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第九章 ひみつのこころ
15 非売品
しおりを挟む別行動をしていた仲間たちは買い物を終えたらしく、手に細々とした荷物を持ってやってくる。彼らは見慣れぬ自転車を持つ李浩然の元へわらわらと集まってきた。
別行動する前は持っていなかったので、不思議に思うのも無理はない。真新しい自転車を囲み、呂子星が首を傾げる。
「これ、どうしたんだ?」
「輪投げで獲った」
平然と返す李浩然に、仲間たちは驚いて身を乗り出した。
そうなるのも当然で、輪投げの出店は定番だが、大抵の人がそうなように、彼らも最後列の景品を獲った人を見たことがなかった。李浩然の獲った景品は、一部の人たちからは『獲らせる気のない客寄せ商品』と言われているくらい難しいのだ。
「動画撮ってあるから後で見せてやるよ。マジで格好良かったんだぜ!」
幼馴染の勇姿を撮っていた呉宇軒が得意顔でそう言うと、彼らは興味津々で食いついてきた。真っ先に飛びついたのは王茗で、子どもみたいに目をキラキラさせて彼を見る。
「見たい見たい!」
「店に着いたらな。それより、いいなぁって言ったのお前か?」
尋ねると王茗はへへへ、と照れたように笑い、期待の眼差しで彼を見た。
「あ、聞こえてた? 軒兄ちゃん、俺にもぬいぐるみ獲ってぇ!」
急にどうしたのかと不思議に思っていると、呂子星が王茗をジロリと見ながら話に入ってくる。
「こいつ、クマちゃん寮に忘れてきたんだよ」
「ああ、それでか」
不機嫌な彼の言葉に、呉宇軒は納得の顔で頷いた。
小言の多い呂子星のことだ、きっと寮を出る時に散々忘れるなと釘を刺したのに、王茗はうっかり置いて来てしまったのだろう。いつ気付いたのかは分からないが、今更取りに戻るのはどう考えても無理だ。
クマのぬいぐるみが無いと眠れない王茗は、今は彼女用のプレゼント以外持っていない。呉宇軒はてっきり彼がどこかに荷物を預けているのだと思っていたが、まさか忘れてきていたとは。
お願い、と両手を合わせて拝んでくる王茗に、彼はやれやれと呆れた笑みを浮かべて言った。
「しょうがねぇな。兄ちゃんがなんとかしてやるよ。それで、どれを獲ればいいんだ?」
「やったぁ! あそこにあるスカートのクマちゃんをお願い!」
大喜びで彼が指差した先には、可愛らしいピンクのスカートを穿いたクマのぬいぐるみがあった。かなり女の子向けの見た目に、呉宇軒は思わずぷっと吹き出す。やっていることがさっきの女の子と一緒だ。
「お前、あれは女児向けじゃねぇか。本当にあれでいいのか?」
「あのクマ、俺が持ってる『おやすみテディ』と同じメーカーのなんだ!」
それを聞いて、呉宇軒はなるほど、と思う。同じメーカーなら、当然手触りも作りも似ているだろう。忘れてきたクマちゃんの代わりにはぴったりだ。
「あのクマそんな名前なのかよ……よし、任せときな! お前のクマちゃんに恋人を作ってやろうじゃないか」
彼は仲間たちから自転車を獲った件で根掘り葉掘り質問攻めされている幼馴染の元へ行き、余っている投げ輪を一つもらうと、ほとんど狙いもつけずに放り投げた。
呉宇軒は李浩然と違って、慎重に狙いをつけるようなことはあまりしない。ざっくりと当たりをつけると、あとは成り行きに任せるのだ。
ふわりと弧を描いて飛んでいった輪は、まるで吸い寄せられるようにクマのぬいぐるみの首に引っ掛かった。ワクワクしながらそれを見守っていた王茗は、大喜びで彼に抱きついた。
「さっすが軒軒! 本当にありがとう!!」
「よしよし、落とすんじゃねぇぞ」
景品を受け取った王茗は、手触りを確認して満面の笑みを浮かべる。その様子もまた、先ほどの女の子と被って見えて面白い。
微笑ましく彼の様子を見守っていた呉宇軒の頭に、その時こつん、と何かがぶつかってきた。
「いてっ……なんだ?」
頭に引っ掛かったそれを確認すると、ぶつかってきたのは輪投げの輪だった。出店ごとに使う輪の形が違うが、これは呉宇軒が先ほど投げたものと同じだ。
「誰だ? 暴投したのは。俺は景品じゃねぇぞ」
辺りを見渡そうとした彼の頭に、また輪が飛んでくる。今度は頭に引っ掛かることなく、すとんと彼の首に掛かった。偶然には出来すぎていて、明らかに呉宇軒を狙ったものだ。
「然然、お前だな? この悪戯っ子め」
犯人に思い当たった彼は、少し離れた所で仲間たちに囲まれている幼馴染に目を向けた。すると、まだ残りの輪を持っていたはずの李浩然の手は、いつの間にか空になっている。彼はちらりと横目で呉宇軒を見て、ほんの僅かに口角を上げた。
「あいつめ……投げ返してやろ」
彼は悪戯の仕返しに、幼馴染が仲間の方を向いた瞬間を狙って投げ輪を放り投げた。ところが、李浩然はまるでこちらを見ているかのように死角から飛んできた輪をキャッチして、あろうことかそのまま投げ返してきた。
まさか投げ返してくるとは思わず、呉宇軒は一瞬反応が遅れ、受け止め損ねた投げ輪がこんっと頭に当たる。ぶつかった輪は再び彼の首に引っ掛かり、まるで輪投げ屋台の景品のような有様だ。
しっかり反撃されて不貞腐れていると、自転車を仲間に預けた李浩然が笑いを堪えながらやってきた。
「景品を貰いにきたんだが」
開口一番そう言った彼に、景品扱いされた呉宇軒はムスッとして投げ輪を二つ首から外し、悪戯な幼馴染に突っ返した。
「俺は非売品ですけど?」
そう言いながら、彼は人を玩具みたいに扱いやがって!と不満たらたらの視線を向ける。すると李浩然は突き返された投げ輪を呉宇軒の頭にそっと乗せ、小首を傾げて尋ねた。
「どうしても駄目か?」
その声はどこか楽しげで、悪戯心をくすぐる響きを帯びていた。呉宇軒はしばらく不機嫌なふりをして黙っていたものの、幼馴染が懇願するようにしゅんとした顔で見てくるので、だんだん可笑しくなってくる。笑わないように唇を引き結んで我慢していた彼は、結局粘り強くお願いしてくる幼馴染に根負けして笑みを浮かべた。
「分かった分かった、そんな顔で見るなよな!」
頭に乗った輪を降ろし、呉宇軒は幼馴染の腕の中に飛び込んだ。背中に手を回して力いっぱい抱きしめると、李浩然の唇が満足げに弧を描く。
「ほら、これでお前のものだぞ。満足か?」
「もう一声」
囁きと共に、李浩然はぐっと顔を近付けてきた。公衆の面前でまるで口づけをねだっているかのような仕草に、呉宇軒はサッと身を引いて彼の胸を叩く。油断も隙もあったものではない。
「調子に乗んな!」
呆れ顔でそう返すと、彼は戦利品の自転車を囲んでいる仲間たちへ向き直った。
「誰か景品獲ってほしいやつはいるか?」
彼の呼びかけに、見事な手腕を見ていた仲間たちが我先にと手を挙げる。ところがその時、猫奴が間に割って入ってきた。彼は謎の威圧感を漂わせて、呉宇軒の肩をがっしり掴む。
彼は呉宇軒のアンチなので、普段ならこんなことは絶対にしない。何があったか訝しんでいると、猫奴は真剣な眼差しで口を開いた。
「お前の出番だ。行くぞクソ犬」
その口調から、何か重大な事件が起きたらしいことが窺える。並々ならぬ雰囲気に誰も文句を言えず、呉宇軒は強制連行されることになってしまった。
別の場所へ引きずられながらも、彼は慌てて持っていた投げ輪を幼馴染に手渡す。自分よりも李浩然の方が上手いので、仲間たちの面倒は彼に任せておけば安心だ。
そうして猫奴に引っ張られて彼が向かったのは、イーサンに止められた動物が景品の輪投げ屋だった。
「どうした? お前も兎が食べたいのか?」
「よく見ろ! 一番奥の列だ!」
彼に言われて目を凝らした呉宇軒は、なるほどと納得した。一番奥にあるケージの列の中に、家畜たちに並んで丸くなった猫が入っているものがあるのだ。猫を愛してやまない猫奴がこれを見過ごすはずがない。
すでに保護団体の人員を招集していたらしく、イベントで会ったスタッフが彼らの到着を待っていた。
「随分準備がいいな」
スタッフに輪投げを手渡され、呉宇軒は苦笑いする。
向こうも商売なので、団体側から譲ってくれと交渉することはできない。そうなれば、あとは正攻法で獲得するまでだ。
「全て回収するまで帰れないと思え!」
まるで鬼軍曹のような言い草で猫奴が発破をかける。久々の輪投げで屋台荒らしをした昔の血が疼いていた呉宇軒は、二つ返事で頷いた。
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