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第五章 進展
1 肝試し
しおりを挟む肝試しの準備の合間に訓練をしながら二週間、ついに地下通路は肝試し会場に様変わりした。
薄暗い坑道のような通路には、不気味なお札が大量に貼られておどろおどろしい。そして普段は昇降式の壁で塞がれている入り口は、今は黒い垂れ幕で仕切られていた。
「先輩、いよいよこの日が来ましたね!」
第一講義室のスクリーンで通路のカメラを確認していた羅深思に、李光がワクワクしながら声をかけてくる。彼は能力持ちではないため、講義室で一緒に監視役だ。
仕掛け人たちはすでに、設置された木箱や段ボールの中などに隠れていた。羅深思が無線で声をかけると、覗き穴から指をちょこっと出して返事をしてくれる。みんな定位置について、準備は万端だ。
楊福安と宋堅はリハーサルのために、先立ってコースを一周していた。彼らが無事に講義室まで戻ってきたので、羅深思は施設内にアナウンスを流した。
「ガイドの皆様、エリア一へお集まりください。これより肝試しを開催します」
現場を仕切るのは、ガイドのリーダー柳浩明だ。羅深思がカメラを切り替えると、入り口に白黒ジャンパーのガイドたちが集まってきている様子が映る。
一人ずつ中に入れると時間がかかるので、三人一組と四人一組に分けて肝試しをスタートさせた。
コースを巡るガイドたちは懐中電灯の僅かな光源を頼りに、一塊になりながら恐る恐る進んでいく。地下通路の薄気味悪い雰囲気のお陰で、十代の訓練生たちが作ったとは思えないくらいに本格的に見えた。
「いいぞ! かましてやれっ」
「見たかよ今の顔、傑作だな!」
仕掛け人以外の訓練生はお菓子を片手に、講義室のスクリーンに映し出された肝試しの現場を見ながら野次を飛ばしている。ジュースまで持ち込み、まるで映画を楽しんでいるかのようだ。
特別に音声入りのカメラを付けてもらえたため、ガイドたちの悲鳴は講義室にも響いていた。
羅深思はカメラの切り替えを李光に任せ、リハーサルに行っていた楊福安たちの隣に腰を下ろした。
「現場どうだった?」
尋ねると、楊福安がぱっと顔を輝かせる。その顔を見ただけで彼が楽しんでいたことが窺えて、羅深思は吹き出しそうになった。
「迫力満点でした! 仕掛け人の位置も、あれなら気付かないと思います」
興奮気味に答えた彼に、宋堅もうんうんと頷く。
「入場料取れるレベルだよ! いっそのこと、テーマパークにしちゃえば良いのに」
満場一致の高評価だ。宋堅は今回限りというのが不満なようで、しきりに勿体ないと呟いていた。
スクリーンではちょうど、ガイドが照らす壁に赤い人型のシミが浮き上がっているところで、絹を裂くような悲鳴が聞こえてくる。途中棄権したチームは仕掛け人側のガイドが迎えにいくようにしたのだが、それすら怖がっていて少し面白い。
「ちょっと怖くしすぎたかな」
予備のパソコンで現場の様子を見ていた羅深思は、小さく呟いた。思っていたよりも途中棄権が多く、後半の方にいる仕掛け人の訓練生たちが暇すぎて遊び始めている。
火の玉係の勇偉が燃え盛る炎を卑猥な形にして遊んでいたので、羅深思は苦笑いしながら無線で呼びかけた。
「勇偉、そろそろ来るから準備しなよ」
画面の中の炎がぱっと弾け消え、遠くからガイドのグループが固まって歩いてくるのが見える。間一髪、彼の悪戯は見られずに済んだ。
地下通路にはガイドたちの悲鳴が存分に響き渡り、訓練生たちの仕掛けた肝試しは大成功のうちに幕を閉じた。
素人の作ったものだからと舐めてかかっていたらしい。肝試しを終えたガイドたちは、講義室に入るなり訓練生たちを褒め称えた。
両者の間にあった見えない壁は、肝試しという面白体験のお陰ですっかり消え、今や和気藹々と会話を楽しむまでになっていた。
「羅先生、上手くいきましたね」
和やかな様子を見た楊福安が、羅深思にこっそり耳打ちする。彼も今回のレクリエーションには積極的に参加していたので、その顔には達成感がありありと表れていた。
羅深思は笑みを返し、無線で呼びかけた。
「第二陣、準備は良いか?」
何を隠そう、今回の肝試しは二段構えになっているのだ。後半戦は仕掛け人だった訓練生たちを対象に、肝試しどっきりを決行する。
呼びかけに応じて仕掛け人の訓練生たちは速やかに配置につき、羅深思は元から居る訓練生の無線に嘘の終わりを知らせた。
「おっ、何かやんのか?」
映像が続いていることに気付き、ガイドと訓練生が集まってくる。彼らに囲まれた李光は、スクリーンに繋がったパソコンを操作しながら状況を説明した。
「これから仕掛け人たちをドッキリにかけるんだよ」
スクリーンの映像は今は分割されていて、あちこちにいる訓練生たちが物陰や木箱の中から出てくる姿が映る。通り抜け禁止のバリケードを動かして現れた訓練生を見て、ガイドの一人が声を上げた。
「あそこにも隠れてたのかよ!」
通路が暗かったので、仕掛け人がどこにいるか本当に分からなかったらしい。何度も現場で検証を繰り返していた訓練生たちは、驚くガイドたちを横目に得意げな顔をしている。
念の為、勇偉には誘導係をやってもらっていた。ところが、合流した六人のうちの女子二人が、ドッキリに悲鳴を上げてあらぬ方向へ走り始めてしまった。
それはちょうどバリケードを崩した場所で、肝試しのコースから思い切り外れてしまっている。残された男子たちが慌てて追いかけるも、彼らはどんどん通路を走り抜け、かなり奥まで行ってしまった。
「不味いな。ちょっと迎えに行ってくる」
散々走り回った訓練生たちは迷子になり、防空壕の一つに入り込んだ。どこへ行けばいいか分からず途方に暮れている。
彼らに無線で動かないように言いつけると、羅深思はパソコンを楊福安に預けて腰を上げた。
「福安、俺が辿り着けるようにナビしてくれるか?」
「任せてください!」
頼もしい教え子は、やる気に満ち溢れた顔で応えてくれる。彼に任せておけば安心だろうと、羅深思は現場に急いだ。
ナビを頼りに足早に通路を通り抜け、訓練生たちの居る防空壕へ辿り着く。羅深思が声をかけた途端、訓練生たちが一斉に駆け寄ってきた。
「先生!」
「怖かったよぉ!」
もう離さないとばかりにしがみつき、ぐずぐずと鼻をすする。彼らを誘導しきれず迷子になってしまった勇偉はバツが悪そうだ。
「よし、帰りの道をナビしてもらおうか」
楊福安が通路のカメラで彼らのことを追ってくれたので、羅深思は迷うことなく辿り着けたのだ。帰りも彼に協力を頼めばすぐに戻れる。
ところが訓練生たちは完全に怯え切っていて、ちょっとした物音にさえ怯えてしまっていた。彼が無線機を入れた音に驚き、慌ててしがみついてきた。
「危なっ」
腕を掴まれた弾みで、ポロリと手から無線機が滑り落ちる。羅深思は慌てて手を伸ばしたが、どうしたことか、無線機はひとりでに浮き上がった。
「ありがとう。お陰で備品を壊さずに済んだよ」
てっきり誰かが浮かせてくれたと思ったのに、訓練生たちは戸惑いながら顔を見合わせた。
「俺たちじゃない……よな?」
「うん、私もやってないよ」
念能力持ちの二人は互いに確認し合い、サッと青ざめる。そして全力で羅深思を後ろに引っ張りながら、無線機から大きく距離を取った。
「無理無理無理! なんで浮いてるの⁉︎」
羅深思の服をぎゅっと握りしめながら、念能力持ちの女の子が悲鳴混じりの声を上げる。すると、無線機から声が聞こえてきた。
「先生、俺です」
「その声、福安か?」
恐る恐る尋ねると、無線機は頷くように上下した。なんと、楊福安はカメラ越しに物を浮かせることができるらしい。
「すごいな。いつからできるようになったんだ?」
「俺もたった今知ったばかりで……危ないって思った瞬間、無線機が浮いていたんです」
カメラ越しに力を発動するなんて前代未聞のことで、羅深思は好奇心が抑えられずにまじまじと無線機を見つめる。頭の中は、一刻も早く彼がどこまでやれるのか調べたい気持ちでいっぱいだ。
楊福安が犯人と分かり、訓練生たちもほっとして肩の力を抜く。しかし、無線機から聞こえた声に、彼らは再び身を強張らせた。
「羅先生、知らない人がそちらに向かっています」
「知らない人?」
「白衣を着た女性のようです」
こんな場所までわざわざ研究員が来るだろうか。妙に胸騒ぎがして、羅深思は入り口に懐中電灯を向けた。
心許ない細い光が待ち構える中、通路の中にゆっくりとした足音が響く。それは彼らがいる部屋までどんどん近付いてきているようで、訓練生たちはサッと羅深思の後ろに隠れた。
その時、入り口の影から女がぬっと顔を出した。
「……来ちゃった」
ボサボサの長い髪が簾のように流れ落ちる。丸い眼鏡をかけたその顔を、羅深思はよく知っていた。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
腹の底から恐怖が込み上げてきて、彼はその日一番の悲鳴を上げた。
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