鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

文字の大きさ
50 / 261
二章 変転

十四.藤吉郎

しおりを挟む
  暗黒の中に、一つの炎が揺らめく…
 
 「解任じゃ!」
信長の声が、頭に響く。
 「ようもたばかったな! もう許さぬ! うぬの顔なぞ見たくもないわッ!」
こんな事を言われた覚えはないのに、はっきりと信長の激怒した顔が、間近に見える。


 何かの間違いだ! 違う!



「違う……信長…様…!!」
「お侍!!」
その声で、ハッとした。
見知らぬ天井が目に入り、体中に激痛が走る。
「くあ…っっ!!」
「動いちゃいかん! あんなに肉がそげて…生きとるとは大した体力と精神がや。一応、薬師の方に見てもらったで、大丈夫でゃーじょーぶとは思うが…」
「…あなた、は……」
見れば、気絶寸前に見た若者であった。
彼は顔をくしゃ~として、笑う。
「おれは藤吉郎っちゅう者で、今川で足軽しとったが出世してゃあて…これから、尾張にでも行くきゃあ~と思って…」
「…助かったよ、礼を言う」
「お侍は何故あんな目に?」
聞かれて、翔隆は眉をひそめて苦笑する。
「ちょっと…今川とは敵対してるものでな…」
「……さっき、〝信長さま〟と言ってましたな…もしや尾張の織田さまの事で?」
藤吉郎が首を傾げる。
ふと、藤吉郎の右手の親指の付け根辺りからもう一本、親指が生えているのに気付く。
〈…指が多いと便利なのかな…それとも不便なのかな〉
そんな事を思いながらも答える。
「ん…信長様は…俺の、主君だ」
「そいつは奇遇で! 実はおれ…いやいや、拙者もその信長公にお仕えしようかと、思っておりゃあしてな!」
「藤吉郎殿は、とても明るいな……」
「いやあ。これが取り柄だがね、はい」
そう言って藤吉郎は、にこにこしたまま粟と黒米の粥を差し出した。
右手の多い親指は、器用に使われていた。
それを見て翔隆もフッと笑って、痛みを堪えて起き上がり、粥を食べる。
「……だが…今、牢人の身なのだ…」
「牢人?! ありゃあ…」
いかにも残念そうに言うのを見て、恐らく紹介してもらうのを狙っていたのだろう、という事を察して翔隆は微笑する。
「済まん…だが、諦めるのは早いぞ。来年には再仕官を約束されているから、その時に、仕官出来るように具申ぐしんしてみるよ」
「ばれましたか! その折は、よしなにお頼み申し上げます!」
藤吉郎は、平伏して言った。
「うん…しかし俺が強くならなければ、再仕官は叶わぬから…」
「いんにゃあ、何のご心配もいりゃあせん。この藤吉郎めに全てお任せあれ! 全力を尽くして介抱して差し上げます!」
そういう意味で言ったのではないのだが…。にこにこと笑う藤吉郎を見ていると、何だか心が軽くなってくる。
…不思議な若者だ。
「ありがとう。…それと一つ、お願いがあるのだ」
「なんっなりと!」
「俺は世間知らずでな。米や食料の相場、田畑の作り方すら分からんのだ…是非、教えて貰えないだろうか?」
「はあ…んな事なら……」
藤吉郎は、不審に感じた。
〈本当に、信長の家臣か…?〉
目の色もよく見れば異人のようだし、疑わない方がおかしい。
〈…信じて良いもんかどうか…〉
そう考えて唸っていると、翔隆は溜め息交じりに微笑む。
「ふふ…疑うのも無理はない。仕官はきちんと責任を持つ。教えてくれるのならば、外交内政や築城術の基礎を、教えて差し上げよう」
外交、内政、築城と聞いて藤吉郎は背をピンと伸ばして笑顔になる。
「よし、お侍を信じましょう! 時に、貴方様のお名前は?」
「ああ、済まん。篠蔦しのつた三郎兵衛さぶろうびようえ翔隆、翔隆でいい。宜しく、藤吉郎殿」
「こちらこそ、よしなに! おれ…っとと、拙者の事は気軽に藤吉でも藤吉郎とでも呼んでちょうでゃあ!」
「…ありがとう」
 
 それから翔隆は和書を用いて、まず字から教え内政、外交そして築城の基本を教えた。
 代わりに藤吉郎が、軍の細かな役目や田畑の耕し方、草鞋の作り方など色々な事を翔隆に教える。



 翔隆は気力が回復した三日目に、傷口を《力》で塞ぎ治してみせると、藤吉郎は驚いたが
「仏から授かった力ですな」と言って感心した。
二人が親しくなり馴染むには、余り時は掛からなかった。

 
「翔隆さま! ほれこの通り!」
藤吉郎が、小枝を使って小さい城の骨組みを作ってみせる。
それを見て、翔隆は吹き出してしまう。
「ぷ…あはははは! 藤吉郎…ここは畑の真ん中だぞ。そんな所に城を作ったら、雀の住処になってしまうよ!」
「はははは! ごもっともで!」
笑いながら鍬を持つ。
翔隆も笑って耕し始める。
傷が治ったのは良いがその後遺症らしく、翔隆はびっこを引いて右足を庇っていた。
 力で治せないのかと聞いた時、まだ未熟なので今の〝気〟では無理。
あと二ヶ月後なら、完治出来るだろうがその後、《力》を使い果たし倒れるだろうとの返事がきたのだ。
〈不憫でいりゃあすなも…さぞ痛いだろうに…。何かおれに出来る事はねゃあもんか………そうだ!〉
藤吉郎は何を思ってか突然走り出して、林に行く。
そして二股に分かれた、太くて丈夫な枝を切ってくると、それを削り始めた。
翔隆が何かと思い黙って様子を見ていると、縄や布を用いて器用に何かを作り上げ、小屋から薬袋を持ってくる。
「翔隆さま、これは越中の薬売りから買った物で万病に効くそうで。夜によく、熱を出して苦しんでらっせるし…それに痛ぎゃあておるようですし…」
「! 気付いてたのか…」
「勿論! あと、この杖をこのよーに脇に入れまいて、ここを掴み足代わりとすれば今より楽に歩けるでみゃあよ?」
と身振り手振りで説明して、翔隆の脇に入れた。
「…度々、済まない…」
「いえいえ、とんでもにゃあ! 上に立つお方に尽くすのは、当然です。いずれ拙者は、ご指導頂く身になるのですから!」
「いや。それは、きっとない」
「え?」
「…藤吉郎殿は、信長様の一番の家臣。きっと、いや、絶対にそうなるようにして差し上げよう。…俺が、必ず!」
翔隆は、自信満々に微笑み頷いた。藤吉郎は、それに感激して涙を滝のように流す。
「あ…ありがとうございばす…この間まで見ず知らずの仲だったおれに…‼」
その後は、もう言葉にならない。
世は下克上…。
誰しも世に出んが為人を蹴落とし、のし上がり、主殺しも当たり前の時代。
こんな世なればこそ、己の力こそが全てだというのに、こんなに親身になってくれる人がいようとは…!
〈この人だけは生涯、敵に回すみゃあて!〉
藤吉郎は、心底そう思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...