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一章
アルベルト様
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服装を整え直したマリーがサロンへ向かうと、ちょうどあの少年ーアルベルトがヴァイオリンを構えたところでした。
広いサロンでしたが、用意された席は全て埋まっていたので、マリーは壁際に立っている人達に並びました。
「あれがアルベルト様だってよ。初めて見たぜ」
隣にいたどこかの子息が、友人らしい男の子に話しかけます。
「女の子は皆彼の話題でいっぱいだよ」
アルベルトは、確かに綺麗な顔ですし、その上気さくで親切でした。女の子から人気があるのも不思議ではありません。
マリーは、アルベルトの方へ顔を戻しました。
大きく切り取られた窓からは、暖かな陽光が降り注ぎ、アルベルトの全身を明るく照らしています。
アルベルトの、楽譜を注視する眼差しは凛々しく、緊張がこちらにまで伝わってきそうでした。
ーがんばれ
マリーは自分のことのように両手を握りしめてアルベルトを見守ります。
以前、マリーも似たように貴族の御仁の前でヴァイオリンを披露させられた事がありました。その時の大失敗といったら悲惨なもので、今でもヴァイオリンときくといい気はしません。
奇妙な音を出してしまった瞬間の恥ずかしさと、周りからのため息、観客の嘲笑が蘇ってくるようでした。
しかしアルベルトは、比べるのは失礼なほど上手く演奏してみせました。
流れるような転調、低い音から高い音への自然な移り変わり。
大人でもこうは弾けないだろうというほどでした。
最後の一音が終わり、アルベルトが動きを止めると、一拍置いて、客人たちの盛大な拍手が鳴り響きました。
マリーも周りにあわせて手を鳴らします。
「素晴らしい演奏だったよ、アルベルト」
一番手前に座っていた領主が、杖をつきながら立ち上がり、アルベルトとしっかりと両手で握手をした後、抱擁をしました。
「ありがとうございます。毎日練習をした甲斐がありました」
背中を叩かれながら、アルベルトは子供らしい無邪気な笑顔を領主に向けています。八重歯が見える笑い方をする子どもでした。
森では年上然としていましたが、こうして見てみると、やっぱり、そう変わらないように思えます。
「さすがアルベルト様」
「ええ、素敵だわ」
喝采に包まれるアルベルトを遠目に、マリーはサロンを出ました。
演奏が終わったら、すぐに部屋に戻る約束をケイトとしておりました。
これ以上ケイトの機嫌を損ねるわけにはいきません。
今夜は、領主様の城で過ごす最後の夜です。
晩餐は一際豪華なものが出ますし、子ども同士でのダンスタイムもあります。
「お父様になんと報告致しましょう」
浮かない顔でケイトは、マリーにドレスを着つけます。
マリーはまだ、誰とも踊る約束をしていません。
「せっかくドレスも新調しましたのに」
「…大丈夫よ、ケイト。私、今夜は領主様にお話かけてみるわ」
「お嬢様」
かと言って、なんの話題をすればいいのかもマリーにはさっぱりわかりませんでした。
ーアルベルトだったら、お父様やケイトの期待に応えられたでしょうね
アルベルトの姿は、父親が求めている理想のマリーそのものでした。
人懐こく、紳士で、特技もあり、領主様からも気に入られている。
おまけに、明らかに身分の高そうな令嬢たちも、うっとりとアルベルトに見惚れています。
マリーがアルベルトのように完璧であるなら、父親がーブライス家が喉から手が出るほど欲しがっている貴族家との繋がりも容易に得ることが出来そうです。
その繋がりがどれ程重要かは、マリーにはわかりませんでしたが、毎日ケイトが口を酸っぱくして言っているせいで、貴族家の繋がりを意識するようにはなりました。
それも、なにやらたくさんの派閥があるらしく、なんでもいいわけではないそうです。
とりわけ、フォルツァという一家は昔からの因縁があり、話すことはおろか、会うことさえお互い禁じているようでした。
同じパーティーには決して出席せず、フォルツァと懇意にしている家とも距離を置いていました。
「さぁ、出来ましたわ。お嬢様」
ケイトが、仕上げにマリーの髪に空色のリボンを結びつけて、支度は終わりました。
鏡の中に、自信なさげな自分の顔が映ります。
ーアルベルト様を誘ってみよう
せっかく知りあいになりましたし、お礼もしなければなりません。
マリーは、足元でうずくまるエリザを見て決心しました。
広いサロンでしたが、用意された席は全て埋まっていたので、マリーは壁際に立っている人達に並びました。
「あれがアルベルト様だってよ。初めて見たぜ」
隣にいたどこかの子息が、友人らしい男の子に話しかけます。
「女の子は皆彼の話題でいっぱいだよ」
アルベルトは、確かに綺麗な顔ですし、その上気さくで親切でした。女の子から人気があるのも不思議ではありません。
マリーは、アルベルトの方へ顔を戻しました。
大きく切り取られた窓からは、暖かな陽光が降り注ぎ、アルベルトの全身を明るく照らしています。
アルベルトの、楽譜を注視する眼差しは凛々しく、緊張がこちらにまで伝わってきそうでした。
ーがんばれ
マリーは自分のことのように両手を握りしめてアルベルトを見守ります。
以前、マリーも似たように貴族の御仁の前でヴァイオリンを披露させられた事がありました。その時の大失敗といったら悲惨なもので、今でもヴァイオリンときくといい気はしません。
奇妙な音を出してしまった瞬間の恥ずかしさと、周りからのため息、観客の嘲笑が蘇ってくるようでした。
しかしアルベルトは、比べるのは失礼なほど上手く演奏してみせました。
流れるような転調、低い音から高い音への自然な移り変わり。
大人でもこうは弾けないだろうというほどでした。
最後の一音が終わり、アルベルトが動きを止めると、一拍置いて、客人たちの盛大な拍手が鳴り響きました。
マリーも周りにあわせて手を鳴らします。
「素晴らしい演奏だったよ、アルベルト」
一番手前に座っていた領主が、杖をつきながら立ち上がり、アルベルトとしっかりと両手で握手をした後、抱擁をしました。
「ありがとうございます。毎日練習をした甲斐がありました」
背中を叩かれながら、アルベルトは子供らしい無邪気な笑顔を領主に向けています。八重歯が見える笑い方をする子どもでした。
森では年上然としていましたが、こうして見てみると、やっぱり、そう変わらないように思えます。
「さすがアルベルト様」
「ええ、素敵だわ」
喝采に包まれるアルベルトを遠目に、マリーはサロンを出ました。
演奏が終わったら、すぐに部屋に戻る約束をケイトとしておりました。
これ以上ケイトの機嫌を損ねるわけにはいきません。
今夜は、領主様の城で過ごす最後の夜です。
晩餐は一際豪華なものが出ますし、子ども同士でのダンスタイムもあります。
「お父様になんと報告致しましょう」
浮かない顔でケイトは、マリーにドレスを着つけます。
マリーはまだ、誰とも踊る約束をしていません。
「せっかくドレスも新調しましたのに」
「…大丈夫よ、ケイト。私、今夜は領主様にお話かけてみるわ」
「お嬢様」
かと言って、なんの話題をすればいいのかもマリーにはさっぱりわかりませんでした。
ーアルベルトだったら、お父様やケイトの期待に応えられたでしょうね
アルベルトの姿は、父親が求めている理想のマリーそのものでした。
人懐こく、紳士で、特技もあり、領主様からも気に入られている。
おまけに、明らかに身分の高そうな令嬢たちも、うっとりとアルベルトに見惚れています。
マリーがアルベルトのように完璧であるなら、父親がーブライス家が喉から手が出るほど欲しがっている貴族家との繋がりも容易に得ることが出来そうです。
その繋がりがどれ程重要かは、マリーにはわかりませんでしたが、毎日ケイトが口を酸っぱくして言っているせいで、貴族家の繋がりを意識するようにはなりました。
それも、なにやらたくさんの派閥があるらしく、なんでもいいわけではないそうです。
とりわけ、フォルツァという一家は昔からの因縁があり、話すことはおろか、会うことさえお互い禁じているようでした。
同じパーティーには決して出席せず、フォルツァと懇意にしている家とも距離を置いていました。
「さぁ、出来ましたわ。お嬢様」
ケイトが、仕上げにマリーの髪に空色のリボンを結びつけて、支度は終わりました。
鏡の中に、自信なさげな自分の顔が映ります。
ーアルベルト様を誘ってみよう
せっかく知りあいになりましたし、お礼もしなければなりません。
マリーは、足元でうずくまるエリザを見て決心しました。
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