地下へと向かう。わたしが出向いてもできることは限られているが、アリスが賊と繋がりがあるというおかしな情報が蔓延することだけは阻止したい。
「これはこれは殿下、このようなむさ苦しい場所にわざわざお越しいただかなくとも、こちらからご説明に参りましたのに」
地下へと続く階段でカサラング公爵にバッタリと出くわした。
「わたしも賊の話を聞いてみたくなりましてね」
「その必要はございませんよ。全てこちらで処理させていただきますので」
カサラング公爵は頑なにわたしが階下へ行くのを許可しなかった。こう邪魔されると何かあるのではと勘ぐりたくなる。
「わたしが賊に会うのは、公爵にとって何か都合が悪いのでしょうか?」
「とんでもございません」
カサラング公爵がわざとらしいほど大袈裟に否定してみせた。
「ですが殿下が賊の口を塞いでご自分に都合の悪いことはお隠しにならないとは限りませんので」
「わたしがそのようなことをするとお思いですか?」
「そうですね……」
公爵がチラリとアーノルドに目を向けた。
「供の者からすでにお聞きでしょう。我が家の娘が狙われたんですからね、慎重にもなりますよ。しかも仕組んだのは殿下のお気に入りの娘だとか……」
公爵の側近2人が階段を塞ぐように仁王立ちする。どうしても下へは行かせたくないのだろう。まぁわたしとアーノルドがいれば、彼らを押しのけ階段を降りるなんてことは簡単だが、ここでもめ事を起こすのはよい考えとはいえない。
アーノルドに視線を向けると、わたしの言いたい事を察したように頷いた。地下に自分の部下を残して来ているアーノルドにその場を任せ、わたしはルーカスと共に部屋へと引き上げる。
「殿下よろしいのですか? 公爵のあのような発言を許してしまって」
ルーカスはわたしに対する公爵の発言はひどい侮辱であると腹を立てている。
「許すつもりはないが、まずアリスが賊とは関係ないと証明するのが先だろう」
そうしなければ、公爵はわたしの言うことなど無視するに決まっている。部下に指示を出したアーノルドが戻るのを待ち、再び賊についての説明を聞いた。今回は先程とは違い、集中してアーノルド言葉に耳を傾ける。
わたし達を襲った者達は賊とは呼んではいるが、ただのゴロツキだ。謝礼金目当てで集まっただけの集団なので、まとまりもなければ仲間意識もない。
「あっしがコイツらに声をかけたんでさぁ。いい話があるからのらないかってね」
ゴロツキの一人がそう言って下品に笑ったとアーノルドは言う。
そのゴロツキは、「お前は誰にこの話をもちかけられたのか?」と言う問いにもほいほい答えたようだ。
「あっしに声をかけたのは、黒髪の娘でしたぜ。たしか名前は……アリスとか何とか言ってましたかね」
「悪事を働く時に自分の名前を名乗るなんて、不自然すぎやしないかい?」
アーノルドの説明が終わるのを待てず口を挟んだ。
「それにアリスが黒髪だと知っている者ならば、ウィッグを使っていくらでもアリスのフリをすることができるはずだよ」
アリスの髪の毛はこの国では見かけることのない珍しい黒髪だ。黒髪と言ってもカラスのような真っ黒ではなく、陽の光にあたると茶色にも見えるようなダークブラウンに近い黒髪だ。その黒髪はとても艶があり神秘的で美しい。
そんな特徴的なものだからこそ、黒髪のウィッグをつけさえすればアリスのフリなんていくらでもできる。やはり誰かがアリスを陥れようとしているとしか考えつかない。
その事はアーノルドもルーカスも分かっているのだが、どうやってそれを証明するかが問題だ。もちろんアリスのフリをした者を見つけるのが一番早いが、そうそう見つかるとは思えない。
頭を悩ませていると、トントントンっとドアをノックする音がして、アーノルドの隊の者が姿を現した。
「失礼いたします。殿下に急ぎ報告したい事がございます」
「何かあったのかい?」
「はい。先程アリス様をこちらへと移送するため、カサラング家の者が王宮へと出発いたしました」
アーノルドに命じられて公爵の動向を探っていたところ、公爵がアリスの連行を命令していたというのだ。
くそっ。
わたしの許可なく勝手なことを。
幸か不幸かアリスは今王宮ではなくデンバー邸にいる。カサラング家の私兵がアリスを見つけるまでしばらく時間がかかるだろう。
「アーノルド、すまないが王宮とデンバー邸に使いを出してもらえるかな? カサラング家の者がアリスに手荒なことをしないよう、エドワードに護衛をお願いしたいんだが」
本当ならエドワードにアリスの護衛を頼むなんて考えられないことだが、今は非常事態だ。エドワードは気にくわないけれど、アリスを守るということだけ考えれば、エドワードが一番信用できる。
「殿下、エドワード様ですが、確か今は王宮を留守にされておられるはずです」
ルーカスの言葉にアーノルドも頷いた。
「そうそう。しばらく留守にするって言って、昨日王宮を出て行ったぞ」
はぁ? こんな時に留守だって? 全く役に立ちやしない。そんな役立たずが王宮の騎士団長だなんて。はっ、おかしすぎてへそが茶を沸かすってもんだな。何もかもが思い通りにならずイライラがつのっていく。
「心配すんな。兄貴はいねーけど、騎士団には優秀な騎士がそろってんだ。心配しなくてもアリスは大丈夫だぜ」
こういう時に親友の存在はありがたい。アーノルドの言葉に少しだが冷静さを取り戻せた気がする。
「じゃ、すぐ王宮に部下を送るとするか」
大きく伸びをしながら部屋を出て行くアーノルドによろしく頼むと、「任せろ。アリスが来たらすぐ知らせてやるよ」っとアーノルドは力強い頷いた。
アリス……できることなら今すぐわたしが守りに行きたい。だがそんなことできやしない。王太子なんて本当につまらないものだ。皆から敬われ、もてはやされてもこんな時に好きな女性の元へ行く自由すら与えられない。
頭を冷やそうと窓を開けると、ヒンヤリとした風が吹きこんでくる。あんなに激しかった雨もいつの間にかあがり、雲一つない星空が広がっている。
「殿下、アリス様がこちらに到着するまではまだ時間がかかりますし、少しお休みになられてはいかがですか?」
「……そうだね……」
そう答えて星空をぼんやりと見つめたままのわたしに、ルーカスはそれ以上何も言わなかった。
それから何時間たっただろうか……
気づくとソファーに座りうたた寝をしていたらしい。すでに夜が開けたのだろうか。窓から差し込む光は明るい。中途半端にうとうとしたせいで、これが夢の中か現実かの区別がつかない。
「お、おい。大変だぞ」
ドアを勢いよくあけアーノルドが部屋へと転がり込んでくる。どこかで見た光景だな。そう考えながら、それは昨夜アーノルドが賊からアリスの名が出たことを知らせに来た時だということを思い出す。なんだ、やっぱりわたしは夢を見ているのか……
部屋へ入るなり、アーノルドは夢現なわたしに向かって信じられないようなことを口にした。
「……今なんて言ったんだい?」
聞き返すわたしに、ひどく辛そうな表情のアーノルドが告げたのは、アリスの死だった。
一瞬気が遠くなるのを感じるが、気絶なんてしている場合ではない。やり場のない感情を抑えきれずドンっとテーブルをたたく。その拳に伝わる痛みが、これは夢ではなく現実なのだと教えてくれる。
アリスが死んだ? はっ。そんなわけないだろう。やはりこれは夢なのだ。全部夢に違いない。
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