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三章 廻転
九.狭霧
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十二月。
ここは、富士の青木ヶ原樹海。
今の所、狭霧一族の一番の拠点となっている。
そこの奥深く、自然の洞窟を活用した蟻の巣のような住居や、小屋、井戸や鍛治場までもがあった。
その中の一つの穴の奥の広間に、京羅(五十七歳)を始め、弟の佳磨羅(四十七歳)、京羅の次男である弓沙羅(四十歳)や三男である飄羅(三十九歳)と四男である景羅(三十八歳)。
側近の霧風(二十五歳)、重臣達などが居た。
京羅は酒を呑みながら、じっと宙を見る。
「首尾はどうだ」
京羅の言葉に、景羅が少し前に出る。
「あの嫡男めが力を付け、統率し始めて、何やら手をこまねいている様子です」
「…そのようだな」
冷笑して言うと、景羅は下がって座る。
代わって、敗北という屈辱を味わっている飄羅が言う。
「何故、抹殺命令を下されぬのですか! 父上!」
「…飄羅、控えよ」
そう言ったのは、弓沙羅であった。
「くっ……!」
たった一言で弟を黙らせると、父・京羅に向き直った。
「父上、各地の首尾は上々です。…が、しかしながら〝アレ〟が力を付ければ、少々厄介なのも事実。…このまま陽炎に任せるというのも、いささか問題もあるかと、存じまする」
差し障りなくそう告げると、京羅はクッと口の端で笑う。
「何の為、陽炎はここに居る…?」
その言葉に、一同はハッとした。
そう―――陽炎は、ただの戦力ではない。
〝不知火の人質〟なのだ。
代々、〝不知火から送られてきた人質〟は実力ある場合、自由に不知火の嫡子と会う機会を与えられる。
それは、いつ不知火に〝戻ってもいいように〟…との計らいなのだが…。
しかし、その接触は主に〝戦い〟でしか許されていない。
「任せておけば良い。……それよりも、各地の集落を把握し、早く国を取れ」
「は、はっ!」
皆がひれ伏して、瞬時に散っていくと、京羅は積まれている書物に目を通す。
事細かに書かれている物やただの報告、絵図や系譜などもある。
〈…力を付けた、か…〉
ふと手を止めて、京羅は何故か穏やかな笑みを浮かべる。
〈あれから十三年……か。早いものだ〉
京羅は遠い昔に、思いを馳せる。
尾張に不知火の嫡子がいると知り、暗殺を買って出たのが睦月だった…。
重用し側に置いていた者だから、一応信用はしていた。
まさか裏切るとは、思いも寄らなかったが………それはそれで、納得している。
京羅自身が実力を優先し、自分以外を信頼した事がないからだ。
実の兄弟も、子息も、一つの手駒にしか過ぎない…。
〈………目障りでは、なくなったな…〉
実際に見た翔隆は、思った程無能ではなかった。《力》を秘めた者は、敵であれ好ましい。
だが、もしもあのまま成長しないようであれば、迷いもなく殺す。
今はまだ陽炎や清修が中心となって戦っているが、その内に配下の誰かが積極的に殺しに行くだろう。
考えに耽って、ふと書物を捲る手を止める。
〈…力無き者…か〉
フッと強笑して、遠い昔を思い出した…。
…厳しく冷たい母…。
妹の《能力》と容姿に嫉妬していた母…。
〝嫡男〟を産もうと必死になって、遂に産めなかったが為に、京羅を嫡子よりも心・技・体・力・統率力共に上回る程の強い男に仕上げようとしていた…。
京羅は幼い頃から、冷酷で殺戮を好んでいた。
己の手の内で、命が消える瞬間を楽しんでいたものだ。
兄は生まれ付き、ずば抜けた《能力》の持ち主であったが、自由奔放で母には反抗していた。
弟も、さして秘めたる《能力》は見られない…だから、自分に矛先が回ってきたのだろう。
かなり厳しい教育で、寝る間も余りなかったが、自分としてはそれなりに楽しんで充実していた。周りに強い者も、見本となるような者もいない中で、京羅にとっては一歳年上の兄だけが唯一の目標のようなものであった。
今の狭霧では、誰も信頼出来得るような者はいない。
唯一、息子の景羅と弓沙羅くらいが、まともに見える程度だ。
〈…まだ兄のような者もいない、か………。至仕方あるまい〉
京羅は、しばし天井を見上げてから立ち上がり、纏めた書物を手に歩き出す。
〈さて…暫くは、傍観しているとするか…〉
冷笑を浮かべ、京羅は外に出た。
ここは、富士の青木ヶ原樹海。
今の所、狭霧一族の一番の拠点となっている。
そこの奥深く、自然の洞窟を活用した蟻の巣のような住居や、小屋、井戸や鍛治場までもがあった。
その中の一つの穴の奥の広間に、京羅(五十七歳)を始め、弟の佳磨羅(四十七歳)、京羅の次男である弓沙羅(四十歳)や三男である飄羅(三十九歳)と四男である景羅(三十八歳)。
側近の霧風(二十五歳)、重臣達などが居た。
京羅は酒を呑みながら、じっと宙を見る。
「首尾はどうだ」
京羅の言葉に、景羅が少し前に出る。
「あの嫡男めが力を付け、統率し始めて、何やら手をこまねいている様子です」
「…そのようだな」
冷笑して言うと、景羅は下がって座る。
代わって、敗北という屈辱を味わっている飄羅が言う。
「何故、抹殺命令を下されぬのですか! 父上!」
「…飄羅、控えよ」
そう言ったのは、弓沙羅であった。
「くっ……!」
たった一言で弟を黙らせると、父・京羅に向き直った。
「父上、各地の首尾は上々です。…が、しかしながら〝アレ〟が力を付ければ、少々厄介なのも事実。…このまま陽炎に任せるというのも、いささか問題もあるかと、存じまする」
差し障りなくそう告げると、京羅はクッと口の端で笑う。
「何の為、陽炎はここに居る…?」
その言葉に、一同はハッとした。
そう―――陽炎は、ただの戦力ではない。
〝不知火の人質〟なのだ。
代々、〝不知火から送られてきた人質〟は実力ある場合、自由に不知火の嫡子と会う機会を与えられる。
それは、いつ不知火に〝戻ってもいいように〟…との計らいなのだが…。
しかし、その接触は主に〝戦い〟でしか許されていない。
「任せておけば良い。……それよりも、各地の集落を把握し、早く国を取れ」
「は、はっ!」
皆がひれ伏して、瞬時に散っていくと、京羅は積まれている書物に目を通す。
事細かに書かれている物やただの報告、絵図や系譜などもある。
〈…力を付けた、か…〉
ふと手を止めて、京羅は何故か穏やかな笑みを浮かべる。
〈あれから十三年……か。早いものだ〉
京羅は遠い昔に、思いを馳せる。
尾張に不知火の嫡子がいると知り、暗殺を買って出たのが睦月だった…。
重用し側に置いていた者だから、一応信用はしていた。
まさか裏切るとは、思いも寄らなかったが………それはそれで、納得している。
京羅自身が実力を優先し、自分以外を信頼した事がないからだ。
実の兄弟も、子息も、一つの手駒にしか過ぎない…。
〈………目障りでは、なくなったな…〉
実際に見た翔隆は、思った程無能ではなかった。《力》を秘めた者は、敵であれ好ましい。
だが、もしもあのまま成長しないようであれば、迷いもなく殺す。
今はまだ陽炎や清修が中心となって戦っているが、その内に配下の誰かが積極的に殺しに行くだろう。
考えに耽って、ふと書物を捲る手を止める。
〈…力無き者…か〉
フッと強笑して、遠い昔を思い出した…。
…厳しく冷たい母…。
妹の《能力》と容姿に嫉妬していた母…。
〝嫡男〟を産もうと必死になって、遂に産めなかったが為に、京羅を嫡子よりも心・技・体・力・統率力共に上回る程の強い男に仕上げようとしていた…。
京羅は幼い頃から、冷酷で殺戮を好んでいた。
己の手の内で、命が消える瞬間を楽しんでいたものだ。
兄は生まれ付き、ずば抜けた《能力》の持ち主であったが、自由奔放で母には反抗していた。
弟も、さして秘めたる《能力》は見られない…だから、自分に矛先が回ってきたのだろう。
かなり厳しい教育で、寝る間も余りなかったが、自分としてはそれなりに楽しんで充実していた。周りに強い者も、見本となるような者もいない中で、京羅にとっては一歳年上の兄だけが唯一の目標のようなものであった。
今の狭霧では、誰も信頼出来得るような者はいない。
唯一、息子の景羅と弓沙羅くらいが、まともに見える程度だ。
〈…まだ兄のような者もいない、か………。至仕方あるまい〉
京羅は、しばし天井を見上げてから立ち上がり、纏めた書物を手に歩き出す。
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