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貴公子と騎士
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「……バカなことを……」
美しい眉が顰められ、オスカーがレオンの体に手を伸ばす。
背中と膝に力強い腕が触れ、そして体がふわりと軽く宙に浮いた。
懐かしさを感じるその感覚に、遠い昔の何かを思い出しそうになる。
いつかどこかで、初めてそんな風に軽々と抱かれて、人肌の温かさに驚いた……。
頬に触れる逞しい胸に懐くように凭れる。
朦朧とする視界の中で、無意識に唇がその名を思い出そうと動いた。
「……カイ……ン……」
レオンを抱きかかえている腕は何も答えない。
フワフワとした心地よさの中で、世界が暗転した。
次に目覚めたのは、喉の渇きと息苦しさの所為だった。
少し動けば悲鳴を上げてしまいそうな程体中の神経が痛む。
カインの守りは、空気に触れている部分はすぐに治すのに、中に潜り込んだ毒はなかなか癒してくれないのだ。
体は温かく柔らかい毛布に包まれているのに、震えと冷汗が止まらない。
「……み……ず……っ」
痛みと渇きに呻きながら辛うじて瞼を開けると、視界は狭く、真っ暗だった。
眼が慣れるにつれ、小さな山小屋の、低い梁と天井が微かに見えてくる。
簡素なベッドと、蓋でふさがれた水がめの他には何も家具らしきものがない。
恐らく、夏の間に木こりが森に籠る時に使うような小屋だろう。
打ち捨てられて久しいのか、壁の丸太が腐り掛けている。
だが、風が吹いても痛みを感じる今、屋根と壁のある場所は有り難かった。
(オスカーが、この場所を探してくれたのか……)
恐らく、随分ルートを外れてしまったはずだ。
もう少しで街道に出られる所だっただろうに。
狭い空間に彼の姿は無かった。
どこへ行ったのだろう。
酷く心細かった。
――先に行けと言っておきながら、この有様だ。
一緒に旅をしてきた相手が自分を置いていくことに、本当は耐えられない。
悪魔に依存していたかと思えば、次は人間のオスカーに凭れかかっている。
結局自分はどう転んでも弱い人間のままなのだ……情けないことに……。
身体の苦痛と自己嫌悪が極まり、死んでしまいたくなる。
こんなに苦しいのに、死を思わせる程体中が燃えるように痛いのに、決して死ぬことが出来ない――本当に、これは罰だ。
アレクスを殺した自分への。
(だが、もう百年だ……)
この苦しみがここで終わるというなら、いっそ死んでしまうのも良いのかもしれない。
舌を噛んだらどうだろう。だがきっと治ってしまう。
では、剣を両手に持ち、後ろ首から自分の首を跳ねようか。
それならきっと上手くゆく気がする。
痛みに目を閉じて耐えながら、無意識に、いつも眠る時に剣を置いている場所を手で探った。
その手が温かいものに触れる。
誰もいないと思っていたのに、いつの間にか誰かがベッドのそばに屈んでいた。
「……オスカー……?」
相手は答えない。目を開けたが、何一つ明かりの無い小屋の中が暗すぎて、相手の顔立ちが分からない。
だが、恐らく彼だろうと思えた。彼の服に染みた茉莉花の匂いが微かに漂ってくる。どこかに行っていたのが、帰って来てくれたのだ。
「口を開けろ。水を飲ませてやる」
声は低く、艶がある。
水がめの木の蓋が開けられる気配がして、その上に乗っていた小さな器いっぱいに水が汲まれる。
痛みに耐えて体を起こそうとすると、手が伸びてきて制止された。
「痛いなら横になったままでいい」
こくんと小さくうなずいたが、寝ているままでは水が飲めない。
どうしたらいいのか戸惑っていると、黒い影が覆いかぶさってきて、口づけで唇を塞がれた。
「ンん……」
男の長く繊細な髪がさらさらと首元に落ちてくる。
素直に唇を開くと、温められた水が少しずつゆっくりと流し込まれて、喉を潤した。
全部水を流し込むと、柔らかで温かい唇が離れていく。
相手はもう一度器に口を付け、再びレオンの唇に水を届ける。
どこもかしこも何かに触れると痛みしかないのに、その口づけだけは甘い心地よさがあり、痛みを感じない。
何故か、その唇を以前からよく知っている気がした。
「――死ぬなよ。レオン……」
痛みと渇きに何度も目が覚めながら、山小屋の中で少しずつ、眠れる時間が増えていった。
最後は昼も夜も分からない程昏々と眠り続け、そして起きた時には、すっかり体の痛みが薄れていた。
――どのくらい時が過ぎたのだろう。
組まれた壁の丸太の間から白い明かりが漏れている。
手を突いて起き上がると、自分が全裸で毛布を何枚も被っていることに気付いた。
見下ろすと、ベッドの隣の粗末な床の上で、オスカーが片腕を枕に横を向いて眠っている。
「ずっと付いていてくれたのか……」
胸が温かくなり、擽ったいような気持が溢れた。
水分を摂ろうと水がめの蓋の上に置いてある器を取り、木蓋をずらして水を汲む。
口を付けて飲みながら、苦痛で起きる度に、誰かに口づけで水を流し込まれた記憶が蘇った。
「……!」
首まで赤くしながら、足元に寝ている男を見下ろす。
考えられるのは彼しかいない。
「……はあ……」
ベッドの上で膝を抱えて背を丸め、自己嫌悪に陥る。
ーーまさか、ここまで世話になってしまうとは……。
不意に、床がギシッと軋む音がした。
ハッと視線を移すと、オスカーがベッドの下で上半身を起こした所だった。
上等なリンネルのシャツがよれていて、あの輝く金髪も艶を無くすほど乱れて痛々しい。
視界を遮る長い髪を掻き上げ、彼がこちらを振り向いた。
「レオン……お前、もう起きられるのか」
ペリドットの宝石のような瞳が驚いたように見開く。
「……ああ。その、わ、悪かった……色々としてもらって……」
動揺しながら毛布をかき集めて体を隠していると、
「良かったっ……」
短い叫びと共に彼が膝立ちになり、体を毛布ごと強く抱きしめられた。
不自然に前のめりに抱かれたせいで体のバランスが崩れ、相手の肩の上に凭れるような格好になってしまう。
「ちょっ、おい、オスカー……っ!?」
美しい眉が顰められ、オスカーがレオンの体に手を伸ばす。
背中と膝に力強い腕が触れ、そして体がふわりと軽く宙に浮いた。
懐かしさを感じるその感覚に、遠い昔の何かを思い出しそうになる。
いつかどこかで、初めてそんな風に軽々と抱かれて、人肌の温かさに驚いた……。
頬に触れる逞しい胸に懐くように凭れる。
朦朧とする視界の中で、無意識に唇がその名を思い出そうと動いた。
「……カイ……ン……」
レオンを抱きかかえている腕は何も答えない。
フワフワとした心地よさの中で、世界が暗転した。
次に目覚めたのは、喉の渇きと息苦しさの所為だった。
少し動けば悲鳴を上げてしまいそうな程体中の神経が痛む。
カインの守りは、空気に触れている部分はすぐに治すのに、中に潜り込んだ毒はなかなか癒してくれないのだ。
体は温かく柔らかい毛布に包まれているのに、震えと冷汗が止まらない。
「……み……ず……っ」
痛みと渇きに呻きながら辛うじて瞼を開けると、視界は狭く、真っ暗だった。
眼が慣れるにつれ、小さな山小屋の、低い梁と天井が微かに見えてくる。
簡素なベッドと、蓋でふさがれた水がめの他には何も家具らしきものがない。
恐らく、夏の間に木こりが森に籠る時に使うような小屋だろう。
打ち捨てられて久しいのか、壁の丸太が腐り掛けている。
だが、風が吹いても痛みを感じる今、屋根と壁のある場所は有り難かった。
(オスカーが、この場所を探してくれたのか……)
恐らく、随分ルートを外れてしまったはずだ。
もう少しで街道に出られる所だっただろうに。
狭い空間に彼の姿は無かった。
どこへ行ったのだろう。
酷く心細かった。
――先に行けと言っておきながら、この有様だ。
一緒に旅をしてきた相手が自分を置いていくことに、本当は耐えられない。
悪魔に依存していたかと思えば、次は人間のオスカーに凭れかかっている。
結局自分はどう転んでも弱い人間のままなのだ……情けないことに……。
身体の苦痛と自己嫌悪が極まり、死んでしまいたくなる。
こんなに苦しいのに、死を思わせる程体中が燃えるように痛いのに、決して死ぬことが出来ない――本当に、これは罰だ。
アレクスを殺した自分への。
(だが、もう百年だ……)
この苦しみがここで終わるというなら、いっそ死んでしまうのも良いのかもしれない。
舌を噛んだらどうだろう。だがきっと治ってしまう。
では、剣を両手に持ち、後ろ首から自分の首を跳ねようか。
それならきっと上手くゆく気がする。
痛みに目を閉じて耐えながら、無意識に、いつも眠る時に剣を置いている場所を手で探った。
その手が温かいものに触れる。
誰もいないと思っていたのに、いつの間にか誰かがベッドのそばに屈んでいた。
「……オスカー……?」
相手は答えない。目を開けたが、何一つ明かりの無い小屋の中が暗すぎて、相手の顔立ちが分からない。
だが、恐らく彼だろうと思えた。彼の服に染みた茉莉花の匂いが微かに漂ってくる。どこかに行っていたのが、帰って来てくれたのだ。
「口を開けろ。水を飲ませてやる」
声は低く、艶がある。
水がめの木の蓋が開けられる気配がして、その上に乗っていた小さな器いっぱいに水が汲まれる。
痛みに耐えて体を起こそうとすると、手が伸びてきて制止された。
「痛いなら横になったままでいい」
こくんと小さくうなずいたが、寝ているままでは水が飲めない。
どうしたらいいのか戸惑っていると、黒い影が覆いかぶさってきて、口づけで唇を塞がれた。
「ンん……」
男の長く繊細な髪がさらさらと首元に落ちてくる。
素直に唇を開くと、温められた水が少しずつゆっくりと流し込まれて、喉を潤した。
全部水を流し込むと、柔らかで温かい唇が離れていく。
相手はもう一度器に口を付け、再びレオンの唇に水を届ける。
どこもかしこも何かに触れると痛みしかないのに、その口づけだけは甘い心地よさがあり、痛みを感じない。
何故か、その唇を以前からよく知っている気がした。
「――死ぬなよ。レオン……」
痛みと渇きに何度も目が覚めながら、山小屋の中で少しずつ、眠れる時間が増えていった。
最後は昼も夜も分からない程昏々と眠り続け、そして起きた時には、すっかり体の痛みが薄れていた。
――どのくらい時が過ぎたのだろう。
組まれた壁の丸太の間から白い明かりが漏れている。
手を突いて起き上がると、自分が全裸で毛布を何枚も被っていることに気付いた。
見下ろすと、ベッドの隣の粗末な床の上で、オスカーが片腕を枕に横を向いて眠っている。
「ずっと付いていてくれたのか……」
胸が温かくなり、擽ったいような気持が溢れた。
水分を摂ろうと水がめの蓋の上に置いてある器を取り、木蓋をずらして水を汲む。
口を付けて飲みながら、苦痛で起きる度に、誰かに口づけで水を流し込まれた記憶が蘇った。
「……!」
首まで赤くしながら、足元に寝ている男を見下ろす。
考えられるのは彼しかいない。
「……はあ……」
ベッドの上で膝を抱えて背を丸め、自己嫌悪に陥る。
ーーまさか、ここまで世話になってしまうとは……。
不意に、床がギシッと軋む音がした。
ハッと視線を移すと、オスカーがベッドの下で上半身を起こした所だった。
上等なリンネルのシャツがよれていて、あの輝く金髪も艶を無くすほど乱れて痛々しい。
視界を遮る長い髪を掻き上げ、彼がこちらを振り向いた。
「レオン……お前、もう起きられるのか」
ペリドットの宝石のような瞳が驚いたように見開く。
「……ああ。その、わ、悪かった……色々としてもらって……」
動揺しながら毛布をかき集めて体を隠していると、
「良かったっ……」
短い叫びと共に彼が膝立ちになり、体を毛布ごと強く抱きしめられた。
不自然に前のめりに抱かれたせいで体のバランスが崩れ、相手の肩の上に凭れるような格好になってしまう。
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