鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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四章 礎

十六.修行と自覚

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  桜弥が元服した事で、禾巳かいが相当拗ねていたが翔隆が体術の修行を共にやる事で機嫌が直ったようだ。
 
  皆と共に修行をして過ごしていた暑い八月。
 
篠姫がいきなり〝似推里ばかりずるい〟と言い出した。
「篠……これは、あくまでも修行であって遊びでは」
「分かっておりまする。わらわがずるいと申したのは、似推里ばかり殿と共に修行をしているからです」
篠姫は、翔隆を客間の真ん中に座らせてその周りをぐるぐると回って歩きながら喋る。
「確かに、わらわとも買い物をなさって下さいます。されど! わらわは強うなろうと必死になっておられる殿のお姿も見たいのです!」
「見たいと言われても…今日の修行は……罠などを仕掛け、その上で…」
「罠がどうのという問題ではありませぬ! 危険は承知の上です」
「だから…」
いくら説明をしても埒があかないので、翔隆は侍女の葵と鹿奈かなにも同行してもらって行こうとする。
 ―――とその時、一成いっせいの姿も見えたので、強引に誘って連れていった。
 
 

 既に山では、似推里と禾巳、嵩美、四郎衛門光征みつまさが幾つもの罠を躱しながら頂上を目指して奮闘していた。
 監視役として見ていた睦月が、驚いて翔隆を見る。
「何故、篠姫様まで…」
「怒りは後で。篠がどうしても来ると言ってきかなかったのだ……。一成!」
「え? …あ、はい?」
一成は突然名前を呼ばれて驚くが、すぐに無表情になる。
「篠達を頼む!」
「あっ……」
それだけ言って修行に行ってしまうものだから、一成は戸惑っていた。
すると、睦月がふっと笑って一成の肩に手を置く。
「…それだけ、信頼されているという事だよ…一成殿」
「信…頼………」
困ったような顔をしながらも、一成は心に響く〝何か〟を感じた…。希望でもなく、慰めでもない、何か…を。
「はあっ!」
似推里は、女子おなごならではの軽い身のこなしと機敏な反応で丸太や矢を躱して修行相手の一族と戦っている。
それは、嵩美も同じであった。
ただ、嵩美にはまだ洞察力が備わっていない…一人一人に合わせた目的別の修行でもあるのだ。
禾巳は、体力と持久力を付けさせる為…光征は技術と判断力を身に付けさせる為。
 そして翔隆は、全てを試し何が足りぬかを見てその場で義成の指南を受ける。
「まだだ! 囲まれていかに有利に倒すか! 何が起きても動じぬようにしろ!」
義成の怒号が飛ぶ…。
その声を聞きながら、翔隆は己の呼吸と心臓の音だけを聞いて集中する―――。
「ハア、ハッ……ハッ……くっっ!!」
二時も経つと、汗で前が見えない程であった。
「殿ーっ! それ、そこじゃ!」
ふいに篠の声が聞こえる。大木の上だ…側には一成がいた。
「姫様、危のうござりまする…」
「なんという事はない! 殿! 左っ!」
熱くなって声援を送るものだから、篠姫も汗だくでぐらぐらと揺れていた。
それを支える一成が真っ青になっている。
翔隆は、ただ〝敵〟と見なした者を切って、幾つもの罠を躱していく――――と、その時!
「きゃあ…」
小さい悲鳴がして、篠姫が木から落ちてしまったのだ!
「っ! 篠!!」
ハッと気付いて、翔隆は考えるよりも早く行動に移っていた。
罠を潜って旨く篠姫を抱き止めて、ふわりと着地する。
「篠、大事ないかっ!?」
翔隆が顔面蒼白で言うのに対して、篠姫はにこりとして言う。
「あい。殿が必ず守って下されると信じておりました故」
「…いくら俺……いや、が一族であるからといって、いつも助けられるとは限らんのだ。無茶はするな…」
真剣に言うと、篠姫は少しだけしゅんとして頷いた。
それを見て、篠姫を降ろすとその柔らかい頬を撫でてやる。
「篠、頂上で待っていてくれ。――一成! 任せる!」
笑顔で篠姫と一成にそう言うと、翔隆は行ってしまった。
篠姫はその後ろ姿を頼もしく想い、微笑んで見つめる。
一方の一成は、胸に込み上げる熱さを感じながら篠姫と共に頂上に向かった―――。


 頂上に着くと、まだ翔隆達が戦っているのが見える。
「殿! 頑張って下さいませっ!」
篠姫は声を上げて応援する。
その横では、一成が胸元を押さえて頬を紅潮させていた。
〈……なんだ…? この熱さは…〉
ドクン、ドクンと鼓動が高鳴る…。嫌悪…ではない……喜び?
初めて、大切な命を預かったという責務…?
一成が思っている間に、翔隆が宙を舞って降り立った。
「似推里と光征らはまだ、か…」
呟いて、心配そうに下を見る。そんな翔隆に、篠姫が嬉しそうに寄り添ってきた。
「殿…とても頼もしゅうござりまする」
「篠…一成…怪我は無いか?」
「はい」「あい」
二人同時に答えた。それに頷くと、光征が登ってきた。
続いて、禾巳が来る。二人共、傷だらけになりながらも互いを見ている…。
「…似推里と嵩美はまだ、か…苦戦しているようだな…」
そこに、あおい鹿奈かなを連れた義成と睦月がやってくる。
葵と鹿奈は、激しい修行にハラハラして蒼白している。
「二人が来たら、手当をして飯にするぞ」
義成が、握り飯の入った風呂敷を置く。すると、禾巳の腹の虫が鳴った。
「くすくす」
笑ったのは、篠姫だった。
 
 それから二刻後に二人が駆け上がって、爆音が響いた。
最後の罠が作動したのだろう。
似推里と嵩美は、肩で息をしてへばっている。そんな似推里に、禾巳が平然と寄っていった。
「早く飯にするぞ! 待ってたんだからな!!」
と、似推里の尻を叩いた。
「いたっ! もう……あ、遅れて申し訳ありません!」
嵩美の平伏姿を見て、慌てて似推里も跪いた。すると、義成は穏やかな笑みを称えて頷く。
「よし、飯にしよう」
「はいっ!」
真っ先に用意に掛かったのは、禾巳だった。
 
 …この日から、翔隆は自分の事を〝私〟というようになった。
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