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61まるで、ここに居ないことを主張するように。

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心地よい日差しが降り注ぎ、柔らかな風が通る。

あの、騒動が夢だったかのように、穏やかな日々。
屋敷を訪れるのはテオ様とジェラルド様。

そして、ごくたまに、ユリエル様。


テオ様とジェラルド様は、私がここに来た当初から定期的に顔を出してくれていたので、もはや常連である。

朝の少し早い時間に訪れて、一杯の飲み物と軽食をつまんでから、それぞれの職場へと向かっていく。
おそらく二人の中で、この場所は、出勤前にフラッとよる、ちょっとしたカフェ気分だろう。



ユリエル様は、リカルダ嬢とルイーザ嬢をバイアーノ領へと連れて行った翌日の昼頃に“話がある”とやってきた。



なにかあったかな、と思っていると、オズボーン国の話だった。

ユリエル様の話を簡潔に纏めると、“危険だからオズボーン国には行かないように”ということだった。



もう一回行け、と言われても、そう簡単には頷かないだろうな、とは思ったが、とりあえず、了承の意を示しておいた。




なんでも、今回、私をオズボーン国に呼んだのは、“バイアーノから話を聞くため”という目的が主だったらしいが、噂に違わぬ“太陽神の外見”という私の有様を見て、“欲しくなった”、のだそうだ。



――太陽神自身が。


神の所有物になどなる気は一切無いので、連れ戻してくれたグレンには本気で感謝しなければならない。



しかも、事の顛末は、オズボーン側から説明があった訳では無く、ただ単に神様同士の井戸端会議で話題にのぼったのを、シェーグレンを見守る月神様が託宣として授けてくださったのだとか。




――神様同士の井戸端会議、って、なにそれ。




色々と聞きたいことや、言いたいことはあったが、あまり“神様”と呼ばれる存在と関わりたくは無いので、口を噤むことにした。



しかも、まだ“諦めていない”らしく、当分の間はシェーグレンから出る事すら難しいらしい。


月神様の加護があるシェーグレン国内ならば、太陽神の干渉を遮ることができるのだとか。


国外だと、月神様の加護から外れるうえ、他の神と呼ばれる存在が、太陽神の干渉から護ってくれるとは限らないので、何が起きるか予想ができないらしい。


―――まぁ、シェーグレンから出る事は考えていないから、いいのだけど。













「――フリア嬢は、いるかい?」
「――はい、すぐに。」

――噂をすればなんとやら。



今日は“極たまに”の日に当たったらしい。



門まで出迎え、藤棚の下に通す。
今の時期は、屋敷の中よりよっぽどここの方が快適に過ごすことが出来る。




椅子に腰掛け、ふ、と息を吐く殿下。

「――飲み物を、どうぞ。」
「――うん、ありがとう。」

殿下の前に飲み物とお茶菓子を出す。



それをゆっくり飲み下してから、再び一息つく。

「――相変わらず、お疲れですか?」
「―――うん。――でも、フリア嬢の屋敷に来て、これらを口にすると、少し、落ち着くよ。」
「お役に立てて何よりです。」



さすがこの国の最高峰。
カップを持つ手も、茶菓子を口に入れて咀嚼するその一つ一つでさえ、素晴らしく洗練されている。





――そういえば、グレンも、所作は綺麗よね。

殿下を眺めながら思う。



市井の者とは比べものにならないとしても、貴族階級と比べても、グレンの所作は美しく洗練されている。

一般の魔術師団員が、どれ程の家の出かは知らないが、王宮に仕える立場であるので、叩き込まれるのだろうか。

否、しかし、日常動作はどうしても一朝一夕では矯正されないだろう。
もっと、幼い頃から訓練されていなければ、長年染みついたクセというのは抜けないものだ。




「――もし、よろしければ…。定期的にお届けしましょうか?」
――その、お茶と茶菓子。

黙々と、咀嚼と嚥下を繰り返す殿下に、思わずそう口にしてしまう。



殿下がしょっちゅう屋敷に来るのは、気が休まらないが、作ったものを気に入ってくれるというのは素直に嬉しいことであるので、そう、提案してみたが。

「――ううん。……“ここ”に来て食べないと、回復しないんだ。」
「―――?……そういう、ものですか。」
「――うん。」

困ったように殿下は笑ってから、再びカップに手を伸ばす。




――殿下がこの屋敷に来て、所望するのは、お茶と、茶菓子。
しかも、いつも同じもの。




初めのうちは、違う種類のものも用意してみたのだが、手が伸びるのが特定のものだけだったので聞くと、“この組み合わせで、いつもお願いしたい”といわれたので、以来、そうしている。




――まぁ、あれとそれは常にあるからいいのだけど。

テーブルの上の茶葉と茶菓子を視界に入れながら思う。




あの組み合わせはグレンが好んで選んだものだ。


今まで、ほぼ毎日ここへ来ていたので、暫く非番だ、と言われてはいるものの、用意するのが日課となってしまっている。



――ま、いつ非番が明けるのかわからないし、ね。



きっとグレンのことだ。特に何も前触れも無く、また再びひょっこりと現れるのだろう。
その時のために、毎日用意しておくのも悪手ではない。









「――じゃぁ、わたしは、これで。」
「はい。…早く、体調が良くなることを願っております。」
「――うん、ありがとう。」

出されたものをしっかりと平らげた殿下は、来たときと同じように去って行く。





――ほんと、早く良くなったらいいのに。

その背を見送りながら、思う。





日々お忙しい殿下のことだ。
きっと、体調が戻ればここには足を向けないだろう。
そうすれば、“極たまに”の訪問も無くなるはずだ。



何故だかわからないが、“この場所”で“茶と茶菓子を食べる”ことにこだわっているらしい殿下。

本当に、何かあったんだろうか、この場所で。




――もしかして、なにか“曰く付き”とかなのだろうか。

――この場所に“バランスを整える”なにかの作用が備わっている、とか……?

――まぁ、確かに、この屋敷に来てから魔力が暴走しそうになったことは、殆ど無いわね…。


そして、ふと、思い出す。






先日、久方ぶりに相まみえた、マイアーの兄弟。

緋色の瞳のガロンと、金赤ブロンズレッドの瞳のシエル。
今は、二人に己の魔力を与えているようなものなので、そういう変化が起こってしまったのだろうか。

幸い、リカルダ嬢もルイーザ嬢も二人の外見に対して、眉を顰めることはなかった。




朱の混じった茶色の髪は、夕日に染まると殆ど紅に見える。
今、あの二人と夕暮れ時にまみえることがあれば、確実に“バイアーノの者”だと勘違いされてしまうに違いない。




―――私の魔力が、ガロンに流れていないといいのだけど…。

“吸魔の石”に蓄えられた分の魔力を使用する分には全く問題は無いのだが…。



忘れていたとはいえ、バイアーノの血を引いているガロンが、私の魔力を纏うことで、その魔力が呼び水となり、吸魔の石ではなく、私から直接魔力が流れてしまう可能性もゼロではないかもしれない。


――次に会ったときに、確認しなくては…。

もし、私の魔力が直接流れてしまっているとしたら、ガロンの負担になってしまう。
そうならないように、手を打たなければ。



しかし、自身は魔力の巡りを感じることには疎いので、もし、ガロンが遠慮して心配ないと言われてしまえば確かめる術は無い。


きっと、シエルに聞いても、兄の意志を尊重して、同じように答えるに違いない。






―――グレンを、連れて行こうかしら。

グレンであれば、魔力の巡りが視えるはず。
それに、真実を伝えてくれるに違いない。

グレンが回復して、屋敷に来るようになったら、折を見て話してみようか。





――――だから…。


「――早く、顔を見せてよね……。」

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