4 / 9
一章
フォルツァ家のアルベルトは
しおりを挟む
マリーが小枝を踏み折ると、驚いた小鳥たちが木々の間から飛んでいきました。
前を歩いていた少年が振り返ります。
「ここらは木の根があちこちにあるよ。気をつけて」
マリーがこっくりと頷くと、「いいこだ」と少年は頭を撫でます。同じくらいの歳でしょうに、と困惑しますが、そんなマリーの様子には気づかず、少年は歩を進めます。
「そう言えば、君、名前は?」
「マリーよ」
マリーが足元を気にしながら答えると、少年はふふっと息をもらしました。
「猫の方が長いんだね」
「…エリザは猫だけど、友達だわ」
「なるほど」
少し距離が開いてしまうたびに、少年は立ち止まりながら、ゆっくりと森を進みます。
「僕の家で言うところの、アレキサンドロスと同じか」
一際大きな大木に片手をついて、少年は呟きます。
「アレキサンドロス?」
マリーが聞き返すと、少年は両手をいっぱいに広げて見せました。
「僕の犬だよ。とても大きくて利口で可愛いんだ。今はもうお爺さんだけど。僕が小さかった頃は、背中に乗ったりもしてたんだ。もっと昔は、父上の狩りにもお供していたんだって」
「立派なのね」
マリーが頷くと、少年は嬉しそうに目を細めます。
「ああ、アレクは僕らの友達で家族さ。だから、君のエリザも早く探さないとね。心配だろう?」
「ええ、とても」
マリーは、ぎゅっと籠を握り締めました。
残念ながら仔猫のエリザは、アレキサンドロスのように聡明とはいきません。
それこそ、危ない場所に進んで手を突っ込むようなやんちゃ娘でした。マリーの長いクセ毛にじゃれようとしますし、高いところに登って降りられなくなる事は日常茶飯事でした。
屋敷では坪の中に入って出られなくなったこともありましたし、高い食器棚に登って降りられなくなったこともありました。梯子をかけて乳母のケイトが助けてくれましたが、翌日になるとそんなことを忘れてしまったかのようにエリザはまた探検に出かけてしまうのでした。
「早く見つけてあげよう」
少年は力強く頷きます。
「ええ」
と、少年が「あ」と声をあげました。
「あの子かな」
少年の指差した樹上を見上げると、木から太く伸びた枝の先に、エリザがまるまっていました。
「エリザ!」
マリーが声をあげると、エリザは顔を向けて「にゃあ」と高い声で鳴きます。まるで「あら、こんにちはマリー」とでも言っているようでした。
「怪我はなさそうだね」
少年は胸を撫で下ろし、しかし、どうやってエリザを下ろそうかと首を傾げました。
エリザのいる枝は随分と高く、少年にもマリーにも到底登れそうにありません。
「…エリザったら。またあんなところに登って」
マリーが頬を膨らませると、少年は顎に手をかけながら「大人を呼ぼうか?」と振り向きます。
「僕の執事は背が高いし、馬の扱いもなれてる」
「…その人は味方?」
大人、と聞いて、マリーは怒られるのじゃないかと怯えました。執事といえど、いえ、執事だからこそ規則違反には厳格ではないかと感じたのです。
少年は承知したというように頷きました。
「ああ、わかったよマリー。大丈夫。エリザが逃げたことは内緒にしておこう」
「その人、叱らない?突然怒鳴ったりしない?」
「しないよ。ちょっと小言が多いだけだ」
「…」
「早くエリザを助けたくない?」
「…じゃあ、お願いするわ」
「任せて」
少年がそう言った瞬間でした。
「若様」
ガサリ、と草木をかきわけ、長身の男性が足早に現れました。
その面長の眉間には、すでに皺が寄っています。
マリーはさっと少年の影に隠れました。この人が少年の言っていた執事なのでしょう。
「ああ、エド。ちょうど良かった」
少年は、にっこりと男性に微笑みます。
執事は、二十代前半頃の若い男性でした。主人である少年を前にしても、不機嫌を隠しもしません。
「こんなところで何を…」
「こちらのお嬢さんが困っていたので、手助けを。お前も手伝え」
「なにを」
「あちらのエリザベス嬢を下ろすんだ」
少年が樹上のエリザを指さすと、いよいよエド執事はため息を零しました。
前を歩いていた少年が振り返ります。
「ここらは木の根があちこちにあるよ。気をつけて」
マリーがこっくりと頷くと、「いいこだ」と少年は頭を撫でます。同じくらいの歳でしょうに、と困惑しますが、そんなマリーの様子には気づかず、少年は歩を進めます。
「そう言えば、君、名前は?」
「マリーよ」
マリーが足元を気にしながら答えると、少年はふふっと息をもらしました。
「猫の方が長いんだね」
「…エリザは猫だけど、友達だわ」
「なるほど」
少し距離が開いてしまうたびに、少年は立ち止まりながら、ゆっくりと森を進みます。
「僕の家で言うところの、アレキサンドロスと同じか」
一際大きな大木に片手をついて、少年は呟きます。
「アレキサンドロス?」
マリーが聞き返すと、少年は両手をいっぱいに広げて見せました。
「僕の犬だよ。とても大きくて利口で可愛いんだ。今はもうお爺さんだけど。僕が小さかった頃は、背中に乗ったりもしてたんだ。もっと昔は、父上の狩りにもお供していたんだって」
「立派なのね」
マリーが頷くと、少年は嬉しそうに目を細めます。
「ああ、アレクは僕らの友達で家族さ。だから、君のエリザも早く探さないとね。心配だろう?」
「ええ、とても」
マリーは、ぎゅっと籠を握り締めました。
残念ながら仔猫のエリザは、アレキサンドロスのように聡明とはいきません。
それこそ、危ない場所に進んで手を突っ込むようなやんちゃ娘でした。マリーの長いクセ毛にじゃれようとしますし、高いところに登って降りられなくなる事は日常茶飯事でした。
屋敷では坪の中に入って出られなくなったこともありましたし、高い食器棚に登って降りられなくなったこともありました。梯子をかけて乳母のケイトが助けてくれましたが、翌日になるとそんなことを忘れてしまったかのようにエリザはまた探検に出かけてしまうのでした。
「早く見つけてあげよう」
少年は力強く頷きます。
「ええ」
と、少年が「あ」と声をあげました。
「あの子かな」
少年の指差した樹上を見上げると、木から太く伸びた枝の先に、エリザがまるまっていました。
「エリザ!」
マリーが声をあげると、エリザは顔を向けて「にゃあ」と高い声で鳴きます。まるで「あら、こんにちはマリー」とでも言っているようでした。
「怪我はなさそうだね」
少年は胸を撫で下ろし、しかし、どうやってエリザを下ろそうかと首を傾げました。
エリザのいる枝は随分と高く、少年にもマリーにも到底登れそうにありません。
「…エリザったら。またあんなところに登って」
マリーが頬を膨らませると、少年は顎に手をかけながら「大人を呼ぼうか?」と振り向きます。
「僕の執事は背が高いし、馬の扱いもなれてる」
「…その人は味方?」
大人、と聞いて、マリーは怒られるのじゃないかと怯えました。執事といえど、いえ、執事だからこそ規則違反には厳格ではないかと感じたのです。
少年は承知したというように頷きました。
「ああ、わかったよマリー。大丈夫。エリザが逃げたことは内緒にしておこう」
「その人、叱らない?突然怒鳴ったりしない?」
「しないよ。ちょっと小言が多いだけだ」
「…」
「早くエリザを助けたくない?」
「…じゃあ、お願いするわ」
「任せて」
少年がそう言った瞬間でした。
「若様」
ガサリ、と草木をかきわけ、長身の男性が足早に現れました。
その面長の眉間には、すでに皺が寄っています。
マリーはさっと少年の影に隠れました。この人が少年の言っていた執事なのでしょう。
「ああ、エド。ちょうど良かった」
少年は、にっこりと男性に微笑みます。
執事は、二十代前半頃の若い男性でした。主人である少年を前にしても、不機嫌を隠しもしません。
「こんなところで何を…」
「こちらのお嬢さんが困っていたので、手助けを。お前も手伝え」
「なにを」
「あちらのエリザベス嬢を下ろすんだ」
少年が樹上のエリザを指さすと、いよいよエド執事はため息を零しました。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】
積み上がった伏線の回収目前!!
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら
赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。
問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。
もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?
悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
蝋燭
悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。
それは、祝福の鐘だ。
今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。
カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。
彼女は勇者の恋人だった。
あの日、勇者が記憶を失うまでは……
私はあなたを覚えていないので元の関係には戻りません
天宮有
恋愛
伯爵令嬢のアリカは、婚約者のマトスから記憶を失う薬を飲まされてしまう。
アリカはマトスと侯爵令嬢レミザの記憶を失い、それを理由に婚約破棄が決まった。
マトスはレミザを好きになったようで、それを隠すためアリカの記憶を消している。
何も覚えていないアリカが婚約破棄を受け入れると、マトスはレミザと険悪になってしまう。
後悔して元の関係に戻りたいと提案するマトスだが、アリカは公爵令息のロランと婚約したようだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる