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第十四章 トラブルは付きもの
19 汚部屋
しおりを挟む三日間連続で愛を確かめ合ってから、李浩然は一日の休息日を設けて三日間特訓するという決まりを作った。最初の頃と同じく、指から始まって徐々に玩具で慣らしていくサイクルだ。
特訓の成果か、呉宇軒は白イルカの玩具に二度目の敗北を喫し、ますます生意気なイルカに対する闘志を燃やすようになっていた。寮の部屋までの廊下を歩きながら、彼は携帯を片手にやる気満々の顔で李浩然を見る。
「明後日こそあいつに勝つからな!」
まだ前々日の昼だというのに、携帯のスケジュールにばつ印を付けて対戦の日を心待ちにしている。イルカに対して謎に喧嘩腰な呉宇軒に、李浩然は呆れ顔だ。
「もう諦めたらどうだ?」
「ダメ! 絶対にギャフンと言わせてやる!」
どうして勝ち負けの話になっているのだろうと、李浩然は隣を歩きながら心の中で頭を抱えていた。今の呉宇軒は、とても恋人同士の甘いひとときを楽しみにしているようには見えない。どちらかというと、スポーツの試合の前日のような有様だ。
どこかでロマンチックな雰囲気に気持ちを切り替えさせなければと考えていると、寮の部屋から王茗が顔を覗かせた。
「軒軒、然兄! もう昼飯届いてるよぉ!」
のほほんとした彼の呼びかけに、フンフンと鼻息荒く闘争心を滾らせていた呉宇軒が嬉しそうに顔を輝かせる。
「王茗! 部屋はちゃんと片付いてるんだろうな?」
怪しむようにそう尋ねると、ニコニコと笑顔だった王茗は途端にぎくりと顔を引き攣らせた。部屋が散らかる元凶の彼は、顔を合わせる度に呉宇軒から「散らかすのはいいけど必ず片付けろ」と口酸っぱく忠告されていたのだ。
呉宇軒は彼のことを信用していないので、約束を破った時用の罰まで用意して万全の体制だった。
「だ、大丈夫だってぇ! 星兄が……な、なんでもないっ」
お仕置きが脳裏を過ったのだろう。急にあたふたする王茗を見て、呉宇軒は怪訝そうに眉を顰める。何やら隠し事がありそうな様子だ。
「こら! あれだけ綺麗にしとけって言っただろ?」
「大丈夫! 片付いてるから抜き打ちチェックはやめてぇぇっ!」
そこまで言ってしまうと、何かを隠していると言っているようなものだ。部屋の奥から「馬鹿! 余計なことは言うんじゃねぇっ!」と呂子星の呆れた声が聞こえてくる。
留守中に部屋が散らかることを心配していた呉宇軒は、その声を聞くなり幼馴染を置いて駆け出すと、勢いよく部屋に飛び込んだ。
「……あれ? 思いの外綺麗だな」
お菓子の袋が詰められたゴミ袋が隅の方に積まれているのが気になったものの、部屋は彼が思っていたよりも汚れていない。後から追いついてきた李浩然は、出入り口で佇む呉宇軒の肩に甘えたように顎を乗せて、部屋の中を見渡した。
「彼にしてはよくやっている方だな。阿軒、あまり厳しくしすぎてもよくない」
幼馴染を寮に返したくない彼は、王茗の肩を持ってそれとなく擁護している。しかし、呉宇軒は李浩然の宥める声にも耳を貸さず、厳しい目つきで部屋を隅々まで見渡した。
部屋にいるのはルームメイトたちだけで、謝桑陽と呂子星はすでに座って長テーブルで昼食を広げている。王茗だけが、視界を遮るように不自然な位置に立っていて怪しさ満載だ。
呉宇軒は腹に回された幼馴染の手をやんわり振り解くと、誤魔化し笑いを浮かべる王茗から上へと視線を移した。そこにはちょうど彼のベッドがあり、たった今誰かが引いたかのようにカーテンがゆらゆらと揺れている。
「あのさぁ……」
僅かに開いたカーテンの隙間から見えるこんもりとした布団を見て、呉宇軒は目を細めた。
「お前のベッド、誰か隠れてんの?」
その言葉に、部屋が一瞬しんと静まり返った。どうやら触れてはいけないものに触れてしまったようだ。
「なっ、何言ってんの? 誰もいないよぉ……」
怖がりな王茗は何か勘違いをしたようで、お化けは怖いと怯えてしゃがみ込む。しかし、彼は呂子星の咳払いでようやく間違いに気付き、急に真面目な顔をしてしゃきりと立ち上がった。
「お昼にしよう!」
もう誤魔化しようがないのに、王茗はそう言って昼食に注意を逸らそうとしてくる。テーブルでは彼の迂闊な反応に呂子星が頭を抱えていた。
お前が共犯だな、と彼に咎める視線を向けた後、呉宇軒は両手を広げて行く手を阻む王茗に向き直った。
「王茗? 何隠そうとしてんだよ。兄ちゃんにベッドの中を見せてみな!」
「ダメ! そこには何もいないよぉ!!」
その言い草は親の目から捨て犬を隠す子どものようでなんとも微笑ましかったが、彼の隠しているものはもっと洒落にならないものだ。呉宇軒はなおも行く手を阻もうとする王茗を押しのけ、二段ベッドの梯子を上がった。
一体何が隠れているのだろう。人二人は優に入れる大きな山を見つめ、呉宇軒は恐る恐る布団をめくる。すると、そこにはぐちゃぐちゃになった洗濯物とも分からない服たちが隠れていた。
よくもまあ、こんなになるまで溜め込んだものだ。敷布団に着いた手がざらりとして、呉宇軒はギョッとした。
「王茗! ベッドの上でお菓子食うのはやめろって言っただろ!」
あまりにも汚すぎて、呉宇軒の腕に鳥肌が立つ。怒る声に王茗は脱兎の如く逃げ出し、李浩然を盾にしながら平謝りした。
「ごめんってぇ! 軒兄ちゃん、許してぇぇっ」
「何がごめんだこの馬鹿! ダニの温床じゃねぇか。いつからこうなってんだよ!」
王茗のベッドの上には、肉眼でも見えるほど食べこぼしがポロポロ落ちている。放って置けば、ダニどろこかゴキブリやネズミが出かねない。
あの小さな悪魔たちが湧いて出てくるかと思うとゾッとして、呉宇軒は危うく二段ベッドから転落するところだった。どうにか下へ降りると、彼はお目付け役の呂子星をキッと睨みつけた。
「呂子星! お前がついていながらこのザマはなんだ!」
綺麗好きでしっかり者の彼だからこそ後を任せたのに、これでは意味がない。
怒りの矛先を向けられた呂子星は、慌てて王茗を指差した。
「俺のせいじゃねぇぞ! こいつ、俺が寝てる間に隠れて食ってんだよ。起きてる間はちゃんと見張ってたからな!」
見張りの目を盗んで、おまけに夜遅くに菓子を貪っていたとは。だらしがないにも程がある。
呉宇軒はすっかり呆れ果て、幼馴染の後ろに隠れる王茗に冷ややかな視線を向けた。さすがの李浩然も、そのだらしなさに絶句して助け舟を出す様子もない。
その時、それまで黙っていた謝桑陽が遠慮がちに口を開いた。
「あの、先に昼食を食べませんか? 食べる前に掃除を始めては、部屋に埃が舞ってしまいますし……」
確かにそんな汚い状況では、おちおち食事もできないだろう。彼のもっともな提案に、呉宇軒はひとまず矛を収めた。
お説教をするよりも、一刻も早く掃除をしたい。それに、王茗のベッドがあのザマなのだ。きっとキッチンやトイレも酷い有様だろう。
一時的に危機を脱した王茗は、ほっとした顔で李浩然の影から出てくると、いそいそと昼食の準備を始めた。
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