真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第九章 ひみつのこころ

16 夜市の楽しみ方

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 呉宇軒ウーユーシュェンが三つ目の輪投げ屋で景品の猫を回収し終わった頃、たくさんの荷物を持った仲間たちが合流しに来た。彼らはみんな大満足の顔をしていて、引き継いだ李浩然リーハオランが輪投げで大活躍したことが窺える。
 邪魔くさそうに紹興酒の大きな抱き枕を持ったイーサンは、受け渡しされる猫を横目で見ながら尋ねた。

猫奴マオヌー、用事は終わったのか?」

 輪投げの景品になっていた猫を全て救出し終えたことを確認した猫奴マオヌーは、ボランティアスタッフに解散の合図を送ってから頷く。

「おう、もう行けるぞ」

「なあ、俺にもなんかないの? 労いの言葉とか」

 移動しようとする彼に背中に向かって、呉宇軒ウーユーシュェンがすかさず呼びかける。すると猫奴マオヌーはくるりと振り返り、飼い犬を褒めるように言った。

「よくやった! 褒美は店に着いてからな」

「やったぜワンワン!」

 二人のやり取りに呆れ顔をしたイーサンは、思い出したように呉宇軒ウーユーシュェンへ抱き枕を押し付けた。

「ほら、お前のだろ? 自分で持て!」

 枕を受け取りながら、呉宇軒ウーユーシュェンは不思議に思う。いつもなら李浩然リーハオランが持ってくれるはずなのに、仲間たちの中に彼の姿が見当たらないのだ。
 その疑問はすぐに解決した。みんなから少し遅れて、人混みの中から李浩然リーハオランがやってくるのが見える。彼は自転車を手で押しながらこちらに向かってきていたが、その自転車には王茗ワンミンが乗っていたのだ。人の往来が激しい場所でそんなことをしては、みんなから遅れるのも当然だった。

宝貝バオベイ、お前どうしちまったんだ?」

 お父さんに自転車を押してもらっていた近所の子どもを思い出しながら、呉宇軒ウーユーシュェンは快適そうに座っている彼に尋ねた。

「歩き疲れちゃって。ラン兄が乗せてくれたんだぁ」

 彼の後ろでは、荷物持ちと化した呂子星リューズーシンが呆れ顔をしながら付いてきている。どうやら王茗ワンミンが落ちてしまわないか心配で、彼から目が離せずハラハラしているようだ。
 まだ時間は早いが、全員が揃ったのでこのまま会場を抜けて予約している店へ行こうと話し合い、彼らは人混みの中をゆっくりと歩き出した。



 通行人の迷惑にならないよう、人の間を二列になって通り抜けていく。行き交う人々は誰もが出店に夢中で、通りいっぱいにがやがやと楽しそうな賑わいが溢れていた。
 呉宇軒ウーユーシュェンの隣には当たり前のように李浩然リーハオランが並ぶ。彼は自転車を押しているにも関わらず上手に人を避け、混雑を苦とも思わない足取りで歩いていた。

阿軒アーシュェン、お疲れ様」

 彼は安定した様子で自転車を押しながら、猫奴マオヌーにこき使われていた幼馴染に労いの視線を送る。

「お前もお疲れ様。代わろうか?」

 自転車にはまだ王茗ワンミンが乗ったままで、呉宇軒ウーユーシュェン李浩然リーハオランが疲れていないか心配になる。すると彼は器用にも幼馴染の頬にそっとキスをして、大丈夫と微笑んだ。

「今気力を充電した」

「俺からもしてやろうか?」

 冗談めかして尋ねると、李浩然リーハオランは嬉しそうにぱっと顔を輝かせる。呉宇軒ウーユーシュェンが笑いながらお返しに顔を近付けたその時、後ろから誰かが襟首を引っ張ってきた。

「なんだよ!」

 迷惑そうに振り返ると、そこには出店に釘付けになっているイーサンがいた。彼の視線の先にはルーレットがあり、店主が実演しているところを観光客らしき人たちが眺めている。

呉宇軒ウーユーシュェン、あれは何だ?」

「見ての通りルーレットだよ。玉が入った場所に書いてある数字の分だけ、賭けたお金が倍になるってやつ」

 説明を聞いた彼はふうん、と興味深げに相槌を打つ。呉宇軒ウーユーシュェンはやりたそうにしているイーサンの服を引っ張って止めると、声を潜めて忠告した。

「やめとけ。ああいうのは当たらないようになってんだよ」

 あのゲームのルールは至ってシンプルだ。金を賭けた客が玉を転がし、入った場所の数字の分だけ賭けた金が倍になって返ってくる。ハズレの場所に入ると店が総取りする仕組みだ。
 ただし、そのルーレットの装置自体にはからくりがある。この手のゲームは大抵の場合、客側が絶対に勝てないように調整されているのだ。

「あれ、裏に磁石仕込まれてんだ。S極とN極ってあるだろ? スイッチか何かで切り替えてて、客がやる時には絶対に大きな当たりの場所に入らないようになってるから」

 先に店主が実演して、簡単に勝てるように見せる。その後密かにスイッチを切り替えて客をカモにするのだ。裏の仕組みを知ったイーサンは眉をひそめた。

「詐欺じゃないか」

「まあ、観光客狙いのぼったくり店と一緒だな。地元のやつはまずやんねぇよ。やるならピンポン玉のやつだな」

 不思議そうにする彼に、呉宇軒ウーユーシュェンはほら、と別の出店を指差した。そこには広い敷地にたくさんのカップが並べられていて、大人も子どもも夢中になってカップ目掛けてピンポン玉を弾ませている。

「あれはどういうゲームなんだ?」

「ああやってピンポン玉を弾ませて、並んでいるカップの中に入れば書いてある数字の景品が貰える。一番奥の列にたまに金が貰えるカップがあるから、ルーレットよりは確実だぞ」

 初めて見るゲームにイーサンは興味津々で、客たちの盛り上がりを羨ましそうに眺めていた。まだ予約の時間までは余裕があるので、やりたいなら行ってみようと提案しようと口を開いたが、呉宇軒ウーユーシュェンはまたもや襟首を引っ張られて言葉を飲み込んだ。
 今度は何かと振り向くと、不満顔の李浩然リーハオランと目が合う。訴えるような眼差しに、彼は頬への口づけの途中だったと思い出す。呉宇軒ウーユーシュェンは長いこと放置されて、子どもみたいに拗ねている幼馴染に小さく笑みを漏らした。

「悪かったって、ほら」

 呉宇軒ウーユーシュェンが顔を近付けると、その時不意に李浩然リーハオランが彼の胸ぐらをぐいと掴んだ。強い力で引っ張られ、油断し切っていた呉宇軒ウーユーシュェンはぐらりと体制を崩す。気付いた時には唇が重なっていた。
 慌てて身を引いたので、触れていた時間は一瞬だった。しかし、人が大勢いる道中でこんな風に堂々とするなんて、李浩然リーハオランは一体何を考えているのか。

「おまっ……何してんだよっ」

 慌てて辺りを見渡したが、幸いなことにみんな出店に夢中で気付いていない。今のやり取りが誰にも見られていないことを確認した呉宇軒ウーユーシュェンはほっと胸を撫で下ろし、改めて咎めるように幼馴染を睨んだ。ところが李浩然リーハオランは悪戯っぽく目を輝かせて忍び笑い、悪びれることなく「もう一回するか?」と聞いてくる。
 とても冗談とは思えず、呉宇軒ウーユーシュェンは恥ずかしさを誤魔化すようにしかめっ面をして返した。

「次にやったら……今夜は一緒に寝てやらないからなっ」

 いい脅し文句が思いつかず、彼はどうにかその言葉を絞り出す。すると李浩然リーハオランはますます楽しそうに笑みを深め、彼の腕を掴んで自分の元へ引っ張り寄せた。
 離れていた二人の距離が再び近付き、呉宇軒ウーユーシュェンの心臓はドクンと跳ねる。その距離は先ほどよりもずっと近い。彼の射抜くような眼差しに見つめられると、何故だか目を逸らすことすらできなくなる。
 李浩然リーハオランは静かに手を伸ばし、彼の頬にそっと触れた。その動きは片手で自転車を押しているとは思えないほど優しく、愛しむように頬を撫でられた呉宇軒ウーユーシュェンは、彼に促されるままゆっくりと目を閉じた。
 吐息が肌を掠め、ごくりと生唾を飲む。その時、どこかから「あっ!」と大きな声が響いた。
 パッと目を開いて、呉宇軒ウーユーシュェンは弾かれたように後退る。すると、すぐ側から王茗ワンミンの呑気な声が聞こえてきた。

「ちょっとあれ見て、大人のくじ引きだって!」

 てっきり二人の『秘め事』に反応したのかと思ったが、彼が見つけたのはいかにも怪しげな出店だった。店先にある黒いのぼりには、黄色い文字で『大人のくじ引き』という文字が書かれている。店の入り口に黒い垂れ幕が掛けられていて中が見えず、正直言ってかなり怪しい。だが、遊びたい盛りの男子たちの興味を引くには、これ以上ないくらい完璧だった。
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