王太子殿下は小説みたいな恋がしたい

紅花うさぎ

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92.私の幽霊!?

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「ウフフフ……みぃつけた。やっぱりここにいたのね」

 エコーがかった声が不気味に響き、会場内は不気味なほどにしん静まった。気味が悪いし怖いのに、子供から目が離せない。明かりに照らされた子供がフードを外す。中から現れた黒色の髪の毛がサラリと肩に落ちた。

「私はアリス……死んでからずっとあなたを探してた……」

 口をあんぐり開けるっていうのはこういうことなんだろう。口をぽかんと開けて、その子供を見つめる。

 今この子、アリスって言ったわよね? 死んだ後って……まさか私のユーレイってこと? いやいや、そんなバカなことあるわけない。だって私はこうして生きてるんだし……

 でもそれが分かっているのは私だけで、オリヴィアなんて、
「まさか極悪幼女の幽霊が出るなんて……」
 と呟いている。

 幼女かぁ……

 たしかにあの幽霊の見た感じからして、幼女と言えなくもないかもね。身につけているのが真っ白な服なこともあり、あかりに照らされた長い髪の黒さが強調されている。

 私のことを噂でしか知らないオリヴィア達が、小さくて黒髪だというだけで、アリスだと思っても仕方ないのかもしれない。

 それにしても、あれは一体誰なのかしら? 
 いたずらにしては悪趣味だし、サプライズでお芝居でも始まったのかしら?

 本物の幽霊ではないと分かってしまえばこんなもの、ただ暗いだけで怖くもなんともない。闇に浮かび上がる少女を冷静に観察することがきる。

「ねぇどうして? あなたはどうして私を殺したの?」

 幽霊の静かな問いかけに、 
「わ、わたしは関係ない、わたしは関係ないわ!! あなたを殺したのは息子であなたを陥れたのは夫なの。だから私は関係ないのよぉ」
 悲鳴にも泣き声にもとれる悲痛な声がどこかから聞こえてくる。

 途端に白い幽霊が消えて、会場に明かりが戻った。

 結局何だったんだろう? やっぱりお芝居だったのかしら?

 首を捻る私の側で、
「すごかったわね。私幽霊なんて見るの初めてでドキドキしちゃったわ」
 オリヴィアが今まで見たことがないくらい、瞳を輝かせている。

「さすが異世界から来てすぐに王太子をたぶらかした幼女だけあるわ。死んでもこうして化けて出るんだから大したものよね」

 ワーオ!! 
 オリヴィアはあれが私の幽霊だって信じてるのね。

 オリヴィアの私に対するイメージって……王太子をたぶらかし、死んでも化けて出る幼女……笑えるくらいひどいわね。いくら異世界から来たと言ってもそんな簡単にばけて出るなんて無理な問題だ。

 明かりが戻り、安堵の空気が流れる会場の奥の方から、何やらもめているような声が聞こえてくる。

「ちょっとちょっと。何かあったみたいじゃない。アリー、行くわよ」

 野次馬根性丸出しのオリヴィアが、私の手を引き一目散に声のする方へと向かっていく。半ば強引に連れて行かれた先には人がたまっていたが、オリヴィアは気にすることなくその人混みに突進した。

 集まった野次馬の最前列に割り込んで目にしたのは、床に倒れ込むようにして泣いている女性とその女性に寄り添うグレース、その二人を鬼の形相で見つめる中年男性、そしてウィルの姿だった。

「あら? あれってたしかカサラング公爵夫妻だわ。どうしたのかしら?」

 口では心配そうなことを言っているオリヴィアだが、きっとこの異常な雰囲気が楽しくて仕方ないのだろう。目の前の出来事を見つめる瞳はキラキラと輝いている。

 もうオリヴィアったら……と思いながらも、私も人のことは言えない。この異様な光景が気になって目が離せないんだから。

「そんなのはこの女の戯言ですよ」
 カサラング公爵が冷たい瞳で夫人を見下ろしている。

「そんな戯言を間に受けるなんて、殿下もまだまだ甘いですな」

 バカにしたような公爵の笑い声に動じることなく、ウィルは真っ直ぐに公爵を見つめている。

「戯言かどうかは調べれば分かることです。夫人、あなたは先程、アリスを陥れたのはあなたの夫だと言いましたね?」

 夫人は床にうずくまったまま、ウィルの問いかけには答えない。

「先程現れたのはアリスの亡霊でしたね。かわいそうに……悔しくて死にきれなかったんでしょうね。このままでは、あの亡霊はまたあなたの所に来るかもしれませんね」

 余程怖かったのだろう。亡霊という言葉を聞いた途端、夫人はガタガタと震え始めた。

「あの亡霊から逃れるためにも、夫人、あなたが知っていることを話してくださいませんか?」

「ああ……あぁぁ……」

 苦しそうに涙を流す公爵夫人を、ウィルも集まった野次馬貴族達も無言で見つめている。

「何をくだらんことを。こんなくだらないことに付き合ってられませんよ」

 ただ一人、公爵だけはハンっと鼻で笑い、その場を立ち去ろうとする。夫人にくるりと背中を向け、集まった野次馬に鋭い視線を向けると、ことの成り行きを見ていた人々が道を開けた。

「あ、あの人です。全部あの人がやったんです」
 公爵夫人が涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、去って行く公爵の背中を指差した。

「それは間違いありませんね?」

「はい。間違いありません。娘と殿下を襲わせた罪を着せ、アリスという少女を殺害したのは、全て夫の計画でした」

 夫人の声は消え入りそうなほど弱々しかったが、野次馬が静まりかえっていたおかげでよく聞こえた。公爵夫人の発言に会場がどよめく。

「ば、馬鹿なことを言うな!!」
 振り向いた公爵が怒鳴ったが、夫人は告白をとめようとしなかった。

「嘘ではありません。娘を王太子妃にするにはあの娘が邪魔だからと夫が計画したのです。知っていることは全てお話いたします。ですからあの亡霊、あの亡霊からわたくしを守ってくださいませ」

 そう言って床に突っ伏して泣きじゃくる夫人の横でグレースは呆然としている。

「わ、わしは何も知らん。関係ないからな」

 吐き捨てるように言い、足早に立ち去ろうとする公爵の行手をエドワード達騎士団が遮った。

「せっかくの春喜宴だというのに大変な騒ぎを起こしてくれたものだね」
 騎士団の後ろからロバート国王が悠然と進み出る。

「陛下、これは何かの罠でございます」
 自分は全く関係ないのだと必死に訴える公爵に、ロバート国王は頷きながらも
「まぁここじゃなんだから、詳しい話は奥でしようじゃないか」
 とついて来るよう促した。

 その後もなんやかやと騒ぎ続ける公爵だったが、結局騎士団に追い立てられるようにして連れて行かれてしまった。公爵夫人とグレースも同様に会場から連れだされていく。

「すごかったわねぇ」

 興奮しているのはオリヴィアだけではない。他の多くの見物人も、今みた騒ぎについて各々語り合っている。

 まぁ無理もないわよね。こんな華やかな場で、国の有力貴族が騎士団に連行されたんだもの。話のネタになるのは当然だ。

 そんなざわついている群集の中に突如どよめきが起こる。

 今度は何事?

 どよめきの正体はすぐに分かった。私の横にいるオリヴィアが驚いたように声をあげたからだ。

「なんでカーティスがここにいるのよ?」
 カーティス カサラング……あの人が……?

 勝手に想像しといてなんだけど、親の反対を押し切って結婚しちゃうくらいだから、てっきりもっと逞しい感じかと思ってたのよね。

 でも目の前のカーティスは逞しいどころか、ものすごく細身で弱々しい。しかもこんな華やかな場に全く似合わないくらいに暗い雰囲気を醸し出す姿になんだかがっかりしてしまう。

 それでも人々のどよめきや、無遠慮な視線など全く気にしない様子で悠然と歩く姿はそれなりに凛々しく見えた。

 そのカーティスが、真っ直ぐにウィルの元へと向かっていく。

「カーティス……」

「ウィルバート殿下、この度は……」

「貴様、よくわたしの前に姿を現せたな」

 今までに聞いたことのないウィルの怒声にざわついていた群集がしんとする。

「すべては貴様の父親の企みだとしても、貴様がアリスに手をかけたことは動かぬ事実。本来ならこのような場で剣を抜くのは不粋なことだが、アリスの弔いだ。おとなしくその身を差し出すがいい」

 そう言ってウィルバートはゆっくりと剣を引き抜いた。そのキラリと光る刃にゴクリと唾を飲む。

 これって、めちゃくちゃまずい状況なんじゃない?

 このままウィルがカーティスを斬りつけたら……うん、絶対大変なことになっちゃう。何とかとめなきゃ。

 こんな時頼りになるはずのエドワードはさっき公爵を連行して行ってしまったばかりだし、アーノルドの姿も見当たらない。

 あー、もう。こんな時にパッと動ける人間ならばよかったのに。私にできることは、ただ叫ぶことだけだ。

「ウィル、やめて~!!」
 ウィルの剣はカーティスに届こうかという所でピタリと止まった。

「えっ、アリー?」

 オリヴィアがどうしたのよっという目で私を見ているけど、そんなことにはもう構ってられない。

「アリ……ス?」
 剣を持ったまま固まってしまったかのようなウィルが、驚いたような瞳で私を捉えた。

 カツーン

 ウィルバートの手から落ちた剣が冷たい音を立てた。

「ウィル、私……」

 私が口を開くと同時に、焦ったようにウィルが私に手を伸ばす。両頬を大きな掌で包まれ、顔を覗き込まれる。

「アリス? アリスなのかい?」

 その必死な声に涙が溢れてくる。
 そうだと答えたいのに、うまく声が出せなくて無言で何度も頷いた。

「アリス!!」
 ウィルバートが私をギュッと抱きしめた。

「アリス、生きていたんだね。よかった。本当によかった」
 ウィルバートの苦しそうな掠れた声に、涙が次から次へと溢れ出す。

 ウィル……
 苦しいくらいの抱擁が、これが現実であることを実感させてくれる。

 私、帰ってきたんだ。
 そう思った途端、色々な感情が溢れ出し涙が止まらなくなってしまった。

 ごめんなさい。エドワードのお説教は後でしっかり受けるから、今は……

 強く抱きしめてくれるウィルの腕の中で、ただひたすら子供のように声をあげて泣きじゃくった。
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