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三章 廻転
七.姫達
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急に冷えてきた十月のある日。
翔隆が薪を作る手伝いをしていると、急に可愛らしい女子が現れて言う。
「ほら、やっぱり鬼じゃないわ!」
「?!」
ナタを持って振り下ろした時に言うので、翔隆が驚いて横に飛び退くと、後ろからクスクスという笑い声がした。
見ると、信長が市姫を抱いて立っていた。
「の…お屋形様…」
「お市とお犬が、お主に会いたいと申してな」
言われて、足元で笑っているのが犬姫(四歳)だと分かった。
降ろされた市姫(七歳)はしずしずと翔隆に寄ってくる。
「久しいですね、翔隆」
「あ、はい。大きくなられましたね」
答えながら翔隆は下人にナタを渡して、手拭いで手を拭く。
「私も抱っこして」
「え、あの…お着物が汚れてしまいますが…」
「そちは小姓でしょ? はよ暖かいお座敷に入りましょ?」
そう言い犬姫が両手を広げる。
翔隆が戸惑いながら信長を見ると、苦笑して頷かれた。
「では…」
そう言い左手で犬姫を抱えると、市姫も右側に来た。
「あい、どうぞ」
「ど、どうも…失礼致します…?」
何故か二人を抱っこする事となり、両手が塞がった。
「はは、女子にもてるな! そのまま行くぞ」
信長は笑って先に歩いていく。
二人を抱えて中に入ると、濃姫が縁側で出迎えた。
「まあ、殿は横着なさって」
そう言いながら、翔隆から犬姫を抱っこして受け取り、草鞋を脱がして部屋へ入れる。
「こ奴らが、翔隆に寄っていったのだ」
「言い訳は結構です。ああ、こんなに冷えて。早う火鉢の側へ」
市姫も中へ入れながら言い、濃姫は共に火鉢の側に行く。
そして、突っ立っている翔隆を見る。
「早う入りなされ」
「あの…俺、まだ」
「薪割りは小姓の仕事ではありませぬ」
「…それに、汚れて」
「そんなに気になるなら着替えなされ。身なりを気にするようになるとは…そろそろ殿も気にして頂きたいものですね」
「………」
翔隆はどうしたらいいかを考え、土埃と木くずを払って縁側に上がった。
多少汚れがある方が、主君の面目が立つからだ。
すると市姫と犬姫の二人が翔隆の手を引いて火鉢の側に行く。
「こんなに冷えて、早う暖まりなされ」
濃姫の真似をして言い、翔隆を座らせる。
そして、期待の眼差しで翔隆を見つめた。
「今日は、何のお話?」
にこやかに市姫が聞いてくる。
「話、ですか…草や葉の話で宜しければ…」
「ならば、姫達が嫁いでも役に立つ物になされ」
その濃姫の言葉に、翔隆は考えながら言う。
「しばしお待ちを」
そう言い、すぐさま外に出て消えた。
そして、暫くして草を入れた籠を持ってきて座る。
「まず、この白く縁取られた笹は、熊笹と言います。お茶にするといいとも言われますが、傷に貼っておくと止血にもなります。本当は揉むといいのですが、ふいに触ってしまうと」
言いながら触ると、スッと翔隆の指が切れる。
「あ!」
「このように切れますので、注意して下さい。…舐めとけば治りますが…」
そう言いかけて、姫二人に心配そうに見られていたので、熊笹を指に巻いた。
「…次はこの赤い花の付いた草は、イヌタデと言います。この葉を揉んで虫刺されなどに付けます。こっちの白い花の方はヤナギタデ。これの葉は、すり潰して酢と混ぜて食べ、腹痛になるのを防ぎますが辛いです。たまに虫が付いてますので、払って下さい」
「虫…?」
犬姫が興味を示す。
まだ、青虫や外の虫の類は知らないのだ。
「えっと…細長くて、葉を食べちゃうんですよ。その中には、蝶になったり蛾になったりするのもいます」
「どれが蝶々になるの?」
市姫が聞く。
「今は、もう居ないので…春から夏に、見つけましょうか」
そう言うと、
「分かりました」
と濃姫が答えたので、翔隆はそちらを見る。
「…虫は、お嫌いでは…?」
「一言も蝶々が嫌いだなどと申しておらぬ。妾の名には〝帰蝶〟、と蝶が付きますし…」
「…では、その時に。…次ですが…桜の花ですが、塩漬けにして食べるのもいいですし、葉っぱも桜の香りがしていいですよ」
「また食べてしまうのね…」
なんだか寂しげに市姫が言う。
「花を愛でるのは女子の役目。食べるのは男子ですかね」
そう言って笑うと、皆が笑った。
その後、曼珠沙華や鈴蘭には毒があるので注意をするように話して姫達は帰った。
姫達を送る信長を見送り、ふうと溜め息を吐くと、横から濃姫が言う。
「来年の春から夏が楽しみですね」
「え…本気ですか? 青虫ですよ?」
「そうですね。でも、どれが蝶々になるのかは知りません」
「…姉は、気持ち悪いと叫びましたが…」
「ほ、ほほ。楽しみですね」
笑いながら濃姫は中に入る。
翔隆は苦笑しながら、後に続いた。
翔隆が薪を作る手伝いをしていると、急に可愛らしい女子が現れて言う。
「ほら、やっぱり鬼じゃないわ!」
「?!」
ナタを持って振り下ろした時に言うので、翔隆が驚いて横に飛び退くと、後ろからクスクスという笑い声がした。
見ると、信長が市姫を抱いて立っていた。
「の…お屋形様…」
「お市とお犬が、お主に会いたいと申してな」
言われて、足元で笑っているのが犬姫(四歳)だと分かった。
降ろされた市姫(七歳)はしずしずと翔隆に寄ってくる。
「久しいですね、翔隆」
「あ、はい。大きくなられましたね」
答えながら翔隆は下人にナタを渡して、手拭いで手を拭く。
「私も抱っこして」
「え、あの…お着物が汚れてしまいますが…」
「そちは小姓でしょ? はよ暖かいお座敷に入りましょ?」
そう言い犬姫が両手を広げる。
翔隆が戸惑いながら信長を見ると、苦笑して頷かれた。
「では…」
そう言い左手で犬姫を抱えると、市姫も右側に来た。
「あい、どうぞ」
「ど、どうも…失礼致します…?」
何故か二人を抱っこする事となり、両手が塞がった。
「はは、女子にもてるな! そのまま行くぞ」
信長は笑って先に歩いていく。
二人を抱えて中に入ると、濃姫が縁側で出迎えた。
「まあ、殿は横着なさって」
そう言いながら、翔隆から犬姫を抱っこして受け取り、草鞋を脱がして部屋へ入れる。
「こ奴らが、翔隆に寄っていったのだ」
「言い訳は結構です。ああ、こんなに冷えて。早う火鉢の側へ」
市姫も中へ入れながら言い、濃姫は共に火鉢の側に行く。
そして、突っ立っている翔隆を見る。
「早う入りなされ」
「あの…俺、まだ」
「薪割りは小姓の仕事ではありませぬ」
「…それに、汚れて」
「そんなに気になるなら着替えなされ。身なりを気にするようになるとは…そろそろ殿も気にして頂きたいものですね」
「………」
翔隆はどうしたらいいかを考え、土埃と木くずを払って縁側に上がった。
多少汚れがある方が、主君の面目が立つからだ。
すると市姫と犬姫の二人が翔隆の手を引いて火鉢の側に行く。
「こんなに冷えて、早う暖まりなされ」
濃姫の真似をして言い、翔隆を座らせる。
そして、期待の眼差しで翔隆を見つめた。
「今日は、何のお話?」
にこやかに市姫が聞いてくる。
「話、ですか…草や葉の話で宜しければ…」
「ならば、姫達が嫁いでも役に立つ物になされ」
その濃姫の言葉に、翔隆は考えながら言う。
「しばしお待ちを」
そう言い、すぐさま外に出て消えた。
そして、暫くして草を入れた籠を持ってきて座る。
「まず、この白く縁取られた笹は、熊笹と言います。お茶にするといいとも言われますが、傷に貼っておくと止血にもなります。本当は揉むといいのですが、ふいに触ってしまうと」
言いながら触ると、スッと翔隆の指が切れる。
「あ!」
「このように切れますので、注意して下さい。…舐めとけば治りますが…」
そう言いかけて、姫二人に心配そうに見られていたので、熊笹を指に巻いた。
「…次はこの赤い花の付いた草は、イヌタデと言います。この葉を揉んで虫刺されなどに付けます。こっちの白い花の方はヤナギタデ。これの葉は、すり潰して酢と混ぜて食べ、腹痛になるのを防ぎますが辛いです。たまに虫が付いてますので、払って下さい」
「虫…?」
犬姫が興味を示す。
まだ、青虫や外の虫の類は知らないのだ。
「えっと…細長くて、葉を食べちゃうんですよ。その中には、蝶になったり蛾になったりするのもいます」
「どれが蝶々になるの?」
市姫が聞く。
「今は、もう居ないので…春から夏に、見つけましょうか」
そう言うと、
「分かりました」
と濃姫が答えたので、翔隆はそちらを見る。
「…虫は、お嫌いでは…?」
「一言も蝶々が嫌いだなどと申しておらぬ。妾の名には〝帰蝶〟、と蝶が付きますし…」
「…では、その時に。…次ですが…桜の花ですが、塩漬けにして食べるのもいいですし、葉っぱも桜の香りがしていいですよ」
「また食べてしまうのね…」
なんだか寂しげに市姫が言う。
「花を愛でるのは女子の役目。食べるのは男子ですかね」
そう言って笑うと、皆が笑った。
その後、曼珠沙華や鈴蘭には毒があるので注意をするように話して姫達は帰った。
姫達を送る信長を見送り、ふうと溜め息を吐くと、横から濃姫が言う。
「来年の春から夏が楽しみですね」
「え…本気ですか? 青虫ですよ?」
「そうですね。でも、どれが蝶々になるのかは知りません」
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