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06.明後日へ向かって(笑)
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私は走った。選択肢の画面をど真ん中からぶち破って走った。
何か手段は、方法はないのか! ヤンデレからもフェロモンからも男の娘からも透明人間からも逃れるルートはないのか!?
ハッ。
脳内に突如として明星がキラーンとまたたく。
そう、そうだよ。思い出した。このゲームにはノーマルエンドがあったはず。どのキャラも攻略せずに終わると、ルクレツィアは修道女にならねばならぬのだ。
ああ、一生お一人様コースが今は何よりも輝いて見える! できれば神様の磔刑像もイケメンでありますように!
この時私は目にした星が死兆星なのだとはまだ知らなかったのだ……。
ところでノーマルエンドに辿り着くためには、どう選択すればよかったのかと首をひねる。オデコまで出かかっているのだがなかなか思い出せない。
そうして考えながら走っていたせいだろうか。私はいつしか見知らぬ灰色の建物に駆け込んでいた。
ん? ここはどこじゃい?
カツーンカツンと足音の響く廊下といい、その奥に紅く光る「手術室」のランプといい、病院そのものではないか……って、病院!?
とてつもなく嫌な予感がして立ち止まる。だがしかし、これもゲーム補正なのか、私の手はひとりでに出術室のドアに伸ばされた。
ヒィィィ! 悪寒、オカン、おかあちゃぁぁぁーーーん!!
手術室の中は薄暗く血生臭かった。目を凝らすと中央に肌色のナニかが乗った銀の台と、忙しく手を動かすすらりとした立ち姿の男がいる。ピチャ、クチュ、ブチュッとあってはならない音が聞こえた。
「やあ、ルクレツィア」
金髪碧眼の美女とも見まごう男が、血まみれのメスを片手に振り返った。どの層の萌えを狙ったのかは知らないが、なぜか無意味に白衣にメガネである。
こいつは最後の攻略対象、乙女ゲームに必ず一人はいる、長髪イケメン・レオナルド……!
史実のレオナルド・ダ・ヴィンチは芸術家にして建築家、科学者でもある万能の天才である。でもって、人体解剖マニアでもあった。死体をバラして骨格のつくりや筋肉の付き方をスケッチし、絵や彫刻のデッサンに役立てたわけよ。
そんなレオナルドがこのゲームでどうアレンジされたのかと申しますと……。
レオナルドはニヤリと笑い、手に持った大たい骨をかかげ、キスする勢いでうっとりと眺めた。
「ねえ、ルクレツィア。人の真の美しさは骨格にあるのだとは思わないかい? 私は男でも女でも美しい骨格を持つ者が好きなんだ。だからルクレツィア……私は世界で一番美しい君を――解剖したい」
――これがレオナルドの決め台詞である。
恐怖で私がその場に固まる間に、ピコーンと三つの選択肢が表示された。
A:あなたに解剖されたい
B:一万年と二千年前から解剖されたい
C:八千年過ぎたらもっと解剖されたい
心臓がドキドキと早鐘を打っている。ああ、これが恋というものなのね……って、こんなところで吊り橋効果にかかってどうすんじゃい!!
私は貞操の危機の前に生命の危機を感じ、唯一の窓を破って地上へと飛び降りた。ガラスのかけらとともにしゅたっと着地し、マッドな攻略対象を振り仰ぐ。
「ルクレツィア!? 飛び降りて死ぬつもりなら解剖させてね! そこにサインをくれ!!」
ひらりと頭上に落ちた解剖承諾書を破り捨て、私は明後日に向かって泣きながら駆け出した。
ここまで来てショック療法で思い出した。
ノーマルエンドが全員の好感度を上げ、すべてのイベントをこなし、エンディングをクリアしなければ、決して辿り着かないと言うことに……!
この世にロクな男はいない。独身こそ至高にして究極。みんなで仲良く独身でいよう!――製作者はそんなコンセプトでこのゲームを作ったのだろうか。
ならばそのもくろみは大成功だ。
ああ、私は前世でのあのアラサーで、派遣で、喪女で、干物で、引きこもりのオタクだったあのころが、心からなつかしく恋しい。
こうして逃げ続けていれば、いずれバグが発生し、誰一人攻略しなくても、修道女になれる日がくるのだろうか。
私は走る。それだけを信じてノーマルエンドまで走り続ける。
オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな このはてしなく遠い独り身坂をよ……!!
何か手段は、方法はないのか! ヤンデレからもフェロモンからも男の娘からも透明人間からも逃れるルートはないのか!?
ハッ。
脳内に突如として明星がキラーンとまたたく。
そう、そうだよ。思い出した。このゲームにはノーマルエンドがあったはず。どのキャラも攻略せずに終わると、ルクレツィアは修道女にならねばならぬのだ。
ああ、一生お一人様コースが今は何よりも輝いて見える! できれば神様の磔刑像もイケメンでありますように!
この時私は目にした星が死兆星なのだとはまだ知らなかったのだ……。
ところでノーマルエンドに辿り着くためには、どう選択すればよかったのかと首をひねる。オデコまで出かかっているのだがなかなか思い出せない。
そうして考えながら走っていたせいだろうか。私はいつしか見知らぬ灰色の建物に駆け込んでいた。
ん? ここはどこじゃい?
カツーンカツンと足音の響く廊下といい、その奥に紅く光る「手術室」のランプといい、病院そのものではないか……って、病院!?
とてつもなく嫌な予感がして立ち止まる。だがしかし、これもゲーム補正なのか、私の手はひとりでに出術室のドアに伸ばされた。
ヒィィィ! 悪寒、オカン、おかあちゃぁぁぁーーーん!!
手術室の中は薄暗く血生臭かった。目を凝らすと中央に肌色のナニかが乗った銀の台と、忙しく手を動かすすらりとした立ち姿の男がいる。ピチャ、クチュ、ブチュッとあってはならない音が聞こえた。
「やあ、ルクレツィア」
金髪碧眼の美女とも見まごう男が、血まみれのメスを片手に振り返った。どの層の萌えを狙ったのかは知らないが、なぜか無意味に白衣にメガネである。
こいつは最後の攻略対象、乙女ゲームに必ず一人はいる、長髪イケメン・レオナルド……!
史実のレオナルド・ダ・ヴィンチは芸術家にして建築家、科学者でもある万能の天才である。でもって、人体解剖マニアでもあった。死体をバラして骨格のつくりや筋肉の付き方をスケッチし、絵や彫刻のデッサンに役立てたわけよ。
そんなレオナルドがこのゲームでどうアレンジされたのかと申しますと……。
レオナルドはニヤリと笑い、手に持った大たい骨をかかげ、キスする勢いでうっとりと眺めた。
「ねえ、ルクレツィア。人の真の美しさは骨格にあるのだとは思わないかい? 私は男でも女でも美しい骨格を持つ者が好きなんだ。だからルクレツィア……私は世界で一番美しい君を――解剖したい」
――これがレオナルドの決め台詞である。
恐怖で私がその場に固まる間に、ピコーンと三つの選択肢が表示された。
A:あなたに解剖されたい
B:一万年と二千年前から解剖されたい
C:八千年過ぎたらもっと解剖されたい
心臓がドキドキと早鐘を打っている。ああ、これが恋というものなのね……って、こんなところで吊り橋効果にかかってどうすんじゃい!!
私は貞操の危機の前に生命の危機を感じ、唯一の窓を破って地上へと飛び降りた。ガラスのかけらとともにしゅたっと着地し、マッドな攻略対象を振り仰ぐ。
「ルクレツィア!? 飛び降りて死ぬつもりなら解剖させてね! そこにサインをくれ!!」
ひらりと頭上に落ちた解剖承諾書を破り捨て、私は明後日に向かって泣きながら駆け出した。
ここまで来てショック療法で思い出した。
ノーマルエンドが全員の好感度を上げ、すべてのイベントをこなし、エンディングをクリアしなければ、決して辿り着かないと言うことに……!
この世にロクな男はいない。独身こそ至高にして究極。みんなで仲良く独身でいよう!――製作者はそんなコンセプトでこのゲームを作ったのだろうか。
ならばそのもくろみは大成功だ。
ああ、私は前世でのあのアラサーで、派遣で、喪女で、干物で、引きこもりのオタクだったあのころが、心からなつかしく恋しい。
こうして逃げ続けていれば、いずれバグが発生し、誰一人攻略しなくても、修道女になれる日がくるのだろうか。
私は走る。それだけを信じてノーマルエンドまで走り続ける。
オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな このはてしなく遠い独り身坂をよ……!!
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