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第六章 二人の世界
2 恋人らしく
しおりを挟む翌朝、久しぶりにぐっすり眠った羅深思は、楊福安と共に部屋で軽めの朝食を済ませ、ふかふかの白い二人がけソファに腰を下ろした。
九月を過ぎたとはいえ日中は蒸し暑く、出歩くには向かない。そのため、午後まではなるべくホテルの中で過ごそうと思っていた。
「福安はどこか行きたい場所ある? 三国志の聖地とかあるよ。あとパンダの施設」
携帯で観光地までの行き方を調べながら、羅深思はベッドの上で寛いでいた楊福安に尋ねた。
成都市は都会ではないがそれほど田舎というわけでもなく、見どころはたくさんある。人気の観光地をいくつか挙げていると、楊福安が隣に来て、甘えたように肩に顎を乗せてきた。
「先生と一緒ならどこでもいいです」
一緒になって携帯を覗き込みながら、彼はいつになくべったりと体を寄せ、そわそわと浮ついている。原因は昨日の羅深思の発言だ。
まだ付き合いたてだというのに、彼に夜の話をしたのは早計だった。楊福安はすっかりその気で、昨日の夜からずっとまとわりついて離れない。
その気になっている彼には申し訳ないが、羅深思はまだ自分が男相手に興奮できるか自信がなく、がっかりさせてしまうのではと不安に思っていた。
年上としてリードしたい気持ちと、初めてのことに戸惑う気持ちがせめぎ合い、一歩が踏み出せない。とはいえ、せっかく付き合い始めたのに、何もしないというのも可哀想だ。
「福安、こっち向いて」
囁くようにそっと呼びかけると、楊福安は美味しそうな料理が映る携帯画面から視線を上げ、きょとんとして見つめ返してくる。無防備な彼に愛おしさが込み上げてきて、羅深思はそのまま腕を回して抱き寄せ、優しく唇を重ねた。
触れるだけの口づけに、楊福安は驚いて身を強張らせる。しかし、何度も唇が触れ合うたびに、彼の体からは徐々に力が抜けていった。
「嫌じゃない?」
尋ねると、楊福安は熱っぽい潤んだ眼差しで見つめ返してくる。もっと、とねだる様に袖を引かれ、羅深思は微笑んだ。
「力抜いててね」
少しだけ意地悪がしたくなり、彼は重ね合わせた唇の隙間からちろりと舌を覗かせた。
楊福安は突然のことに体をびくっとさせたものの、躊躇いがちにそっと口を開き、ぎこちなくも彼の舌を受け入れた。
「……んっ」
鼻にかかった甘い声が漏れ、楊福安の手が縋るように服の袖を掴む。彼は戸惑いながらも逃げようとはせず、辿々しく舌を出して懸命に応えようとしてくれる。
二人の唇が離れる頃には、楊福安は顔を真っ赤にさせ、肩で息をしていた。
「大丈夫そう?」
少しは恋人らしいことができただろうか。羅深思が乙女のように可愛らしい顔を覗き込むと、彼の目はとろんとして放心状態だった。
これで少しは大人しくなると思い、羅深思は今日の予定を確認しようと携帯を持ち直す。ところが、楊福安がその手を掴み、彼の体をソファに押し倒した。
弾みで携帯が手から離れ、毛足の長い絨毯に音もなく落ちる。
「……福安?」
掴む力は思いの外強く、羅深思はこれはまずいと肝を冷やす。
少々やり過ぎてしまったのか、楊福安の目は完全に狙いを定めた猛獣のそれだ。
「今日はまだ、辛いもの食べてないですよね?」
静かな問いかけに、羅深思はごくりと唾を呑む。
昨晩は火鍋を食べた後だからと言って彼の誘いをかわしたのだ。だが、今になってその発言が自分の首を絞めることになるとは、誰が予想できようか。
ご褒美をねだる飼い犬よろしく期待の眼差しを向けてくる彼に、羅深思も覚悟を決めた。
「分かった、シャワー浴びといで」
その言葉に楊福安はぱあっと顔を輝かせ、嬉しそうにバスルームへ駆けて行く。なんとも微笑ましい光景に思わず口元が緩むも、羅深思は慌てて落とした携帯に飛びついた。
「まずいまずいまずい……なんとかしないと!」
恋人がいたことがあるので、ある程度までならリードできる。しかし、男同士のやり方なんて全く分からない。
先ほどまでの余裕ぶった大人の顔をかなぐり捨て、慌ててキーワード検索をする。ところが、検索結果に何も出てこない。
「あああぁっ検閲があぁ!!」
普段そんなことは検索しないのですっかり忘れていたが、この国のネット検索はアダルト関連の規制がやたらと厳しいのだ。羅深思にぼかした検索の仕方が分かるはずもなく、ベッドにダイブしてのたうち回る。
だが、嘆いてばかりもいられない。楊福安が帰ってくる前になんとかしなければ。
困った羅深思は考え抜いた末、恥を忍んで柳浩明に救援メールを送った。しかし、すぐに返ってきたと思ったら、彼の返信は「笑える」の一言だけだった。
あんまりなその答えに、彼は枕に顔を埋めて叫んだ。
「明兄の馬鹿ぁぁっ!!!」
ちっとも笑えない状況に半狂乱になりかけていると、バスルームからガチャリと音がする。彼は驚きのあまり携帯を反対側のベッドに投げ捨て、大慌てで飛び起きた。
「あの…… 何かありましたか?」
バスローブ姿の楊福安が顔を出し、戸惑いがちに羅深思を見る。今まで右往左往して暴れ回っていたので、髪の毛はボサボサだった。
羅深思は平然とした態度で「なんでもない!」と言うと、彼と入れ違いでバスルームに逃げ込んだ。
シャワーを浴びているうちに心は落ち着きを取り戻し、羅深思は気合を入れてバスローブを羽織った。
なにも、今日最後までする必要はないのだ。何もかもが初めてな楊福安は、キスの時に舌を入れただけであんなに蕩けていたのだから、ちょっと口でするだけで満足するに違いない。
そもそも男同士で楊福安のものが勃つかも怪しく、考えているうちに羅深思はずいぶん気が楽になった。ここは年上の威厳をしっかり見せ、後から時間をかけて男同士の交わりについて調べればいい。
「お待たせ!」
意気揚々と部屋に戻ると、楊福安はベッドの上で落ち着かなげに寝転んでいた。
彼とは反対に落ち着きを取り戻した羅深思は、そっとベッドに上がり、ほんのりと赤く染まった楊福安の頬に口づけを落として余裕ぶった笑みを浮かべた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫。リラックスしてて」
隣に寝そべると、楊福安が追いかけるように身を起こす。彼は表情を硬くさせながらも、羅深思の胸の上にのしかかってきた。
ずっしりとした重みは心地よく、触れ合った胸からドキドキと激しい鼓動が伝わってくる。羅深思は彼の頭を慈しむように撫で、大人の余裕を崩さずに囁いた。
「触りたいなら、好きにしていいよ」
その言葉に、楊福安は恐る恐る胸元から手を滑り込ませた。肌を撫でる手のひらはくすぐったく、羅深思は吐息を漏らして身を捩る。
一度シャワーを浴びたからか、楊福安も先ほどよりは冷静だ。撫でる手は遠慮がちで、少しもどかしい。
何度か口づけを交わし、素足を絡めて優しい触れ合いを楽しんでいると、不意に羅深思の太ももに熱い塊が触れた。湯冷めした肌には火傷しそうなほど熱く感じ、彼はふっと笑みを浮かべる。
「先生、俺……」
吐息混じりの声で、楊福安は訴えるように羅深思を見つめた。潤んだ瞳の奥は熱っぽく、見ているといじめたくなる。
「もう我慢できない?」
甘やかに囁くと、楊福安は上目遣いに彼を見つめたまま、小さく頷いた。
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