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四章 礎
二十五.風邪
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六月の暴風雨の中、翔隆は嵩美(十九歳)、明智四郎衛門光征と共に山で薬草を摘んでいた。
睦月と篠姫が風邪を引いて熱を出し、寝込んでしまったからだ。
睦月は労咳、篠姫は身重…。
二人共、精も付けなければならない。
〈…鹿か猪でもいたら、捕っていこうか…〉
翔隆が考えている時、嵩美に声を掛けられる。
「翔隆様、全て揃いましたか?」
「あ、いや…。そっちは?」
「こちらもですよ。ああ…この雨では着物も台無しですね…」
嵩美がぼやくと、光征に笑われる。
「あはは! こんな嵐の中でそんな女の着物など着るから!」
「わたくしは、着たいから着ているのです!」
二人がそんな事を言い合っている頃、邸では拓須が睦月の看病をしていた。
篠姫には侍女の葵(十五歳)と鹿奈(十九歳)が看病に当たり、似推里が雑用をし、義成は樟美の世話をしている。
そんな中で、水を汲みに立った拓須が突然の目眩に襲われて柱にもたれ掛かった。
「師匠?!」
すぐ様矢苑佐馬亮忠長が駆け寄って、拓須の顔を覗き込む。
忠長は、数年前から拓須を師匠として修行をしている。
「師匠! 真っ青ですよ!」
「……大事無い」
そう言って水瓶の水を汲んで、睦月の側に座り布を濡らして額に置いて撫でる。
忠長はそんな拓須の隣りに座ると、ふいに拓須のうなじに手を当てた。
「やっぱり師匠も熱がある!」
「っ! 禾巳!」
怒鳴るが、目眩で床に手を付いてしまう。
「…無理しないで、休んで下さいよ…」
「私は平気だ」
「…師匠、なんか翔隆様に似てる」
「なんだとっ?!」
拓須は忠長を返り見て怒鳴り、またクラリとして突っ伏した。
忠長は溜め息を吐いて、睦月の隣りに掻巻を敷く。
「ほら、無理すると睦月様の病だって抑えられないでしょうが。素直に寝て下さいよ」
「要らん。……暫くすれば治せる…」
「じゃあ、それまで横になっていればいいでしょう?」
「………」
拓須は何も言わずに、その場で横になった。そんなひねくれた師匠の態度を見て、溜め息を漏らしながらも、忠長は拓須に着物を掛けてあげて側に座った。
「師匠」
「ん…?」
「翔隆様に、弱い所を見られたくないんですね?」
「! 禾巳…」
図星なだけに何とも言えず、拓須はただ睦月を見つめる。
忠長は、そんな拓須を見ながら微笑む。
「師匠は、翔隆様が嫌いなんでしょう?」
「ん…」
拓須は無表情で即答した。
「でも、修行はしてますよね」
「…うむ…」
「…本当は、そんなに嫌じゃ…」
「禾巳」
言い掛けたのを遮り、拓須は起き上がって己の熱を癒し、忠長を見る。
「何ですか?」
「………」
忠長の好奇心旺盛な瞳を見て、拓須は溜め息を吐く。
「…好きに考えていろ。だがな、お前は奴のようにはなるな」
「……無鉄砲さとか、無茶する事ですか?」
そう言うと、拓須は苦笑して睦月の額の布を取る。そして、また水に浸して十分に冷やしてから絞り、また額に乗せてやる。
「そうだな、いや…お前ならば、なるまい。土間に氷を作って置いてあるから、取ってこい」
「はーい」
忠長が返事をして取りに行くと、拓須は睦月の頬を撫でながら風邪を治してやる。
〈…お前も……無理をして欲しくはないのだが、な…〉
優しい眼差しで睦月を見つめながら、拓須は心からそう思った。忠長が氷を取ってくると、拓須は念の為にそれを水桶に入れて冷やしておく。
「師匠、どうして感情を抑えているんですか?」
ふいに忠長が聞いた。それに対し、拓須はフッと笑う。
「睦月に…心労を掛けぬ為だ。それ以外に、私が何の為にすると思う?」
その問いに、忠長は苦笑して首を横に振った。
その後、翔隆らが戻り拓須が話す事はなかった。忠長も、その理由を知っているので敢えて何も話さずにいた…。
睦月と篠姫が風邪を引いて熱を出し、寝込んでしまったからだ。
睦月は労咳、篠姫は身重…。
二人共、精も付けなければならない。
〈…鹿か猪でもいたら、捕っていこうか…〉
翔隆が考えている時、嵩美に声を掛けられる。
「翔隆様、全て揃いましたか?」
「あ、いや…。そっちは?」
「こちらもですよ。ああ…この雨では着物も台無しですね…」
嵩美がぼやくと、光征に笑われる。
「あはは! こんな嵐の中でそんな女の着物など着るから!」
「わたくしは、着たいから着ているのです!」
二人がそんな事を言い合っている頃、邸では拓須が睦月の看病をしていた。
篠姫には侍女の葵(十五歳)と鹿奈(十九歳)が看病に当たり、似推里が雑用をし、義成は樟美の世話をしている。
そんな中で、水を汲みに立った拓須が突然の目眩に襲われて柱にもたれ掛かった。
「師匠?!」
すぐ様矢苑佐馬亮忠長が駆け寄って、拓須の顔を覗き込む。
忠長は、数年前から拓須を師匠として修行をしている。
「師匠! 真っ青ですよ!」
「……大事無い」
そう言って水瓶の水を汲んで、睦月の側に座り布を濡らして額に置いて撫でる。
忠長はそんな拓須の隣りに座ると、ふいに拓須のうなじに手を当てた。
「やっぱり師匠も熱がある!」
「っ! 禾巳!」
怒鳴るが、目眩で床に手を付いてしまう。
「…無理しないで、休んで下さいよ…」
「私は平気だ」
「…師匠、なんか翔隆様に似てる」
「なんだとっ?!」
拓須は忠長を返り見て怒鳴り、またクラリとして突っ伏した。
忠長は溜め息を吐いて、睦月の隣りに掻巻を敷く。
「ほら、無理すると睦月様の病だって抑えられないでしょうが。素直に寝て下さいよ」
「要らん。……暫くすれば治せる…」
「じゃあ、それまで横になっていればいいでしょう?」
「………」
拓須は何も言わずに、その場で横になった。そんなひねくれた師匠の態度を見て、溜め息を漏らしながらも、忠長は拓須に着物を掛けてあげて側に座った。
「師匠」
「ん…?」
「翔隆様に、弱い所を見られたくないんですね?」
「! 禾巳…」
図星なだけに何とも言えず、拓須はただ睦月を見つめる。
忠長は、そんな拓須を見ながら微笑む。
「師匠は、翔隆様が嫌いなんでしょう?」
「ん…」
拓須は無表情で即答した。
「でも、修行はしてますよね」
「…うむ…」
「…本当は、そんなに嫌じゃ…」
「禾巳」
言い掛けたのを遮り、拓須は起き上がって己の熱を癒し、忠長を見る。
「何ですか?」
「………」
忠長の好奇心旺盛な瞳を見て、拓須は溜め息を吐く。
「…好きに考えていろ。だがな、お前は奴のようにはなるな」
「……無鉄砲さとか、無茶する事ですか?」
そう言うと、拓須は苦笑して睦月の額の布を取る。そして、また水に浸して十分に冷やしてから絞り、また額に乗せてやる。
「そうだな、いや…お前ならば、なるまい。土間に氷を作って置いてあるから、取ってこい」
「はーい」
忠長が返事をして取りに行くと、拓須は睦月の頬を撫でながら風邪を治してやる。
〈…お前も……無理をして欲しくはないのだが、な…〉
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「師匠、どうして感情を抑えているんですか?」
ふいに忠長が聞いた。それに対し、拓須はフッと笑う。
「睦月に…心労を掛けぬ為だ。それ以外に、私が何の為にすると思う?」
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