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四章 礎
十八.主君の子
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風の冷たい十一月。
翔隆は、信長の子の遊び相手となっていた。
嫡男の奇妙丸(三歳)、同腹の次男である茶筅丸(二歳)、そして三男の三七丸(二歳)だ。
「ああ! そちらはいけません!」
好奇心旺盛な三七丸を抱えると、
「とび! こんなにつんだぞ!」
茶筅丸が貝合わせの貝殻を積み重ねて、自慢げに言ってきた。
それを見て、翔隆はフッと微笑む。
「茶筅丸様、これは何枚あるのですか?」
そう尋ねると、茶筅丸は俯いて黙ってしまう。数えて積んではいなかったのだ。
翔隆は、三七丸を降ろして積み重ねられた貝を見て言う。
「では、お三方には幾つに見えますか?」
そう聞くと、文字の練習をしていた奇妙丸も寄ってきた。
「んと…えと……にじゅう?」
茶筅丸が、もじもじしながら言う。
「ひゃく!」
元気良く三七丸が言った。すると、奇妙丸は貝殻を数えてみた。
「茶筅、三七、五十五枚だ。…見るだけだと三十くらいなのに…目で見ただけでは、分からぬものだな」
そんな大人っぽい奇妙丸の言葉に、翔隆は微笑んで貝殻を更に積んでいく。
「そう…。これは、私の師匠に聞いた話なのですが…武田晴信公が幼かった折に、こうして貝殻を積み重ねて家臣達に幾つあるかと尋ねたそうです。五百や二百など答えはバラバラ。貝殻の数でもそれ程不確かなのだから、合戦でも敵の兵の数は正確には分からないものだ…と言ったそうです。皆様方も、分かりませんでしたね」
そう言うと、三七丸が翔隆をじっと見る。
「では、とびは分かってたのか?」
「いいえ。私も分かりませんでした。…駄目ですねぇ」
苦笑して言うと、子供達は笑った。
本当はおおよそ五十と分かっていたが、正確ではなかったから敢えて言わずにいた。
奇妙丸は、その話に感心して貝殻を見つめる。
「…すごいのだな。武田晴信は」
「ええ……幼い頃より、主としての自覚があり、敵と戦う心構えがあったのでしょうね」
しみじみと言うと、奇妙丸が微笑んで翔隆を見つめた。
「…好きなのだな」
「えっ?!」
「晴信。仕えたのだろう? 話してくれたではないか」
そう言われて、翔隆はまたも苦笑する。
まさか、こんな幼子が以前話した事をきちんと覚えているとは思いも寄らなかったからだ。
「はい。お父君には及ばずとも…好きですよ」
はっきりと言うと、奇妙丸は笑って字の練習に戻った。
それを見て、翔隆は茶筅丸と三七丸にも字を教える。
「まずは、ご自分の名前を書きましょう」
翔隆は、茶筅丸と三七丸に筆を持たせて、それぞれの名前を手を取って書いてみせる。
「はい、今度はご自分で書いてみて下され」
翔隆が言うと、茶筅丸がふくれっ面をした。
「どうかなさいましたか? 茶筅丸様…」
「どうもこうも、三七のほーがぁかんたんじゃないかっ!」
怒って言うと三七丸は、にぃーっと笑って文字を書き始めた。
「ずるい! こんなむつかしいの書けん!」
半べそをかいて言う茶筅丸を見て、奇妙丸がやってきて手を添えた。
「手伝ってやるから。これなら、ずるくはないだろう?」
「うん……ありがとう、兄上!」
笑って茶筅丸が言う。
そんな光景を微笑ましく思って見つめていると、ふと我が子を思い出した。
〈…樟美ももう二歳……ろくに、構ってやれていないな…〉
邸にいても、この子達のように構ってあげていない。
〈…嫡男も……必要なのだよな……〉
考えて、何故かすぐにそれを打ち消した。…理由は分からない。
翔隆は、考えるのをやめて三人の子を見つめた…。
翔隆は、信長の子の遊び相手となっていた。
嫡男の奇妙丸(三歳)、同腹の次男である茶筅丸(二歳)、そして三男の三七丸(二歳)だ。
「ああ! そちらはいけません!」
好奇心旺盛な三七丸を抱えると、
「とび! こんなにつんだぞ!」
茶筅丸が貝合わせの貝殻を積み重ねて、自慢げに言ってきた。
それを見て、翔隆はフッと微笑む。
「茶筅丸様、これは何枚あるのですか?」
そう尋ねると、茶筅丸は俯いて黙ってしまう。数えて積んではいなかったのだ。
翔隆は、三七丸を降ろして積み重ねられた貝を見て言う。
「では、お三方には幾つに見えますか?」
そう聞くと、文字の練習をしていた奇妙丸も寄ってきた。
「んと…えと……にじゅう?」
茶筅丸が、もじもじしながら言う。
「ひゃく!」
元気良く三七丸が言った。すると、奇妙丸は貝殻を数えてみた。
「茶筅、三七、五十五枚だ。…見るだけだと三十くらいなのに…目で見ただけでは、分からぬものだな」
そんな大人っぽい奇妙丸の言葉に、翔隆は微笑んで貝殻を更に積んでいく。
「そう…。これは、私の師匠に聞いた話なのですが…武田晴信公が幼かった折に、こうして貝殻を積み重ねて家臣達に幾つあるかと尋ねたそうです。五百や二百など答えはバラバラ。貝殻の数でもそれ程不確かなのだから、合戦でも敵の兵の数は正確には分からないものだ…と言ったそうです。皆様方も、分かりませんでしたね」
そう言うと、三七丸が翔隆をじっと見る。
「では、とびは分かってたのか?」
「いいえ。私も分かりませんでした。…駄目ですねぇ」
苦笑して言うと、子供達は笑った。
本当はおおよそ五十と分かっていたが、正確ではなかったから敢えて言わずにいた。
奇妙丸は、その話に感心して貝殻を見つめる。
「…すごいのだな。武田晴信は」
「ええ……幼い頃より、主としての自覚があり、敵と戦う心構えがあったのでしょうね」
しみじみと言うと、奇妙丸が微笑んで翔隆を見つめた。
「…好きなのだな」
「えっ?!」
「晴信。仕えたのだろう? 話してくれたではないか」
そう言われて、翔隆はまたも苦笑する。
まさか、こんな幼子が以前話した事をきちんと覚えているとは思いも寄らなかったからだ。
「はい。お父君には及ばずとも…好きですよ」
はっきりと言うと、奇妙丸は笑って字の練習に戻った。
それを見て、翔隆は茶筅丸と三七丸にも字を教える。
「まずは、ご自分の名前を書きましょう」
翔隆は、茶筅丸と三七丸に筆を持たせて、それぞれの名前を手を取って書いてみせる。
「はい、今度はご自分で書いてみて下され」
翔隆が言うと、茶筅丸がふくれっ面をした。
「どうかなさいましたか? 茶筅丸様…」
「どうもこうも、三七のほーがぁかんたんじゃないかっ!」
怒って言うと三七丸は、にぃーっと笑って文字を書き始めた。
「ずるい! こんなむつかしいの書けん!」
半べそをかいて言う茶筅丸を見て、奇妙丸がやってきて手を添えた。
「手伝ってやるから。これなら、ずるくはないだろう?」
「うん……ありがとう、兄上!」
笑って茶筅丸が言う。
そんな光景を微笑ましく思って見つめていると、ふと我が子を思い出した。
〈…樟美ももう二歳……ろくに、構ってやれていないな…〉
邸にいても、この子達のように構ってあげていない。
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翔隆は、考えるのをやめて三人の子を見つめた…。
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