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四章 礎
十一.七夕 〜狭霧の女達〜
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じめっとした暑さのある七月。
富士の樹海。
風穴の一つで、狭霧の女達が集まって短冊を作ったり飾りを作っていた。
七夕は刺繍をする日でもあるので、それぞれに夫や子供の着物に刺繍を施したりもしていた。
毎年、安産祈願や生まれてくる子供が五体満足で健やかに強く育つようにと願い、夫や父に書いてもらった幟を飾る。
大抵の夫や父は、〝武〟〝文〟〝勇〟〝秀〟などの一文字だ。
風穴の出入り口に短冊を飾った竹を差しているので、初夏の風物詩でもある。
「沙侑はまだ一人目なの?」
刺繍をしながら唐突に沙樹(二十六歳)が聞く。
すると妹の沙侑(二十四歳)は目を丸くして、ふいとそっぽを向く。
「…仕方がないでしょ…」
とは子供の数の事だ。
沙樹は三人の子を生んでいるが、沙侑はまだお腹に一人目を宿すのみ…。
狭霧では数を産まないと褒められない。
一人でも多く産み、生き残らせる為だ。
二人は京羅の次男・弓沙羅(四十三歳)の次女と三女。
姉は五人の子を産んだ沙羅(二十七歳)。
弟には優秀な弓栩羅(二十五歳)がいる。
その下に妹の沙侑(二十四歳)、弟の弓詠羅(二十三歳)、妹の夜沙(二十二歳)と続く。
六人産んだ母の和御(四十三歳)は離れた所で刺繍をしている。
沙樹の夫は弓景(二十五歳)。
弓沙羅の兄・弓駿(四十四歳)の長男だ。
対して、沙侑の夫は京羅の側仕えである三人衆の一人、真柳 史司(十六歳)。
かなり歳下なのだ。
大抵はすぐに子が出来るようにと、年上の女を嫁にあてがうのが慣習である。
「私より、夜沙の方を心配してよ。あの子また海に居るんでしょう?」
「…四万十川か南の海に居るらしいわ。あの子にも困ったものね」
沙樹が言うと、都から嫁いできた閖侑(三十七歳)が言う。
「能力があるちゅう事やろう? 羨ましいわ~」
「…それはどっち? 本音? 厭味?」
沙羅が問うと、閖侑は笑う。
「本音どすえ、嫌やわぁ」
「…あれは厭味ね」
沙樹が目を細めて言う。
沙樹の夫は弓景、閖侑の夫はその弟の維羅景(二十四歳)。二人は義姉妹だ。
(都の女は厭味よね)
ボソリと沙羅が呟く。
その閖侑に今年出産して今また身重となっている同郷の幸御(十八歳)が寄って行く。
「姉様、言葉はきちんと言わんと…」
「言うとるやないの。…すぐに勘繰って…いじけてまうわ」
「…」
閖侑の言葉は元々媚びたような声で言うので誤解されやすい。
そして同郷の幸御にも厭味に聞こえてしまう…。
〈あかんわ…どっちかよう分からへんわ…〉
庇おうにも分からない。
女同士で仲良くしていかないと駄目なのに、何故か〝都〟から来たというだけで壁が出来てしまう。
遠回しに嫌味を言うのは事実なので、どうしようもないのだが…。
困っていると、同郷で榻羅に嫁いできていた溟涬(六十歳)がやってくる。
「閖侑、こっちに来て手伝いよし」
「はぁい」
答えて閖侑は立ち上がって溟涬と共に竹飾りを手伝いに行った。
「…小さい子達にも手伝わせたいくらいね…」
沙羅が言うと、沙樹が風穴の出入り口から外を見て言う。
「この時間は漢字の手習いね」
「今日は誰が教えてるの?」
「…多分、誰もやらないから弓駿伯父様がいつもの通りにやってくれてるわね…」
子供の面倒など、男衆はやってくれない。
かといって、年頃の女達は嫁ぐ準備に忙しくて構えない。
嫁いだ自分達も、こうして行事の準備などをするので忙しいのだ。
「…由磨も暇なんだから、弓駿伯父様くらいに面倒を見て欲しいわ」
そう沙羅が夫の事を言う。
由磨(三十歳)は、京羅の弟でもある佳磨羅(五十歳)の長男だ。
件の翔隆がいる尾張の上、美濃を任されているらしいが、交戦する兆しも見えない。
「…臆病者」
呟くと、沙樹に背をポンポンと叩かれる。
「やめましょう。その分、沙羅姉様がやっちゃえばいいんだから」
「…そうね」
そう言い、刺繍を再開した。
女達の会話は尽きる事がなかった…。
富士の樹海。
風穴の一つで、狭霧の女達が集まって短冊を作ったり飾りを作っていた。
七夕は刺繍をする日でもあるので、それぞれに夫や子供の着物に刺繍を施したりもしていた。
毎年、安産祈願や生まれてくる子供が五体満足で健やかに強く育つようにと願い、夫や父に書いてもらった幟を飾る。
大抵の夫や父は、〝武〟〝文〟〝勇〟〝秀〟などの一文字だ。
風穴の出入り口に短冊を飾った竹を差しているので、初夏の風物詩でもある。
「沙侑はまだ一人目なの?」
刺繍をしながら唐突に沙樹(二十六歳)が聞く。
すると妹の沙侑(二十四歳)は目を丸くして、ふいとそっぽを向く。
「…仕方がないでしょ…」
とは子供の数の事だ。
沙樹は三人の子を生んでいるが、沙侑はまだお腹に一人目を宿すのみ…。
狭霧では数を産まないと褒められない。
一人でも多く産み、生き残らせる為だ。
二人は京羅の次男・弓沙羅(四十三歳)の次女と三女。
姉は五人の子を産んだ沙羅(二十七歳)。
弟には優秀な弓栩羅(二十五歳)がいる。
その下に妹の沙侑(二十四歳)、弟の弓詠羅(二十三歳)、妹の夜沙(二十二歳)と続く。
六人産んだ母の和御(四十三歳)は離れた所で刺繍をしている。
沙樹の夫は弓景(二十五歳)。
弓沙羅の兄・弓駿(四十四歳)の長男だ。
対して、沙侑の夫は京羅の側仕えである三人衆の一人、真柳 史司(十六歳)。
かなり歳下なのだ。
大抵はすぐに子が出来るようにと、年上の女を嫁にあてがうのが慣習である。
「私より、夜沙の方を心配してよ。あの子また海に居るんでしょう?」
「…四万十川か南の海に居るらしいわ。あの子にも困ったものね」
沙樹が言うと、都から嫁いできた閖侑(三十七歳)が言う。
「能力があるちゅう事やろう? 羨ましいわ~」
「…それはどっち? 本音? 厭味?」
沙羅が問うと、閖侑は笑う。
「本音どすえ、嫌やわぁ」
「…あれは厭味ね」
沙樹が目を細めて言う。
沙樹の夫は弓景、閖侑の夫はその弟の維羅景(二十四歳)。二人は義姉妹だ。
(都の女は厭味よね)
ボソリと沙羅が呟く。
その閖侑に今年出産して今また身重となっている同郷の幸御(十八歳)が寄って行く。
「姉様、言葉はきちんと言わんと…」
「言うとるやないの。…すぐに勘繰って…いじけてまうわ」
「…」
閖侑の言葉は元々媚びたような声で言うので誤解されやすい。
そして同郷の幸御にも厭味に聞こえてしまう…。
〈あかんわ…どっちかよう分からへんわ…〉
庇おうにも分からない。
女同士で仲良くしていかないと駄目なのに、何故か〝都〟から来たというだけで壁が出来てしまう。
遠回しに嫌味を言うのは事実なので、どうしようもないのだが…。
困っていると、同郷で榻羅に嫁いできていた溟涬(六十歳)がやってくる。
「閖侑、こっちに来て手伝いよし」
「はぁい」
答えて閖侑は立ち上がって溟涬と共に竹飾りを手伝いに行った。
「…小さい子達にも手伝わせたいくらいね…」
沙羅が言うと、沙樹が風穴の出入り口から外を見て言う。
「この時間は漢字の手習いね」
「今日は誰が教えてるの?」
「…多分、誰もやらないから弓駿伯父様がいつもの通りにやってくれてるわね…」
子供の面倒など、男衆はやってくれない。
かといって、年頃の女達は嫁ぐ準備に忙しくて構えない。
嫁いだ自分達も、こうして行事の準備などをするので忙しいのだ。
「…由磨も暇なんだから、弓駿伯父様くらいに面倒を見て欲しいわ」
そう沙羅が夫の事を言う。
由磨(三十歳)は、京羅の弟でもある佳磨羅(五十歳)の長男だ。
件の翔隆がいる尾張の上、美濃を任されているらしいが、交戦する兆しも見えない。
「…臆病者」
呟くと、沙樹に背をポンポンと叩かれる。
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