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一章
ブライス家のマリーは
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毎朝鏡を見るたびに、マリーは自分の顔にがっかりしていました。
太い眉は意固地そうな印象を与えますし、色白のせいで頬に散らばるそばかすは目立ち、不細工とはまで行かなくとも誰もが賞賛するような美人とはいきませんでした。
マリーには理解出来ないと思ったのでしょうか。
社交に躍起になっている父親は“お前がもっと美しかったら”と面と向かって言いました。(それもため息をつきながら)
それに憤慨したケイトは、さらにマリーを“完璧な淑女”へ育てようと厳しくなりました。
そんな境遇もあり、マリーは目の前の少年のように〈生まれつき美しい人〉だったならと空想してしまうのでした。
少年は微笑みを浮かべたまま、ぼんやりと黙り込んだマリーに手を差し出します。
「手伝うよ」
そう言ってマリーの手をひっぱり、立ち上がらせました。その拍子によろめいたマリーの身体を、少年は難なく受け止めます。瞬間、彼の皺ひとつない襟元から、仄かに薔薇が香りました。
「さて、エリザベス嬢はどこへ行ったのかな」
少年はマリーの手を繋いだまま、森を歩き出しました。
勝手知ったるといった淀みのない歩みに、マリーは首を傾げます。
「ここにはよく来るの?」
「たまに。父上に連れられてね」
領主様の屋敷にしょっちゅう来るなんてよほどの家柄でした。
「君は?」
と少年が顔だけで振り返ります。
マリーは「今日が初めて」と答えました。
なにせ、マリーは貴族ではありません。
マリーの一族はいわゆる〝成りあがり〟でしたから。
その昔、マリーの曽祖父がを小さな宝石店を立ち上げたのがきっかけでした。
曽祖父の地道な事業は成功を収め、今や装飾品全般を取り扱う大きな会社へと発展していました。
曽祖父は元は農夫でしたが、今では名ばかりの貴族家よりも富を得ている程で、ゆえに領主様からもブライス家は一目置かれておりました。
マリーはまだ10歳ですが、一族からは日々曽祖父の威光を熱心に叩き込まれ、ブライス家の一員としての気品を植え付けられようとしていました。
けれどもマリーは宝石よりも猫や植物を愛でたり、絵を描いたりする方が好きでした。
どこそこの貴族家の名前は覚えられませんでしたが、夜空を飾る天体の名前はすらすらと言えましたし、金勘定は不得手でしたが色の綺麗な石を見つけるのは誰よりも得意でした。
そんなマリーはブライス家で厄介の種でした。マリーの両親はどちらも商いを大事にしていましたので、マリーにも是非跡をついで欲しいと思っていたのです。
ですから、乳母兼家庭教師でもあるケイトは、マリーをいっぱしのお嬢様に仕立てようと意気込んでいました。(そも、ケイトは元々名のある家の令嬢だったそうです)
ケイト曰く
「お嬢様、貴族家とはたくさん繋がりをお持ちくださいませ。お友達も出来る限り増やしませんと。ブライス家は資産家とは言えど爵位がございません。そんな理由だけで見下されることがないよう、立派な淑女になるのです」
だそうで
マリーは窮屈な思いをしながらも、“ブライス家のマリー”として、勉強に社交にと勤しみました。たまにしか会えない父と母に、作法が上手くなったと褒められるのはとても嬉しかったからです。
けれども、屋敷に飾られている曽祖父の肖像画を見かけると〝余計なことをしてくれたわ〟と思わずにはいられませんでした。
曽祖父が事業など起こさなければ、ブライス家は農家を続けられたのかもしれませんから。
太い眉は意固地そうな印象を与えますし、色白のせいで頬に散らばるそばかすは目立ち、不細工とはまで行かなくとも誰もが賞賛するような美人とはいきませんでした。
マリーには理解出来ないと思ったのでしょうか。
社交に躍起になっている父親は“お前がもっと美しかったら”と面と向かって言いました。(それもため息をつきながら)
それに憤慨したケイトは、さらにマリーを“完璧な淑女”へ育てようと厳しくなりました。
そんな境遇もあり、マリーは目の前の少年のように〈生まれつき美しい人〉だったならと空想してしまうのでした。
少年は微笑みを浮かべたまま、ぼんやりと黙り込んだマリーに手を差し出します。
「手伝うよ」
そう言ってマリーの手をひっぱり、立ち上がらせました。その拍子によろめいたマリーの身体を、少年は難なく受け止めます。瞬間、彼の皺ひとつない襟元から、仄かに薔薇が香りました。
「さて、エリザベス嬢はどこへ行ったのかな」
少年はマリーの手を繋いだまま、森を歩き出しました。
勝手知ったるといった淀みのない歩みに、マリーは首を傾げます。
「ここにはよく来るの?」
「たまに。父上に連れられてね」
領主様の屋敷にしょっちゅう来るなんてよほどの家柄でした。
「君は?」
と少年が顔だけで振り返ります。
マリーは「今日が初めて」と答えました。
なにせ、マリーは貴族ではありません。
マリーの一族はいわゆる〝成りあがり〟でしたから。
その昔、マリーの曽祖父がを小さな宝石店を立ち上げたのがきっかけでした。
曽祖父の地道な事業は成功を収め、今や装飾品全般を取り扱う大きな会社へと発展していました。
曽祖父は元は農夫でしたが、今では名ばかりの貴族家よりも富を得ている程で、ゆえに領主様からもブライス家は一目置かれておりました。
マリーはまだ10歳ですが、一族からは日々曽祖父の威光を熱心に叩き込まれ、ブライス家の一員としての気品を植え付けられようとしていました。
けれどもマリーは宝石よりも猫や植物を愛でたり、絵を描いたりする方が好きでした。
どこそこの貴族家の名前は覚えられませんでしたが、夜空を飾る天体の名前はすらすらと言えましたし、金勘定は不得手でしたが色の綺麗な石を見つけるのは誰よりも得意でした。
そんなマリーはブライス家で厄介の種でした。マリーの両親はどちらも商いを大事にしていましたので、マリーにも是非跡をついで欲しいと思っていたのです。
ですから、乳母兼家庭教師でもあるケイトは、マリーをいっぱしのお嬢様に仕立てようと意気込んでいました。(そも、ケイトは元々名のある家の令嬢だったそうです)
ケイト曰く
「お嬢様、貴族家とはたくさん繋がりをお持ちくださいませ。お友達も出来る限り増やしませんと。ブライス家は資産家とは言えど爵位がございません。そんな理由だけで見下されることがないよう、立派な淑女になるのです」
だそうで
マリーは窮屈な思いをしながらも、“ブライス家のマリー”として、勉強に社交にと勤しみました。たまにしか会えない父と母に、作法が上手くなったと褒められるのはとても嬉しかったからです。
けれども、屋敷に飾られている曽祖父の肖像画を見かけると〝余計なことをしてくれたわ〟と思わずにはいられませんでした。
曽祖父が事業など起こさなければ、ブライス家は農家を続けられたのかもしれませんから。
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