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第十三章 学園祭二日目
13 後のお楽しみ
しおりを挟むパンダとキョンシーの激闘はしばらくの後、キョンシーの勝利で終わった。返り討ちにあった猫奴は「覚えてろよ!」というお馴染みの捨て台詞を吐いて逃げて行く。見事勝利を収めた呉宇軒は、野次馬たちから温かな拍手で讃えられて、なんだか英雄のようだった。
ギャラリーたちは突如始まった喧嘩を学園祭の催しの一種と思っている節があり、次の対戦相手は誰だろうと話し合っている。そんな彼らを尻目に、やり切った顔をした呉宇軒は、巻き込まれないように少し離れた場所で見守っていた李浩然に飛びついた。
「コテンパンにしてやったぜ! 褒めて!」
子どものように目を輝かせる彼に、李浩然は呆れた視線を向けつつも、その頭を優しく撫でる。
「やり過ぎだな」
「向かってきたのはあっちだろ? 今日の俺は無敵だぜ!」
動き回ったお陰で寒さも吹き飛び、呉宇軒は何が来ても怖くないと自信満々だ。李浩然はそんな彼を諌めるでもなく、含み笑いを浮かべる。
普段と違ってどこか上機嫌に見えるその表情に、呉宇軒はふと違和感を覚えた。
悪戯を企んでいる時の自分とよく似ているのだ。思えば、李浩然は空き教室でキスをした一件から、様子が少しおかしい。人が大勢いる中で首筋に噛みついてきたり、妙に態度が浮ついているような気がする。
「浩然、何か企んでないか?」
疑いはもはや確信に変わっていた。だが、ジト目で睨みつけてみたものの、李浩然は平然とした態度を崩さない。
「言っただろう? 後のお楽しみだと」
煙に巻かれてしまい、呉宇軒はムッとして唇を尖らせる。すると、李浩然は小さく笑みを漏らし、不満を訴える唇にそっとキスをした。その行動は、やはりどこか浮かれているように見える。
彼の言う「後の」とはどれくらい後なのか気になって仕方がない呉宇軒は、どうにかして幼馴染の口を割れないか思案するも、答えを見つける前にイーサンが声をかけてきた。
「おい、そろそろ始まるぞ。準備は良いか?」
彼の声に目を向けると、どこかへ行っていた衣装係の謝桑陽や高進、そして同じく衣装作りを手伝っていた服飾科の女の子三人が集まっていた。
彼らは大会参加者の衣装を引き立てるように上着もズボンも黒一色の格好をしていたが、その衣装には猫耳と尻尾が付いている。黒猫を表現しているのだろうか。なんとも可愛らしい装いに、呉宇軒は思わずぷっと吹き出した。
「子猫ちゃんが五匹もいるじゃん。どうしたんだ?」
すると、謝桑陽が苦笑いを浮かべながら教えてくれた。
「さっき、くじ引きで決まったんですよ。あっ、僕らはまだ良い方ですよ? パンダを引いたグループなんて、変な被り物を渡されていましたし」
そう言うと、彼は少し離れた場所にいるグループを指差す。そこには、呂子星や猫奴が被っていたものと全く同じパンダの被り物をした集団が集まっていた。彼らはパンダらしく白黒のパーカーを着て、尻のところにちゃんと尻尾まである。衣装を作った裏方の生徒たちの服はどれも少し大きめで、このためにあらかじめ用意してあったようだ。
「やっぱりあのパンダ、流行ってんのかな?」
怪しい集団と化したパンダたちを見て、呉宇軒は首を傾げた。集団になるとより気味が悪く、参加者よりもかえって目立ってしまっている。
他には仮装衣装コーナーに売っているような薄っぺらいウサギの着ぐるみの格好をした集団や、シンプルに白いシーツを被っている集団もいた。確かに謝桑陽が言うように、彼らに比べたら黒猫はずいぶんマシな方だった。
「その猫耳って貰えんの? 浩然にも付けてほしいなぁ」
いつも真面目腐った顔をしている李浩然がこの可愛らしい猫耳を付けたら、きっと面白いことになるだろう。呉宇軒が期待を込めてちらりと窺い見ると、当の本人は眉間にシワを寄せて心底嫌そうにしていた。だが、彼の弱点を知り尽くしている呉宇軒は、それくらいの抵抗では引き下がらない。
「お願い然然、俺も一緒に付けるから」
猫撫で声でそう言うと、目を潤ませて拝み倒す。案の定、「一緒に」の言葉は効果覿面だった。
「……君がするなら、考えてもいい」
そこまで言わせられれば勝ったも同然だ。呉宇軒は大喜びでガッツポーズをした。
太陽が沈み、辺りはすっかり薄暗闇に包まれる。一つ、また一つとランタンに明かりが灯り、一気に祭りらしい景色に早変わりだ。
マントをはためかせた魔法使いの格好をした係の生徒の呼びかけによって、呉宇軒たち仮装軍団は一列に並ぶように指示された。衣装係の方は二列の塊で、先頭の一人だけチーム名の入った看板を持つ。
看板に書かれた文字を読んだイーサンは、不愉快とでも言うように眉を顰め、不満を漏らした。
「イケメンキョンシーズって、他に何か無かったのか?」
ダサいと文句を言う彼に、グループ名を決めた呉宇軒はすかさず反論する。
「俺たちキョンシーなんだからぴったりだろ? 言っておくけど、キョンシーズの部分は譲れねぇぞ」
名付けた本人は渾身の出来と自負していた。というのも、呉宇軒たちにとってキョンシーと言えばこれ!という誰もが知っている番組があるのだ。その番組名からもじっているので、残念ながらどんなにダサかろうとイーサン以外に文句を言う人はいない。
うんうんと頷く他の仲間たちに、アメリカ育ちの彼は何が何だか分からず「なんでだよ……」と困惑する。仲間外れの彼を不憫に思ったのか、謝桑陽がそっと番組のサイトを教えてあげていた。
「それにしても、まだ始まんないのか? 全然進まないじゃん」
並んでからしばらく経つが、集まりが悪いのか列はまだ進みそうにない。暇を持て余していた呉宇軒が列の前の方を覗き見ていると、李浩然がそっと声をかけてきた。
「阿軒、若汐から連絡が来た。おじいさんたち、所定の場所に着いたって」
「おっ、あいつちゃんと案内してくれたんだな」
準備で忙しい呉宇軒たちの代わりに、先に友人と会場入りしていた李浩然の従姉妹に案内役を頼んだのだ。学園祭巡りに夢中になって忘れてないかと心配だったが、彼女は見事に役目を果たしてくれたらしい。
家族が揃ったなら一安心だ。心配事が一つ減った呉宇軒は、李浩然の腕の中に自ら収まりに行くと、含み笑いを浮かべて囁いた。
「なあ、これが終わったらじいちゃんたちと合流するだろ? しばらく二人きりにはなれないし、今のうちにしておいた方が良いんじゃないのか?」
二人の交際を猛反対しそうな祖父の前でイチャつく訳にはいかない。合流した後は手を繋ぐこともできなくなるので、目の届かない今がチャンスなのだ。
李浩然は彼の言わんとすることにすぐに気が付き、その体をぎゅっと抱きしめると、周りの目を気にすることもなく唇を奪った。すぐ横からイーサンの「げっ!」という声が聞こえたがお構いなしだ。
係の人が見物に集まっていた野次馬たちを追い払ったので、今この場に居るのは参加者だけだった。一列になっているせいか、周囲の生徒たちは二人のしていることに全く気付いていない。せいぜい、列の整理に来た係の生徒がびっくりする程度だ。
すっかり周りが見えなくなった彼らの甘いひとときは、係の人の号令が聞こえてくるまで終わることはなかった。
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