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第十四章 トラブルは付きもの
4 策士
しおりを挟む思い切った告白のせいで、和やかだったお茶会は見る影もなくなってしまった。石化したように固まっている祖父に、呉宇軒もさすがに言いすぎたかと心配になる。
「……じいちゃん、大丈夫?」
呉宇軒がおーい、と目の前で手を振って意識を確かめると、祖父はハッと我に返って息を吹き返した。
「わしは認めんぞ!!」
やはり祖父は二人の交際に反対なようで、カンカンに怒っている。しかし、やっと思った通りに話が進み始め、呉宇軒の方はほっと安堵した。
このまま李浩然を悪者にして、帰りの飛行機の時間が来るまで話が堂々巡りし続けたらどうしようと思っていたところだ。
「うん、そう言うと思ってた。じいちゃんの意見は聞かないからね」
事実を認めたくない祖父のせいで随分遠回りしてしまったが、あらかじめ用意していた言葉をやっと言えた。しかし、呉宇軒が祖父の言葉を取り合わなかったせいで、火に油を注いでしまったようだ。祖父はますますヒートアップして、ついには立ち上がってしまった。
「男同士で付き合うなぞ、わしは絶対に反対だ!」
大きな声が辺りに響く。怒りのあまり、祖父の顔は真っ赤だ。
幸いなことに二階の席は貸切状態で客は自分たちだけだったが、もし他にも人が居たら注目の的になっていたところだ。
「別に反対しててもいいよ。じいちゃんに認めてもらおうとは思ってないし……あっ、この件で母ちゃんのこと悪く言わないでよ? 俺が自分で決めたことだから」
二人の交際を打ち明けることになった時に一番心配だったのが、祖父が母に責任をなすりつけるのではということだった。呉宇軒が先手を打って非難の言葉を潰すと、祖父は母が駄目なら父親だと隣に声をかける。
「呉儀仁! 自分の息子が大変なことになっとるというのに、何を黙っておる! お前も孫の顔が見たいだろう?」
巻き込まれまいと気配を殺していた父は、努力も虚しく話し合いの場に引き摺り出されてしまった。
祖父は自分の息子が二人の交際に反対していないことをまだ知らない。可愛い孫が説得に応じそうにないので、一人でも味方を増やそうと必死なのだ。
とことん戦力外な父の姿に呉宇軒は顔を顰め、助けるべきか見捨てるべきか考え込む。長年父と不仲だった彼としては見捨てたい気持ちでいっぱいだったが、こんな時こそ頼れる幼馴染の出番だ。祖父が父にかまけているのを良いことに、彼は李浩然に小声で話しかけた。
「然然、あいつ助けた方がいいかな?」
父は祖父に掴みかかられ、逃げたくても逃げられない状況だ。すると李浩然はそっと唇に人差し指を当てて、静かにと言うようにジェスチャーした。
「こら! 聞いとるのか? 目を逸らすんじゃない!」
「と、父さん……俺たちが何か言ったところで、決めるのは阿軒だから」
がくがくと体を揺さぶられながら、呉儀仁は必死に自分の父を説得しようとしている。ただ、及び腰なせいであまり効果は見られない。
「お前は父親だろう! しっかりせんか!」
呉宇軒は父が説得してくれることをほんの僅かながら期待していたが、目の前のやり取りを見てこれは駄目だな、とすぐに諦めた。二人の力関係はどちらが上か、火を見るよりも明らかであまりにも頼りなさすぎる。
それよりも、呉宇軒はこのまま不毛な言い争いが終わらないことを危惧していた。李浩然は隣で静観の態度を崩さずにいるが、本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。
しばらくの間、目の前の騒ぎを見守っていると、それまで沈黙を貫いていた祖母がそっと茶器を置き、静かに口を開いた。
「あなた、そんなに騒ぎ立てないでちょうだい」
その声は決して大きくはなかったものの、力強い響きを帯びていて、テーブルを囲む全員の耳にはっきりと届いた。
息子に掴みかかっていた祖父はぱっと手を離して席に戻り、やっと味方になってくれる人を見つけたと顔を輝かせる。ところが祖母はジロリと夫を一瞥すると、詰るような口調で言った。
「昔は子どもなんていなくても、二人が幸せならそれで良いって言っていたのに。随分と肝っ玉が小さくなったのね」
一体何の話をしているのだろうか。孫の呉宇軒だけでなく、息子である呉儀仁さえも首を傾げる。だが、その言葉を聞いた祖父だけはみるみるうちに青ざめ、慌てて言い訳を始めた。
「そ、それとこれとは別じゃろうて……わしはな、孫の将来が心配なだけなんじゃ」
「別なものですか。あなた、もし小軒がお嫁さんを捕まえて、その子が不妊だったらどうするの? どうせ今みたいに大騒ぎするでしょう?」
痛いところを突かれたのか、しどろもどろになる祖父とは対照的に、祖母はしゃんと背筋を伸ばしてまるで先生のようだ。駄々っ子のように大騒ぎしていた祖父が、たちまち借りてきた猫のように勢いを無くす。
夫が小さく縮こまったのを見て、祖母は呉宇軒たちに微笑んだ。
「二人とも、おじいさんの言うことは無視して大丈夫よ。ひ孫の顔が見られないのは残念だけど、家族の幸せは子どもが全てじゃないもの」
そして昔を懐かしむように目を細め、ため息と共に言葉を吐き出した。
「あなたがお母さん達と同じことをするなんてねぇ」
「いや、それはだな……」
妻からの責めるような冷たい視線に、祖父はごにょごにょと言い訳していたが、どの言葉も呉宇軒にはよく聞こえなかった。ただ、祖母と親たちとの間で昔、子ども絡みで一悶着あったらしいことだけは理解できた。
孫の顔が見たいと言うのは、どこの親でも思うことだ。きっと祖母も、孫の顔が見たいとせっつかれて苦労した時代があったのだろう。
思った通りとはいかなかったが、祖父はもう二人の交際を反対するだけの勢いを無くしてしまったらしい。まだ納得のいっていない顔をして入るものの、すっかり大人しくなった。
すると、それまで静観の姿勢を崩さなかった李浩然が、まるでこの時を待っていたかのように口を開いた。
「おじいさん、ひ孫の顔なら見せられるかもしれません」
予想だにしていなかった彼の発言に、その場の全員の視線が集まる。呉宇軒すら寝耳に水の状態で、ただただ目を丸くさせるしかない。
「あれ? いつから男も子ども産めるようになったんだ?」
冗談半分にそう言うと、李浩然は僅かに眉を顰めて脇腹を小突いてきた。
「そうではなくて、俺たちと似た境遇の女性カップルを探してお願いする」
彼の言葉に、呉宇軒はやっと理解ができた。つまり、李浩然は自分たちと同じ状況の恋人たちに取り引きを持ちかけようというのだ。
確かに理に適ってはいるが、それには大きな問題がある。
「そんな簡単に見つかるかな?」
自分たちと歳が近くて、子どもを欲しがっている同性同士のカップル。そんな極めて狭い範囲の条件を掲げる人が都合よく見つかるとは思えない。
「当てならある。それに、卒業まではまだ時間があるから」
かなり難しい問題のように思えたのに、李浩然は自信満々な顔をしている。彼がそこまで言うのなら、すでに何人か候補を見つけている可能性もありそうだ。
ひ孫を諦めかけていた祖父は、思いがけず降って湧いた希望の光に目を輝かせた。
「そういうことは早く言わんか!」
それは今まで揉めていたのは何だったのかと思うほどの喜びようで、男同士の交際という事実をすっかり忘れている。そんな祖父の様子を見て呆れていた呉宇軒は、隣に目を向けてハッとした。
李浩然の唇が僅かに弧を描いている。まるで勝利を確信したかのようなその笑みに、呉宇軒はそういうことかと目が覚める思いだった。
これこそが李浩然の考えていた奥の手だったのだ。期待値を最底辺まで落としてから、望みが叶う可能性をチラ見せする。希望を断たれて落ち込んでいた祖父はまんまと彼の作戦に引っかかり、もう二人の交際をとやかく言う状態ではなくなっていた。
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