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第十三章 学園祭二日目
11 身から出た錆
しおりを挟むグロテスクな特殊メイクを施された二人は廊下へ出ると、外で待っているイーサンたちの方へ向かおうとする。だが、幽鬼たちのたむろする廊下は混雑していて、すれ違うこともままならない。
天井の蛍光灯の灯りは心許なく、少々不気味な雰囲気を醸し出している。通行の邪魔をしている生徒たちはすでにメイクを終えていて、薄っすら暗い廊下が記念撮影をするのにぴったりだと思ったのだろう。
呉宇軒は大きく息を吸い込むと、廊下いっぱいに響き渡る声で呼びかけた。
「道を開けて! 撮影なら外でやんなよ」
わいわい賑やかに騒いでいた彼らは、その声に何事かと視線を向ける。そして二人のおどろおどろしいメイクを見るなり、驚いて道を開けてくれた。
呉宇軒は前回の口の端を切り裂かれたような傷跡の他に、喉元を刃物で切り裂かれた風の血生臭い傷跡が追加されて、見るだけでぎょっとする出来だ。おまけに彼の後ろでは、血の涙を流している李浩然が睨みを効かせていて、薄暗い廊下の下ではより一層不気味に見える。二人の本格的な死人メイクに、いつしか廊下のざわめきも静かになっていた。
端に避けた生徒たちの間を悠々と歩いていくと、おどろおどろしいキョンシー二人を見た生徒たちは、その見事な出来栄えに驚きと感動の声を漏らす。彼らがあまりにも感動していたので、呉宇軒も得意になって胸を張り、李浩然に小声で話しかけた。
「この反応、俺たち優勝間違いなしじゃないか?」
手応えを感じて浮かれる彼に、李浩然も笑みを返す。
「悪くはない反応だな」
「それどころか最高の出来だよ! 早くイーサンと合流しようぜ」
なんといっても、この衣装は三人揃ってこそだ。呉宇軒は幼馴染の手を握ると、早く早くと急かすように引っ張りながら建物を出た。
空の彼方に消えそうになっている太陽は、周囲を朱色に染めながら夜の訪れを告げている。
秋の冷たい風が吹き抜ける中、仮装大会の参加者たちは思い思いの場所で開始時間を待っていた。日中よりも気温が下がってきているので、寒さに体を抱きしめて身を寄せ合っているグループもある。
係の人たちは、そんな彼らに温かいお茶やココアなどを配り歩いていて、建物を出てきたばかりの呉宇軒たちの方にもやって来た。
「わぁ、すっごくリアルな傷跡! あっ、ココアとお茶どっちがいい?」
血飛沫のついたボロボロのトレンチコートを着た女子生徒が、湯気の立つ紙コップの乗ったトレーを持って声をかけてくれる。呉宇軒は幼馴染の顔をチラリと見て何が欲しいか察し、口を開いた。
「俺はお茶で、こいつにはココアをお願い」
李浩然は甘党なので、お茶よりココアだ。お化けに扮した彼女は「了解!」と元気よく返事をすると、ハロウィン柄の紙コップを二人に手渡してくれた。
作りたてなのか、コップ越しにも温かさが感じられる。呉宇軒は冷えた指先を温めながらコップを覗き込み、濃い琥珀色をした液体にそっと口をつけた。
花のいい香りがして、ほんのりと甘みを感じる。渋味はほとんどなく、後味は爽やかでかなり飲みやすいお茶だ。
コップは色で中身が分かるようにしてあるらしく、李浩然が持っているのはオレンジ色で、お化けカボチャの顔が描かれている。呉宇軒の方は紫色にコウモリの柄だ。
二人が礼を言うと、彼女はにこやかな笑顔を返して彼らの格好をじっくりと眺めた後、暖を求める他の参加者たちの元へと小走りに駆けていった。
「さて、イーサンはどこかな?」
両手でコップを持って温まりながら、呉宇軒はお化けで溢れる待機場所を見渡した。すると、妙に見覚えのあるパンダの被り物が目に止まる。
「子星? あいつ、母ちゃんたち撒いてきたのか?」
あのパンダは、今日何度も見たお馴染みの顔だ。呉宇軒はまた彼が母と姉から逃げているのだろうと思い、気にも留めなかった。しかし、注意力散漫な彼の代わりに、李浩然がパンダの影にいたイーサンを見つける。
「阿軒、イーサンも一緒だ」
そう言って知らせるも、返事がない。呉宇軒はちょうど通りかかったセクシーな小悪魔衣装の女子たちに目を奪われていて、彼の話を聞いていなかったのだ。
「阿軒?」
李浩然が怒りのこもった低い声で名前を呼ぶと、女子に手を振って愛想を振りまいていた呉宇軒は呑気に笑いながら振り返った。
「ごめんごめん、何?」
ちっとも悪びれる様子のない婚約者に、李浩然の眉間にシワが寄る。彼は不満を露わにすると、ヘラヘラと笑っている呉宇軒をジト目で睨んだ。
「なに怒ってるんだ? ちゃんと聞くよ。それで、どうしたって?」
幼馴染の怒った顔が大好きな呉宇軒は、彼のやきもちに内心喜びながらも、気付いていないふりをして尋ねる。だが、それが予想外の結果を招くことになるとは露ほども思わなかった。
反省の色がないと見ると、李浩然の動きは素早かった。彼は呉宇軒の腕を引いて体勢を崩し、その首筋に齧り付いた。
「いっ、てぇぇっ! 浩然! また噛みやがって……」
本日二度目の噛みつきは、一度目とは反対側だった。首の両側に歯形をつけられた呉宇軒は、また噛み付かれては堪らないと大慌てで後退りして身構えた。
「何するんだよ!」
「分からないなら、自分の胸に手を当てて考えたらどうだ?」
責めるような口調に、呉宇軒はまずい……と眉を顰める。やきもちを妬く彼が可愛くて、うっかり地雷を踏んでしまったようだ。
「……お、俺の一番はお前だよ! 二番目も三番目も!」
突き刺さる視線に冷や汗を流しながら、呉宇軒は慌てて取り繕う。だが、何を言っても後の祭りだ。
すっかりヘソを曲げた李浩然はオロオロする呉宇軒に冷たい視線を向けながら、無言で不満を訴える。
「分かった! 俺のことはお前の好きにしていいからっ」
もう、彼の怒りを鎮めるにはこれしかない。藁にもすがる思いで、呉宇軒はそう叫んだ。
まるで厳粛な裁判官のように押し黙っていた李浩然は、彼の言葉を聞いてようやく重々しく口を開いた。
「……二言はないな?」
厳しい目を向けながら、李浩然はしゅんとする呉宇軒をジロリと見る。彼の態度に、呉宇軒は何故だか自分が墓穴を掘ってしまったような気がした。
「ちょっと一つだけ確認してもいい? お前、何企んでるんだ?」
恐る恐る尋ねると、李浩然は不安そうにしている呉宇軒を見てふっと笑みを漏らす。その態度で彼が本気で怒っているわけではないと分かり、呉宇軒はほっと胸を撫で下ろした。
ところが、続く言葉にぎょっとする。
「後で分かる」
「待った、後って何!? おい、返事しろよっ!」
聞き捨てならない言葉を残して、李浩然はゆっくりと歩き出してしまった。呉宇軒が何度呼びかけても聞こえないふりだ。
慌てて彼の後を追いながら、呉宇軒は頭を悩ませる。李浩然の今の笑顔は、絶対に何か企んでいる顔だった。それが何なのかさっぱり分からない。
今更「やっぱり無しな!」とは言えず、呉宇軒は頭を抱えるしかなかった。
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