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七章 帰参
八.霧中
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夜には、美しい月が見えた。
翔隆は外で月を眺める。
今日も、小姓仲間の意地悪で寝る場所を取られていた。
別に何処ででも寝られるが、外で寝ていたら見回りの兵に心配された事があるのでやめたのだ。
それに、寝付ける状態でもない。
〈…一度、尾張に戻らねば…睦月も疾風も心配しているのだろうな…〉
家臣達はどうしているだろうか?
子供達はきちんとしているだろうか?
…しかし、焔羅の事をどう言えばいいのかーーー。
〈……そういえば…義成を連れてきたのは、拓須だったな…〉
幼い頃に、拓須が傷だらけの義成を集落に連れてきたのだ。
顔も、背中にも酷い傷があった…。
狭霧の嫡子なのに、何故か瀕死の状態で…。
〈わざと…? 何の為に…いや、あの傷はそんな物ではなかった…〉
高熱を出して生死の境を彷徨うような怪我を負わせたのも不可解。
〈でも…そうか…拓須は、全て知っていたんだよな…〉
義成が嫡子である事も知っていて連れてきた…。
こんな風に、苦しむようにする為なのだろうか…?
拓須はきっと千里眼の持ち主なのだ。
…それにしては何かおかしい気もするが…。
〈…どう…したら…〉
義成は、もういないーーー。
あれ程強い人が宿敵の長になって、これからどうしたらいいというのかーーー。
敵う相手ではない。
勝つ事など出来る筈もない…。
力の問題ではなく、精神の問題だ。
手で目元を覆って苦悩していると、ふいに後方でクスクスと笑いながら話している小姓達の声が聞こえてくる。
「また外で寝ればいい」
「出しゃばるからだ」
「何処ぞへでも行けばいいものを」
そんな事を言い、去っていく。
「はあ…」
翔隆は溜め息を吐いて眉をひそめて苦笑し、また空を見上げる。
これもどうにかしなくてはならない問題だ。
あの若者達とどう付き合えばいいのかも分からない。
〈話し掛ける前に逃げるか無視をする…〉
何処でも同じような扱いを受けてきたので慣れているのだが、息苦しくなる。
だから、外に出てしまうのだが…。
〈どうしたものか…〉
同輩なのだから仲良く過ごせたらいいのだが、この姿では一生無理だろう。
〈ああ…嫡子も…作らないとな……〉
そんな事を考えながらウトウトして、翔隆は木の根元に寄り掛かって眠りに落ちたーーー。
「翔隆」
夢の中だとすぐに分かる。
義成が微笑んでこちらを見ている。
小屋の中で、何か文字を習っていた頃だ。
「もし…お前に兄弟が居たら、どうする?」
「楓姉さんが居るよ?」
「ああ、いや…兄とか、弟とかだ」
「母さんが産むの?」
「いや、あー……うん、そうだな」
義成は困ったような苦笑いで言う。
翔隆は少し考えてから答える。
「義成みたいな兄さんがいいな」
「…弟は?」
「んー…どんな?」
そう聞くと、義成は手を顎に当てながら喋る。
「お前に似てて…ちょこちょこと後を着いてきて…慕ってくるような弟だ」
「それはいいね! 母さんに頼んでくる!」
「あっ…」
義成が止める間もなく、翔隆は母の弥生の下に走っていく。
「母さん! 俺、弟が欲しい!」
小屋に入ってそう言うと、父の志木が飲んでいた茶を吹いて咳込んだ。
「か、母さんには無理よ…」
「えー、弟欲しいよ~」
「そういう事は、父さんに言ってちょうだい…」
何故か母は恥ずかしげに言う。
翔隆は意味が分からないままに、ずっと咳込んでいる父を見た。
「父さん大丈夫? ねえ、おと…」
「弟は出来ん!」
父は、顔を赤らめながら怒鳴る。
断言されて落ち込んだのを、よく覚えているーーーー。
そこで、目が覚めた。
義成の事を考えながら寝たから、昔の夢を見たようだ。
〈懐かしい…〉
平和なあの頃…。
思えば義成は、陽炎と疾風を知っていたという事でーーーあの質問は、それとなく聞いてきていたのだろう。
翔隆が掟を聞いて、自分が嫡子であると知り、兄と弟を迎えに行くという前提で。
〈義成は陽炎と暮らしていたのか? だからあれ程連携が取れていたのか…?〉
二人に攻撃された時は、本当に殺されると思う程に追い詰められた。
息の合った攻撃だった…。
〈…ーーーだから、〝義成はどうした〟だったのか…?〉
初めて会った時に陽炎が言った言葉は睦月に対して〝久しいな〟と〝義成はどうした〟…何故か翔隆に対しては〝死ね〟だった…。
それ程、憎まれていたのだろうかーーー?
ずっと迎えに行かなかったから、襲撃に来たのか?
〈…父を殺しておいて…憎まれる筋合いなど無い〉
溜め息を吐いて立ち上がり、翔隆は朝靄の中を歩いていく。
〈では、疾風も義成を知っていた筈ーーー〉
狭霧の嫡子だと知りながら、知らん顔で接していたのだろうか?
〈それにしてはおかしい〉
疾風の性格ならば、翔隆に教えてくる筈だが…。
おかしい事ばかりで解せない。
考えても分からないので、翔隆は館の中へ歩いていった。
翔隆は外で月を眺める。
今日も、小姓仲間の意地悪で寝る場所を取られていた。
別に何処ででも寝られるが、外で寝ていたら見回りの兵に心配された事があるのでやめたのだ。
それに、寝付ける状態でもない。
〈…一度、尾張に戻らねば…睦月も疾風も心配しているのだろうな…〉
家臣達はどうしているだろうか?
子供達はきちんとしているだろうか?
…しかし、焔羅の事をどう言えばいいのかーーー。
〈……そういえば…義成を連れてきたのは、拓須だったな…〉
幼い頃に、拓須が傷だらけの義成を集落に連れてきたのだ。
顔も、背中にも酷い傷があった…。
狭霧の嫡子なのに、何故か瀕死の状態で…。
〈わざと…? 何の為に…いや、あの傷はそんな物ではなかった…〉
高熱を出して生死の境を彷徨うような怪我を負わせたのも不可解。
〈でも…そうか…拓須は、全て知っていたんだよな…〉
義成が嫡子である事も知っていて連れてきた…。
こんな風に、苦しむようにする為なのだろうか…?
拓須はきっと千里眼の持ち主なのだ。
…それにしては何かおかしい気もするが…。
〈…どう…したら…〉
義成は、もういないーーー。
あれ程強い人が宿敵の長になって、これからどうしたらいいというのかーーー。
敵う相手ではない。
勝つ事など出来る筈もない…。
力の問題ではなく、精神の問題だ。
手で目元を覆って苦悩していると、ふいに後方でクスクスと笑いながら話している小姓達の声が聞こえてくる。
「また外で寝ればいい」
「出しゃばるからだ」
「何処ぞへでも行けばいいものを」
そんな事を言い、去っていく。
「はあ…」
翔隆は溜め息を吐いて眉をひそめて苦笑し、また空を見上げる。
これもどうにかしなくてはならない問題だ。
あの若者達とどう付き合えばいいのかも分からない。
〈話し掛ける前に逃げるか無視をする…〉
何処でも同じような扱いを受けてきたので慣れているのだが、息苦しくなる。
だから、外に出てしまうのだが…。
〈どうしたものか…〉
同輩なのだから仲良く過ごせたらいいのだが、この姿では一生無理だろう。
〈ああ…嫡子も…作らないとな……〉
そんな事を考えながらウトウトして、翔隆は木の根元に寄り掛かって眠りに落ちたーーー。
「翔隆」
夢の中だとすぐに分かる。
義成が微笑んでこちらを見ている。
小屋の中で、何か文字を習っていた頃だ。
「もし…お前に兄弟が居たら、どうする?」
「楓姉さんが居るよ?」
「ああ、いや…兄とか、弟とかだ」
「母さんが産むの?」
「いや、あー……うん、そうだな」
義成は困ったような苦笑いで言う。
翔隆は少し考えてから答える。
「義成みたいな兄さんがいいな」
「…弟は?」
「んー…どんな?」
そう聞くと、義成は手を顎に当てながら喋る。
「お前に似てて…ちょこちょこと後を着いてきて…慕ってくるような弟だ」
「それはいいね! 母さんに頼んでくる!」
「あっ…」
義成が止める間もなく、翔隆は母の弥生の下に走っていく。
「母さん! 俺、弟が欲しい!」
小屋に入ってそう言うと、父の志木が飲んでいた茶を吹いて咳込んだ。
「か、母さんには無理よ…」
「えー、弟欲しいよ~」
「そういう事は、父さんに言ってちょうだい…」
何故か母は恥ずかしげに言う。
翔隆は意味が分からないままに、ずっと咳込んでいる父を見た。
「父さん大丈夫? ねえ、おと…」
「弟は出来ん!」
父は、顔を赤らめながら怒鳴る。
断言されて落ち込んだのを、よく覚えているーーーー。
そこで、目が覚めた。
義成の事を考えながら寝たから、昔の夢を見たようだ。
〈懐かしい…〉
平和なあの頃…。
思えば義成は、陽炎と疾風を知っていたという事でーーーあの質問は、それとなく聞いてきていたのだろう。
翔隆が掟を聞いて、自分が嫡子であると知り、兄と弟を迎えに行くという前提で。
〈義成は陽炎と暮らしていたのか? だからあれ程連携が取れていたのか…?〉
二人に攻撃された時は、本当に殺されると思う程に追い詰められた。
息の合った攻撃だった…。
〈…ーーーだから、〝義成はどうした〟だったのか…?〉
初めて会った時に陽炎が言った言葉は睦月に対して〝久しいな〟と〝義成はどうした〟…何故か翔隆に対しては〝死ね〟だった…。
それ程、憎まれていたのだろうかーーー?
ずっと迎えに行かなかったから、襲撃に来たのか?
〈…父を殺しておいて…憎まれる筋合いなど無い〉
溜め息を吐いて立ち上がり、翔隆は朝靄の中を歩いていく。
〈では、疾風も義成を知っていた筈ーーー〉
狭霧の嫡子だと知りながら、知らん顔で接していたのだろうか?
〈それにしてはおかしい〉
疾風の性格ならば、翔隆に教えてくる筈だが…。
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