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第三章 夢いっぱいの入学式
16 凸凹コンビ結成
しおりを挟む最速クリアを祝われる中、呉宇軒は魂が抜けたようにぼんやり立ち尽くしていた。
最後の最後にあんなものに追い立てられ、怖さが尾を引いてまだ気持ちが切り替えられない。戻ってきたピカピカ光るご機嫌なカチューシャも、今の気分ではなんだか着ける気になれなかった。
係の人に促されて脇に退けると、李浩然が頬っぺたをツンと突いてくる。ぼんやりしたまま呉宇軒が顔を上げると、彼は優しく目を細め、穏やかに言った。
「小腹が空かないか?」
散々走り回ったり叫んだりしたため、確かにお腹が空いていた。幼馴染のさり気ない気遣いに、呉宇軒も笑みを返す。
「……空いたかも」
行こう、と手を引かれて歩き出すと、少しも行かないうちに見知った顔と鉢合わせる。猫奴とイーサンだ。珍しい組み合わせに驚いていると、イーサンが不満げに口を開いた。
「なんだ、もう帰ってきたのか」
「帰ってきたって何がだ?」
「肝試し行ってきてたんだろ? お前なんか元気無いな」
またしてもネット上に目撃情報が出回っていたらしい。彼はすぐに呉宇軒の異変に気が付いた。
「ああ、思ってた以上におっかなくてメンタルやられてるとこ。マジ怖いよ」
イーサンはふんと小馬鹿にしたように笑い、猫奴と仲良く肩を組んだ。
「情けないな。俺たちでお前らの記録を塗り変えてやる!」
「おう、首洗って待っとけ!」
挑発するようにびしっと指を差してそう言った二人は、すでに気合い十分だ。出会った当初は険悪だったのに、猫という共通の話題を見つけてから意気投合したらしい。
入る前の自分と同じように楽観視している彼らに、呉宇軒は油断するなよと注意を促した。
「お前らなぁ……甘く見てると痛い目見るぞ? 本気で怖がらせに来てるから」
学生の作った物だと舐めてかかると酷い目に遭う。
せっかく忠告してやったのに、イーサンは疑いの眼差しを向けて李浩然に尋ねた。
「実際どうだったんだ?」
「俺は凄く楽しかった」
幼馴染の言葉に呉宇軒はそれはそうだろうな、と心の中で呟いた。何故なら彼は始まりから終わりまでずっと冷静で、大騒ぎする幼馴染を見て楽しんでいたのだ。
聞く相手を間違えたイーサンは、李浩然の言葉を鵜呑みにしてフフンと得意げな顔をした。彼がわざわざ「俺は」と言ったのに気付いていない。
「腰抜けは黙ってな! 最速記録は俺たちがいただきだっ」
猫奴がそう言い、二人は浮かれた様子で受付に行ってしまった。哀れな犠牲者を見送った呉宇軒は、やれやれと肩を竦めて幼馴染を見る。
「あいつら大丈夫かな?」
「イーサンはアメリカ育ちだから、案外平気かもしれない」
向こうのホラーの定番と言えばゾンビや殺人鬼だ。文化の違いを考えると、確かに意外と平気なのかもしれない。
「しばらく帰ってこないだろうし、俺たちはなんか食べ物買いに行こっか」
そうは言ったものの、屋台のある場所へ続く道を歩く人は少なく、薄ぼんやりとした街灯の灯りが頼りなげに照らしている。物陰から何か出てきそうな気がして、呉宇軒は幼馴染にそっと寄り添った。
お祭り会場が近づいてくるにつれて、徐々に人々の姿が増え始めた。賑やかさに元気を取り戻した呉宇軒は、ウキウキしながらあちこち屋台を見て回り、美味しそうだと思ったものを手当たり次第に買い込んでいく。
後をついてきていた李浩然はその様子を微笑ましく眺め、手が塞がっている呉宇軒の代わりにさっと会計を済ませてくれた。
「浩然の好きそうなものもあるから、向こうで一緒に食べよ!」
忙しくて地元ではこういったお祭りに行ったことがなかったので、目移りしてつい買いすぎてしまった。持ち帰り用の袋には、しょっぱいものも甘いものも山ほど入っている。
両手いっぱいの袋の半分を李浩然が持ってくれたので、二人は仲良く手を繋いで来た道を引き返した。祭りの賑やかさに元気を貰った呉宇軒は、ご機嫌で隣を歩く幼馴染にぶつかっていった。
「もう大丈夫そう?」
「うん、全然平気! ありがとな」
肝試し会場へ着くと、猫奴たちはちょうど最前列に居て、帰ってきた呉宇軒を見るなり得意げに天へ向かって拳を突き上げた。意気揚々とした彼らがどんな顔で帰ってくるか見ものだ。
休憩場所にちょうど空いているベンチがあったので、二人はそこに座って食べることにした。
油紙に包まれた焼餅を齧っていると、李浩然が物欲しげに見てくる。呉宇軒が食べているのは小麦粉で作った生地にひき肉を挟んだもので、幼馴染の好きな少し辛めの味付けだった。蕎麦粉で作ったものも一緒に売られていたが、呉宇軒は断然小麦粉派だ。
「好きなだけ食べていいよ。元々お前の金で買ったものだし」
そう言って微笑むと、ちょっとだけ欠けた焼餅を李浩然に差し出す。
彼は差し出された焼餅を手で受け取らず、そのまま齧り付いた。大きな口でふた口食べ、まん丸だった形が半月になる。豪快に持っていった幼馴染に呉宇軒は堪らず吹き出した。残りを譲られたので、小さくなったそれを口に放り込み、今度は別の袋を開ける。
開けた途端、食欲を誘うスパイスのいい香りが周りに広がった。串を引っ張ると、赤いスパイスをたっぷり塗されたカエルの丸焼きが現れる。隣では気を利かせた李浩然がビールの缶を開けてくれていた。
「お前、いつの間にビールなんて買ったんだ?」
「その串の会計をしてた時」
そう言われ、真横でビールを売っていたなと思い出す。ちょうど一杯やりたいと思っていたところだった。李浩然の周到さには舌を巻く。
カエルの丸焼きを一口食べると、鶏肉のような淡白な味に辛めのスパイスがいいアクセントになっていた。これぞ屋台飯だ。
呉宇軒はその辺に骨を捨てようとキョロキョロしていたが、李浩然がすかさず手を伸ばし、口からはみ出た骨を引っ張って持って行ってしまった。
「ゴミはここに入れなさい」
先ほどまで焼餅が包まれていた油紙に骨を入れ、呉宇軒の膝の上に乗せてくる。まるで子どもの面倒を見るお母さんだ。
袋の中には、まだカエルの丸焼きの他にイカ焼きや焼き豚もある。二人で串焼きをつまみに酒を回し飲みしていると、食べ終わってデザートに移った頃に猫奴たちが帰ってきた。
二人は入った時よりもやつれた様子で、イーサンに至っては涙目だ。
「呑気に飯食いやがって!」
「あんなに怖いなんて聞いてないぞ!」
ヨロヨロとやって来た猫奴とイーサンが揃って文句を言う。案の定、工学部の洗礼を受けたらしい。
呉宇軒はだから言ったじゃん、と言いたいのをぐっと堪え、代わりにうんうんと頷いた。
「最後の這いながら追いかけてくる女、マジでヤバかったよな」
二缶目のビールを飲みながらそう言うと、彼らは顔を見合わせ、困惑して言った。
「最後の女って何のことだ?」
「動く首吊り人形じゃなくてか?」
「ん? 出口に向かう廊下で追って来たろ?」
呉宇軒が説明すると、二人は口を揃えてそんなものは居なかったと返した。
「いや、居ただろ。俺たち一緒に見たよな?」
さすがにあれを気付かないなんてあり得ない。一緒に居た李浩然に尋ねると、彼も困惑した顔で力強く頷いた。
猫奴とイーサンはたちまち青ざめ、からかうなと怒り出す。むしろからかっているのはそっちの方じゃないかと呉宇軒が言い、意見がぶつかり合った。
ここで言い合っても埒が明かないので、呉宇軒は大学のネット掲示板に工学部の肝試しについて書き込んだ。すると、すぐに『そんなものはなかった』の書き込みで溢れる。
「ほら、やっぱり無いじゃないか!」
イーサンが文句を言ったが、書き込みを流し読みしていた呉宇軒はぴたりと指を止め、怒った彼に画面を見せた。そこには『私も見た』という女子生徒の書き込みがあった。
呉宇軒たちが見たのと同じ『這う女』だ。書き込みの内容を読むと、見た目も行動も同じだった。
「どういうことだ? まさか……ほ、本当に出たのか?」
イーサンはたちまち震え上がり、猫奴の服の袖を掴んだ。どうやらアメリカ育ちは怖さ耐性には関係なかったらしい。
書き込みの内容はあっという間に知れ渡ってしまったようで、肝試し会場の周辺が俄かに騒がしくなる。
「お前、お祓い行った方がいいんじゃないか?」
置いてあった胡麻団子を勝手に食べながら、猫奴が呑気にそう言った。あの『這う女』を見ていないからか人事で、イーサンと違って早くも冷静さを取り戻しつつある。
「阿軒は俺が守るから大丈夫」
李浩然がいつものように穏やかに言った。確かに幽霊相手に全く恐れない彼の側なら、向こうの方が尻尾を巻いて逃げていきそうだ。
酒が入ってほろ酔いのため、呉宇軒はヘラヘラと笑って頼もしい幼馴染の肩を叩いた。
「お前が居ればお化けも怖くないな!」
出店で買った食べ物は二人だけでは食べきれないほどだったので、猫奴たとにもお裾分けする。イーサンはしばらく怯えていたものの、初めて見る屋台の食べ物に興味津々で、すぐに気力を取り戻した。
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