【R18】竜の器【完結済】

かすがみずほ@3/25理想の結婚単行本

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竜の器

敵国にて

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 竜に肩を掴まれたままイドリスが連れて行かれたのは、国境を越えた帝国側の拠点であった。
 小高い丘の上に、人の住まなくなって久しい古城の廃墟があり、その周囲の原野を取り囲むように、天幕が数千ほども張られている。
 イドリスの身体はその中央の城近くに降ろされた。
 長いことドラゴンに肩を掴まれていた為、痛みと阻害された血流のために、もはや抵抗する体力も残っていない。
 イドリスは地面に倒れ伏し、その場にいた竜騎兵達に直ちに囲まれて、かろうじて握っていた武器も奪われた。
 瞬く間にラファト皇子の前に這いつくばらされて、またも屈辱を味わう。
 だが、皇子の口から出たのは意外な言葉だった。
「――その者はアルスバーンの第一王子、イドリスだ。『大事な身体』故、決して傷つけるな。丁重に扱え」
 そう言い残すと、彼は腰まである白金の髪を翻し、再び真紅のドラゴンの背に乗った。
 大きな翼が風を起こしながら何度か羽ばたき、巨大な身体が上昇する。
 やがて竜と乗り手は、あっという間にまた戦場の方角へ飛び立ってしまった。
 約束通り停戦をしてくれるかどうかは分からないが、今は彼を信じる他ない。
 竜騎兵達は突然の命令に戸惑いながらも、剣の切先をイドリスに向けつつ、丘の上から移動し始めた。
 敵陣をじっくり見る機会はそうそうない。
 また、いざ何かあったら逃亡する隙を伺う為にも、イドリスは連行されながら、よく周囲の様子を観察した。
 丘の下に広がる草むらを見渡すと、天幕が距離を開けて並んでいるのが見える。
 その一つ一つのそばにはドラゴンを繋ぐための大きな杭が立てられており、控えのドラゴン達が大人しく伏せていた。
 恐らく、王都襲撃の為に温存されていたのだろう。
 ――砦にやって来た勢力だけでも、あれだけの数があったのに。
 帝国の軍事力と、それを生み出している富に改めて恐ろしさを感じた。
「王子。こちらにどうぞ」
 表面上は平穏に、イドリスは装飾のついた立派な天幕の一つに案内された。
 連行してきた竜騎兵達は、何故か天幕の中までは入ってこない。
 外では見張っているのだろうが、一般の捕虜や罪人扱いといった感じはなく、あくまでも客人扱いということのようだ。
 入った天幕の中は天井が高く広さもあり、暖かくて快適だった。
 中央に吊りランプが点り、紅い絨毯が敷かれ、寝台や執務机など、立派な家具まで置いてある。
 奥から、恐らく将官の身の回りの世話をする係であろう、襟の詰まった黒い軍服姿の少年兵がやってきて、深々と金髪の巻毛頭を下げた。
「私の名はマヤルと申します。お世話をさせて頂きますので、まずはお召し物をお取り替えさせて下さいませ」
「結構だ」
 イドリスが短く答えると、相手はそばかすだらけの顔を真っ青にした。
「お願いです。殿下の言う通りにしなければ、私の命が危ないんですぅ……!」
 今にも泣き出しそうな顔で訴えられて、イドリスは心底、ラファト皇子のことを苦々しく思った。
「こんな年端もいかぬ子供を怯えさせるとは。貴殿の主人は、美しいのは見目形だけか」
 毒づいたイドリスに、マヤルが慌て出す。
「シーッ。誰かに聞かれたらどうするんですかっ。本当にやめて下さい、後生ですから!」
「……失礼した。マヤル、好きにするが良い」
 憮然として、イドリスは両腕を広げた。
 返り血で汚れている上に傷だらけの革の鎧が取り外される。
 中に着ている粗末なシャツがあらわになると、それは余りにも薄汚れ、縫い目が綻び、穴まであいていた。
「……。あなたは、本当にアルスバーンの王子様なんですか?」
 不躾に問われて、イドリスはようやく動くようになってきた肩をわざとらしくすくめた。
「私が王子に見えないと言うのか?」
 幼い者を、半ばからかうような気持ちで、問いかけてみる。
 マヤルは唇を尖らせた。
「だって、顔は泥だらけの無精髭だらけで、髪もモジャモジャだし、日焼けもしているし、しかもこんなボロを着た王子様なんて聞いたことがありません。それに、アルスバーンの王家の人々は、みんな殿下みたいな色白の肌で、真っ直ぐの銀髪だって聞いていたので」
「……」
 疑われるのも仕方がない。
 何しろ帝国の猛攻で、ここ三日は眠っていないし、風呂は十日以上まともに入っていない。勿論、着替えに関しても同様だった。
 疑わしげな少年の表情を見ているうちに、つい悪戯心が湧く。
 イドリスはマヤルの小さな耳に口を寄せ、ヒソヒソと吹き込んだ。
「……実を言うとな、私は王子の影武者なのだ。……銀髪のカツラをどこかで落としてしまった」
「なんだ、やっぱりそうなんだ」
 マヤルは得意げに鼻を鳴らしたが、すぐにイドリスに耳打ちしてきた。
「でも、そんなこと、殿下の前では言わないでね。あなたが本物のイドリス様じゃないって分かったら、殿下が何しでかすか分からないから。僕は知らんぷりしとくからね」
 余りの可笑しさに、イドリスはつい吹き出しそうになった。
 この戦争が始まってから、愉快な笑いとは全く縁が無い。
 敵に囚われてからそんな機会が来るとは、なんという皮肉だろう。
 しかし、このマヤルという少年は、恐らく身分は卑しく無いのだろうが、真の意味で忠実に任務を遂行する気がないあたり、なかなかの跳ねっ返りのようだ。
「……分かった、私はこのまま、イドリス王子のふりをしていよう。とりあえず、服を替えさせれば良いのだな?」
 少年の背丈に合わせ、イドリスは膝を屈して背を低くした。
「うん。おじさんも身体を拭いて立派な服に着替えたら、王子様に見えるかも知れないよ」
「おじさん……」
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