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第十三章 学園祭二日目
12 思春期
しおりを挟む李浩然が何を企んでいるかさっぱり分からなかったので、呉宇軒は考えるのをやめ、これから始まる仮装大会に向けて気持ちを切り替える。そしてひと足先に準備を終わらせていたイーサンの元へ行くと、彼の特殊メイクは妙に気合が入っていた。
「イーサンお前、どうしたんだよそれ! 前回からパワーアップしてるじゃん」
前に写真撮影をしていた時は、彼の特殊メイクは刃物で頬をざっくりと切られたような傷跡だけだった。だが、今回はそれに加えて、肉を削がれたような痛々しい傷まで追加されている。思わず目を背けたくなるほどグロテスクで、キョンシーらしさがぐっと上がっていた。
イーサンは驚く呉宇軒の首元をまじまじと見て、フンと鼻を鳴らした。
「お前の首の傷もなかなかだと思うがな。僕を担当したメイクの人が急に張り切り出して、こうなったんだよ」
「小さな子どもが見たら泣いちゃいそうだな」
会場にちらほら子どもが歩いていたことを思い出し、呉宇軒は少々やり過ぎではと苦笑いする。
イーサンの特殊メイクは遠目に見てもゾッとする出来だったが、近くで見るとより一層リアルで生々しい。そして李浩然の方は前回とほとんど変わらない出来栄えだが、愛想笑いの一つもしない彼の顔は、暗くなるにつれて不気味さを増している。このままでは、お菓子を配る時に子どもたちから本気で怖がられないか心配だ。
子どもたちへの対応は衣装制作担当だった謝桑陽や高進たちに任せようと考え、呉宇軒はパンダのお面に声をかけた。
「そういや、子星はまた母ちゃんたちから逃げてきたのか?」
ところが、彼の声に反応したパンダは、何を思ったか中指を立てて返してきた。
とんだ不良パンダもいたものだ。しかし、その動きは妙に既視感があり、呉宇軒は記憶を辿りながら眉を顰める。
背格好はよく似ているが、改めてよく見ると呂子星よりも細くて少し背が高い。
「お前……呂子星じゃねぇな。誰だ?」
このお面流行っているのか?と不思議に思いながら尋ねるも、パンダのお面は答える気は更々無いようで沈黙を続ける。不審に思っていると、見かねたイーサンが声を潜めて中の人の正体を教えてくれた。
「そいつは猫奴だよ。母親に見つかりたくないからって呂子星にお面を借りたんだと。隠れてるから、今は大きな声が出せないんだ」
「えっ? おばちゃん来てるの? 浩然、挨拶してこよっか」
きっと同じ気持ちを持つ同志として、呂子星は彼にパンダ面を託したのだろう。
前に何度か猫奴の母と会っている呉宇軒は、同じく彼の母と面識のある李浩然の腕を引いて挨拶へ向かおうとする。すると、パンダになった猫奴は慌てて二人の前に立ちはだかった。
「おいクソ犬、余計なことするんじゃねぇ!」
小声な上に被り物をしているので、その声は辛うじて聞こえる程度だ。そのため、呉宇軒はわざと聞こえなかったふりをした。
「なに? なんか言った?」
ニヤニヤしながらそう尋ねると、被り物の中から怒った声が聞こえてくる。
「だから、余計なことはすんじゃねぇって言ってんだよ!」
先ほどよりも大きくなった声ははっきりと耳に届いたが、呉宇軒は彼の後ろを見ながら手を振った。
「あっ、おばさん! こっちこっち!」
当然ながら真っ赤な嘘だ。しかし、たったそれだけで怪しいパンダはあたふたして、背後を確認することもなく大急ぎでイーサンの影に隠れる。その動きはまるで大きな音にびっくりした猫のようだ。
猫奴をギャフンと言わせる切り札を手に入れた呉宇軒は、ご満悦で笑みを浮かべた。しばらくは彼が何か仕掛けてこようとしても、母の件を持ち出せば大人しくなる。
「それにしても……子星といい猫奴といい、そんなに母ちゃんに会いたくないのかよ」
二人揃ってお面で顔を隠して身内から隠れようとするなんて、気が合うにも程がある。どいつもこいつも……と呆れていると、李浩然も同意見だと頷いた。
「思春期だな」
身も蓋もない言い方だが、確かにそうなのだろう。納得の言葉に、呉宇軒も思わず吹き出す。
すると、二人の話を聞いていたイーサンが、彼らの仲間に入りたくないと言わんばかりに顔を顰めて抗議の声を上げた。
「僕は違うぞ。さっきも母さんを案内してたからな!」
「お前のとこも母ちゃん来てるの!?」
これは是非とも挨拶をしに行かねばと、呉宇軒は目を輝かせる。だが、イーサンは迷惑そうに眉を寄せながら先手を打って断った。
「挨拶はいらないからな。今は猫奴の母親と一緒にお菓子を買いに行ってるはずだ」
彼の母と猫奴の母は愛猫の美娘繋がりで仲良くなり、度々一緒に出掛けたりしているという。思わぬところで友好の輪が広がっていると知って、呉宇軒は羨ましそうにため息を吐いた。
「いいなぁ……うちは実家が遠いから、母ちゃんたち呼べないんだよなぁ。じいちゃんたち呼んだら余計なものがついてきたし」
祖父母だけを呼んだはずが、色々あって父までついて来てしまったのだ。まだ父と微妙な関係のままでいる呉宇軒は、正直言って少し気まずい。
これからまた父と会うことになると思うと憂鬱な気持ちになり、彼は再びため息を漏らした。すると、彼の家の事情を知っている猫奴が、イーサンの影から心配そうに顔を覗かせる。
「お前、まだ親父さんと揉めてんのか?」
呉宇軒のアンチをしている彼は、当然ながら父の借金の件も詳細に把握していた。それだけでなく、最近父と和解した話もしていたので、彼はもうとっくに仲直りしたものだと思っていたらしい。
「揉めてるわけじゃねぇけど、あいつすぐ調子乗るから……」
「親子そっくりだな!」
お面で顔は見えないが、声のトーンから彼がニヤニヤしていることが分かる。呉宇軒は眉を顰めてパンダの横っ面を引っ叩いた。
被り物は緩かったのか、叩いた勢いで面白いくらいにくるくる回る。
「お前に言われたくねぇ! そっちこそ、母ちゃんと顔そっくりじゃねぇか」
猫奴の母は彼と違ってふくよかな体型だが、顔は一目で親子と分かるほどそっくりなのだ。そのことを知っている李浩然とイーサンは揃って吹き出した。
猫奴は回った勢いでずれたお面を直すと、わなわなと怒りに震えながら呉宇軒を睨みつける。そして母の目から隠れていたことも忘れて飛びかかってきた。
「やりやがったなクソ犬!」
「おう、かかって来いよ! 返り討ちにしてやらぁっ」
喧嘩上等の呉宇軒は生き生きとした笑顔で応戦する。おどろおどろしいお化けメイクのせいで、その姿は凶暴化したキョンシーのようだった。
二人が喧嘩をするのはいつものことなので、いつも幼馴染の暴挙を止める李浩然も一瞥しただけでそっと見守る体制に入った。そのうち猫奴が根を上げて助けを求めてくると分かっているのだ。
パンダとキョンシーの激闘は、仮装大会の待ち時間で暇を持て余していた参加者のちょっとした余興になった。
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