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第十四章 トラブルは付きもの
3 動かぬ証拠?
しおりを挟む和やかなお茶会の空気が一転、ピリピリとした緊張が走る。祖父は懐に手を入れると、テーブルの空きスペースに一枚の写真をそっと置いた。
「この写真について、何か言うことはあるか」
それは呉宇軒と李浩然がカレーを食べさせ合っている瞬間を捉えた写真だった。二人とも迷彩服を着ていて、軍事訓練中に撮られたものだと分かる。
「それは大学入ってすぐの時の写真だよ。二人でインドカレー食べに行ったんだ」
呉宇軒が澱みなくスラスラ答えると、祖父は難しい顔をしたままもう一度懐に手を入れた。どうやら内ポケットに写真を忍ばせていたようだ。
「だったら、この写真はどうだ?」
二枚目の写真も軍事訓練中のものだった。花火をバックに撮影されたもので、かなり見覚えがある。
それは李浩然が呉宇軒の頬にキスした瞬間を、偶然通りかかった猫猫先輩が撮影したものだ。後にSNSで拡散されて騒ぎになったいわく付きの一枚でもある。
「浩然が悪戯しただけだよ。先輩に撮られちゃって」
まさかこの程度で騒いでいたのか?と疑問に思っていると、祖父はまたもや懐から一枚の写真を取り出した。一体何枚持っているのか、無限に出てくる。
今度の写真は二人とも私服で、呉宇軒が李浩然の腕に自分の腕を絡めてまとわりついているところだ。だが、この程度のスキンシップなら飽きるほどしていて、正直言ってどの時期のものなのか特定が難しい。
「これはただのファンサービスだよ。二人で仲良くしてると、女の子たち喜ぶから」
そのことについては、祖父も美男美女コンテストでの公開告白で目の当たりにしていたので説得力があるはずだった。だが、祖父はまだ隠し玉を持っていた。
まるで妻から浮気調査の結果を突きつけられる夫のようだ。何回このやり取りを続けるんだと呆れる呉宇軒の目の前に、一枚の写真が置かれる。
今度の写真は、今までのものとは明確に様子が違っていた。バニーガールに扮した彼が李浩然の膝の上に跨り、熱烈にキスしている写真だ。一体誰が撮ったのか、かなりはっきりと写っている。
「Oh……」
言い逃れのできない一枚に、呉宇軒の口からは思わず無駄に発音のいい英語のような声が出てしまう。すると、それを聞いた李浩然が隣でお茶を吹き出した。
「然然、大丈夫?」
ゲホゲホと咳き込む彼の背中をさすってやると、彼は涙目でちらりと呉宇軒を見て、すぐに視線を逸らした。
どうやら彼の笑いのツボに入ってしまったらしい。顔を見ると笑いが込み上げてくるらしく、肩を震わせてこちらを見ないようにしている。
「あのさ、俺……」
思いがけず再起不能になった幼馴染の代わりに呉宇軒が事情を説明しようと思ったものの、祖父は手を振って彼の言葉を止めた。
「言いたいことは分かっておる」
「はあ……」
要領を得ない祖父の言葉に、彼は絶対分かってないだろうなと思いながら曖昧な返事をした。すると、祖父は眉間にシワを寄せて難しい顔をしたまま押し黙ったが、やがて大きく息を吐いて覚悟を決め、ゆっくりと口を開いた。
「李浩然に脅されているんだろう?」
「えーと……」
予想外の言葉が飛び出したせいで、呉宇軒はあらかじめ考えていた言い訳を出すこともできず答えに困る。
一体何をどうすればそんな考えに至るのだろうか。どう見ても、写真に写っている呉宇軒は、明らかに自分から李浩然に絡みに行っている。だが、どうしたことか祖父にはそう見えていないらしい。
「とりあえず、詳しく話を聞こうかな」
さっぱり分からないので、まずは祖父の言い分を聞いた方が良さそうだ。
真剣な顔をしつつ、呉宇軒は内心、これは面白いことになってきたぞとワクワクしていた。
二人の交際を反対するだろうという予想に反し、事態が思わぬ方向へ転がったため、呉宇軒も李浩然も黙って聞き役に徹する。
意外なことに、祖母は何も言わずに黙ってお茶を楽しんでいた。夫の味方をするでもなく、かといって呉宇軒を庇うわけでもなく、成り行きを見守っている。そんな中、祖父だけが真剣な顔をして、事態を深刻に受け止めていた。
「お前の家が、李家に借金をしていたことはわしも知っている」
祖父の言うように、李浩然の父は危機に陥った呉宇軒の実家の借金を無利子で肩代わりしてくれたのだ。店が無くなると困るからというのは半分建前で、妻と息子からお願いされたからだった。
きっと離婚騒動の時に母から聞いたのだろう。ただ、呉宇軒は当時子どもだったため、母と祖父母との間でどのような話が行われたかについては知らない。
「俺が借金を盾に脅されてるって言いたいの?」
「そうじゃなきゃ、こんなことはしないじゃろ?」
こんなこと、と言われ、呉宇軒は改めて写真に視線を落とす。格好こそ危ういが、至っていつもと変わらない自分の姿だ。何より、彼がこういった行為に及ぶ相手は、何も李浩然ばかりではない。
「いや、酔ったら割と誰にでもするけど……」
呉宇軒は酔って楽しくなると絡み酒をするので、主にアンチオフ会で犠牲者が大量発生していた。彼にファーストキスを奪われた可哀想なアンチ達は、それこそ星の数ほどいる。
ところが祖父は呉宇軒の話を全く聞く気がないらしく、彼の発言を無かったことにして言葉を続けた。
「宇軒、我慢しなくていいんだぞ? じいちゃんが何とかしてやるからな」
祖父は李浩然が可愛い孫を脅迫して関係を持っていると本気で思っているのか、可哀想にと同情の眼差しを向けてくる。だが、問題の写真には、どう見てもノリノリで自分から幼馴染にキスしに行っている呉宇軒の姿しかない。
「いや、我慢とか無いから。俺たち相思相愛だって!」
さすがにそろそろ訂正した方がいいだろうと思ってそう言うも、何故か祖父は頑なに彼の言葉を信じてはくれなかった。ダンっと拳でテーブルを叩き、声を荒らげる。
「そんな馬鹿なことがあるか! 脅されたんじゃなかったら、李浩然に誑かされているんだろう!」
「俺が誑かした側とは思わないわけ? それに、女の子に飽きて男に走った可能性だってあるだろ!」
聞き分けのない子どもみたいに話を聞いてくれない祖父に、呉宇軒もつい語気を荒らげる。いい加減、愛しい幼馴染を悪者扱いされるのにもうんざりだった。
孫がそんな風に反撃してくるとは思っていなかったのか、祖父はぐぬぬ……と悔しそうに歯を食いしばって言い淀む。彼が怯んだその隙に、呉宇軒は一気に畳み掛けた。
「じいちゃん、俺たち普通に付き合ってるんだよ? 脅されたとかじゃなくって、俺は浩然のことを愛してるんだ! それに俺、今まで付き合う時に相手の性別を気にしたことないから」
呉宇軒が男と付き合ったことがなかったのは、単に言い寄ってくる男子がいなかっただけなのだ。ただ、記念すべき第一号が李浩然だったので、この先一生男との恋愛遍歴が増えることはない。
孫からの衝撃告白に、祖父は魂が抜けたようにぽかんとしている。
きっと、今まで頑なに呉宇軒の言葉を聞こうとしなかったのは、孫が男と交際しているという事実を受け入れたくなくて抵抗していたのだろう。
祖父には申し訳ないが、李浩然と別れるのは絶対に嫌なので諦めてもらうしかない。問題はどう納得させるかだ。
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