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第一章 始まりの館

Chapter06 最初のお客様

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 翌日は晴天だった。
朝からアルシャインは看板作りをしていた。
ベッドの絵を書いてナイフで少しずつ削る。
その下に〝金の羊亭〟と名前を掘った。
しかし、文字などがよく見えないので作り直す。
炎に炙ってみたらどうかと何度も試す。
少し不細工な看板が出来た。
〈…いつか焼きごてを作らないと!〉
そう思いながら、朝食の支度をした。
昨日作ったパン生地が発酵してるのを確認してから、また新たなパン生地を作って、発酵生地を混ぜてパンを焼いた。
そして鹿の燻製肉とジャガイモでスープを作る。
するといい匂いにつられて、みんなが起き出した。
「おはよう!顔を洗って着替えてらっしゃい!」
アルシャインが笑って言い、みんなは井戸に顔を洗いに行った。
着替えて下に降りると、テーブルの真ん中のカゴに、パンが7個置かれていた。
「わあ…パンだ!」
「パンだ!」
カシアンまでそう言い、席に着く。
「一人一つよ…さあ、いただきましょう」
そう言いアルシャインはスープをよそって出した。
「美味しい!」とマリアンナ。
「柔らかい…」とレオリアム。
「このパン固くないよ!」とルベルジュノー。
「柔らかく焼く方法を聞いてあるのよ。さあ食べたら裏庭に馬小屋とニワトリ小屋を作るわよ!」
「はーい!」
みんなが答えてパンを食べた。


馬小屋は、2・3頭入れる大きさで屋根があるだけの物を作った。横木を差し込んで馬が飛び出さないようにしてある。
ニワトリ小屋は、狐やヘビが入らないようにちゃんとした小屋にして、扉も付けた。
扉はアルシャインが出入り出来る大きさだ。
それぞれにワラを敷き詰めた。
「これで良し……じゃあ、今度は街にニワトリを買いに行くわよ!」
アルシャインが言ってすぐに行動に移す。


街の露店では、ペットや家畜も売られていた。
赤いほっぺのニワトリとオレンジのほっぺのニワトリがいたので両方買うと、声が響く。
「まだ半年のミュージだよー!どうだい?毛もふわふわでミルクもたくさんだ!」
「ミュージってなに?」
マリアンナが聞くと、アルシャインが答える。
「羊と牛を掛け合わせたような動物よ。ミルクは毎日搾れるし、毛は半月に一度刈れば毛糸に出来るの」
「ミルク…」
みんながじーっとミュージを見つめた。
「あら?」
アルシャインもミュージを見て首を傾げた。
普通のミュージは黒か白だが…そこのミュージは白と黄色と茶色の三毛柄だった。
「あー…だから売れ残ってるのね」
「売れない?」
アルベルティーナが聞くと、カシアンが答える。
「ミュージの目的は毛糸でもあるから、どれか一色じゃないと売れないんだ」
「売れない…」
レオリアムがしょんぼりとする。
ミルクに期待したのだろう。
他の子もしょんぼりしていた。
「んー…牛を買おうと思ってたし……牛よりは小さいから飼いやすいかな?ミュージのお世話を毎日出来る人はいるかなー?」
アルシャインが笑顔で聞くと、カシアン以外の全員が手を上げた。
「はい、出来る!」とルベルジュノー。
「やる!」とノアセルジオ。
「頑張る」とマリアンナ。
「じゃあ、そうしましょうか!」
そう言ってアルシャインはミュージ売りの元に行き、値引き交渉をした。
手入れするブラシとバケツと首輪とベルのセットを買う事で安く買えた。
それから、キャベツとバラの苗を5つ買って、ひとまず帰る。
ミュージはおとなしいので、ニワトリと共に入れた。
「狭いけど小屋を建てるまで待っててね」
そうミュージとニワトリに話す。
ミュージの小屋はノアセルジオとカシアンが建てている。
その間に、アルシャインはアルベルティーナとマリアンナ、ルベルジュノーとレオリアムを連れて庭に来る。
「まず、ティーナとレアムは門からドアまでの道に、こんな風に小石を置いて!あちこちに小石があるから拾ってね!」
「はーい!」
アルベルティーナとレオリアムが答えて小石を集めて置いていく。
「アンヌは一緒にバラを植えましょう。ジュドーは買ってきたジョウロに水を貯めて、バラと畑に水をあげてね」
「うん」とマリアンナ。
「分かったよ!」とルベルジュノー。
バラは門の近くに2つ、家の近くに一つと、ガーデンの左右に一つずつ植えた。

そうこうする内に、もう午後の2時だ。
アルシャインは懐中時計で時間を見てからスカートの土を払う。
「さあみんな、旅人を見つけに行くわよ!土ぼこりを払って手を綺麗に洗って!お客さんを見つけましょう!」
おーっとみんなが答えて手を上げて、身ぎれいにした。
アルベルティーナとノアセルジオとルベルジュノーには、館に居てもらった。
万が一、お客さんが来た時に引き止めてて貰う為だ。
街の出入り口に来ると、アルシャインはじっと行き交う人々を見る。
何人かの旅人や冒険者達は宿屋に向かっている。
その宿屋に泊まれなかった人を狙うのだ。
「いい?大きなカバンを持って、がっかりして俯いてる人よ…」
みんなに言うと、コクコクと頷いた。
「あの人は?」とマリアンナ。
「あの人は商品が売れなくてがっかりしてるだけよ」
アルシャインが答える。
「あの人……噴水にずっと座ってる」
レオリアムが言う人は、確かに旅人風でずっと座っている。
アルシャインはコクコクと頷いて前に出る。
「金の羊亭~今日オープンしたての金の羊亭に泊まる方はどなた~?」
「そんな名前なのか?」
カシアンが言う。
「あ、言ってなかったわね!金の羊亭って名前にしたのよ!金色の羊って縁起がいいって言うじゃない!」
アルシャインが言うと、周りの人達がクスクス笑う。
その中で、さっきの座っていた人が近寄ってくる。
「宿屋なのかい?」
「ええ!まだオープンしたてでベッドしかないけど…一泊2Gよ。食事はパンとスープで1G!…どうかしら?」
「安いな、うん、頼むよ」
「ありがとう、宿はこっちよ!」


旅人は案内されると驚いていた。
「来る時に通った館だ…ここ、宿屋だったのか?」
「ええ、中にどうぞ」
マリアンナが扉を開けると、ルベルジュノーとノアセルジオが待っていた。
「誰も来なかったよアイシャ」とノアセルジオ。
アルベルティーナはアルシャインに抱き着く。
「アイシャママ、お掃除しといたよ!」
「ありがとうティーナ!こちらのお客様をお部屋に案内して」
アルシャインがアルベルティーナを抱き締めて言うと、ルベルジュノーがやってきた。
「こちらにどうぞ」
そう言って旅人を案内した。
部屋のサイドテーブルにはロウソクと野の花が飾られた花瓶がある。
「質素だが綺麗にされてる…綿の布団じゃないか!これなら3Gで平気だよ、マスター!」
そう言い旅人はお金をカシアンに払う。
「あ、いや…マスターはこっちの女性だ」
「そうか…珍しいな。食事も頼むよ」
そう言って旅人は4Gをテーブルに出して、部屋に荷物を置いた。
「椅子とテーブルは無いのかい?」
「ごめんなさい、まだ作ってなくて…」
アルシャインがお金を大切に袋にしまってから、カシアンに預ける。
「じゃあ、ここ借りるよ」
旅人はみんなで使うテーブルと椅子を借りて、手紙を書き始めた。
するとベンチにアルベルティーナとマリアンナが座る。
「君達は、字が読めるのかい?」
そう聞くと、アルベルティーナとマリアンナはフルフルと首を振る。
「そうか…俺の字は下手だから、読めなくて良かったよ。君達は姉妹かい?」
「んと…」
マリアンナが分からずにいると、ルベルジュノーが水を出して言う。
「お水をどうぞ。みんな、アルシャインマスターに拾われたんです!」
「え、赤の他人?それはすごいな!」
そう言って旅人はアルシャインを見る。
アルシャインはキャベツを切りながら微笑む。
「すごくないですよ。子供達が立派に育ったら、そう言って欲しいですけどね」
そう言って笑うと、旅人がアルシャインの前に10G出した。
「これくらいしか無いが、この子達に美味しい物を食べさせてやりな」
「こんなにいただけません!」
「…では、朝飯と…隣町から帰ってきた時の予約だ!」
「それでも多いですよ?」
「…わたしはね、故郷に妻子を残して遣いに来ているんだ。だから…せめて、こんなにも眩しい笑顔で癒やしてくれる子供達に何かしたいんだよ」
「……ありがとうございます…お客さんのお名前は?予約なら名前を伺わないと」
アルシャインが聞くと、旅人は笑って言う。
「ジョージ=サンティスだよ、女マスター」
「ジョージ=サンティスさん、と」
用意しておいた顧客名簿にそう書いてアルシャインは笑う。
「ふふ、ジョージさんがお客様第一号よ!」
「それは光栄だ!」
そう笑い合った。

その日はキャベツとトガリネズミとジャガイモのスープにパンと、鹿のハムを食べた。
「おやすみなさい」
みんなで言って、部屋に行く。
アルシャインは、明日ニワトリが卵を産みますようにと祈りながら眠った。
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