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三章 廻転
三.謁見
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それから三ヶ月後の四月に、斎藤道三から謁見の申し出がきた。
信長はためらいもなく斎藤道三との謁見を行う事を決めた。
舅であり、宿敵でもある道三をこちらに付けて、反信長派の者達に知らしめる為だ。
場所は、国境にある正徳寺。
信長の軍勢は自慢の少年隊三七〇余り、弓隊が五百程、長槍隊が六百程、足軽隊が三百程、鉄砲隊が五百余り、そして自分を交ぜた騎馬隊三十―――総勢二千超え。
これ程の軍を用いようとも、濃姫は猛反対した。
「なりませぬ!! 絶対に謀殺する気です!」
「己の父を信じぬのか? 可愛い婿との対面だ」
「行くと言うのであれば、わらわを殺してから………いえ、ここで死にまする!」
そう叫んで濃姫は短刀を引き抜き、己の喉へと刃を向けた。
信長の身支度をしていた池田勝三郎と前田犬千代が目を見開いて驚く。
「お…お濃の方さま、どうかお鎮まりを…」
池田勝三郎が手を向けると、濃姫はグッと短剣を握りしめて二歩下がる。
「わらわは本気じゃ! …殿を、みすみす死地に向かわせとうはないという思い、分からぬ訳ではありますまい!!」
そう叫ぶ濃姫の後ろにスッと翔隆が立って両手を掴んで上げさせた。
「あっ…!」
濃姫が驚く間に、その短刀を丹羽長秀が取り上げる。
その体勢のまま、翔隆が微笑んで喋る。
「…濃姫様、信長様を信じて下され」
「翔隆! 離しなされ!そなたは父がどんな男か見てきて分かる筈です!」
「はい、ですから分かります。この会見は、どちらにとっても良い結果を生むであろう、と」
「……良い結果、と?」
「はい。道三様にとっては、頼もしい婿を…信長様にとっては、頼もしい舅を…。同盟していて良かったーーーそう、思えるような結果に」
翔隆は手を離してニコリとして言う。
濃姫は手を胸元に当てて考える。
「………」
翔隆がここまで言うのだから、大事ない気はするがーーーーそれでも、濃姫は己の父を信用出来なかった。
〈醜聞に惑わされているに違いない…〉
〝大うつけ〟の噂は美濃に届いている…尾張が分裂しているのも承知であろう。
眉をしかめて唇を噛み締める濃姫の前に立つと、信長は濃姫の顎を持って口付ける。
「……っ殿!」
「留守を頼むぞ。…まだ動かぬであろうが…万が一、攻めてきたらそなたが大将として敵を討て」
「…そんな、事…承知しております!」
濃姫は震える右手を左手で握りしめてそっぽを向く。
どうしても不安が拭えないのだ…。
〈殿が殺されたらどうすれば……!〉
そのまま清洲城や末森城から軍勢が押し寄せてくるだろう。
そんな事を考えていると、ポンと肩を叩かれる。
顔を上げると、優しい笑みを浮かべた信長と目が合う。
「必ず戻る」
そう言い信長は支度をしに行った。
その後から、翔隆も笑って言う。
「俺が必ずお守り致します」
「…頼みましたよ」
「はい」
「この懐剣を、持っていきなされ」
そう言い、濃姫は翔隆に己の懐剣を渡す。
それは、この尾張に嫁いでくる時に、斎藤道三から賜った物だ。
「これは、斎藤道三から渡された物……嫌ならば自害をするか、寝首でも掻けーーーそう言われた懐剣です。故に、殿が危うくなったらこれで心の臓を突き刺しておやりなさい! いいですね?!」
「ーーーはい」
その返答に、ようやく濃姫は侍女を集めて武装して渋々見送ったのだ。
正徳寺に向かう途中、翔隆は信長の馬の轡を取りながら微笑する。
「もう直ですね」
「おう!」
信長は相変わらずの姿で、馬に乗っている。
萌黄色の平打ち紐で髪を高々と茶筅髷にし、湯帷子を袖脱ぎして金銀飾りの大刀と脇差しの柄を藁縄で巻き、太い麻縄を腕に巻いて火打ち袋や瓢箪を七・八つ腰にぶら下げ、虎皮と豹皮を四色に染め分けた半袴(裾に紐を通していない袴。よく時代劇で見る袴)を履いている。
(湯帷子とは、平安時代に蒸し風呂に入る際に着た着物で、浴衣の原型と言われる)
それでも誰も咎めようとはしない。
皆、故は知っているからだ。
翔隆はふと目に付いた小屋に、見覚えのある顔が覗いているのを見付ける。
〈…! 道三様?!〉
まさかこんな所に…とは思ったが、どんなに変装してもその、内から滲み出る威厳は隠しきれないものだ。
翔隆は、ばれはしないかとハラハラしながら信長を見上げた。
「何じゃ、翔隆」
「えっ…いえ、その……」
翔隆は何とか、気付かせまいと目を逸らせる。
「フン」
信長はちらりと小屋を見て、笑った。
その間に、道三が戻ってきた。
「お着替えを…」
「…うむ」
道三は厳しい表情のまま、腰を下ろした。
〝謁見〟…にも関わらず、信長は虎と豹の皮の半袴に湯帷子で来た…。
しかも薄汚れた格好のまま。
これでもう、討ち取る決意は固まった。
向こうは小姓一人を従えてやってくる。
囲んでしまえば、どうという事はないであろう。
ここには道三の腹心が揃っているのだから。
…しかし、引っ掛かる事がある。
〈篠蔦があそこまで忠誠を立てる男は、真にうつけか…? 帰蝶までもが惚れくさった文をよこすのは……〉
そう考えている時、重臣達の声が聞こえてくる。
「あれは…?!」
「なんとうつけた姿かっ!」
ズラリと居並ぶ直垂姿で正装している美濃衆は思った通りの反応で出迎えてくれた。
なじる者、馬鹿にして笑う者、腹を立てる者…と、面白い程こちらの思惑通りに言動してくれる。
「用意を」
信長が言うと、小姓達が屏風を持ってきて信長の周りに置いていく。
その中で、翔隆達は信長の支度を整えた。
髪を折り曲げに結い、褐色の直垂と長袴を着せて、小刀を腰に差す。
屏風をササッとしまうと、余計にざわめいた。
「なんと!」
「これをする為に傾いていたのか?!」
その声に斎藤道三は驚いて覗き見る。
大勢の者の前を、威風堂々と歩いてくるその姿は…恐らく、朝廷人よりもそれらしかろう。
〈あれが…――――上総介…〉
道三は驚愕して目を見張った。
「大うつけ、か…」
道三がそう呟く間に、信長はぴたりと止まり小刀が、当たらぬように気を遣いながらお堂へスルスルと出た。
そこへ堀田道空が出迎えて
「お早くなさいませ」
と案内しようとするが、信長はそれを無視して諸侍が居並ぶ前を堂々と歩いていき、柱に寄り掛かる。
じっと見つめる先には屏風ーーー。
その後ろでは斎藤道三が正装しているのを見抜いているのだ。
暫くして正装した道三は屏風を押し退けて出てきて座る。
信長は素知らぬ顔で庭を見ていた。
ハッと気付いた堀田は慌てて信長の下へ行く。
「こちらが山城守殿ですぞ」
「…やっとお出でになったか」
そう言い信長は微笑し、斎藤山城守を見て中に入る。
「…織田、上総介信長にござる」
気品漂う堂々とした口調で名乗り、座った。
「よく、参られたな」
「入道どの」
「何じゃの」
「先刻、貴殿によく似た商人が小屋におりましてなぁ…」
ドキッとしながらも、道三は平静を保つ。
「いや何、わしも昔は油売りをやっておった頃もあった故な……。似た者もおろうて」
苦しい言い訳だ…。
「……帰蝶は、良い妻ですぞ。わしがここに来るのを案じ、〝行くな〟と申しましてなぁ」
「ほお…何故かのぉ…?」
「…恐らく…行けば殺されるとでも思ったのでござろうなぁ…?」
「わしが婿どのを! たわけた奴じゃ…」
ハハハと笑って誤魔化しながら、道三は心中で驚き冷や汗を掻いていた。
「いやいや誠に。舅どのがそんなたわけた事をする訳はないと、しかと帰蝶には申して参りました故」
「ほお……左様か」
もはや完敗である。その風格、気品に惚れ込んでしまっている自分が居るからだ。
自分を恐れるどころか近侍一人伴わず、一寸の隙さえ見せぬ若者…。
〈成る程…日の本一の婿やもしれん…〉
考えながら、帰蝶の文を、思い出した。
そこへ、小姓が酒盃を運んでくる。
銚子を取り、双方の朱色の盃に酒を満たしていく…。
道三は、その酒を見つめながら考える。
〈…わしの敗北じゃ。切って捨てるどころか、敵には出来ぬ大物じゃわ…〉
フッと笑うと、道三は信長を見て満面に笑みを浮かべる。
「いや、めでたい! これで美濃と尾張の絆は固く結ばれた。美濃も力強い味方が出来たものじゃ! 婿どのは、わしの息子も同然よ!」
道三は、かつてこれほどの〝宝石〟を見た事がなかった。
その喜びから出た、本音である。
「湯漬けを、これへ」
道三は笑って言う。
これ程の男を目の前にして、惚れない者はいまい。
道三はふと、思い出して呟く。
「…篠蔦の、言うた通りじゃの」
すると、信長はピクリと眉をひそめた。
「…あ奴が、何か……申しましたか?」
「貴殿にぞっこん惚れ込んでおった…〝心が広く、死して尚忠誠を誓う方だ〟と。この道三、感服至した!」
「左様で…」
信長は微笑みながら、湯漬けを口にした。
会見も無事に終え、道三は三十町も信長ら一行を見送った。
「婿どの。この道三、いつでも貴殿にお力添え至しまするぞ!」
そう、大きな声で告げた。
「かたじけない。その時あらば、よしなにお頼み申す!」
笑顔で答え、信長は一礼して軍勢を率いていった。
それを見送りながら、道三は側にいる堀田に対し、淋しげに呟く。
「…美濃衆はいずれ上総どのの門前に轡を並べる事となろうて…」
「道三さま……」
堀田はただ、そんな道三の横顔を見つめた。
信長はためらいもなく斎藤道三との謁見を行う事を決めた。
舅であり、宿敵でもある道三をこちらに付けて、反信長派の者達に知らしめる為だ。
場所は、国境にある正徳寺。
信長の軍勢は自慢の少年隊三七〇余り、弓隊が五百程、長槍隊が六百程、足軽隊が三百程、鉄砲隊が五百余り、そして自分を交ぜた騎馬隊三十―――総勢二千超え。
これ程の軍を用いようとも、濃姫は猛反対した。
「なりませぬ!! 絶対に謀殺する気です!」
「己の父を信じぬのか? 可愛い婿との対面だ」
「行くと言うのであれば、わらわを殺してから………いえ、ここで死にまする!」
そう叫んで濃姫は短刀を引き抜き、己の喉へと刃を向けた。
信長の身支度をしていた池田勝三郎と前田犬千代が目を見開いて驚く。
「お…お濃の方さま、どうかお鎮まりを…」
池田勝三郎が手を向けると、濃姫はグッと短剣を握りしめて二歩下がる。
「わらわは本気じゃ! …殿を、みすみす死地に向かわせとうはないという思い、分からぬ訳ではありますまい!!」
そう叫ぶ濃姫の後ろにスッと翔隆が立って両手を掴んで上げさせた。
「あっ…!」
濃姫が驚く間に、その短刀を丹羽長秀が取り上げる。
その体勢のまま、翔隆が微笑んで喋る。
「…濃姫様、信長様を信じて下され」
「翔隆! 離しなされ!そなたは父がどんな男か見てきて分かる筈です!」
「はい、ですから分かります。この会見は、どちらにとっても良い結果を生むであろう、と」
「……良い結果、と?」
「はい。道三様にとっては、頼もしい婿を…信長様にとっては、頼もしい舅を…。同盟していて良かったーーーそう、思えるような結果に」
翔隆は手を離してニコリとして言う。
濃姫は手を胸元に当てて考える。
「………」
翔隆がここまで言うのだから、大事ない気はするがーーーーそれでも、濃姫は己の父を信用出来なかった。
〈醜聞に惑わされているに違いない…〉
〝大うつけ〟の噂は美濃に届いている…尾張が分裂しているのも承知であろう。
眉をしかめて唇を噛み締める濃姫の前に立つと、信長は濃姫の顎を持って口付ける。
「……っ殿!」
「留守を頼むぞ。…まだ動かぬであろうが…万が一、攻めてきたらそなたが大将として敵を討て」
「…そんな、事…承知しております!」
濃姫は震える右手を左手で握りしめてそっぽを向く。
どうしても不安が拭えないのだ…。
〈殿が殺されたらどうすれば……!〉
そのまま清洲城や末森城から軍勢が押し寄せてくるだろう。
そんな事を考えていると、ポンと肩を叩かれる。
顔を上げると、優しい笑みを浮かべた信長と目が合う。
「必ず戻る」
そう言い信長は支度をしに行った。
その後から、翔隆も笑って言う。
「俺が必ずお守り致します」
「…頼みましたよ」
「はい」
「この懐剣を、持っていきなされ」
そう言い、濃姫は翔隆に己の懐剣を渡す。
それは、この尾張に嫁いでくる時に、斎藤道三から賜った物だ。
「これは、斎藤道三から渡された物……嫌ならば自害をするか、寝首でも掻けーーーそう言われた懐剣です。故に、殿が危うくなったらこれで心の臓を突き刺しておやりなさい! いいですね?!」
「ーーーはい」
その返答に、ようやく濃姫は侍女を集めて武装して渋々見送ったのだ。
正徳寺に向かう途中、翔隆は信長の馬の轡を取りながら微笑する。
「もう直ですね」
「おう!」
信長は相変わらずの姿で、馬に乗っている。
萌黄色の平打ち紐で髪を高々と茶筅髷にし、湯帷子を袖脱ぎして金銀飾りの大刀と脇差しの柄を藁縄で巻き、太い麻縄を腕に巻いて火打ち袋や瓢箪を七・八つ腰にぶら下げ、虎皮と豹皮を四色に染め分けた半袴(裾に紐を通していない袴。よく時代劇で見る袴)を履いている。
(湯帷子とは、平安時代に蒸し風呂に入る際に着た着物で、浴衣の原型と言われる)
それでも誰も咎めようとはしない。
皆、故は知っているからだ。
翔隆はふと目に付いた小屋に、見覚えのある顔が覗いているのを見付ける。
〈…! 道三様?!〉
まさかこんな所に…とは思ったが、どんなに変装してもその、内から滲み出る威厳は隠しきれないものだ。
翔隆は、ばれはしないかとハラハラしながら信長を見上げた。
「何じゃ、翔隆」
「えっ…いえ、その……」
翔隆は何とか、気付かせまいと目を逸らせる。
「フン」
信長はちらりと小屋を見て、笑った。
その間に、道三が戻ってきた。
「お着替えを…」
「…うむ」
道三は厳しい表情のまま、腰を下ろした。
〝謁見〟…にも関わらず、信長は虎と豹の皮の半袴に湯帷子で来た…。
しかも薄汚れた格好のまま。
これでもう、討ち取る決意は固まった。
向こうは小姓一人を従えてやってくる。
囲んでしまえば、どうという事はないであろう。
ここには道三の腹心が揃っているのだから。
…しかし、引っ掛かる事がある。
〈篠蔦があそこまで忠誠を立てる男は、真にうつけか…? 帰蝶までもが惚れくさった文をよこすのは……〉
そう考えている時、重臣達の声が聞こえてくる。
「あれは…?!」
「なんとうつけた姿かっ!」
ズラリと居並ぶ直垂姿で正装している美濃衆は思った通りの反応で出迎えてくれた。
なじる者、馬鹿にして笑う者、腹を立てる者…と、面白い程こちらの思惑通りに言動してくれる。
「用意を」
信長が言うと、小姓達が屏風を持ってきて信長の周りに置いていく。
その中で、翔隆達は信長の支度を整えた。
髪を折り曲げに結い、褐色の直垂と長袴を着せて、小刀を腰に差す。
屏風をササッとしまうと、余計にざわめいた。
「なんと!」
「これをする為に傾いていたのか?!」
その声に斎藤道三は驚いて覗き見る。
大勢の者の前を、威風堂々と歩いてくるその姿は…恐らく、朝廷人よりもそれらしかろう。
〈あれが…――――上総介…〉
道三は驚愕して目を見張った。
「大うつけ、か…」
道三がそう呟く間に、信長はぴたりと止まり小刀が、当たらぬように気を遣いながらお堂へスルスルと出た。
そこへ堀田道空が出迎えて
「お早くなさいませ」
と案内しようとするが、信長はそれを無視して諸侍が居並ぶ前を堂々と歩いていき、柱に寄り掛かる。
じっと見つめる先には屏風ーーー。
その後ろでは斎藤道三が正装しているのを見抜いているのだ。
暫くして正装した道三は屏風を押し退けて出てきて座る。
信長は素知らぬ顔で庭を見ていた。
ハッと気付いた堀田は慌てて信長の下へ行く。
「こちらが山城守殿ですぞ」
「…やっとお出でになったか」
そう言い信長は微笑し、斎藤山城守を見て中に入る。
「…織田、上総介信長にござる」
気品漂う堂々とした口調で名乗り、座った。
「よく、参られたな」
「入道どの」
「何じゃの」
「先刻、貴殿によく似た商人が小屋におりましてなぁ…」
ドキッとしながらも、道三は平静を保つ。
「いや何、わしも昔は油売りをやっておった頃もあった故な……。似た者もおろうて」
苦しい言い訳だ…。
「……帰蝶は、良い妻ですぞ。わしがここに来るのを案じ、〝行くな〟と申しましてなぁ」
「ほお…何故かのぉ…?」
「…恐らく…行けば殺されるとでも思ったのでござろうなぁ…?」
「わしが婿どのを! たわけた奴じゃ…」
ハハハと笑って誤魔化しながら、道三は心中で驚き冷や汗を掻いていた。
「いやいや誠に。舅どのがそんなたわけた事をする訳はないと、しかと帰蝶には申して参りました故」
「ほお……左様か」
もはや完敗である。その風格、気品に惚れ込んでしまっている自分が居るからだ。
自分を恐れるどころか近侍一人伴わず、一寸の隙さえ見せぬ若者…。
〈成る程…日の本一の婿やもしれん…〉
考えながら、帰蝶の文を、思い出した。
そこへ、小姓が酒盃を運んでくる。
銚子を取り、双方の朱色の盃に酒を満たしていく…。
道三は、その酒を見つめながら考える。
〈…わしの敗北じゃ。切って捨てるどころか、敵には出来ぬ大物じゃわ…〉
フッと笑うと、道三は信長を見て満面に笑みを浮かべる。
「いや、めでたい! これで美濃と尾張の絆は固く結ばれた。美濃も力強い味方が出来たものじゃ! 婿どのは、わしの息子も同然よ!」
道三は、かつてこれほどの〝宝石〟を見た事がなかった。
その喜びから出た、本音である。
「湯漬けを、これへ」
道三は笑って言う。
これ程の男を目の前にして、惚れない者はいまい。
道三はふと、思い出して呟く。
「…篠蔦の、言うた通りじゃの」
すると、信長はピクリと眉をひそめた。
「…あ奴が、何か……申しましたか?」
「貴殿にぞっこん惚れ込んでおった…〝心が広く、死して尚忠誠を誓う方だ〟と。この道三、感服至した!」
「左様で…」
信長は微笑みながら、湯漬けを口にした。
会見も無事に終え、道三は三十町も信長ら一行を見送った。
「婿どの。この道三、いつでも貴殿にお力添え至しまするぞ!」
そう、大きな声で告げた。
「かたじけない。その時あらば、よしなにお頼み申す!」
笑顔で答え、信長は一礼して軍勢を率いていった。
それを見送りながら、道三は側にいる堀田に対し、淋しげに呟く。
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