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90.変装の変装で

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 話し合いの末、春喜宴には夜会の部分だけ、しかも短時間だけ出席するということでオリヴィアを納得させることに成功した。

「せっかくアリーのためのドレスを2着も用意したのに」

 オリヴィアは用意したドレスの1着しか私が着ないことに不満そうだったが、これ以上は私が折れないと悟ったのか、より好きだと言うドレスを着るよう言い残して昼の部の会場へと出かけて行った。

「困ったことになりましたね」

「困ったなんてもんじゃないわ。大困りよ」

「オリヴィア様のことですから、アリー様がおいでにならないと本当に色々お話してしまいそうですよね」

 エドワードは老若男女問わず人気があるから、その恋人が部屋にいるとなると早く呼べっという流れになるのは目に見えているとマリベルは言う。

「エドワード様からは全てが解決するまで隠れとくよう言われてるけど、やっぱり夜会に出なきゃいけないってことなのかなぁ」

「仕方ありませんね。何とか目立たぬようご注意ください」

「オリヴィア様と一緒だと、嫌でも目立っちゃいそうだけどね」
 マリベルが困ったような表情で少し笑った。

「さあさ、皆様が宴に出てらっしゃる昼の間に準備をしてしまいましょう。ウィルバート様にもアリス様だと分からぬ変装で、それでいて目立たぬような仕上がりを目指しますよ」

 腕まくりをし、私にお任せてくださいと言ったマリベルはとても頼もしく見えた。



「わぁ、やっぱり私が思ってた通りね。そのドレスよく似合ってるわ」

 暴君……じゃなくって、オリヴィアは準備のできた私を見て明るい声をあげた。昼の宴ですでにほろ酔いなのか、オリヴィアはいつも以上にテンションが高い。そんな中、私はオリヴィア、ラウル、セスの前で変装姿を披露している。

 オリヴィアが私のためにデザインしてくれたというドレスは、うすい光沢のある水色の生地で、キラキラと光っているように見えた。スカートはボリュームがあり、中にレースが入っているので動くと揺れ可愛らしい。

 何よりこのドレスでよかったのは、露出が少ないことだ。背中は少しあいてるかなっとは思うけど、胸を強調することもなく、腕も白いチュールのパフスリープでいい感じに隠れている。

「本当だね。それにドレスも素敵だけど、その髪型もよく似合っているよ」

「ありがとうございます」

 ラウルに微笑まれて思わず頬がポッと熱くなる。ラウルは胡散臭いけれど、やっぱり見た目は最高に素敵だ。金の刺繍がほどこされた若葉色のジャケットがとてもよく似合う。

「本当なら眼鏡も外してほしいとこだけど、まぁこれなら目立ちもしないし、いいとしましょ」
 オリヴィアの合格をもらい、マリベルがほっと安堵の息をついた。

 マリベルお疲れ様。本当にありがとう。
 姿見の前でもう一度自分の姿を確認する。本当に想像以上の仕上がりだわ。

 とにかく目立たないためには、他の出席者と同じような格好をするのが早い。今日の出席者には金髪が多いということで、私も金髪のウィッグをつけた。

 化粧がいつもより濃いからか、鏡の中にうつる私はいつもよりも大人っぽく見えた。さすがマリベルだわ。これならきっと幼女扱いなんてされないわね。ただ黒目を隠す眼鏡だけは外せないのでそのままだ。

「セス兄様も、今日のパートナーに何か言ったらどうなの?」

「あ、まぁ……別に悪くないんじゃねーか」
 セスは興味なさそうに私から目をそらせた。

「ふふっ。アリーがあんまり可愛いから、セス兄様ったら照れてるのね?」

「そ、そんなわけないだろう」
 オリヴィアが笑うと、すぐ様セスが否定する。

「今日のパートナーって……セス様が私のパートナーなんですか?」

「なんか文句あるのかよ?」
 そう言うセスの方が文句がありそうな顔している。

 変に目立たないためにはパートナーがいた方が無難だからとオリヴィアは言うけど……セスは嫌そうだ。

「ラウル兄様でもよかったんだけど、セス兄様と一緒の方があんまり人に絡まれなくていいと思うのよね」

「そりゃどういう意味だよ?」

「だってセス兄様ったら、誰に対してもそっけないんだもの。だから皆遠巻きに見てるだけで話しかけてこないじゃない」
 オリヴィアがラウルに視線を向け、ため息をついた。

「反対にラウル兄様といると飢えた貴族令嬢がうじゃうじゃ群がってくるのよ。やになっちゃう」
 オリヴィアのため息をラウルは笑って流した。

 飢えた貴族令嬢って……結構な言い方だけど、その様子が簡単に想像できてしまう。まぁこれだけ素敵な人だから、群がりたくなる子達の気持ちも分かるけど。

「じゃあ早く行きましょうよ。目指せパーティー会場一番のり」

「オリヴィアは本当に夜会が好きだよね」

「ラウル兄様も嫌いじゃないくせに」

 足取り軽く会場へ向かうオリヴィアとラウルを見送りながら、
「俺達も行くか?」
 仕方ないといった感じでセスが私を促した。

 さて、どうなるのか?
 心配そうなマリベルに手を振って部屋を出る。

 大丈夫、大丈夫、絶対大丈夫……
 心の中で呪文のように唱えながらセスの後をついていく。

 何か大きな失敗をしたらどうしようとか、私がアリスってバレたらどうなるんだろうとか、色々心配事はあるけど、今一番怖いのはウィルに会った時のことだ。

 夜会の会場では、すでに多くの人が楽しそうに会話をしている。華やかな会場に足取りは重かったが、夜会自体は初めてではないことだけは救いだった。

 この明らかに場違いな場に立つのはこれで2度目であり、夜会というものを知っているというだけで、少し安心感はあった。

「おい、はぐれるなよ」
 振り向いたセスの差し出した手にそっと手を置いた。

 なんだかんだ言うのに、結局優しいのよね。

 私をエスコートするセスは、いつもの粗暴な態度からは考えられないほど丁寧で紳士的だ。そのセスは誰かを探しているのだろうか? 会場の中をキョロキョロと見回している。つられて会場を見渡すと、明らかに異質な集団が目についた。

「相変わらず囲まれてんな」
 セスの言葉で、その集団がラウルとラウル目当ての女性達なのだと分かった。

「本当にすごい人気なんですね」
 その光景に思わず笑ってしまった私を、セスがじっと見つめていることに気がついた。

「えっと……どうかしましたか?」

「いや、別に……」

 歯切れの悪いセスが気になる。何か言いにくいことでもあるのかとジッと見ていると、
「お前は本当に俺がパートナーでよかったのかよ?」
 本当は人気者のラウルにパートナーになってもらいたかったのではとセスが問う。

 うーん……ラウルとは微妙な関係なんだよなぁ。

 ラウルと二人でというのは気疲れしちゃいそうだ。それにあんな風にラウルのファンに囲まれるなんて、想像するだけで恐怖しかない。きっと質問責めにあってボロが出まくりだわ。

「私はセス様でよかったと思ってますよ」

「それならいいが……」
 そう言ったセスが少しだけ嬉しそうに笑った。

 はうっ。
 いつも不愉快そうなセスの、この優しい微笑みはダメだ。ギャップ恐るべしだわ。

 一瞬ときめいてしまいそうになる私の耳に、黄色い悲鳴が入ってくる。

「きゃー。あなた、今の見た? セスがとっても可愛い顔して笑ってたわよ」

「ああ。見たとも。まるで天使のような微笑みだったね」

 天使の微笑みってのは言い過ぎな気もするけど、私以外にもセスの笑顔を素敵だと思った人がいるようだ。

 振り向くと、そこにはセスの両親がいた。この二人とはレジーナ様の城で、アリーとして何度も顔を合わせてはいるが、私が今こうして変装していることは知らないはずだ。

 チラッとセスを見ると眉間に手を置きため息をついている姿が目に入った。

「父様も母様もいい加減にしてくださいよ。私も、もう子供ではないんですから」

 ええー!! 
 いつもの口の悪いセスはどこにいっちゃったの!?

「まぁセスったら照れちゃって。可愛いんだから」
 セスの母親はウフフっと笑った。

「別に照れてなんか……」

「いいの、いいの。分かってるから」

 母親にそう言われて恥ずかしいのか、いつもと違う姿を私に見られるのが恥ずかしいのか……セスは気まずそうに私から目を逸らした。

「あなた、あそこに兄様とお義姉様が」

「ああ。本当だね」

「せっかくだからあなた達も行くわよ」
 そう言うやいなや、セスの母親は私の手首を掴んだ。

「母様、何を……?」
 驚くセスを残し、人混みの中へと連れていかれる。

「ロバート兄様~!!」
 セスの母親の声に振り向いたのは、ロバート国王とメイシー様だった。

「お二人とも紹介しまぁす。セスの秘密の恋人ちゃんです」

 あれ?
 今日はそういう設定なんだったっけ?

 なんせ変装の上に変装してるもんだから、自分が今どういう役をしているのか分からなくなりそうだ。

 慌てて私達を追いかけて来たセスが訂正しようとするが、ロバート様とメイシー様に声をかけらている私を見て口を閉じた。

 二人には初対面を装い失礼のないよう挨拶をしたけど……二人の反応からして、どうやら私がアリスだということは気付かれてないみたいだ。

 グッジョブよ、マリベル。変身大成功だわと心の中でガッツポーズをする。けれど、そのガッツポーズも次の瞬間にはガラガラと音を立てて崩れ去ってしまった。

 ロバート様とメイシー様の後ろにエドワードがいたのだ。しかも私をじっと見つめる瞳は、「部屋でじっとしていろと言っただろ」っと私を責めている。

 あー、あれは絶対怒ってるわ。このままじゃ私、あの鋭い眼光に射抜かれて死んでしまいそう。
 エドワードの突き刺さすような視線から逃れようと、少しばかり視線をずらした。

 どくん。
 心臓が大きな音をたてる。

 視線をずらした先にいたのは、にこやかな笑顔で人々の挨拶に応えるウィルだった。
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