鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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三章 廻転

八.睦月と、拓須と。

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木枯らしの吹く十一月。

冬支度の為に翔隆は一日暇を貰った。
嵩美と共に、まだ生えている薬草や食草を取る為だ。
「翔隆様は、薬草作りがお好きですよね」
嵩美が木の皮を剥ぎ取りながら言う。
「狭霧でも、薬草は摘むだろう?」
「ええ、力の無い我々は。京羅様達のように偉い方々はご自身で治されてますので」
「治…せるが…………とにかく取るぞ」
それ以上は言わずに、翔隆は取るのに専念した。
その様子から、《治癒》はまだ苦手なのだろうと判断し、嵩美も敢えて言わずに薬草を探す。
〈…そういえば、父も薬草など使わなかったな〉
ふと嵩美は己の父を思い出す。

嵩美の父は、京羅の異父弟・霏烏羅ひうら…末弟に当たる。
嵩美は唯一の男子だったので、何かと期待されていたが…それら全てを捨ててきた。
従兄の話に興味を持ったからだ。
 不知火の嫡男が、狭霧の一門を返せ、と挑みに来る…と。
導師様だと知っても尚、挑んで強くなっている…と。
実際に見る翔隆は頼りなさげに見えるが、心が誰よりも強いと思った。
思いと志を一貫している…そんな者は狭霧には居なかった。
〈…本当に、面白い方だ〉
嵩美はフフッと笑いながら翔隆について行った。
その直後、翔隆がピタリと止まる。
「翔隆様ーーー」
言い掛けて、嵩美は翔隆の前方を見て固まる。
前方に冷たい表情の拓須が立っている。
その奥に、薬草を探す睦月の姿…。
まるで、〝近寄ったら殺す〟と言わんばかりの顔でこちらを睨んでいる。
翔隆は、そっと嵩美を左手で守るようにかざしながら、一歩後退って小声で言う。
(嵩美、静かに下がれ)
(は、はい…)
そーっと二人で下がって遠くまで行くと、翔隆は睦月を見つめる。
薬草を探す睦月の側に、二歳になる雪乃宮がくっついている。
まるで、昔の翔隆のように。
それを見てから、別の山に向かいながら翔隆が話す。
「さっきは済まんな」
「え? いえ…」
嵩美は色々聞きたいのを飲み込んで、翔隆の言葉を待った。
翔隆は草むらの葉を取りながら言う。
「さっきのは…霊術を教えてくれた師匠の拓須。…もう知っているよな」
「…はい」
「奥に居たのは睦月。俺を慈しみ、守ってくれていた師匠だ。だが、そのせいで掟を破って病になった…」
そう言い、山の中に入る。
「拓須は睦月が大事だから、俺を殺したくてたまらないらしい。…会ったら殺すと言われているのだが…会わないのも難しいよな」
そう言い翔隆は苦笑する。
「お、これヤマイモじゃないか?」
そう言って掘り始めたので、嵩美も手伝う。
「…まだ拓須から術を色々習いたいけど…あの調子で睨まれてさ。ヘタすると首絞められるか飛ばされるか………」
「近寄らねば、宜しいのでは…」
「睦月が…寂しがるんだ。時々でも会わないと…俺のせいで、罰として病になったんだから」
嵩美は言いたい言葉をグッと飲み込む。
 病になったのは、翔隆のせいではなく、自分で選んだ結果だーーーと。
同じ狭霧の自分ならば分かる。
自分も恐らく同じようにするだろう。
落ち込んでいる翔隆に、何か言おうとした時。
「翔隆!」
と叫びながら後ろから睦月が翔隆に抱き着いて、もろとも坂を転がっていった。
「と、翔隆様!」
幸い小さな草むらの坂なので怪我はない。
翔隆は睦月の背を叩いてなだめる。
「睦月…危ないよ」
「会いに来てくれないからだろう! 拓須が邪魔なら帰すから!」
「睦月…そんなんじゃない。ちょっと、尾張を離れてて…ごめん」
そう言いながら起き上がり、睦月を離そうとするのだが離れない。
困りながら坂の上を見ると、嵩美の横に雪乃宮を右手に抱きかかえながらこちらを睨む拓須が立っている。
そんな拓須に苦笑してから、翔隆は睦月の背をポンポンと叩く。
「ほら、薬草が潰れるから…ちゃんと話すよ」
「……」
睦月はむぅっとしながら仕方なく離れて、嵩美を見る。
「…あの子は?」
「ああ、家臣の嵩美だ」
言いながら翔隆は固まって動けないでいる嵩美の側に行く。
「大丈夫だ、拓須は無意味に同族を殺しはしない。…そうだろう?」
笑いながら拓須に言うと、拓須はそっぽを向いた。
「ああ、あそこにヤツデとカンアオイがあるよ」
翔隆は睦月に言い、共にそれらを採取する。
取りながら、今までの事を色々と話した。
織田に仕えた経緯から、人間達との関わり、武田家の事も。

薬草などは嵩美に持って帰って貰って、共に睦月の小屋に行く事になった。
「今、夕餉を作るから座ってなさい」
そう言いながら睦月は嬉しそうに支度をする。
「手伝うよ。魚、焼いとけばいい?」
「ああ、囲炉裏に。じゃあ鍋に味噌を入れてくれるか?」
睦月は日野菜ひのなの漬物を取り出す。
そこに、嵩美がやってきた。
「あの…お手伝い致します」
「ああ、いいから翔隆の側に行ってなさい」
「はい…」
嵩美は翔隆の側に行って、魚を火の側に刺し直す。
久し振りの翔隆との食事で張り切っているのだというのが、よく分かる。
〈本当に、大事に思われているのだな…〉
ふと奥を見れば、雪乃宮にまとわりつかれている拓須がいる。
(…大丈夫だから)
緊張している嵩美にそう言い、翔隆は鍋をかき混ぜる。
「豆腐も作っておいたんだ。拓須が好きだから沢山入れよう」
睦月は豆腐とつみれを入れる。
「赤米が足りないな…朝に炊いたのがあるから…拓須! そこの飯櫃めしびつを取ってくれ」
「……そんなに食わないだろう?」
拓須はそう圧を掛けながら翔隆と嵩美を見る。
嵩美は恐怖して下がっていくのに対して、翔隆は側に寄ってくる。
「俺が持つよ。拓須は雪乃宮の相手をしててくれ」
「………くっ」
ククッと笑いながら、拓須は飯櫃を渡す。
「本当に…お前は鈍いのかわざとなのか…」
「?」
翔隆が飯櫃を持つと、拓須がぐっと持って言う。
「殺す、と言わなかったか…?」
「あー…うん、まあ。でも生かしてくれてるじゃないか」
笑って言うので、拓須は飯櫃を離した。
すると睦月に怒鳴られた。
「拓須! 翔隆を脅すなと言っただろう?!」
「分かった分かった。悪かった」
まだクククと笑いながら言い、囲炉裏の側に来る。
どこかいつもよりも楽しそうだ、と睦月は思う。
翔隆を脅す言葉も本気ではないし、楽しんでいる。
それは翔隆にも分かっていた。
魚を裏返しながら翔隆が拓須に言う。
「これ、炎で炙れないかな?」
「やるがいい。そこまで操れるようになったとは思えないがな」
「…だから、拓須が」
「馬鹿を抜かすな。茶でも淹れてこい」
「茶……土瓶は?」
「粉だ」
そう言い、棚から茶筒を取り出す。
「ほら、茶筅ちゃせんだ」
お前如きが茶など知るまい、と笑いながら渡す。
すると、翔隆はそれらを持って湧いた湯の元に行って茶をてる。
「はい、渋くなくていいんだよね?」
「………」
拓須は置かれた茶を飲んでみる。
…睦月がれるのと変わりがないので腹が立った。
「いつ覚えたんだ?」
睦月が微笑して聞く。
「美濃に居た時に、明智十兵衛殿と斎藤道三様に習って。出来た方がいいって、教えてくれたんだ」
笑って答え、雑炊をよそう。
久し振りの、睦月達との食事はとても楽しかった。
拓須の厭味いやみも、睦月の優しさも、懐かしくて嬉しくなった。

だが、長居は出来ない。


翔隆は、嵩美と共に夜中に長屋に戻っていく。
その目ににじむ涙を見て、嵩美が尋ねる。
「…宜しいのですか?」
「また、会えるから」
そう言い翔隆は走り出した。
「出仕に差し障るから、早く寝るぞ!」
「ま、待って下さい!」
嵩美は慌てて着物をたくし上げて走った。
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