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現金がない!
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王府大通り――紫微の都の台所とも呼ばれる繁華街。
早朝だというのに様々な露店が立ち並ぶその場所で、俺は皇子様のお供をしつつ、頭をひどく悩ませていた。
出発前に、ここで日持ちのする食料を手に入れ、更に馬を調達しないとならない。
身を守るのに、武器も欲しいしなぁ。
糧食だけでも、小麦と雑穀に岩塩、燻製肉……。
俺は三日ぐらいなら食べなくても平気だが、1日四度の宮廷の食事に慣れているインジェンはそうはいかないだろう。
どう考えても、パンに貰った金では足りない。
金勘定をしながら首を捻っている俺の横で、インジェンは興味津々であちこちの露店や、棒手振りの天秤を覗き込んでいる。
「今朝締めた鶏肉だ。お兄さん、安いよ!」
「あまーい甘い、ライチの実はいかが!」
「紫微の土産に、白酒はどうだい!」
「蒸し饅頭、食べてっとくれ!」
酒と食べ物系の誘惑が凄いが、余計なものを買ってる余裕は一切ない。
無視して通り過ぎようとする俺の横で、インジェンが店先に捕まった。
「……何だこの串刺しの肉は。見たことのない料理だ」
「羊の串焼き、絶品だよ!」
「一つ貰おう」
「毎度あり!」
おいおいおい、ちょっと待てーっ!
B級グルメにまんまと惹かれるんじゃない!
「インジェン様、いけません。この場所で物を手に入れるには、お金が必要なんですよ」
咎めると、インジェンはムッとしたような顔で拗ねた。
「私とて、買い物の仕方くらい、書物で読んだことがある。ほら、店主。これは金の代わりだ、取っておけ」
そう言って、インジェンが懐から取り出したのは、恐ろしいほど値が張るであろう、宝石のついた金の簪(かんざし)だった。
「えっ、旦那。こんな立派な宝物をくださるんで!?」
「まっ、待ったーっ!」
驚く店主とインジェンの間に、俺は身体を張って割り込んだ。
無礼ながら耳元に口を寄せ、ヒソヒソ声で耳打ちする。
「駄目です、インジェン様。それは翠玲宮から持ち出してきたものですよね!? 金の代わりにしてはいけません!」
「何故だ。これは私の物だ。どうしようと私の勝手だろう」
全くお姫様は世間知らずなんだから!
「これ一本で、普通の市民が一生かかっても稼げないような金額になるのです。こんなものを市中で換金したり、ましてや金の代わりに店主に施したりしたら、枯野に火をつけたように噂が広まります!」
「……そういうものか……」
店主に串焼きをつっ返し、不満顔のインジェンを引きずって、その場から逃げるように歩いた。
「それは、大切に仕舞っておいて下さい。最後まで無くされませんように」
「……分かった」
頷いてくれて、ホッとした。
何だか城を出た途端、インジェンの言動が丸くなった気がするな。
見かけによらず、結構素直なところもあるってこと?
いや、違うな。
何も分からない城の外に出て、すごく不安なんだ……。
何だか、可愛いな……なんて、うっかりときめきかけてハッとした。
いや、インジェンは今は普通に男のかっこうしてるのに、何でときめいた、俺?
戸惑いながら歩いていると、インジェンは今度は子供用の小さな風車の玩具が売っている店にフラフラと吸い込まれた。
「ちょっ、インジェン様。私の言うこと、聞いてましたか」
「……これが欲しい。私に買い物をさせぬと言うなら、お前が買え」
だから、余計なものを買ってる金なんて無いんですって!
……と、言いたかったけれど、きっとインジェンは切実に、生まれて初めて、街で買い物がしたかったんだよなぁ……と思って、考え直した。
「……分かりました」
紫微の都の、西の外れまで来た。
金が足りず、とうとう、武器や馬は手に入れられていないまんまだ。
都城の門を出てしまうと、後はもう茫漠とした草原や荒地が広がるばかりになってしまうが、どうするか。
途方に暮れている俺の横で、よく回る小さな風車を買ったインジェンは、上機嫌だった。
当初の目的を忘れてないか不安になるが、このお姫様は可哀想なラプンツェルだから、仕方がない。男だけど。
それに、風車に夢中になってるの、可愛いし。
ちょっと微笑ましい気持ちになりつつ、立派な都の門の前で俺たちは立ち止まった。
目的地までの長い道のりを徒歩で行くのはやはり厳しい。
「やはり、私の簪を金に変えるべきだったのではないか」
インジェンが再び懐を探る。
「いえ、それはいけません」
俺は苦悩しながら首を振った。
「……仕方ありません。外に出たら、近くの村の農家で、馬を数日だけ借りられないか聞いてみます」
だが、まずうまくはいかないだろう……。
急に強い風が来て、インジェンが風車の柄を高く持ち上げる。
微笑みがその唇に浮かぶのを見て、つい、妙な考えが浮かんだ。
このまま彼は、ロウ・リン公主の目の届かない場所へ、逃げたっていいんじゃないかって。
城を出て、遠い遠い国に行ってしまえば、呪いだってきっと、追いかけてこられないかも。
インジェンがいなくなれば、誰も殺される王子はいなくなる。
その代わり、トゥーランは滅びるけど……。
そうなったら、どうなるんだろう。
ファンのように、国が乱れて、戦争が起きたりするのかな。
そうなったら、王子の数以上に人が死ぬ?
ダメか……。
都を囲む壁に背中を預け、悩んでいた時だった。
「……あれ?」
気付くと、少し離れた場所で風車で遊んでいたインジェンが、いつの間にか姿を消していた。
早朝だというのに様々な露店が立ち並ぶその場所で、俺は皇子様のお供をしつつ、頭をひどく悩ませていた。
出発前に、ここで日持ちのする食料を手に入れ、更に馬を調達しないとならない。
身を守るのに、武器も欲しいしなぁ。
糧食だけでも、小麦と雑穀に岩塩、燻製肉……。
俺は三日ぐらいなら食べなくても平気だが、1日四度の宮廷の食事に慣れているインジェンはそうはいかないだろう。
どう考えても、パンに貰った金では足りない。
金勘定をしながら首を捻っている俺の横で、インジェンは興味津々であちこちの露店や、棒手振りの天秤を覗き込んでいる。
「今朝締めた鶏肉だ。お兄さん、安いよ!」
「あまーい甘い、ライチの実はいかが!」
「紫微の土産に、白酒はどうだい!」
「蒸し饅頭、食べてっとくれ!」
酒と食べ物系の誘惑が凄いが、余計なものを買ってる余裕は一切ない。
無視して通り過ぎようとする俺の横で、インジェンが店先に捕まった。
「……何だこの串刺しの肉は。見たことのない料理だ」
「羊の串焼き、絶品だよ!」
「一つ貰おう」
「毎度あり!」
おいおいおい、ちょっと待てーっ!
B級グルメにまんまと惹かれるんじゃない!
「インジェン様、いけません。この場所で物を手に入れるには、お金が必要なんですよ」
咎めると、インジェンはムッとしたような顔で拗ねた。
「私とて、買い物の仕方くらい、書物で読んだことがある。ほら、店主。これは金の代わりだ、取っておけ」
そう言って、インジェンが懐から取り出したのは、恐ろしいほど値が張るであろう、宝石のついた金の簪(かんざし)だった。
「えっ、旦那。こんな立派な宝物をくださるんで!?」
「まっ、待ったーっ!」
驚く店主とインジェンの間に、俺は身体を張って割り込んだ。
無礼ながら耳元に口を寄せ、ヒソヒソ声で耳打ちする。
「駄目です、インジェン様。それは翠玲宮から持ち出してきたものですよね!? 金の代わりにしてはいけません!」
「何故だ。これは私の物だ。どうしようと私の勝手だろう」
全くお姫様は世間知らずなんだから!
「これ一本で、普通の市民が一生かかっても稼げないような金額になるのです。こんなものを市中で換金したり、ましてや金の代わりに店主に施したりしたら、枯野に火をつけたように噂が広まります!」
「……そういうものか……」
店主に串焼きをつっ返し、不満顔のインジェンを引きずって、その場から逃げるように歩いた。
「それは、大切に仕舞っておいて下さい。最後まで無くされませんように」
「……分かった」
頷いてくれて、ホッとした。
何だか城を出た途端、インジェンの言動が丸くなった気がするな。
見かけによらず、結構素直なところもあるってこと?
いや、違うな。
何も分からない城の外に出て、すごく不安なんだ……。
何だか、可愛いな……なんて、うっかりときめきかけてハッとした。
いや、インジェンは今は普通に男のかっこうしてるのに、何でときめいた、俺?
戸惑いながら歩いていると、インジェンは今度は子供用の小さな風車の玩具が売っている店にフラフラと吸い込まれた。
「ちょっ、インジェン様。私の言うこと、聞いてましたか」
「……これが欲しい。私に買い物をさせぬと言うなら、お前が買え」
だから、余計なものを買ってる金なんて無いんですって!
……と、言いたかったけれど、きっとインジェンは切実に、生まれて初めて、街で買い物がしたかったんだよなぁ……と思って、考え直した。
「……分かりました」
紫微の都の、西の外れまで来た。
金が足りず、とうとう、武器や馬は手に入れられていないまんまだ。
都城の門を出てしまうと、後はもう茫漠とした草原や荒地が広がるばかりになってしまうが、どうするか。
途方に暮れている俺の横で、よく回る小さな風車を買ったインジェンは、上機嫌だった。
当初の目的を忘れてないか不安になるが、このお姫様は可哀想なラプンツェルだから、仕方がない。男だけど。
それに、風車に夢中になってるの、可愛いし。
ちょっと微笑ましい気持ちになりつつ、立派な都の門の前で俺たちは立ち止まった。
目的地までの長い道のりを徒歩で行くのはやはり厳しい。
「やはり、私の簪を金に変えるべきだったのではないか」
インジェンが再び懐を探る。
「いえ、それはいけません」
俺は苦悩しながら首を振った。
「……仕方ありません。外に出たら、近くの村の農家で、馬を数日だけ借りられないか聞いてみます」
だが、まずうまくはいかないだろう……。
急に強い風が来て、インジェンが風車の柄を高く持ち上げる。
微笑みがその唇に浮かぶのを見て、つい、妙な考えが浮かんだ。
このまま彼は、ロウ・リン公主の目の届かない場所へ、逃げたっていいんじゃないかって。
城を出て、遠い遠い国に行ってしまえば、呪いだってきっと、追いかけてこられないかも。
インジェンがいなくなれば、誰も殺される王子はいなくなる。
その代わり、トゥーランは滅びるけど……。
そうなったら、どうなるんだろう。
ファンのように、国が乱れて、戦争が起きたりするのかな。
そうなったら、王子の数以上に人が死ぬ?
ダメか……。
都を囲む壁に背中を預け、悩んでいた時だった。
「……あれ?」
気付くと、少し離れた場所で風車で遊んでいたインジェンが、いつの間にか姿を消していた。
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