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第三章 絆
3 助言
しおりを挟む昔話は帰ってきた李光の耳にも入り、健気な楊福安の気遣いも虚しく、もはや止めることは不可能だ。人づてにどんどん話が広まって、食事を終える頃には訓練生たちのほとんどが知ることになってしまった。
詳しい話を聞きたそうにチラ見してくる訓練生たちの目を逃れるように、羅深思は楊福安と柳浩明を伴って食堂から抜け出し、エリア二に避難する。訓練生たちはエリアを跨ぐ扉を開けないので、こうするしかなかった。
「浩明兄のせいだからな! 後でちゃんと、あの子たちの相手をしてやってくれよ?」
「悪かったって。お前がここまで慕われてると思わなくてな」
口では謝りながらも、柳浩明はちっとも悪びれた様子もない。それどころか、彼は「相変わらず人たらしだな」と羅深思の背中をバシバシ叩く始末だった。
彼が適当なのはいつものことなので、羅深思はやれやれとため息を吐くに留める。そして心細そうに佇む楊福安に向き直った。
王永雄の提案を彼に聞かせるわけにはいかないが、連れてきてしまった手前帰れとも言えない。
「ほとぼりが冷めるまで、ちょっと俺の部屋に行ってようか。先生たち少し話すことがあるから、中で待っててくれる?」
独りにして退屈にならないか心配だったが、楊福安は目を輝かせた。
「入っていいんですか?」
「いいよ。部屋の中何も無いけど。自分の部屋だと思って寛いでて」
ここに来てまだ一週間も経っていないため、羅深思の部屋は来た時と変わらず物がほとんどない。人が尋ねてきた時のために何か買わなければと思いながら、彼は先導して歩き出した。
初日にエリア二から追い出された柳浩明と、健康診断などでしか入ったことがない楊福安は、物珍しそうに辺りを見渡しながらついてくる。景色はエリア一とほとんど変わらないものの、二人には新鮮なようだ。
食堂でお別れ会をしていたせいか廊下には人通りがなく、三人は部屋に着くまで誰ともすれ違わなかった。
「ここが俺の部屋。眠かったらベッドで仮眠とって良いからね」
カードキーで鍵を開けて美しい水墨画の描かれた扉を押すと、家具まで真っ白な空間が現れる。殺風景な光景を覗き見て、柳浩明はつまらなそうに眉を顰めた。
「上海の研究施設より酷いな。なんか飾ったらどうだ?」
「まだ来たばっかりだから。福安、何かあったら携帯に連絡してね。すぐ戻ってくるから」
部屋には本当に何も無いのに、楊福安は遠慮して入り口で立ち止まっている。大きく扉を開けて彼を中に通すと、羅深思は一緒になって入ろうとしていた柳浩明の襟首を掴んだ。
相談があるから連れてきたのに、もう忘れてしまったらしい。
「浩明兄はこっち」
ジト目で睨みながら部屋から引っ張り出すと、柳浩明は不服そうに顔を顰めた。
「なんだよ。エロ本でも探そうと思ったのに」
「まだ来たばっかりって言ったろ? 無いから」
彼の背中をぐいぐい押すと、羅深思は居住区からほど近い、小さな会議室へ彼を引っ張り込んだ。
普段はガイドたちのミーティングルームとして使われている部屋には、大きなホワイトボードと向かい合うように椅子やテーブルが並ぶ。ここも監視カメラがありそうだったが、羅深思は構わず話を切り出した。
「実は、施設長からセンチネルの治療薬作りに協力してくれって言われてるんだ。どう思う?」
そう言うと、悪巧みしていた柳浩明の顔からふっと笑みが消える。彼は元軍人らしく険しい顔をしてしばし押し黙り、慎重に言葉を選んで尋ね返した。
「どうって……施設長が嘘ついてるかってことか? それとも実現可能かどうかって?」
「両方。あの人、俺の過去調べてたみたいで……」
羅深思が上海のセンチネル暴走事故の原因となった人物と知り合いだということは、極一部の人しか知らない。柳浩明はその中の一人だ。
施設長との話のほんの一部をかいつまんだだけなのに、彼は早くも羅深思の言いたいことを全て察したらしく、腕を組んで深く頷いた。
「なるほど……それでお前をここに引き抜いたってわけか。面倒なやつに目をつけられたな」
「本当にな。答えは急がなくて良いって言われてるけど、そろそろ返事をしないと」
答えを出すまでの期限が設けられていないというのも怪しく、羅深思は疑心暗鬼に陥りかけていた。面と向かってくるタイプならどうとでもできるが、本心を見せず絡め手を使ってくる相手はどうにも苦手だ。
「治療薬ねぇ……まあ、嘘とも言い難いんじゃねぇか? お前も気付いてるだろ? この施設の違和感」
「施設長が研究職ってことか?」
尋ねると、柳浩明は重々しく頷いた。
訓練施設という軍事色の強い場所にも拘らず、組織のトップが研究員の王永雄というのは確かに違和感があった。いくら専門家とはいえ、普通なら研究職ではなく、軍や警察関係者から管理者を選びそうなものだ。
「確かに、それなら嘘とも言えないのかな……」
薬を作りたいという部分は本当なのだろう。なぜなら、施設にいる軍服の職員たちは文句も言わず施設長に従っている。それは軍の上層部が彼に権限を与えている何よりの証拠だ。
問題は、その薬が本当にセンチネルを助けるためのものかどうかだった。
あの時の王永雄の話が本当なら、彼の姉と甥はセンチネルによって殺されたも同然だ。治療薬なら協力もやぶさかではないが、復讐の片棒は担ぎたくない。
「まあ、あんまり深く考えすぎるなよ。お前の悪いところだぞ」
雑に話を切り上げた柳浩明は、真面目な話は終わりとばかりに表情を和らげた。そして羅深思の背中をバシバシと叩き、ニカっと歯を見せて笑う。
「イカレ女を丸め込んだ時を思い出せよ。お前なら上手いことやれるだろ」
「李耀室長は扱いやすかったからなぁ」
研究と実験に傾倒する李耀室長は、その他の部分ではかなりのポンコツだったので、羅深思にとってはやり易かった。ガイドを守るための取り決めも、彼女のいい加減な性格を利用して取り付けたものだ。
しかし、あの王永雄相手に上手くいくだろうか。彼は羅深思を引き抜くためだけに、ガイドとセンチネルが対立するように誘導した策士だ。
「何か仕掛けるなら、選択肢を貰えてる今がチャンスなんじゃないのか?」
「……それもそうだな。何か考えてみるよ」
施設長の権限を使って強制することもできるのに、王永雄は羅深思にあえて選ばせようとしている。自発的な協力を求めているのなら、取り引きに応じる可能性は高い。
少しだけ胸の内のモヤモヤが晴れ、羅深思は微笑んだ。
「相談に乗ってくれてありがと」
元々軍に所属していただけあって、柳浩明は組織の事情をよく分かっている。
「気にすんな。施設長が妙な気を起こしたら、二人でぶっ壊してやろう」
頼りになる兄貴分は、ぐっと握った拳を掲げて物騒なことを言った。
いかにも彼らしい励ましの言葉に羅深思が笑っていると、柳浩明はふと思い出したように口を開いた。
「それより、お前なんであのヒョロっ子をこっちに連れて来たんだ? ずいぶん入れ込んでるみたいじゃねぇか」
体格のいい柳浩明に言わせれば、ほとんどの訓練生が『ヒョロっ子』だろう。羅深思は彼のあんまりな言い草に苦笑を漏らし、ざっくりと事情を説明した。
「この後、あの子に個人レッスンする予定なんだよ。ちょっと訳ありでね」
「お前のこと、親鳥を見る雛みてぇに見つめてたぞ。依存されないようにな」
楊福安の熱のこもった眼差しは、確かに生まれたての雛鳥のようだった。言い当て妙な発言に羅深思は笑みを漏らしたが、柳浩明は一つだけ思い違いをしている。
「大丈夫、あの子はそこまで弱くないよ」
自身の能力に怯えながらも、特訓をしようという前向きな姿勢。それは楊福安が、自分なりに現状をどうにかしようと意気込んでいることに他ならない。
柳浩明は彼と会って間もないから気付かなかったのだろう。羅深思は健気な彼のことを思うと、庇わずにはいられなかった。
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