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二章 変転
十四.藤吉郎
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暗黒の中に、一つの炎が揺らめく…
「解任じゃ!」
信長の声が、頭に響く。
「ようもたばかったな! もう許さぬ! うぬの顔なぞ見たくもないわッ!」
こんな事を言われた覚えはないのに、はっきりと信長の激怒した顔が、間近に見える。
何かの間違いだ! 違う!
「違う……信長…様…!!」
「お侍!!」
その声で、ハッとした。
見知らぬ天井が目に入り、体中に激痛が走る。
「くあ…っっ!!」
「動いちゃいかん! あんなに肉がそげて…生きとるとは大した体力と精神がや。一応、薬師の方に見てもらったで、大丈夫とは思うが…」
「…あなた、は……」
見れば、気絶寸前に見た若者であった。
彼は顔をくしゃ~として、笑う。
「おれは藤吉郎っちゅう者で、今川で足軽しとったが出世してゃあて…これから、尾張にでも行くきゃあ~と思って…」
「…助かったよ、礼を言う」
「お侍は何故あんな目に?」
聞かれて、翔隆は眉をひそめて苦笑する。
「ちょっと…今川とは敵対してるものでな…」
「……さっき、〝信長さま〟と言ってましたな…もしや尾張の織田さまの事で?」
藤吉郎が首を傾げる。
ふと、藤吉郎の右手の親指の付け根辺りからもう一本、親指が生えているのに気付く。
〈…指が多いと便利なのかな…それとも不便なのかな〉
そんな事を思いながらも答える。
「ん…信長様は…俺の、主君だ」
「そいつは奇遇で! 実はおれ…いやいや、拙者もその信長公にお仕えしようかと、思っておりゃあしてな!」
「藤吉郎殿は、とても明るいな……」
「いやあ。これが取り柄だがね、はい」
そう言って藤吉郎は、にこにこしたまま粟と黒米の粥を差し出した。
右手の多い親指は、器用に使われていた。
それを見て翔隆もフッと笑って、痛みを堪えて起き上がり、粥を食べる。
「……だが…今、牢人の身なのだ…」
「牢人?! ありゃあ…」
いかにも残念そうに言うのを見て、恐らく紹介してもらうのを狙っていたのだろう、という事を察して翔隆は微笑する。
「済まん…だが、諦めるのは早いぞ。来年には再仕官を約束されているから、その時に、仕官出来るように具申してみるよ」
「ばれましたか! その折は、よしなにお頼み申し上げます!」
藤吉郎は、平伏して言った。
「うん…しかし俺が強くならなければ、再仕官は叶わぬから…」
「いんにゃあ、何のご心配もいりゃあせん。この藤吉郎めに全てお任せあれ! 全力を尽くして介抱して差し上げます!」
そういう意味で言ったのではないのだが…。にこにこと笑う藤吉郎を見ていると、何だか心が軽くなってくる。
…不思議な若者だ。
「ありがとう。…それと一つ、お願いがあるのだ」
「なんっなりと!」
「俺は世間知らずでな。米や食料の相場、田畑の作り方すら分からんのだ…是非、教えて貰えないだろうか?」
「はあ…んな事なら……」
藤吉郎は、不審に感じた。
〈本当に、信長の家臣か…?〉
目の色もよく見れば異人のようだし、疑わない方がおかしい。
〈…信じて良いもんかどうか…〉
そう考えて唸っていると、翔隆は溜め息交じりに微笑む。
「ふふ…疑うのも無理はない。仕官はきちんと責任を持つ。教えてくれるのならば、外交内政や築城術の基礎を、教えて差し上げよう」
外交、内政、築城と聞いて藤吉郎は背をピンと伸ばして笑顔になる。
「よし、お侍を信じましょう! 時に、貴方様のお名前は?」
「ああ、済まん。篠蔦三郎兵衛翔隆、翔隆でいい。宜しく、藤吉郎殿」
「こちらこそ、よしなに! おれ…っとと、拙者の事は気軽に藤吉でも藤吉郎とでも呼んでちょうでゃあ!」
「…ありがとう」
それから翔隆は和書を用いて、まず字から教え内政、外交そして築城の基本を教えた。
代わりに藤吉郎が、軍の細かな役目や田畑の耕し方、草鞋の作り方など色々な事を翔隆に教える。
翔隆は気力が回復した三日目に、傷口を《力》で塞ぎ治してみせると、藤吉郎は驚いたが
「仏から授かった力ですな」と言って感心した。
二人が親しくなり馴染むには、余り時は掛からなかった。
「翔隆さま! ほれこの通り!」
藤吉郎が、小枝を使って小さい城の骨組みを作ってみせる。
それを見て、翔隆は吹き出してしまう。
「ぷ…あはははは! 藤吉郎…ここは畑の真ん中だぞ。そんな所に城を作ったら、雀の住処になってしまうよ!」
「はははは! ごもっともで!」
笑いながら鍬を持つ。
翔隆も笑って耕し始める。
傷が治ったのは良いがその後遺症らしく、翔隆はびっこを引いて右足を庇っていた。
力で治せないのかと聞いた時、まだ未熟なので今の〝気〟では無理。
あと二ヶ月後なら、完治出来るだろうがその後、《力》を使い果たし倒れるだろうとの返事がきたのだ。
〈不憫でいりゃあすなも…さぞ痛いだろうに…。何かおれに出来る事はねゃあもんか………そうだ!〉
藤吉郎は何を思ってか突然走り出して、林に行く。
そして二股に分かれた、太くて丈夫な枝を切ってくると、それを削り始めた。
翔隆が何かと思い黙って様子を見ていると、縄や布を用いて器用に何かを作り上げ、小屋から薬袋を持ってくる。
「翔隆さま、これは越中の薬売りから買った物で万病に効くそうで。夜によく、熱を出して苦しんでらっせるし…それに痛ぎゃあておるようですし…」
「! 気付いてたのか…」
「勿論! あと、この杖をこのよーに脇に入れまいて、ここを掴み足代わりとすれば今より楽に歩けるでみゃあよ?」
と身振り手振りで説明して、翔隆の脇に入れた。
「…度々、済まない…」
「いえいえ、とんでもにゃあ! 上に立つお方に尽くすのは、当然です。いずれ拙者は、ご指導頂く身になるのですから!」
「いや。それは、きっとない」
「え?」
「…藤吉郎殿は、信長様の一番の家臣。きっと、いや、絶対にそうなるようにして差し上げよう。…俺が、必ず!」
翔隆は、自信満々に微笑み頷いた。藤吉郎は、それに感激して涙を滝のように流す。
「あ…ありがとうございばす…この間まで見ず知らずの仲だったおれに…‼」
その後は、もう言葉にならない。
世は下克上…。
誰しも世に出んが為人を蹴落とし、のし上がり、主殺しも当たり前の時代。
こんな世なればこそ、己の力こそが全てだというのに、こんなに親身になってくれる人がいようとは…!
〈この人だけは生涯、敵に回すみゃあて!〉
藤吉郎は、心底そう思った。
「解任じゃ!」
信長の声が、頭に響く。
「ようもたばかったな! もう許さぬ! うぬの顔なぞ見たくもないわッ!」
こんな事を言われた覚えはないのに、はっきりと信長の激怒した顔が、間近に見える。
何かの間違いだ! 違う!
「違う……信長…様…!!」
「お侍!!」
その声で、ハッとした。
見知らぬ天井が目に入り、体中に激痛が走る。
「くあ…っっ!!」
「動いちゃいかん! あんなに肉がそげて…生きとるとは大した体力と精神がや。一応、薬師の方に見てもらったで、大丈夫とは思うが…」
「…あなた、は……」
見れば、気絶寸前に見た若者であった。
彼は顔をくしゃ~として、笑う。
「おれは藤吉郎っちゅう者で、今川で足軽しとったが出世してゃあて…これから、尾張にでも行くきゃあ~と思って…」
「…助かったよ、礼を言う」
「お侍は何故あんな目に?」
聞かれて、翔隆は眉をひそめて苦笑する。
「ちょっと…今川とは敵対してるものでな…」
「……さっき、〝信長さま〟と言ってましたな…もしや尾張の織田さまの事で?」
藤吉郎が首を傾げる。
ふと、藤吉郎の右手の親指の付け根辺りからもう一本、親指が生えているのに気付く。
〈…指が多いと便利なのかな…それとも不便なのかな〉
そんな事を思いながらも答える。
「ん…信長様は…俺の、主君だ」
「そいつは奇遇で! 実はおれ…いやいや、拙者もその信長公にお仕えしようかと、思っておりゃあしてな!」
「藤吉郎殿は、とても明るいな……」
「いやあ。これが取り柄だがね、はい」
そう言って藤吉郎は、にこにこしたまま粟と黒米の粥を差し出した。
右手の多い親指は、器用に使われていた。
それを見て翔隆もフッと笑って、痛みを堪えて起き上がり、粥を食べる。
「……だが…今、牢人の身なのだ…」
「牢人?! ありゃあ…」
いかにも残念そうに言うのを見て、恐らく紹介してもらうのを狙っていたのだろう、という事を察して翔隆は微笑する。
「済まん…だが、諦めるのは早いぞ。来年には再仕官を約束されているから、その時に、仕官出来るように具申してみるよ」
「ばれましたか! その折は、よしなにお頼み申し上げます!」
藤吉郎は、平伏して言った。
「うん…しかし俺が強くならなければ、再仕官は叶わぬから…」
「いんにゃあ、何のご心配もいりゃあせん。この藤吉郎めに全てお任せあれ! 全力を尽くして介抱して差し上げます!」
そういう意味で言ったのではないのだが…。にこにこと笑う藤吉郎を見ていると、何だか心が軽くなってくる。
…不思議な若者だ。
「ありがとう。…それと一つ、お願いがあるのだ」
「なんっなりと!」
「俺は世間知らずでな。米や食料の相場、田畑の作り方すら分からんのだ…是非、教えて貰えないだろうか?」
「はあ…んな事なら……」
藤吉郎は、不審に感じた。
〈本当に、信長の家臣か…?〉
目の色もよく見れば異人のようだし、疑わない方がおかしい。
〈…信じて良いもんかどうか…〉
そう考えて唸っていると、翔隆は溜め息交じりに微笑む。
「ふふ…疑うのも無理はない。仕官はきちんと責任を持つ。教えてくれるのならば、外交内政や築城術の基礎を、教えて差し上げよう」
外交、内政、築城と聞いて藤吉郎は背をピンと伸ばして笑顔になる。
「よし、お侍を信じましょう! 時に、貴方様のお名前は?」
「ああ、済まん。篠蔦三郎兵衛翔隆、翔隆でいい。宜しく、藤吉郎殿」
「こちらこそ、よしなに! おれ…っとと、拙者の事は気軽に藤吉でも藤吉郎とでも呼んでちょうでゃあ!」
「…ありがとう」
それから翔隆は和書を用いて、まず字から教え内政、外交そして築城の基本を教えた。
代わりに藤吉郎が、軍の細かな役目や田畑の耕し方、草鞋の作り方など色々な事を翔隆に教える。
翔隆は気力が回復した三日目に、傷口を《力》で塞ぎ治してみせると、藤吉郎は驚いたが
「仏から授かった力ですな」と言って感心した。
二人が親しくなり馴染むには、余り時は掛からなかった。
「翔隆さま! ほれこの通り!」
藤吉郎が、小枝を使って小さい城の骨組みを作ってみせる。
それを見て、翔隆は吹き出してしまう。
「ぷ…あはははは! 藤吉郎…ここは畑の真ん中だぞ。そんな所に城を作ったら、雀の住処になってしまうよ!」
「はははは! ごもっともで!」
笑いながら鍬を持つ。
翔隆も笑って耕し始める。
傷が治ったのは良いがその後遺症らしく、翔隆はびっこを引いて右足を庇っていた。
力で治せないのかと聞いた時、まだ未熟なので今の〝気〟では無理。
あと二ヶ月後なら、完治出来るだろうがその後、《力》を使い果たし倒れるだろうとの返事がきたのだ。
〈不憫でいりゃあすなも…さぞ痛いだろうに…。何かおれに出来る事はねゃあもんか………そうだ!〉
藤吉郎は何を思ってか突然走り出して、林に行く。
そして二股に分かれた、太くて丈夫な枝を切ってくると、それを削り始めた。
翔隆が何かと思い黙って様子を見ていると、縄や布を用いて器用に何かを作り上げ、小屋から薬袋を持ってくる。
「翔隆さま、これは越中の薬売りから買った物で万病に効くそうで。夜によく、熱を出して苦しんでらっせるし…それに痛ぎゃあておるようですし…」
「! 気付いてたのか…」
「勿論! あと、この杖をこのよーに脇に入れまいて、ここを掴み足代わりとすれば今より楽に歩けるでみゃあよ?」
と身振り手振りで説明して、翔隆の脇に入れた。
「…度々、済まない…」
「いえいえ、とんでもにゃあ! 上に立つお方に尽くすのは、当然です。いずれ拙者は、ご指導頂く身になるのですから!」
「いや。それは、きっとない」
「え?」
「…藤吉郎殿は、信長様の一番の家臣。きっと、いや、絶対にそうなるようにして差し上げよう。…俺が、必ず!」
翔隆は、自信満々に微笑み頷いた。藤吉郎は、それに感激して涙を滝のように流す。
「あ…ありがとうございばす…この間まで見ず知らずの仲だったおれに…‼」
その後は、もう言葉にならない。
世は下克上…。
誰しも世に出んが為人を蹴落とし、のし上がり、主殺しも当たり前の時代。
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