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91.亡霊騒動
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ウィル……
緊張なのか興奮なのか分からない刺激が、心臓から体の末端までをかけめぐる。
こちらに来てほしい。もっと近くでウィルを見たい。
こっちに来ないで。遠くからこっそりウィルの姿を見ていたい。
相反する気持ちが入り混じり、自分で自分の気持ちすら分からなくなりそうだ。
ウィルの横には美しく着飾ったグレースの姿も見える。前もって覚悟しておいたおかげもおり、二人が仲睦まじく腕を組んで微笑みあう姿を見ても、なんとかショックを受けずにすんだ。
「おい!」
セスにつつかれて我に帰ると、セスの両親とロバート国王夫妻が心配そうに私の顔を見ていた。
「恋人ちゃん大丈夫?」
「人酔いでもしてしまったかな?」
慌てて大丈夫だと告げる私に、
「ウィルバート殿下の姿を見ておられたのでしょう? ご挨拶なさいますか?」
エドワードがいつもの紳士的な口調で尋ねた。
会っていいわけ?
嫌がらせなのかなんなのか……エドワードの思惑が分からず困惑してしまう。
「お話中みたいですし。また後で……」
やんわりお断りしたかったが、
「いや、せっかくだから挨拶した方がいいですよ」
セスがせっつくようにして私をその場から連れ去った。
「やっと逃げ出せた。全くあの二人にはまいるよな」
両親の元から離れた場所で、セスは大きなため息をついた。
「セス様は、こういう場所では礼儀正しい王子様なんですね?」
「はぁーん?」
セスの瞳がギラっと光った。
しまった。いつもより雰囲気が柔らかくて話しやすいからって、ついいらないことまで言ってしまった。けれど珍しくセスの怒鳴り声がとんでこない。それどころかいつもよりセスの声は小さく、賑やかな周りの声に消されてしまいそうなくらいだ。
「いいか!! 俺はなぁ、いつでも礼儀正しい王子様なんだよ」
私にだけ聞こえるような声で偉そうな事を言うセスに、思わず笑ってしまう。
いやぁ、いつもは無礼な王子というか、横柄な王子というか……礼儀正しいという言葉が全く似合わない人だと思うんですけど。
「それよりよかったな。エドワードはお前だって気づいてなかったみたいじゃねーか」
「いえ、気づいていたと思いますよ。すごく怒ってましたから」
「怒ってた!? あのエドワードがか?」
「はい」
セスが驚いたことが、逆に私には驚きだ。
エドワードは確かに口では何も言わなかったけど、明らかにめちゃくちゃ私を睨んでたじゃない。まさか隣にいたセスに気づかれず、私にだけ怒りを伝えるとは……エドワードの紳士の振りには、さすがとしか言いようがない。私が何を言っても、あの温厚なエドワードが怒るわけないとしか言わないセスには一生伝わらないだろう。
「んじゃせっかくだし、ウィルバートに挨拶しに行こうぜ」
「えっ? でもそれはご両親の前から逃げ出すための口実だったのでは?」
「そのつもりだったけど、お前も近くで見てーだろ」
「べべべべ別にそんなことは」
必要以上に慌ててしまう私を見て、セスが眉間に皺をよせた。
「そうか? さっきすんげぇ顔してウィルバートのこと見てたから、会いたいのかと思ったぜ」
私ったらダメダメじゃない。ポーカーフェイスを心掛けてたのに、セスにまで怪しまれるくらいウィルのこと見てたなんて。
離れて見てるだけでもすごい顔って言われるくらいだから、挨拶なんてしちゃったら、絶対皆に怪しまれちゃう。
やっぱりここはウィルに近づかないのが無難だろう。セスにはうまく言って、なんとかウィルから離れなきゃ。
そう考えていた私が、ウィルの前に連れて行かれるのはそれからすぐ後の事だった。
「アリー!!」
夜会には相応しくない大きな声が私の名前を呼ぶ。声の主は確認しなくても分かっている。こんな風に場違いな振る舞いを平気でやってのける知り合いはオリヴィアしかいない。
「こっちこっち。早く来て」
私とセスを手招きするオリヴィアを見て動揺してしまう。オリヴィアの横にウィルの姿が見えたからだ。
さっきウィルを見た時にはオリヴィアはいなかったのに。いつの間に合流したのかしら。それとも本当は最初からオリヴィアもいたのに、ウィルしか見えてなかったとか?
何にせよこれはマズイ状況だ。ほんの数分前に、私はウィルに会わない方がいいと判断したばかりなのに。こんなにすぐ逃げられない状況になってしまうなんて。でもここで逃げたら逆に怪しまれるに決まっている。
しずまれ~、私の心臓!!
こんなに大きな音を立てたら、皆に聞こえちゃう。
この胸のドキドキは、久しぶりにウィルに会うトキメキなんだろうか?
それとも私がアリスだとバレたらどうしようという不安感なんだろうか?
ゆっくりと鼻から息を吸い、ふぅーっと静かに口から吐き出す。あぁ、緊張しすぎて口から心臓が飛び出してしまいそう。
「ほら、ウィルバート兄様。この子がさっき話した……」
オリヴィアが何か話しているけど全く頭に入ってこない。
ウィルだ、ウィルだ、本物のウィルだ。ウィル……少し痩せたかしら?
心なしかウィルの頬がこけている気がする。でも皆に向けられている優しい笑顔は変わらない。
あぁもう緊張しすぎて、挨拶する声まで震えてしまった。でもこれだけ裏返った声なら、声から私だとバレる心配はなさそうだ。
「まぁ、可愛らしい方。そんなに緊張なさらくても大丈夫ですよ」
そういえばグレースもいたんだったわね。って、グレースってばひっつきすぎじゃない?
必要以上にウィルにくっついて、ウフフと笑うグレースを見ていると、興奮していた頭の中がすっと冷めていく。
「本当、グレースの言う通りよ」
緊張でガチガチな私を見て笑うオリヴィア達につられて私の頬も緩んだ。
っと、突然ウィルの手が私に向かって伸び……
マズイ!! そう思った時にはもうウィルの手が私の眼鏡に触れそうな距離まで近づいていた。
「ウィルバート殿下、陛下がお呼びです」
「あ、ああ……すぐに行くと伝えておくれ」
後ろからの声にウィルバートが手が止まった。
今ウィルは何をしようとしてたの? もしかして、眼鏡をとろうとしたとか? もしや私は怪しまれてるのでは?
ウィルの手が私の眼鏡に触れる直前にタイミングよく声をかけてきたのはエドワードだった。ウィルと共に去っていくエドワードがじろっと私を振り返る。
「これは貸しだからな」
エドワードは心の中でそう言ってる。
やだなぁ。もう顔を見ただけでエドワードの言いたい事が分かる様になってしまったみたいだ。
「アリーはウィルバートと面識があったのかな?」
分かってるくせに、こんなわざとらしい質問をしてくるラウルが憎らしい。
「あ、ラウル兄様もそう思ってた? 私も同じこと思ってたの」
まさかのオリヴィアにまでバレそうとか、私ダメすぎるでしょ。そんなことないですと、すぐさま否定した。
「ふーん……でもアリーってばいつもと違う顔してたわよ。会いたかった人にやっと会えたみたいな」
「そ、それは……ウィルバート様は有名な方ですから。お会いしたかったというか……」
わーん。私ってば、本当にダメダメじゃん。
ウィルに会えて嬉しいことがそんなに顔に出ていたなんて。
とりあえず憧れていたウィルバートに会えて嬉しい的な話でオリヴィアは納得したけど、もうダメだ。これ以上ここにいたら絶対にボロがでる。早々に部屋に帰らなくては。ただどう切り出したらいいんだろう。
「おい」
悶々とする私をセスが呼ぶ。
「お前が踊りたいなら、踊ってやってもいいぞ」
別に私は踊りたくないんだけど……それに今は部屋に戻る言い訳を考えるのに忙しい。
「セス、それじゃあダメだよ」
ラウルが天使のような微笑みのまま首を横に振った。
「女性をダンスに誘う時は、もっとスマートな言い方をしないとね」
「そうよ。アリーと踊りたいなら、きちんと踊ってくださいって言わなきゃ」
ラウルとオリヴィアに言われて、セスの顔がかぁっと赤くなる。
「だ、誰がこいつと踊りたいもんか。俺は踊りたくねーけど、こいつはしつこく練習してやがったし、踊りたいなら付き合ってやるって言っただけだ」
「私は……」
踊らなくて結構ですと言おうとして言葉がとまった。会場のあかりが一瞬消え、再び点灯するまで真っ暗闇になってしまったのだ。
「今の何だったのかしら?」
「嵐でもないのに、照明がおかしくなるなんて珍しいですね」
周りも一瞬の停電にざわついている。
「ウフフフ……アハハハ……」
会場中に怪しげな笑い声が響き渡る。まるでマイクが反響しているかのような声に、会場のざわめきは増していく。
「何なのかしらこの声、気持ち悪いったらないわ」
オリヴィアがそう言った時、再び明かりが消えた。
「もう、どうなってるのよ!!」
「誰かあかりを持ってきてくれないか」
なかなか復活しない明かりを待つ人の中には怒り出す人もいれば、冷静な人もいる。そんな全ての人をゾッとさせるような、気味の悪い笑い声が再び会場中に響き渡る。
「もういや……」
近くで誰かが泣き出した。
その泣き声につられたのか、いたるところから泣き声や鼻をすする音が聞こえ始めた。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です」
真っ暗闇の中で姿は見えないが、すぐそばからセスの声が聞こえてなんだか安心した。
そんな安心感を切り裂く様な、甲高い悲鳴が会場のどこかから飛んでくる。悲鳴におどろいている暇もなく、第二第三、それ以上の悲鳴があちらこちらから飛び交い始める。
その悲鳴のどれがオリヴィアのものだったかは分からない。けれど、
「あああああ、あれ、あれ見てよぉ」
怯えて震えたオリヴィアの声が私の恐怖心を煽る。
いやだ、怖い。私、ホラーは苦手なのよ。
オリヴィアは一体何を見たの? でもこう真っ暗じゃ何も見えな……って何あれ?
真っ暗な会場の中、一部分だけがぽわっとした明かりに包まれている。ここからは少し離れているけど、多分あれは会場の端、階段のある場所だ。その階段の上あたりが少し明るく、人がいるのが見える。
「ウフフフ……」
再びエコーのかかったような笑い声が聞こえてくる。
階段の上の人影がゆらりと動いた。
子供かしら?
フードを被っているようで顔ははっきりとは見えないけれど、背格好からみると小さな子供みたいだ。
緊張なのか興奮なのか分からない刺激が、心臓から体の末端までをかけめぐる。
こちらに来てほしい。もっと近くでウィルを見たい。
こっちに来ないで。遠くからこっそりウィルの姿を見ていたい。
相反する気持ちが入り混じり、自分で自分の気持ちすら分からなくなりそうだ。
ウィルの横には美しく着飾ったグレースの姿も見える。前もって覚悟しておいたおかげもおり、二人が仲睦まじく腕を組んで微笑みあう姿を見ても、なんとかショックを受けずにすんだ。
「おい!」
セスにつつかれて我に帰ると、セスの両親とロバート国王夫妻が心配そうに私の顔を見ていた。
「恋人ちゃん大丈夫?」
「人酔いでもしてしまったかな?」
慌てて大丈夫だと告げる私に、
「ウィルバート殿下の姿を見ておられたのでしょう? ご挨拶なさいますか?」
エドワードがいつもの紳士的な口調で尋ねた。
会っていいわけ?
嫌がらせなのかなんなのか……エドワードの思惑が分からず困惑してしまう。
「お話中みたいですし。また後で……」
やんわりお断りしたかったが、
「いや、せっかくだから挨拶した方がいいですよ」
セスがせっつくようにして私をその場から連れ去った。
「やっと逃げ出せた。全くあの二人にはまいるよな」
両親の元から離れた場所で、セスは大きなため息をついた。
「セス様は、こういう場所では礼儀正しい王子様なんですね?」
「はぁーん?」
セスの瞳がギラっと光った。
しまった。いつもより雰囲気が柔らかくて話しやすいからって、ついいらないことまで言ってしまった。けれど珍しくセスの怒鳴り声がとんでこない。それどころかいつもよりセスの声は小さく、賑やかな周りの声に消されてしまいそうなくらいだ。
「いいか!! 俺はなぁ、いつでも礼儀正しい王子様なんだよ」
私にだけ聞こえるような声で偉そうな事を言うセスに、思わず笑ってしまう。
いやぁ、いつもは無礼な王子というか、横柄な王子というか……礼儀正しいという言葉が全く似合わない人だと思うんですけど。
「それよりよかったな。エドワードはお前だって気づいてなかったみたいじゃねーか」
「いえ、気づいていたと思いますよ。すごく怒ってましたから」
「怒ってた!? あのエドワードがか?」
「はい」
セスが驚いたことが、逆に私には驚きだ。
エドワードは確かに口では何も言わなかったけど、明らかにめちゃくちゃ私を睨んでたじゃない。まさか隣にいたセスに気づかれず、私にだけ怒りを伝えるとは……エドワードの紳士の振りには、さすがとしか言いようがない。私が何を言っても、あの温厚なエドワードが怒るわけないとしか言わないセスには一生伝わらないだろう。
「んじゃせっかくだし、ウィルバートに挨拶しに行こうぜ」
「えっ? でもそれはご両親の前から逃げ出すための口実だったのでは?」
「そのつもりだったけど、お前も近くで見てーだろ」
「べべべべ別にそんなことは」
必要以上に慌ててしまう私を見て、セスが眉間に皺をよせた。
「そうか? さっきすんげぇ顔してウィルバートのこと見てたから、会いたいのかと思ったぜ」
私ったらダメダメじゃない。ポーカーフェイスを心掛けてたのに、セスにまで怪しまれるくらいウィルのこと見てたなんて。
離れて見てるだけでもすごい顔って言われるくらいだから、挨拶なんてしちゃったら、絶対皆に怪しまれちゃう。
やっぱりここはウィルに近づかないのが無難だろう。セスにはうまく言って、なんとかウィルから離れなきゃ。
そう考えていた私が、ウィルの前に連れて行かれるのはそれからすぐ後の事だった。
「アリー!!」
夜会には相応しくない大きな声が私の名前を呼ぶ。声の主は確認しなくても分かっている。こんな風に場違いな振る舞いを平気でやってのける知り合いはオリヴィアしかいない。
「こっちこっち。早く来て」
私とセスを手招きするオリヴィアを見て動揺してしまう。オリヴィアの横にウィルの姿が見えたからだ。
さっきウィルを見た時にはオリヴィアはいなかったのに。いつの間に合流したのかしら。それとも本当は最初からオリヴィアもいたのに、ウィルしか見えてなかったとか?
何にせよこれはマズイ状況だ。ほんの数分前に、私はウィルに会わない方がいいと判断したばかりなのに。こんなにすぐ逃げられない状況になってしまうなんて。でもここで逃げたら逆に怪しまれるに決まっている。
しずまれ~、私の心臓!!
こんなに大きな音を立てたら、皆に聞こえちゃう。
この胸のドキドキは、久しぶりにウィルに会うトキメキなんだろうか?
それとも私がアリスだとバレたらどうしようという不安感なんだろうか?
ゆっくりと鼻から息を吸い、ふぅーっと静かに口から吐き出す。あぁ、緊張しすぎて口から心臓が飛び出してしまいそう。
「ほら、ウィルバート兄様。この子がさっき話した……」
オリヴィアが何か話しているけど全く頭に入ってこない。
ウィルだ、ウィルだ、本物のウィルだ。ウィル……少し痩せたかしら?
心なしかウィルの頬がこけている気がする。でも皆に向けられている優しい笑顔は変わらない。
あぁもう緊張しすぎて、挨拶する声まで震えてしまった。でもこれだけ裏返った声なら、声から私だとバレる心配はなさそうだ。
「まぁ、可愛らしい方。そんなに緊張なさらくても大丈夫ですよ」
そういえばグレースもいたんだったわね。って、グレースってばひっつきすぎじゃない?
必要以上にウィルにくっついて、ウフフと笑うグレースを見ていると、興奮していた頭の中がすっと冷めていく。
「本当、グレースの言う通りよ」
緊張でガチガチな私を見て笑うオリヴィア達につられて私の頬も緩んだ。
っと、突然ウィルの手が私に向かって伸び……
マズイ!! そう思った時にはもうウィルの手が私の眼鏡に触れそうな距離まで近づいていた。
「ウィルバート殿下、陛下がお呼びです」
「あ、ああ……すぐに行くと伝えておくれ」
後ろからの声にウィルバートが手が止まった。
今ウィルは何をしようとしてたの? もしかして、眼鏡をとろうとしたとか? もしや私は怪しまれてるのでは?
ウィルの手が私の眼鏡に触れる直前にタイミングよく声をかけてきたのはエドワードだった。ウィルと共に去っていくエドワードがじろっと私を振り返る。
「これは貸しだからな」
エドワードは心の中でそう言ってる。
やだなぁ。もう顔を見ただけでエドワードの言いたい事が分かる様になってしまったみたいだ。
「アリーはウィルバートと面識があったのかな?」
分かってるくせに、こんなわざとらしい質問をしてくるラウルが憎らしい。
「あ、ラウル兄様もそう思ってた? 私も同じこと思ってたの」
まさかのオリヴィアにまでバレそうとか、私ダメすぎるでしょ。そんなことないですと、すぐさま否定した。
「ふーん……でもアリーってばいつもと違う顔してたわよ。会いたかった人にやっと会えたみたいな」
「そ、それは……ウィルバート様は有名な方ですから。お会いしたかったというか……」
わーん。私ってば、本当にダメダメじゃん。
ウィルに会えて嬉しいことがそんなに顔に出ていたなんて。
とりあえず憧れていたウィルバートに会えて嬉しい的な話でオリヴィアは納得したけど、もうダメだ。これ以上ここにいたら絶対にボロがでる。早々に部屋に帰らなくては。ただどう切り出したらいいんだろう。
「おい」
悶々とする私をセスが呼ぶ。
「お前が踊りたいなら、踊ってやってもいいぞ」
別に私は踊りたくないんだけど……それに今は部屋に戻る言い訳を考えるのに忙しい。
「セス、それじゃあダメだよ」
ラウルが天使のような微笑みのまま首を横に振った。
「女性をダンスに誘う時は、もっとスマートな言い方をしないとね」
「そうよ。アリーと踊りたいなら、きちんと踊ってくださいって言わなきゃ」
ラウルとオリヴィアに言われて、セスの顔がかぁっと赤くなる。
「だ、誰がこいつと踊りたいもんか。俺は踊りたくねーけど、こいつはしつこく練習してやがったし、踊りたいなら付き合ってやるって言っただけだ」
「私は……」
踊らなくて結構ですと言おうとして言葉がとまった。会場のあかりが一瞬消え、再び点灯するまで真っ暗闇になってしまったのだ。
「今の何だったのかしら?」
「嵐でもないのに、照明がおかしくなるなんて珍しいですね」
周りも一瞬の停電にざわついている。
「ウフフフ……アハハハ……」
会場中に怪しげな笑い声が響き渡る。まるでマイクが反響しているかのような声に、会場のざわめきは増していく。
「何なのかしらこの声、気持ち悪いったらないわ」
オリヴィアがそう言った時、再び明かりが消えた。
「もう、どうなってるのよ!!」
「誰かあかりを持ってきてくれないか」
なかなか復活しない明かりを待つ人の中には怒り出す人もいれば、冷静な人もいる。そんな全ての人をゾッとさせるような、気味の悪い笑い声が再び会場中に響き渡る。
「もういや……」
近くで誰かが泣き出した。
その泣き声につられたのか、いたるところから泣き声や鼻をすする音が聞こえ始めた。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です」
真っ暗闇の中で姿は見えないが、すぐそばからセスの声が聞こえてなんだか安心した。
そんな安心感を切り裂く様な、甲高い悲鳴が会場のどこかから飛んでくる。悲鳴におどろいている暇もなく、第二第三、それ以上の悲鳴があちらこちらから飛び交い始める。
その悲鳴のどれがオリヴィアのものだったかは分からない。けれど、
「あああああ、あれ、あれ見てよぉ」
怯えて震えたオリヴィアの声が私の恐怖心を煽る。
いやだ、怖い。私、ホラーは苦手なのよ。
オリヴィアは一体何を見たの? でもこう真っ暗じゃ何も見えな……って何あれ?
真っ暗な会場の中、一部分だけがぽわっとした明かりに包まれている。ここからは少し離れているけど、多分あれは会場の端、階段のある場所だ。その階段の上あたりが少し明るく、人がいるのが見える。
「ウフフフ……」
再びエコーのかかったような笑い声が聞こえてくる。
階段の上の人影がゆらりと動いた。
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