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霜月のアキアカネ
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「葉子さんありがとうございます」
「いえいえ。これがあるといよいよ冬だなぁって感じしますね」
食堂の中央に設置した円筒ストーブ。
昨年、新調した石油ストーブです。と言っても、買ったのではなく、雅紀さんのご実家で使わなくなったからと譲って頂いたのですけれど。
「あの煙突ももう使う事無いんですねぇ」
葉子さんが天井を見上げます。
「そうですね。私ももう歳ですし、いつまでも雅紀さんに来てもらってだるまストーブを設置してもらうわけにもいきませんから」
以前までは、冬になるとレトロなだるまストーブを置いていたのです。
寒くなる頃に、野菜を届けに来てくださった雅紀さんに出して頂いていましたが、火を点けるだけでも薪を入れなければならず。
今、食堂を温めてくれているストーブは灯油で、地震などの揺れを感知すると勝手に止まってくれるので安心なのです。
古い物を使い続けたい気持ちはあるけれど、年齢を重ねて来ると、どうしてもそればかりを追求することも難しくなってきます。
便利な物も使いつつ。古い物も大切に。
ほどほどに、無理なく生きていくことも考えなければ、とここ最近思うのです。
「まぁでもこれも結構可愛いですよね。良い感じにレトロでお洒落です」
深い緑色の円筒ストーブが、部屋の中に柔らかな温もりでいっぱいにしてくれます。
身体もぬくもった所で、ぽんすけと私たちも朝食とする事にしましょう。
白いカーテンを開けて――今日も良いお天気。
キッチンの窓辺に置いたタツ子さんの写真に挨拶をして。
今日も一日が始まります。
「大根、良い出来だろ。ここの棚に置いとくよ」
「まぁ、立派ですねぇ。美味しそうです。いつもありがとうございます」
濡れた手を拭き、玄関にいる栗原さんのところへ急ぎます。
「なんだ、あんたまた来とったんか」
荷台を押して村からやって来たのは、河田さんです。
一緒に来た雑種のコロは、ぽんすけと互いに鼻を合わせてくんくんとご挨拶しています。
「うちも持って来てやったよ」
「あら、じゃがいも。助かります、じゃがいもは使い道も沢山ですから。そういえば、先日頂いたひのなもお漬物にしたんですよ」
「そうかそうか。ひのな漬けは美味いからな。もう少ししたら、すぐきが収穫できる。また持って来るよ。あぁ、こらコロ。それはぽんすけの玩具だろう。悪いね、じゃあ先に帰るよ。おい爺さん、あんたも邪魔にならんうちに帰れよ。お宅のハナが朝から家の横で粗相しとったぞ」
ひひひっといたずらっぽく笑うと、河田さんは荷台をUターンさせて、村の方へと帰って行きました。
「ふん、相変わらずうるさい爺さんだ。大体あれはうちのハナじゃなくてタヌキなんだよ。このところ随分図々しく村の中を闊歩するもんだから迷惑しとるんだ。畑を荒らされんように何とかせんとなぁ。じゃあ、そろそろわしも帰るよ。婆さんが来たいって言ってたから、また昼にでも来るわ」
「ありがとうございました。お待ちしていますね」
数年の間に背中が曲がってしまっても、変わらずしっかりとした足取りで村へと帰って行く栗原さんの背中を見送ってから、食堂の扉を閉めました。
さて。立派な大根を頂いたので、葉子さんに今日のお料理に使う材料を買いに行っていただきました。
「大根は厚めで。隠し包丁を入れるのを忘れないようお願いしますね」
「了解でーす。陽射しは暖かいのに、風が寒いんですよねぇ」
エプロンを付けて腕まくりをし、包丁を握った葉子さんは「よしっ」と気合を入れて大きな大根の皮剥きに取り掛かりました。
手際よく皮を剥き、面取りも早いものです。
葉子さんが初めてここに来たのは六年も前になります。
お料理の手際だけでなく、味付けも安心して任せられるほどに上達しています。
「えっと竹串はどこに仕舞ったかしら」
食器棚の前でうろうろしていると、葉子さんが私の腰の所にある引き出しに手を伸ばしました。
「ありがとうございます」
「あっ、噴きこぼれるっ」
葉子さんは咄嗟にコンロのつまみを弱火にずらして「セーフセーフ。問題なし」と大根の下ごしらえに戻ります。
「ごめんなさい。歳を取るのは嫌じゃないけれど、今まで問題なく出来ていた事にまで手間取るようになっちゃったりして。そういう所は困りものですね、やっぱり」
「良いんですよ。ふたりいるんですから。助け合い、支え合いです。それにハルさん、全然手間取ってないですよ。私だってど忘れなんてしょっちゅうだし、要領悪くて時間かかる事ばかりだし。ハルさんがいる事がかなーり心強いんですから」
葉子さんは「ね、ハルさん。これ大根って下茹でするんですよね」と話題を変えました。
今日のおにぎり定食のお料理はおでんです。
牛すじ、こんにゃく、大根、玉子、練り物、じゃがいもなどが入った、あったかおでん。
ほっこりと煮上がった大根は透明感がありながらも、味がしっかり染みていて。
牛すじや練り物からは、良い出汁が出ます。
食べ応えのあるおでんはいかがでしょうか。
見た目は赤色の小さな大根。
かぶの仲間のひのなのお漬物も、ぱりぱりとしていてとっても美味しいですよ。
「やっぱりおでんは大根だなぁ」
「今年の大根は良い出来だって、お父さん喜んでたものねぇ。ハルさん、牛すじも柔らかいわ。美味しい」
「ありがとうございます。たくさんありますから、遠慮なくおかわりもしてくださいね」
「はーいっ。私、あとでおかわりします。はんぺんと、しらたきと、牛すじと、大根で」
栗原さんご夫婦と一緒にいらっしゃったまどかさんが、頬を玉子で膨らませながら言います。
「良いね良いねぇ、若い子は沢山食べなくちゃね」
葉子さんが使い終わったお鍋を洗いながら「私たちも夕飯に作りましょうよ」と、隣に立つ私に囁きました。
「もちろんですよ。大根も沢山いただきましたし、材料はありますから」と言うと、泡だらけの手でガッツポーズを作って喜んでいます。
「ここに持ってきたらうまく料理してくれるから、こっちも作り甲斐があるよ」
隣のテーブルで、河田さんがひのな漬けを食べて満面の笑みを浮かべています。
「持って来てくださるお野菜がとても良い物だからですよ。皆さんがいらっしゃるから、私はこの食堂をやっていけているんです。皆さんのお陰です。感謝してもしきれません」
「ハルさんは謙虚だねぇ」
河田さんが、昆布のおにぎりを手に言い、
「どこかの爺さんとは偉い違いだな」
栗原さんが、意味ありげに河田さんを横目に見ます。
「もう、ほんと仲良いんだから」
まどかさんが呆れ笑いを浮かべて
「ひのな、美味しいわぁ。作り方教えて貰わなきゃ」
と栗原さんの奥様が、ひのな漬けをあっというまに食べてしまいます。
「仕事、結構疲れるんだけどさぁ。でもここに帰って来ると、まぁ何とかなるっしょって気分になるんだよねぇ。私、多分もう結婚出来ないわ」
まどかさんが、ふるふるのはんぺんをお箸で崩して口に入れます。
「独身同盟組みましょうよ、葉子さん」
良い事思いついた、とでも言うように人差し指をぴんと立てたまどかさん。
でも葉子さんは「えー」と顔をしかめ、疑わしいと言わんばかりの苦笑いです。
「そういうの組むと大体裏切られるじゃないですかあ。しかも、大抵誘われた方が」
「大丈夫ですよぉ。で、同盟で時々遊びに行きましょうよ。温泉とかー、寺社仏閣巡りとか。カップルだらけの観光スポットに敢えて飛び込んでアウェイ感を味わうとか。独り者には独り者にしか出来ない遊びが沢山ありますって」
「でも私はここのお手伝いもしたいですし――」
「あら、良いじゃないですか。色んな経験は必要ですよ。たまにはよその空気を吸って、色んなことを感じるのも大切ですよ」
葉子さんは「ハルさんがそう言うなら……組んじゃおうかな」と、急にぱっと表情が変わりました。
ふふっ、本当は葉子さんも楽しそうと思っていたのでしょう。
「じゃ、とりあえずクリスマスにイルミネーションでも行きますか。USJとか行った事無いんですよねぇ。なばなの里も綺麗って聞くし……東京ミッドタウンでしたっけ?この前テレビでやってたの綺麗だったなぁ。京都の嵯峨野でトロッコってのも良いですよねぇ」
「うわ、やだ。いきなりカップルスポットに行く勇気!しかもクリスマスって」
「良いじゃない、楽しそうよ」
「まぁ、孫が変な男に引っかかるよりは安心だなぁ」と奥様に続いて栗原さんも顎を撫でながら笑います。
賑やかな笑い声に包まれた食堂。
移りゆく季節と、変わらない笑顔。
確実に進んで行く時間の流れに身を任せながら。
皆さんの幸せを願いながら、窓辺に座って、写真の中のタツ子さんに笑みを返して。
珈琲のふくよかな香りと、仄かな苦みを味わっていました。
皆さんが帰られたあと、食堂の裏にある畑でひとり土いじり。
先月に植えたベビーリーフたちが、土からぽこぽこと葉を出す姿はなんとも愛らしいものです。
でももう少し増えてきたら今度は間引きです。
せっかく出た芽を摘むのは初めての頃は心苦しくも思いましたが、サラダやスープに使う事も出来るので、今ではとっても楽しい作業になっています。
後ろの畝には、玉ねぎの苗がにょきにょきと細長い葉を伸ばしています。
来年には立派な玉ねぎが出来ている事でしょう。
軍手を外して指先で土に触れると、ひんやり。
指の腹に乗せて転がすと、さらりとした土の粒の感触が。
この土から沢山の命が生まれるのです。
雨を吸い、風に吹かれ、太陽の光をたっぷり浴びて、虫たちによって命を増やしていく。
私たちが何気なく見ている世界でも、言葉が無くとも一秒一秒命が生まれ、消えていく。
そう思うと、自分自身もその歯車の中の一部でしかないという事に気が付くのです。
人間が自分たちを特別と思い込んで、実は他の生き物たちと何も変わらない。
互いに、生かし、生かされ、見えない所で支え合っている。
手のひらについた土をはらって
「ふふっ、皺だらけ」
手の甲にきざまれた無数の皺に、思わずそんな声が漏れてしまいました。
空に翳した手のひらの向こうには、水彩絵の具を溶かしたような鮮やかなオレンジ色の空が広がっています。
夕空のどこかで鳴く、カラスの声。
ふわりと吹いた風が、灰色の前髪をさらりと撫でます。
風に乗って野焼きの匂いが流れてきて、ついノスタルジックな気分に浸ってしまう。
何となく散歩がしたくなって、食堂の脇を抜けて、駅へと続く一本道をゆっくり歩いてみました。
さっきのカラスでしょうか。
一羽の大きなカラスが舞い降りて、畦道の真ん中で立ち尽くしています。
カラスはその一生を、たった一羽のつがいと生きていくのだと聞いた事があります。
いま、目の前にいるこのカラスは、まだ生涯を共にする相手と出逢っていないのか、それとも何か理由があって一羽で行動しているのか。
私に確かめる術はありませんが、私のように悲しい理由ではないと良いな、と願わずにはいられません。
そして、いつか大切な相手と出逢えますように、と飛び立ったカラスの黒いシルエットに祈っていました。
右手に広がる田んぼでは野焼きが行われていました。
のろしのように天高く上がる白い煙が柿色の空に溶けていきます。
一歩踏み出すたびに砂利の音と、足裏に伝わる小石の感覚。
遥か向こうに点となって見える木造の駅舎と、夕陽を浴びて輝きを増した、連なる山々の紅と黄。
「ハルさぁあん」
「あら?」
「こっちです、こっちこっち!左ですー」
左手の土手の先。
桜の大樹が立つ丘の上で手を振っている葉子さんが。
足元には、その場でくるりと回って尻尾をふりふり。
三角耳を後ろにぱたりと倒したぽんすけが笑っています。
ふたりは土手の斜面を駆け下り――葉子さんは勢い余って最後に盛大に尻餅をついてしまいました。
「ハルさんもお散歩ですか」
葉子さんが枯れ葉や砂の付いたお尻を払うのを、ぽんすけが不思議そうに見上げています。
白いチノパンのお尻には、落としきれない泥染みが。
ですが、葉子さんは「まぁ、いっか」と、今度は両手の平についた砂を払いました。
「最近、よく散歩に行くようになりましたね。良い季節ですもんね。暑すぎず、寒すぎず」
「えぇ、本当に」
朝晩は冷え込みますが、まだ日中は比較的過ごしやすいこの時期。
つい、外に足が向いてしまう季節です。
ですが理由はそれだけでは無くて。
「色んなものに触れたくなるんですよね。見て、触れて、感じるのが楽しくて」
「あー、わかります。さっきまで村の方を回ってたんですけど、お魚焼く匂いとか、ほら、お煎餅屋さんの醤油の匂いとか。みんなのお家の軒下に干してある柿が干し柿になるのを想像したらわくわくしちゃいます」
「ふふっ、確かにわくわくしますね」
思わず笑みが零れて。
その場にしゃがんだ私の頬を、ぽんすけがふんふんと鼻息を荒くして嗅ぎまわり、尻尾をぶんぶん振り。
私の足の甲に背中を乗せるようにして寝転んで「はい、撫でてください」と、白いふわふわのお腹を見せています。
ところで、皆さんは寝る前には何をしていますか?
私は縫物をしたりすることもありますが、ここ最近は目が疲れてしまうと頭まで痛くなってしまうので、本を読んでいる事が多いのです。
昨年、夫と娘が無くなって十年が経ったのですが、その頃にたまたま手に取った本に書いてありました。
人生というのは四季や二十四時間で表す事もあるのだそう。
線香花火も人生を表すと書いてありました。
私は四季で言うと、恐らくもう秋。
それも秋の終わり。晩秋……というあたりでしょう。
そう考えた時、残された時間というのも意識するようになったのです。
家族を失った時は、これから続く果てしない人生をひとりで生きていくのかと絶望もしました。
ですが、私の人生はとても優しい人たちに囲まれていた。
私が健康に天寿を全う出来たとしても、私に残された道はもう果てしないものでは無く。
もうゴールもうっすら見えてきている頃なのだと気付いたのです。
そう思うと、この世界がとても尊く、今まで以上に美しいものに見えるようになりました。
雨も、風も、雷も。
若い頃なら疎ましく思っていた事も、儚いものに思えるようになったのです。
その本を読んでから、私の散歩の頻度は自然と増えていきました。
少しでもこの世界を味わいたい。
どんな小さなものでもじっくりと目に焼き付けておきたい。
大好きな場所、大好きな人たちの笑顔をしっかりと心に刻んでおきたい。
当たり前にあるものは、実は当たり前じゃないのだという事。
沢山の奇跡の積み重ねで、いま目の前にあるのだと。
十年という月日をかけて身に染みて感じ、ようやく落ち着いた心で過去と向き合えるようになった。
十一年目ももうすぐ終わり。
だから、この世界の彩を覚えておきたい。
喜びだけでなく。悲しみも、苦しみも。
心の痛みも全て、私が生きた証なのだと。
食堂でのお客様との時間も、散歩の時間も。
ひとつひとつを噛みしめて生きていたいと思うようになったのです。
「ぽんすけ、うとうとしてるー。まだ散歩の途中ですよー」
私にお腹を撫でられていたぽんすけが、気持ちよさそうに白目をむいて口角を上げて、とろけたような表情を浮かべています。
「あっ、ハルさん。あそこ」
ふと顔を上げた葉子さんが、道の先を指さしました。
「どうもー」
大きな体を左右に揺らしながら悠然と歩いてくるのは――
「ゲンさん、こんにちは」
私が言いきるより先にぽんすけは顔だけ起こしてゲンさんの方を振り返ると、瞬く間にゲンさんの足に頭から突っ込むように走って行き、尻尾を千切れんばかりに振り回しています。
走り回って、跳ねて、寝転んで、姿勢を低くして「さぁこい!」と彼を見上げては、また走り回ってを繰り返しています。
「おうおう、お前は相変らずだなぁ。ほら、良いもん持って来たぞ。ハルさん、葉子さんも」
背中から使い古した大きな黒いリュック――随分色褪せて灰色になっています――を下ろし、中から白い封筒を取り出しました。
「ほら、先月の終わりに来た時に撮りましたでしょう、写真。よく撮れてるぞぉ、お前の躍動感が溢れまくった写真になってるぞ」
「うわあ、ぽんすけ。目ひんむいてる。私もびっくりして酷い顔」
写真を覗き込んだ葉子さんが吹き出して笑いました。
確かこの写真を撮る瞬間、蝶々に気を取られて興奮したぽんすけが後ろ足で立ち上がり、葉子さんが驚いてしまったのです。
私はそんな二人の隣で可笑しそうに口元に手を当てています。
こうして見ると笑い皺の濃いこと。
食堂を始めた頃は白髪交じりであっても、まだ黒髪も目立っていたのに。
すっかり灰色です。
「でも確かにこういうのも良いですね。何か、力いっぱい生きてるって感じ。私もぽんすけも、凄い顔してるけど。あの食堂の気取らない感じとか、自然な雰囲気がしっかり出てます」
葉子さんが写真を持つ手を正面に伸ばして、少し離れた距離から見ながら満足そうに頷きました。
「そうですね。日常を切り取った一枚で素敵です。ゲンさん、ありがとうございます。それにわざわざ届けてくださって」
「いえ、この辺りはいつ来ても綺麗ですから、仕事も兼ねてです。ここに来るまでにもちょろっと駅の裏手にある林道で撮って来ました。その写真はあれです、夕飯のついでってやつです」
ズボンのベルトに乗ったずしりとしたお腹をさすりながら「よろしいですかな」と、食堂の方を指しました。
「もちろんですよ」
「ほら、ぽんすけも帰ろっか」
遠い山の稜線に太陽が沈む間際の強い陽射しが、まだ僅かに青みを残た空に放射状に広がり、光の先はどんどんと熟した柿のように濃厚に色付き始めています。
すぅっと綿を引き延ばしたような雲が空を漂い、目が覚めるようなひやりとした一筋の風が、アキアカネがつい、つい、と飛んでいる田畑の上を駆け抜けてきました。
私、ぽんすけ、葉子さん、ゲンさん。
黄金色に染まる畦道に、私たちの影が伸びています。
今夜は、三日月。
「今日はおでんがあるんですよ」
ぽんすけを挟んだ隣にいる葉子さんが言い、
「おぉ、良いですなぁ。おでんなんて久しぶりだ」
ゲンさんがしみじみ目を細めます。
ふと、土手の上に目を向けると、つい、つい、と飛ぶアキアカネが。
十一月。
私にとっては、とても大切な月。
生きていれば娘は二十歳になります。
遠い記憶の中にある娘の、大人の女性の姿を想像して。
元々少し薄毛な事を気にしていた夫。
穏やかで優しい夫の老いた姿を想像して。
その淡いふたりの姿は、秋の風にのって空へと霧散しました。
「いえいえ。これがあるといよいよ冬だなぁって感じしますね」
食堂の中央に設置した円筒ストーブ。
昨年、新調した石油ストーブです。と言っても、買ったのではなく、雅紀さんのご実家で使わなくなったからと譲って頂いたのですけれど。
「あの煙突ももう使う事無いんですねぇ」
葉子さんが天井を見上げます。
「そうですね。私ももう歳ですし、いつまでも雅紀さんに来てもらってだるまストーブを設置してもらうわけにもいきませんから」
以前までは、冬になるとレトロなだるまストーブを置いていたのです。
寒くなる頃に、野菜を届けに来てくださった雅紀さんに出して頂いていましたが、火を点けるだけでも薪を入れなければならず。
今、食堂を温めてくれているストーブは灯油で、地震などの揺れを感知すると勝手に止まってくれるので安心なのです。
古い物を使い続けたい気持ちはあるけれど、年齢を重ねて来ると、どうしてもそればかりを追求することも難しくなってきます。
便利な物も使いつつ。古い物も大切に。
ほどほどに、無理なく生きていくことも考えなければ、とここ最近思うのです。
「まぁでもこれも結構可愛いですよね。良い感じにレトロでお洒落です」
深い緑色の円筒ストーブが、部屋の中に柔らかな温もりでいっぱいにしてくれます。
身体もぬくもった所で、ぽんすけと私たちも朝食とする事にしましょう。
白いカーテンを開けて――今日も良いお天気。
キッチンの窓辺に置いたタツ子さんの写真に挨拶をして。
今日も一日が始まります。
「大根、良い出来だろ。ここの棚に置いとくよ」
「まぁ、立派ですねぇ。美味しそうです。いつもありがとうございます」
濡れた手を拭き、玄関にいる栗原さんのところへ急ぎます。
「なんだ、あんたまた来とったんか」
荷台を押して村からやって来たのは、河田さんです。
一緒に来た雑種のコロは、ぽんすけと互いに鼻を合わせてくんくんとご挨拶しています。
「うちも持って来てやったよ」
「あら、じゃがいも。助かります、じゃがいもは使い道も沢山ですから。そういえば、先日頂いたひのなもお漬物にしたんですよ」
「そうかそうか。ひのな漬けは美味いからな。もう少ししたら、すぐきが収穫できる。また持って来るよ。あぁ、こらコロ。それはぽんすけの玩具だろう。悪いね、じゃあ先に帰るよ。おい爺さん、あんたも邪魔にならんうちに帰れよ。お宅のハナが朝から家の横で粗相しとったぞ」
ひひひっといたずらっぽく笑うと、河田さんは荷台をUターンさせて、村の方へと帰って行きました。
「ふん、相変わらずうるさい爺さんだ。大体あれはうちのハナじゃなくてタヌキなんだよ。このところ随分図々しく村の中を闊歩するもんだから迷惑しとるんだ。畑を荒らされんように何とかせんとなぁ。じゃあ、そろそろわしも帰るよ。婆さんが来たいって言ってたから、また昼にでも来るわ」
「ありがとうございました。お待ちしていますね」
数年の間に背中が曲がってしまっても、変わらずしっかりとした足取りで村へと帰って行く栗原さんの背中を見送ってから、食堂の扉を閉めました。
さて。立派な大根を頂いたので、葉子さんに今日のお料理に使う材料を買いに行っていただきました。
「大根は厚めで。隠し包丁を入れるのを忘れないようお願いしますね」
「了解でーす。陽射しは暖かいのに、風が寒いんですよねぇ」
エプロンを付けて腕まくりをし、包丁を握った葉子さんは「よしっ」と気合を入れて大きな大根の皮剥きに取り掛かりました。
手際よく皮を剥き、面取りも早いものです。
葉子さんが初めてここに来たのは六年も前になります。
お料理の手際だけでなく、味付けも安心して任せられるほどに上達しています。
「えっと竹串はどこに仕舞ったかしら」
食器棚の前でうろうろしていると、葉子さんが私の腰の所にある引き出しに手を伸ばしました。
「ありがとうございます」
「あっ、噴きこぼれるっ」
葉子さんは咄嗟にコンロのつまみを弱火にずらして「セーフセーフ。問題なし」と大根の下ごしらえに戻ります。
「ごめんなさい。歳を取るのは嫌じゃないけれど、今まで問題なく出来ていた事にまで手間取るようになっちゃったりして。そういう所は困りものですね、やっぱり」
「良いんですよ。ふたりいるんですから。助け合い、支え合いです。それにハルさん、全然手間取ってないですよ。私だってど忘れなんてしょっちゅうだし、要領悪くて時間かかる事ばかりだし。ハルさんがいる事がかなーり心強いんですから」
葉子さんは「ね、ハルさん。これ大根って下茹でするんですよね」と話題を変えました。
今日のおにぎり定食のお料理はおでんです。
牛すじ、こんにゃく、大根、玉子、練り物、じゃがいもなどが入った、あったかおでん。
ほっこりと煮上がった大根は透明感がありながらも、味がしっかり染みていて。
牛すじや練り物からは、良い出汁が出ます。
食べ応えのあるおでんはいかがでしょうか。
見た目は赤色の小さな大根。
かぶの仲間のひのなのお漬物も、ぱりぱりとしていてとっても美味しいですよ。
「やっぱりおでんは大根だなぁ」
「今年の大根は良い出来だって、お父さん喜んでたものねぇ。ハルさん、牛すじも柔らかいわ。美味しい」
「ありがとうございます。たくさんありますから、遠慮なくおかわりもしてくださいね」
「はーいっ。私、あとでおかわりします。はんぺんと、しらたきと、牛すじと、大根で」
栗原さんご夫婦と一緒にいらっしゃったまどかさんが、頬を玉子で膨らませながら言います。
「良いね良いねぇ、若い子は沢山食べなくちゃね」
葉子さんが使い終わったお鍋を洗いながら「私たちも夕飯に作りましょうよ」と、隣に立つ私に囁きました。
「もちろんですよ。大根も沢山いただきましたし、材料はありますから」と言うと、泡だらけの手でガッツポーズを作って喜んでいます。
「ここに持ってきたらうまく料理してくれるから、こっちも作り甲斐があるよ」
隣のテーブルで、河田さんがひのな漬けを食べて満面の笑みを浮かべています。
「持って来てくださるお野菜がとても良い物だからですよ。皆さんがいらっしゃるから、私はこの食堂をやっていけているんです。皆さんのお陰です。感謝してもしきれません」
「ハルさんは謙虚だねぇ」
河田さんが、昆布のおにぎりを手に言い、
「どこかの爺さんとは偉い違いだな」
栗原さんが、意味ありげに河田さんを横目に見ます。
「もう、ほんと仲良いんだから」
まどかさんが呆れ笑いを浮かべて
「ひのな、美味しいわぁ。作り方教えて貰わなきゃ」
と栗原さんの奥様が、ひのな漬けをあっというまに食べてしまいます。
「仕事、結構疲れるんだけどさぁ。でもここに帰って来ると、まぁ何とかなるっしょって気分になるんだよねぇ。私、多分もう結婚出来ないわ」
まどかさんが、ふるふるのはんぺんをお箸で崩して口に入れます。
「独身同盟組みましょうよ、葉子さん」
良い事思いついた、とでも言うように人差し指をぴんと立てたまどかさん。
でも葉子さんは「えー」と顔をしかめ、疑わしいと言わんばかりの苦笑いです。
「そういうの組むと大体裏切られるじゃないですかあ。しかも、大抵誘われた方が」
「大丈夫ですよぉ。で、同盟で時々遊びに行きましょうよ。温泉とかー、寺社仏閣巡りとか。カップルだらけの観光スポットに敢えて飛び込んでアウェイ感を味わうとか。独り者には独り者にしか出来ない遊びが沢山ありますって」
「でも私はここのお手伝いもしたいですし――」
「あら、良いじゃないですか。色んな経験は必要ですよ。たまにはよその空気を吸って、色んなことを感じるのも大切ですよ」
葉子さんは「ハルさんがそう言うなら……組んじゃおうかな」と、急にぱっと表情が変わりました。
ふふっ、本当は葉子さんも楽しそうと思っていたのでしょう。
「じゃ、とりあえずクリスマスにイルミネーションでも行きますか。USJとか行った事無いんですよねぇ。なばなの里も綺麗って聞くし……東京ミッドタウンでしたっけ?この前テレビでやってたの綺麗だったなぁ。京都の嵯峨野でトロッコってのも良いですよねぇ」
「うわ、やだ。いきなりカップルスポットに行く勇気!しかもクリスマスって」
「良いじゃない、楽しそうよ」
「まぁ、孫が変な男に引っかかるよりは安心だなぁ」と奥様に続いて栗原さんも顎を撫でながら笑います。
賑やかな笑い声に包まれた食堂。
移りゆく季節と、変わらない笑顔。
確実に進んで行く時間の流れに身を任せながら。
皆さんの幸せを願いながら、窓辺に座って、写真の中のタツ子さんに笑みを返して。
珈琲のふくよかな香りと、仄かな苦みを味わっていました。
皆さんが帰られたあと、食堂の裏にある畑でひとり土いじり。
先月に植えたベビーリーフたちが、土からぽこぽこと葉を出す姿はなんとも愛らしいものです。
でももう少し増えてきたら今度は間引きです。
せっかく出た芽を摘むのは初めての頃は心苦しくも思いましたが、サラダやスープに使う事も出来るので、今ではとっても楽しい作業になっています。
後ろの畝には、玉ねぎの苗がにょきにょきと細長い葉を伸ばしています。
来年には立派な玉ねぎが出来ている事でしょう。
軍手を外して指先で土に触れると、ひんやり。
指の腹に乗せて転がすと、さらりとした土の粒の感触が。
この土から沢山の命が生まれるのです。
雨を吸い、風に吹かれ、太陽の光をたっぷり浴びて、虫たちによって命を増やしていく。
私たちが何気なく見ている世界でも、言葉が無くとも一秒一秒命が生まれ、消えていく。
そう思うと、自分自身もその歯車の中の一部でしかないという事に気が付くのです。
人間が自分たちを特別と思い込んで、実は他の生き物たちと何も変わらない。
互いに、生かし、生かされ、見えない所で支え合っている。
手のひらについた土をはらって
「ふふっ、皺だらけ」
手の甲にきざまれた無数の皺に、思わずそんな声が漏れてしまいました。
空に翳した手のひらの向こうには、水彩絵の具を溶かしたような鮮やかなオレンジ色の空が広がっています。
夕空のどこかで鳴く、カラスの声。
ふわりと吹いた風が、灰色の前髪をさらりと撫でます。
風に乗って野焼きの匂いが流れてきて、ついノスタルジックな気分に浸ってしまう。
何となく散歩がしたくなって、食堂の脇を抜けて、駅へと続く一本道をゆっくり歩いてみました。
さっきのカラスでしょうか。
一羽の大きなカラスが舞い降りて、畦道の真ん中で立ち尽くしています。
カラスはその一生を、たった一羽のつがいと生きていくのだと聞いた事があります。
いま、目の前にいるこのカラスは、まだ生涯を共にする相手と出逢っていないのか、それとも何か理由があって一羽で行動しているのか。
私に確かめる術はありませんが、私のように悲しい理由ではないと良いな、と願わずにはいられません。
そして、いつか大切な相手と出逢えますように、と飛び立ったカラスの黒いシルエットに祈っていました。
右手に広がる田んぼでは野焼きが行われていました。
のろしのように天高く上がる白い煙が柿色の空に溶けていきます。
一歩踏み出すたびに砂利の音と、足裏に伝わる小石の感覚。
遥か向こうに点となって見える木造の駅舎と、夕陽を浴びて輝きを増した、連なる山々の紅と黄。
「ハルさぁあん」
「あら?」
「こっちです、こっちこっち!左ですー」
左手の土手の先。
桜の大樹が立つ丘の上で手を振っている葉子さんが。
足元には、その場でくるりと回って尻尾をふりふり。
三角耳を後ろにぱたりと倒したぽんすけが笑っています。
ふたりは土手の斜面を駆け下り――葉子さんは勢い余って最後に盛大に尻餅をついてしまいました。
「ハルさんもお散歩ですか」
葉子さんが枯れ葉や砂の付いたお尻を払うのを、ぽんすけが不思議そうに見上げています。
白いチノパンのお尻には、落としきれない泥染みが。
ですが、葉子さんは「まぁ、いっか」と、今度は両手の平についた砂を払いました。
「最近、よく散歩に行くようになりましたね。良い季節ですもんね。暑すぎず、寒すぎず」
「えぇ、本当に」
朝晩は冷え込みますが、まだ日中は比較的過ごしやすいこの時期。
つい、外に足が向いてしまう季節です。
ですが理由はそれだけでは無くて。
「色んなものに触れたくなるんですよね。見て、触れて、感じるのが楽しくて」
「あー、わかります。さっきまで村の方を回ってたんですけど、お魚焼く匂いとか、ほら、お煎餅屋さんの醤油の匂いとか。みんなのお家の軒下に干してある柿が干し柿になるのを想像したらわくわくしちゃいます」
「ふふっ、確かにわくわくしますね」
思わず笑みが零れて。
その場にしゃがんだ私の頬を、ぽんすけがふんふんと鼻息を荒くして嗅ぎまわり、尻尾をぶんぶん振り。
私の足の甲に背中を乗せるようにして寝転んで「はい、撫でてください」と、白いふわふわのお腹を見せています。
ところで、皆さんは寝る前には何をしていますか?
私は縫物をしたりすることもありますが、ここ最近は目が疲れてしまうと頭まで痛くなってしまうので、本を読んでいる事が多いのです。
昨年、夫と娘が無くなって十年が経ったのですが、その頃にたまたま手に取った本に書いてありました。
人生というのは四季や二十四時間で表す事もあるのだそう。
線香花火も人生を表すと書いてありました。
私は四季で言うと、恐らくもう秋。
それも秋の終わり。晩秋……というあたりでしょう。
そう考えた時、残された時間というのも意識するようになったのです。
家族を失った時は、これから続く果てしない人生をひとりで生きていくのかと絶望もしました。
ですが、私の人生はとても優しい人たちに囲まれていた。
私が健康に天寿を全う出来たとしても、私に残された道はもう果てしないものでは無く。
もうゴールもうっすら見えてきている頃なのだと気付いたのです。
そう思うと、この世界がとても尊く、今まで以上に美しいものに見えるようになりました。
雨も、風も、雷も。
若い頃なら疎ましく思っていた事も、儚いものに思えるようになったのです。
その本を読んでから、私の散歩の頻度は自然と増えていきました。
少しでもこの世界を味わいたい。
どんな小さなものでもじっくりと目に焼き付けておきたい。
大好きな場所、大好きな人たちの笑顔をしっかりと心に刻んでおきたい。
当たり前にあるものは、実は当たり前じゃないのだという事。
沢山の奇跡の積み重ねで、いま目の前にあるのだと。
十年という月日をかけて身に染みて感じ、ようやく落ち着いた心で過去と向き合えるようになった。
十一年目ももうすぐ終わり。
だから、この世界の彩を覚えておきたい。
喜びだけでなく。悲しみも、苦しみも。
心の痛みも全て、私が生きた証なのだと。
食堂でのお客様との時間も、散歩の時間も。
ひとつひとつを噛みしめて生きていたいと思うようになったのです。
「ぽんすけ、うとうとしてるー。まだ散歩の途中ですよー」
私にお腹を撫でられていたぽんすけが、気持ちよさそうに白目をむいて口角を上げて、とろけたような表情を浮かべています。
「あっ、ハルさん。あそこ」
ふと顔を上げた葉子さんが、道の先を指さしました。
「どうもー」
大きな体を左右に揺らしながら悠然と歩いてくるのは――
「ゲンさん、こんにちは」
私が言いきるより先にぽんすけは顔だけ起こしてゲンさんの方を振り返ると、瞬く間にゲンさんの足に頭から突っ込むように走って行き、尻尾を千切れんばかりに振り回しています。
走り回って、跳ねて、寝転んで、姿勢を低くして「さぁこい!」と彼を見上げては、また走り回ってを繰り返しています。
「おうおう、お前は相変らずだなぁ。ほら、良いもん持って来たぞ。ハルさん、葉子さんも」
背中から使い古した大きな黒いリュック――随分色褪せて灰色になっています――を下ろし、中から白い封筒を取り出しました。
「ほら、先月の終わりに来た時に撮りましたでしょう、写真。よく撮れてるぞぉ、お前の躍動感が溢れまくった写真になってるぞ」
「うわあ、ぽんすけ。目ひんむいてる。私もびっくりして酷い顔」
写真を覗き込んだ葉子さんが吹き出して笑いました。
確かこの写真を撮る瞬間、蝶々に気を取られて興奮したぽんすけが後ろ足で立ち上がり、葉子さんが驚いてしまったのです。
私はそんな二人の隣で可笑しそうに口元に手を当てています。
こうして見ると笑い皺の濃いこと。
食堂を始めた頃は白髪交じりであっても、まだ黒髪も目立っていたのに。
すっかり灰色です。
「でも確かにこういうのも良いですね。何か、力いっぱい生きてるって感じ。私もぽんすけも、凄い顔してるけど。あの食堂の気取らない感じとか、自然な雰囲気がしっかり出てます」
葉子さんが写真を持つ手を正面に伸ばして、少し離れた距離から見ながら満足そうに頷きました。
「そうですね。日常を切り取った一枚で素敵です。ゲンさん、ありがとうございます。それにわざわざ届けてくださって」
「いえ、この辺りはいつ来ても綺麗ですから、仕事も兼ねてです。ここに来るまでにもちょろっと駅の裏手にある林道で撮って来ました。その写真はあれです、夕飯のついでってやつです」
ズボンのベルトに乗ったずしりとしたお腹をさすりながら「よろしいですかな」と、食堂の方を指しました。
「もちろんですよ」
「ほら、ぽんすけも帰ろっか」
遠い山の稜線に太陽が沈む間際の強い陽射しが、まだ僅かに青みを残た空に放射状に広がり、光の先はどんどんと熟した柿のように濃厚に色付き始めています。
すぅっと綿を引き延ばしたような雲が空を漂い、目が覚めるようなひやりとした一筋の風が、アキアカネがつい、つい、と飛んでいる田畑の上を駆け抜けてきました。
私、ぽんすけ、葉子さん、ゲンさん。
黄金色に染まる畦道に、私たちの影が伸びています。
今夜は、三日月。
「今日はおでんがあるんですよ」
ぽんすけを挟んだ隣にいる葉子さんが言い、
「おぉ、良いですなぁ。おでんなんて久しぶりだ」
ゲンさんがしみじみ目を細めます。
ふと、土手の上に目を向けると、つい、つい、と飛ぶアキアカネが。
十一月。
私にとっては、とても大切な月。
生きていれば娘は二十歳になります。
遠い記憶の中にある娘の、大人の女性の姿を想像して。
元々少し薄毛な事を気にしていた夫。
穏やかで優しい夫の老いた姿を想像して。
その淡いふたりの姿は、秋の風にのって空へと霧散しました。
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