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一章
執事とメイド
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ぶつくさと文句を言いながらも、エドは長い手足を駆使してエリザを下ろしてくれました。
肩についたエリザの毛を神経質に払いながら、少年を剣吞に見下ろします。
「気が済みましたか?」
「もちろん」
「それはようございました。では、本来の目的を果たしに参りましょうか。もう時間がございませんよ」
少年は「わかったよ」と森を歩き出しました。
エリザの入った籠を抱きかかえるマリーを振り返ります。
「一緒に行こう。君の共も今頃困ってるんじゃないかい」
「たぶん」
ケイトの小言を思うと、気持ちがいっきに沈んで行くのがわかりました。
けれど、戻らないわけにはいきません。
マリーは気を取り直して顔を上げました。
「あの、エリザを助けてくれてありがとう。お礼がしたいわ。お名前は?」
「お礼なんていいけど、僕はアルベルト。こっちは執事のエドワードだ」
マリーはぺこりと頭を下げます。
「アルベルト様と、エドワード様ね。本当にありがとう」
「これから、サロンでヴァイオリンを演奏しなきゃいけないんだ。良かったら、マリーも見に来て」
「ええ」
「ですから、急ぎませんと」
エドがしびれを切らしたように、胸元のポケットから懐中時計を取り出しました。
* * *
急いで部屋に戻ると、思っていた通り、ケイトが待ち構えていました。
すでに、彼女の眉間には皺が寄っています。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま…」
「随分遠くまでお散歩に行ってらっしゃったんですね」
「え、ええ。お天気がとても良かったら、森へ」
「エリザとですか?」
ケイトの手には、エリザ用のブラシが握られていました。荷物からばれてしまったのでしょう。
「あ、あー、えーと」
マリーが視線をあちこちに流し、言い訳を考えていると、それをぶち壊すように籠の中のエリザが「にゃあ~」と一声鳴きました。
なんてタイミング。
マリーが「ごめんなさい」は、ケイトの怒鳴り声にかき消されます。
「お嬢様!これはお遊びではありませんとあれほど申し上げましたものを!!なにをお考えになっているのですか!?歌会もすっぽかし、領主様への御挨拶も一言だけ!他のご令嬢やご子息様はすでに目をかけられている方も大勢いらっしゃいますのに!なぜお嬢様がお呼ばれになったのか分かってらっしゃらないのですか?いくら領主様がお優しくても、誰かれ構わず招待されたわけではございませんよ。有力な貴族家や、領主様と古くからご縁のある方々ばかりです。ブライス家は貴族でも、領主様と懇意と言うわけでもありません。お父上がツテを頼られてやっと招待して頂けたのです。少しでもブライス家をアピール致しませんと…!なにも成果がありませんでした、ではなんと言われるか…!」
よく噛みもせず大きな金切声を上げ続けられるものだ。とマリーは痛むお腹を抑えて小言を受け止めます。
「ごめんなさい…歌会をさぼった事は謝るわ…」
「エリザのことも」
「勝手に連れてきて…ごめんなさい」
「…荷物を詰め込む時に見つけられなかった私の落ち度ですわ」
ケイトははぁ、と片手で頭を支えながら、近くの椅子に座り込みます。
さすが、領主様の城でした。
マリーに与えられたのは小さな客間でしたが、ベッドも鏡台も、今ケイトが座り込んだ椅子に至るまで高級品で設えられています。
道理で父親が領主との繋がりを欲しがるわけです。
「本当にごめんなさい。私が軽率だったわ…」
「これからは心を入れ替えて下さると嬉しいのですが」
「ええ。えっとね、さっき森で友達、と呼んでいいかわからないけれど、知り合いになった子がいるの。その子が今からサロンで演奏するんですって。観に行ってきてもいい?」
「知り合い?どこの子ですか?」
「あー、家はわからないけど、たぶん貴族の子よ。燕尾服の執事がついてたもの」
「まあ、友達を持つのはいいことですわね。でも」
ケイトは立ち上がって言った。
「その前に御髪を直しましょうね」
肩についたエリザの毛を神経質に払いながら、少年を剣吞に見下ろします。
「気が済みましたか?」
「もちろん」
「それはようございました。では、本来の目的を果たしに参りましょうか。もう時間がございませんよ」
少年は「わかったよ」と森を歩き出しました。
エリザの入った籠を抱きかかえるマリーを振り返ります。
「一緒に行こう。君の共も今頃困ってるんじゃないかい」
「たぶん」
ケイトの小言を思うと、気持ちがいっきに沈んで行くのがわかりました。
けれど、戻らないわけにはいきません。
マリーは気を取り直して顔を上げました。
「あの、エリザを助けてくれてありがとう。お礼がしたいわ。お名前は?」
「お礼なんていいけど、僕はアルベルト。こっちは執事のエドワードだ」
マリーはぺこりと頭を下げます。
「アルベルト様と、エドワード様ね。本当にありがとう」
「これから、サロンでヴァイオリンを演奏しなきゃいけないんだ。良かったら、マリーも見に来て」
「ええ」
「ですから、急ぎませんと」
エドがしびれを切らしたように、胸元のポケットから懐中時計を取り出しました。
* * *
急いで部屋に戻ると、思っていた通り、ケイトが待ち構えていました。
すでに、彼女の眉間には皺が寄っています。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま…」
「随分遠くまでお散歩に行ってらっしゃったんですね」
「え、ええ。お天気がとても良かったら、森へ」
「エリザとですか?」
ケイトの手には、エリザ用のブラシが握られていました。荷物からばれてしまったのでしょう。
「あ、あー、えーと」
マリーが視線をあちこちに流し、言い訳を考えていると、それをぶち壊すように籠の中のエリザが「にゃあ~」と一声鳴きました。
なんてタイミング。
マリーが「ごめんなさい」は、ケイトの怒鳴り声にかき消されます。
「お嬢様!これはお遊びではありませんとあれほど申し上げましたものを!!なにをお考えになっているのですか!?歌会もすっぽかし、領主様への御挨拶も一言だけ!他のご令嬢やご子息様はすでに目をかけられている方も大勢いらっしゃいますのに!なぜお嬢様がお呼ばれになったのか分かってらっしゃらないのですか?いくら領主様がお優しくても、誰かれ構わず招待されたわけではございませんよ。有力な貴族家や、領主様と古くからご縁のある方々ばかりです。ブライス家は貴族でも、領主様と懇意と言うわけでもありません。お父上がツテを頼られてやっと招待して頂けたのです。少しでもブライス家をアピール致しませんと…!なにも成果がありませんでした、ではなんと言われるか…!」
よく噛みもせず大きな金切声を上げ続けられるものだ。とマリーは痛むお腹を抑えて小言を受け止めます。
「ごめんなさい…歌会をさぼった事は謝るわ…」
「エリザのことも」
「勝手に連れてきて…ごめんなさい」
「…荷物を詰め込む時に見つけられなかった私の落ち度ですわ」
ケイトははぁ、と片手で頭を支えながら、近くの椅子に座り込みます。
さすが、領主様の城でした。
マリーに与えられたのは小さな客間でしたが、ベッドも鏡台も、今ケイトが座り込んだ椅子に至るまで高級品で設えられています。
道理で父親が領主との繋がりを欲しがるわけです。
「本当にごめんなさい。私が軽率だったわ…」
「これからは心を入れ替えて下さると嬉しいのですが」
「ええ。えっとね、さっき森で友達、と呼んでいいかわからないけれど、知り合いになった子がいるの。その子が今からサロンで演奏するんですって。観に行ってきてもいい?」
「知り合い?どこの子ですか?」
「あー、家はわからないけど、たぶん貴族の子よ。燕尾服の執事がついてたもの」
「まあ、友達を持つのはいいことですわね。でも」
ケイトは立ち上がって言った。
「その前に御髪を直しましょうね」
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