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四章 礎
三十七.援軍
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十一月の半ば。
備前の不知火頭領である上泉あおいから、援軍要請を受けた。
狭霧三千に対して千名に満たない数で応戦している、という報告を受けたのだ。
翔隆はすぐに明智光征と椎名雪孝、矢苑忠長を連れて邸を出る。
「まずは美濃に向かう」
走りながら家臣達に言い、すぐに美濃の矢佐介のいる集落に行く。
集落に着くと、翔隆は近くの同胞に《思考派》で語る。
⦅動ける者はすぐに来い! 備前の援軍に行く!⦆
すると、ぞろぞろと矢佐介を筆頭に一族が百名程あちこちから集ってきた。
それを見て頷くと、翔隆は走り出した。
「忠長!」
「はい!」
「お前は飛べるか!?」
「え…とべ…」
考えて、拓須に習った《術》を全て思い出す。
飛ぶ…つまりは《瞬間移動》の事だろう、と思い付く。
「少し習いました!」
「では先に近江に行き、援軍を向かわせろ!」
「はい!」
答えて忠長は消える…。
少し習ったにしては、大したものだ。
「翔隆様、備前までは距離があります…間に合いますか?」
矢佐介が話し掛ける。
翔隆は真剣な表情で前を見据えたまま、答えない…。
確かに遠い…いかに一族の者が鍛えているといっても、一日で着くか?
いや、無理だ。
翔隆は全力疾走をしながら、〝長〟として考える。
〈…私だけならば飛べる…。しかし、後から来る者が二日や三日も掛かっていたら、間に合わない………!〉
もしも、拓須のような《霊術》を身に付けていれば、全員を《瞬間移動》させる事も可能であろう…。
〈くっ…! 間に合ってくれ……!〉
翔隆は歯噛みして祈るように、強く願った。もしも、宣戦布告をするような戦いであれば、間に合うものを…!
近江・丹波を過ぎる頃には、もう半日以上過ぎている…。このままではまずい!
「私は先に行く! 光征、先導して来い!」
「はっ!」
光征に言うと、翔隆は《瞬間移動》で備前に飛んだ…。
「はああっ!!」
上泉あおい(三十六歳)は、生き残った一族と共に〔狭霧一族〕と戦っていた。
敵将は京羅の四男である、景羅。
「女! 見掛けによらずやるな!」
景羅が笑いながら言う。
「くっ…!」
今まで備州を守ってきたが、こんな敵将と戦うのは初めてで上泉は苦戦していた。
〈…強すぎる! このままでは………!〉
死ぬ!
そう覚悟した時、ギャリンと景羅の刃が弾かれて、目の前に銀糸の髪が見えた…。
「……え?」
上泉は驚愕して立ち尽くしてしまう…翔隆が目の前に立ち、自分を庇っているのだと認識出来ずにいたのだ。
その間に、翔隆は景羅と戦っていた。
「よくも睦月を!!」
こいつさえあの場にいなければ、睦月は崖に落ちる事はなかった!
その怒りで戦っているので、景羅が押されている。
「…不知火の小伜…か。やりにくい奴め!」
ギンッ! と刃を弾いて飛び退くと、景羅はピーッと指笛を鳴らして去っていく。
「待て!」
と追おうとした時、背に刃風が走る。
「………!」
振り向くと、そこに陽炎がいた。
「……隙の多い奴だな」
「陽炎…! …貴様!」
翔隆の怒りの矛先が、瞬時にして陽炎に向かった。
陽炎は冷静な目で翔隆を見据える。
「…どうした。戦うのか、戦わぬのか!」
「問答無用!」
翔隆はその刃を陽炎に向けて、全力で戦い始めた。
…疾風に、あんな話をした事も忘れて。
それを正気に返った上泉が、ただ見つめていた。
〈陽炎…あれが………狭霧に送られた長子…〉
名だけは知っている。
まだ迎えに行っていないばかりか、兄弟で憎み合うかのように戦う姿を見て、上泉は先の〝長〟羽隆と翔隆を重ね見た。
〈何故迎えに行かなかったの…!? 長子は…〉
「狭霧に送られた不知火の長子は、戦いでのみ不知火の嫡男との接触を許される」
その狭霧の習わしを知っている上泉には、信じられない光景でもあったのだ。
雑魚と戦いながらも、上泉は憎悪の刃で戦う兄弟が気になってちらちらと見ていた。
翔隆は全ての技を駆使して攻撃し、陽炎も重く長い異国の槍を刀のように扱って、それを受け流している。
その戦いに巻き込まれた者が、次々と倒れていく様を見て、両族共に間合いを計るように後退した。
そこに、光征達の援軍が到着して、一気に不知火から攻撃を仕掛けた。
「掛かれーっ!」
近江の頭領である武宮が号令と共に、狭霧の横っ腹に奇襲を掛ける。
その隙に、上泉は翔隆に近付いていった。
「翔隆様!」
「何だ!」
「何故、この時に〝お迎え〟に上がらないのですか?!」
「?! お迎え?」
「そうです! 狭霧に送られたちょ…」
「!」
上泉が言い掛けると、陽炎が翔隆を蹴り飛ばして上泉を槍の柄で押し倒す。
「ぐっ…!」
「女…余計な真似をするな…」
殺気を放ってそう言うと、陽炎は上泉の左足を突いてから飛び退いた。
翔隆が攻撃をしてきたからだ。
「退け!!」
陽炎の言葉と共に、生き残った狭霧一族は一斉に退散した。
翔隆は陽炎を追おうとするが、足を押さえて蹲る上泉を見て思い留まり、刀をしまう。
そして、上泉の側に寄ってその足に手を翳す。
「…痛みくらいは取れよう」
「く…!」
上泉の傷を癒しながら、翔隆は陽炎が去っていった方を見据える。
さっき、上泉が何を言おうとしていたのかは、分かる。
嫡子が長子を迎えに行く…それは絶対的な〝掟〟だ。
しかし…!
考えていると痛みの和らいだ上泉が、起き上がって止血をする。
「上泉…済まない」
「え……?」
「迎えに行け、と言いたいのは…分かっているのだ……だがっ! 済まぬ………っ!!」
「な…何故…私に謝られるのですか………」
謝るのであれば、〝長子〟である陽炎に…と思った時、翔隆を見て止まる。
翔隆が俯いて両拳を握り締め、肩を震わせていたからだ…。
泣いているのではない。
懸命に、怒りと憎しみを抑えているのが分かった。
「とび…」
「何も、言わないでくれ。こればかりは…済まぬ……っ!!」
そう言い翔隆は立ち上がり、家臣達の下に行ってしまう。
その後ろ姿を見つめていると、側に武宮がやってきた。
「大事ないか?」
「あ…大丈夫よ…」
「長子が、おられたな…。掟を、分かっているのかいないのか…」
「………」
上泉は無言で立ち上がると、翔隆を見つめる。
自分の兄と分かっていて戦う嫡男……。
長子の方も、あの〔狭霧〕の掟を知られたくないようだった…。
一体、この兄弟はどうなっているのか…。
〈…確かに掟破りだが…統率力と決断には優れている……〉
信じると決めたのは自分だ。
上泉は、敢えて何も言わない事にした。
不知火の勝利に終わった戦いを祝う為に、武宮が近江でささやかな宴を開いた。
事後処理がある為、上泉は来れないが代わりに翔隆が招かれた。
翔隆は家臣達を帰してから近江の集落に立ち寄る事にした。
〈…武宮には、まだ認められていない…。少々不安だが、上泉の代わりなのだから行かない訳にもいくまいな……〉
翔隆は苦笑して、琵琶湖の近くの集落に入っていく。
そこで、翔隆はまた懐かしい光景を見た。
案内してくれる者は、じろじろと翔隆を見つめながら歩いているし、小屋から覗き見る者達の視線は冷たい…。
まるで昔の那古野の村や城下町のようだったのだ。
一つの大きい小屋の前に案内されると、翔隆は何の躊躇もなく戸を開けた。
「失礼するぞ」
堂々と中に入って土間に座ると、武宮や重臣のような者達の方が驚いた。
「あの……中に…」
「ここで結構。私はまだ〝嫡子〟としては未熟故に…」
微笑んでそう言うと、翔隆は失礼のないように差し出された酒を三献だけ呑む。
それを、皆が複雑な表情で見つめていた。
「…なんだあれは」
「厭味な態度だな」
「気が弱いだけだろう」
皆がそれぞれに聞こえるように悪口を言いながら、酒を呑んでいる。
〈豪胆…というのか、気弱故の言動なのか…〉
翔隆のその言動が掴めない武宮は、困惑しながらも宴を続けさせた。
その中で一人だけ、じっと翔隆を見つめる女がいた。
―――疾風の妻・以舞である。
翔隆はその視線に気付いてニコリと微笑んだ。以舞は戸惑いながらも、翔隆を見ていた。
〈…これが、疾風の兄……〉
聞いていた印象とは、まるで違う。
何かと暴走するような者だと聞いていた。
…しかし、目の前の実物は涼やかな眼差しをして皆を優しく見守っている…。
白い目で見られても、悪口を言われても、身じろぎもせずに座っている。
「よお小僧! もう帰ってええぞお?」
「なめくじのような奴だな」
「何か言ったらどうだぁ?」
「怖くて何も言えんのだろ!」
皆は嘲笑して翔隆を罵り始めた。
見る者に寄っては、いやらしい態度に思えるだろう。
…だが、以舞にはわざと自分を非難させる事でここに居る者達の気性を見て、不平不満や苛立ちを引き出して聞いているように見えたのだ。
宴もたけなわ…皆は翔隆の事などすっかり忘れて、盛り上がっている。
それを見て、翔隆はそっと気付かれないように出て行った。
その後を、武宮がつけていく。
集落を出ると、翔隆の前に忠長と光征がやってくる。
「翔隆様、お怪我は…」
心配そうな顔で光征が言う。
「無い。…お前達も、よくやったな」
「ここの連中に、厭味でも言われましたか?」
忠長が言うと、翔隆は苦笑して肩を竦める。
「なに、聞き慣れた言葉だ…。まだまだ話し合う必要があるが…ここの者達は仲々に忠義者ばかりのようだ。昔からの事を守り、義理堅い。良い一族だよ…頑固な所を抜かせば、な」
そう言い、翔隆は家臣達と共に帰っていった…。
武宮がつけていた事を、知っていただろうに何も言わず…。
「…少し…頑な過ぎたのやもしれないな…」
考えを改める必要があるのかもしれない。
武宮はそう思いながら、戻っていった。
備前の不知火頭領である上泉あおいから、援軍要請を受けた。
狭霧三千に対して千名に満たない数で応戦している、という報告を受けたのだ。
翔隆はすぐに明智光征と椎名雪孝、矢苑忠長を連れて邸を出る。
「まずは美濃に向かう」
走りながら家臣達に言い、すぐに美濃の矢佐介のいる集落に行く。
集落に着くと、翔隆は近くの同胞に《思考派》で語る。
⦅動ける者はすぐに来い! 備前の援軍に行く!⦆
すると、ぞろぞろと矢佐介を筆頭に一族が百名程あちこちから集ってきた。
それを見て頷くと、翔隆は走り出した。
「忠長!」
「はい!」
「お前は飛べるか!?」
「え…とべ…」
考えて、拓須に習った《術》を全て思い出す。
飛ぶ…つまりは《瞬間移動》の事だろう、と思い付く。
「少し習いました!」
「では先に近江に行き、援軍を向かわせろ!」
「はい!」
答えて忠長は消える…。
少し習ったにしては、大したものだ。
「翔隆様、備前までは距離があります…間に合いますか?」
矢佐介が話し掛ける。
翔隆は真剣な表情で前を見据えたまま、答えない…。
確かに遠い…いかに一族の者が鍛えているといっても、一日で着くか?
いや、無理だ。
翔隆は全力疾走をしながら、〝長〟として考える。
〈…私だけならば飛べる…。しかし、後から来る者が二日や三日も掛かっていたら、間に合わない………!〉
もしも、拓須のような《霊術》を身に付けていれば、全員を《瞬間移動》させる事も可能であろう…。
〈くっ…! 間に合ってくれ……!〉
翔隆は歯噛みして祈るように、強く願った。もしも、宣戦布告をするような戦いであれば、間に合うものを…!
近江・丹波を過ぎる頃には、もう半日以上過ぎている…。このままではまずい!
「私は先に行く! 光征、先導して来い!」
「はっ!」
光征に言うと、翔隆は《瞬間移動》で備前に飛んだ…。
「はああっ!!」
上泉あおい(三十六歳)は、生き残った一族と共に〔狭霧一族〕と戦っていた。
敵将は京羅の四男である、景羅。
「女! 見掛けによらずやるな!」
景羅が笑いながら言う。
「くっ…!」
今まで備州を守ってきたが、こんな敵将と戦うのは初めてで上泉は苦戦していた。
〈…強すぎる! このままでは………!〉
死ぬ!
そう覚悟した時、ギャリンと景羅の刃が弾かれて、目の前に銀糸の髪が見えた…。
「……え?」
上泉は驚愕して立ち尽くしてしまう…翔隆が目の前に立ち、自分を庇っているのだと認識出来ずにいたのだ。
その間に、翔隆は景羅と戦っていた。
「よくも睦月を!!」
こいつさえあの場にいなければ、睦月は崖に落ちる事はなかった!
その怒りで戦っているので、景羅が押されている。
「…不知火の小伜…か。やりにくい奴め!」
ギンッ! と刃を弾いて飛び退くと、景羅はピーッと指笛を鳴らして去っていく。
「待て!」
と追おうとした時、背に刃風が走る。
「………!」
振り向くと、そこに陽炎がいた。
「……隙の多い奴だな」
「陽炎…! …貴様!」
翔隆の怒りの矛先が、瞬時にして陽炎に向かった。
陽炎は冷静な目で翔隆を見据える。
「…どうした。戦うのか、戦わぬのか!」
「問答無用!」
翔隆はその刃を陽炎に向けて、全力で戦い始めた。
…疾風に、あんな話をした事も忘れて。
それを正気に返った上泉が、ただ見つめていた。
〈陽炎…あれが………狭霧に送られた長子…〉
名だけは知っている。
まだ迎えに行っていないばかりか、兄弟で憎み合うかのように戦う姿を見て、上泉は先の〝長〟羽隆と翔隆を重ね見た。
〈何故迎えに行かなかったの…!? 長子は…〉
「狭霧に送られた不知火の長子は、戦いでのみ不知火の嫡男との接触を許される」
その狭霧の習わしを知っている上泉には、信じられない光景でもあったのだ。
雑魚と戦いながらも、上泉は憎悪の刃で戦う兄弟が気になってちらちらと見ていた。
翔隆は全ての技を駆使して攻撃し、陽炎も重く長い異国の槍を刀のように扱って、それを受け流している。
その戦いに巻き込まれた者が、次々と倒れていく様を見て、両族共に間合いを計るように後退した。
そこに、光征達の援軍が到着して、一気に不知火から攻撃を仕掛けた。
「掛かれーっ!」
近江の頭領である武宮が号令と共に、狭霧の横っ腹に奇襲を掛ける。
その隙に、上泉は翔隆に近付いていった。
「翔隆様!」
「何だ!」
「何故、この時に〝お迎え〟に上がらないのですか?!」
「?! お迎え?」
「そうです! 狭霧に送られたちょ…」
「!」
上泉が言い掛けると、陽炎が翔隆を蹴り飛ばして上泉を槍の柄で押し倒す。
「ぐっ…!」
「女…余計な真似をするな…」
殺気を放ってそう言うと、陽炎は上泉の左足を突いてから飛び退いた。
翔隆が攻撃をしてきたからだ。
「退け!!」
陽炎の言葉と共に、生き残った狭霧一族は一斉に退散した。
翔隆は陽炎を追おうとするが、足を押さえて蹲る上泉を見て思い留まり、刀をしまう。
そして、上泉の側に寄ってその足に手を翳す。
「…痛みくらいは取れよう」
「く…!」
上泉の傷を癒しながら、翔隆は陽炎が去っていった方を見据える。
さっき、上泉が何を言おうとしていたのかは、分かる。
嫡子が長子を迎えに行く…それは絶対的な〝掟〟だ。
しかし…!
考えていると痛みの和らいだ上泉が、起き上がって止血をする。
「上泉…済まない」
「え……?」
「迎えに行け、と言いたいのは…分かっているのだ……だがっ! 済まぬ………っ!!」
「な…何故…私に謝られるのですか………」
謝るのであれば、〝長子〟である陽炎に…と思った時、翔隆を見て止まる。
翔隆が俯いて両拳を握り締め、肩を震わせていたからだ…。
泣いているのではない。
懸命に、怒りと憎しみを抑えているのが分かった。
「とび…」
「何も、言わないでくれ。こればかりは…済まぬ……っ!!」
そう言い翔隆は立ち上がり、家臣達の下に行ってしまう。
その後ろ姿を見つめていると、側に武宮がやってきた。
「大事ないか?」
「あ…大丈夫よ…」
「長子が、おられたな…。掟を、分かっているのかいないのか…」
「………」
上泉は無言で立ち上がると、翔隆を見つめる。
自分の兄と分かっていて戦う嫡男……。
長子の方も、あの〔狭霧〕の掟を知られたくないようだった…。
一体、この兄弟はどうなっているのか…。
〈…確かに掟破りだが…統率力と決断には優れている……〉
信じると決めたのは自分だ。
上泉は、敢えて何も言わない事にした。
不知火の勝利に終わった戦いを祝う為に、武宮が近江でささやかな宴を開いた。
事後処理がある為、上泉は来れないが代わりに翔隆が招かれた。
翔隆は家臣達を帰してから近江の集落に立ち寄る事にした。
〈…武宮には、まだ認められていない…。少々不安だが、上泉の代わりなのだから行かない訳にもいくまいな……〉
翔隆は苦笑して、琵琶湖の近くの集落に入っていく。
そこで、翔隆はまた懐かしい光景を見た。
案内してくれる者は、じろじろと翔隆を見つめながら歩いているし、小屋から覗き見る者達の視線は冷たい…。
まるで昔の那古野の村や城下町のようだったのだ。
一つの大きい小屋の前に案内されると、翔隆は何の躊躇もなく戸を開けた。
「失礼するぞ」
堂々と中に入って土間に座ると、武宮や重臣のような者達の方が驚いた。
「あの……中に…」
「ここで結構。私はまだ〝嫡子〟としては未熟故に…」
微笑んでそう言うと、翔隆は失礼のないように差し出された酒を三献だけ呑む。
それを、皆が複雑な表情で見つめていた。
「…なんだあれは」
「厭味な態度だな」
「気が弱いだけだろう」
皆がそれぞれに聞こえるように悪口を言いながら、酒を呑んでいる。
〈豪胆…というのか、気弱故の言動なのか…〉
翔隆のその言動が掴めない武宮は、困惑しながらも宴を続けさせた。
その中で一人だけ、じっと翔隆を見つめる女がいた。
―――疾風の妻・以舞である。
翔隆はその視線に気付いてニコリと微笑んだ。以舞は戸惑いながらも、翔隆を見ていた。
〈…これが、疾風の兄……〉
聞いていた印象とは、まるで違う。
何かと暴走するような者だと聞いていた。
…しかし、目の前の実物は涼やかな眼差しをして皆を優しく見守っている…。
白い目で見られても、悪口を言われても、身じろぎもせずに座っている。
「よお小僧! もう帰ってええぞお?」
「なめくじのような奴だな」
「何か言ったらどうだぁ?」
「怖くて何も言えんのだろ!」
皆は嘲笑して翔隆を罵り始めた。
見る者に寄っては、いやらしい態度に思えるだろう。
…だが、以舞にはわざと自分を非難させる事でここに居る者達の気性を見て、不平不満や苛立ちを引き出して聞いているように見えたのだ。
宴もたけなわ…皆は翔隆の事などすっかり忘れて、盛り上がっている。
それを見て、翔隆はそっと気付かれないように出て行った。
その後を、武宮がつけていく。
集落を出ると、翔隆の前に忠長と光征がやってくる。
「翔隆様、お怪我は…」
心配そうな顔で光征が言う。
「無い。…お前達も、よくやったな」
「ここの連中に、厭味でも言われましたか?」
忠長が言うと、翔隆は苦笑して肩を竦める。
「なに、聞き慣れた言葉だ…。まだまだ話し合う必要があるが…ここの者達は仲々に忠義者ばかりのようだ。昔からの事を守り、義理堅い。良い一族だよ…頑固な所を抜かせば、な」
そう言い、翔隆は家臣達と共に帰っていった…。
武宮がつけていた事を、知っていただろうに何も言わず…。
「…少し…頑な過ぎたのやもしれないな…」
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