鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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五章 流浪

二十六.弓奈

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  進むにつれて、風が冷たくなっていく。雪も積もっていて、天気も不安定だ。
 危険なので、加賀で暫く休む事にした。


宿を取り、子供達を中に入れてからうまや影疾かげときの体を調べていた。
「お前も頑張ってくれているな…辛くはないか?」
尋ねると、ヒヒンといななく。
ふいに、後ろに人の気配を感じて振り返ると、影が横切る。
…越前から付けてきているようだ。
〈……一族……狭霧か?〉
もう居ないので、どちらかは〝気〟では探れない…。その時、ふと疾風の言葉を思い出す。 
 「東北には行っている様子…」 
ゾクリ…  背筋に寒気が走った。
もしも万が一にでも…こんな所で、弓栩羅ゆくらに出くわしたとしても、太刀打ち出来ない上、子供達を守れる自信が無い…。
〈弓栩羅との戦いが無い事を祈るしかないな…〉
そう思い部屋に入ると、寝ている浅葱の側で樟美が短刀を握り締めていた。
「…どうした?」
優しく尋ねて隣りに座ると、樟美は項垂れる。
「……強く、なりたい…」
「……暇があれば鍛えてやる」
そう言い樟美の頭を撫でる。
「いつですか…?」
「え…?」
聞き返すと、樟美は顔を上げて翔隆を見る。
「今では駄目なのですか?」
「…今は駄目だ」
何故…と言い掛けて、樟美は口をつぐむ。
翔隆が外に気を張っているのが分かったからだ。
〈敵……?〉
樟美は目を閉じて、外の様子を探ってみる。
…雪の降る音と風の音…まだ、それしか分からない。
その樟美の横で、翔隆は〝気〟を集中させる。
〈……狭霧か…〉
そう判断すると、翔隆は立ち上がって樟美を見る。
「…行ってくる。浅葱を、頼むぞ」
「はい」
不安そうに言う樟美の頭を撫でて、翔隆は外に出た。

 周りに人はいない。
しかし、誰かから誘いを受けているのは確かだ。
その証に、誰かの足跡が宿の前からずっと向こうまで続いていた。
翔隆は慎重に足跡を辿っていく。

 足跡は、町を抜けて森の方へと続いていた。

〈殺意が無いな…〉
そう思い、翔隆は堂々と森に入っていった。奥には、一人の女が居た。
「…何用だ?」
「貴公が不知火が長、翔隆か?」
女は凜とした声で言う。
「いかにも」
答えると、女は刀を抜く。
「私の名は弓奈ゆみな弓駿ゆみはやが長女にして、弓香の姉だ!」
「………弓香の…」
翔隆は、ああ、と頷く。
忌那蒼司が連れてきた女の姉が、何故こんな所まで付けてきたのか…。
「それで、何の用で…」
言い掛けると、弓奈(二十一歳)は刀の切っ先を翔隆に向ける。
「勝負願おう!」
「………」
思いも寄らぬ言葉で、翔隆は苦笑する。
「刀は持っておらん。そして、女は切らぬ主義でな」
閑真しずまは手に掛けたではないか!」
「あれは…」
「問答無用!」
そう言い、弓奈は鋭く斬り掛かってきた。
翔隆はそれを躱しながら、喋る。
「閑真には恨みがあったので、晴らさせてもらったが…お前には何の理由も無い」
「理由がなくば刃は向けられぬ腑抜けかっ! そんな腑抜けに嵩美は仕えているのかっ!!」
「――――」
翔隆は、何故切り合いたいのか、という理由を悟った。
義理の弟である蒼司が選んだ主を、見極める為だ…と。
「さあ…」
言い掛けて弓奈は止まった。
…翔隆の表情が一変して、戦人いくさびとのものになったからだ。
「………っ!」
弓奈はゾッとして後退る。
すると翔隆は闘気を纏って言う。
「真剣に戦いたいというのならば、容赦はしない…死にたくば、来るがいい」
翔隆は、真顔で言った。
―――本気なのが伝わり、弓奈はじりじりと後退る。
〈これが…翔隆……!!〉
恐怖で足が竦み、手が震える。
聞いていたのとは、まるで正反対な姿………。
臆病で、卑劣な男だ…と、聞いていた。
だが目の前の男は、凜として何も恥ずべきものの無い強さを秘めている。
弓奈が怯えていると、翔隆はふっと微笑んで〝気〟を静める。
「……刃を、収めてくれぬか?」
「あ………」
戸惑う弓奈に苦笑して、翔隆は喋る。
「まあいい。そのままでいいから、聞いてくれ」
「…え?」
「…弓香はとてもよく馴染んで、蒼司そうし……嵩美かざみと共に、私の家臣達と暮らしている。よく笑い、よく泣いて…とてもしっかりとした女性にょしょうだよ。…何も案ずる事は無い」
「………あ…」 
カラン…  弓奈は刀を落としてその場に両膝を撞き、座り込んだ。
「あ……あっ」
そして泣きながら翔隆を見る。
……ただ、翔隆が本当はどんな男かを見極めたかった。
そして、同胞であった嵩美と愛しい妹の弓香の無事を、確かめたかったのだ。
そんな心情を察して、翔隆は片膝を撞いて、優しい眼差しを弓奈に向ける。
嵩美かざみは、ずっと良く尽くしてくれている。今も…。弓香は嵩美と婚礼し…とても幸せそうだよ」
「あっ……うぅ…」
「これからも、ずっと…何があっても守ると誓う。嵩美と…家臣達と共に」
「あっ、わああー!」
その言葉が清らかに心に染み渡り、弓奈は何度も頷いて泣き続けた。

 弓奈が落ち着くまで待って、翔隆は刀を拾って弓奈に渡した。
「……大丈夫か?」
聞くと、弓奈はこくりと頷いた。
「……ごめんなさい……」
「ん? いや…。貴女は狭霧で、私は不知火の長だ。充分な警戒だろう。他に話が無いのなら…もう行くといい…」
そう言うと、弓奈は刀をしまって立ち上がった。
「……また………いつか会える…?」
「ああ、いつか…」
微笑して言う翔隆に頷き、弓奈は走って闇夜の中に消えた。
それを見送り、翔隆は宿に戻った。
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