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ヴィクトル・シェンクの受難
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しおりを挟む(……あいつ……どこほっつき歩いていやがるんだ……)
酒場の隅でもう何杯目か分からないワインを飲み干し、ヴィクトルは一人でクダを巻いていた。
アミュが姿を消してから、気が付けばもう7日が経っている。
昨日はとうとう下半身の方が音を上げて、移り住んでからは初めての自慰をしてしまった。
しかも、前を扱くだけではとうとう達することができず、後ろまで使って。
終わった後の空しさと絶望感と言ったらない。
自分をそういう状況に追い込んだ相手への恨みが募ると共に、一つの結論が胸に色濃く浮かんだ。
アミュは……バアル・アミュールは、自らの世界へ帰ったのかもしれない。
元々、たった一夜の祭の為だけにやってきた神だ。
それが気まぐれで自分にちょっかいを出し、そのまま居着いてしまった。
けれど、神がそうそうこの世界に居て良いはずがない。
それも、この国の最高神が……。
(望みが叶ったってのにこれじゃあ、本当に俺があいつと一緒に居たがってたみたいじゃねぇか……)
苦い笑いで唇を歪め、ヴィクトルは額を手の平で覆った。
――今更気付きたくはなかった。
自分は、マイペースで間抜けなあの変態男と暮らす生活を、どこかで楽しんでいたのだ。
もう既に終わってしまったのかもしれないけれど……。
深くため息をつき、ヴィクトルはテーブルに数枚の銅貨を置き、立ち上がろうと椅子を引いた。
相当酒精が体に回っているのか、足下がふらついて視界が揺れる。
強く瞬きをして体をまっすぐにした時、背後から誰かが自分の背中と腕に触れた。
「大丈夫? 相当酔っているみたいね、あなた」
優しげな女の声――そして懐かしい共通語。
だが、相手が誰なのか中々思い浮かばない。
振り返ると、波打った長い黒髪の、褐色の美女が微笑んでいた。
今日は踊り子の衣装ではなく、足首まで隠す丈の緋色のドレスを身に纏っている。
「やっと捕まえたわ……あなたのことを待ってたの」
ミランダ、という名前をぼんやりと思い出した。
そういえばしばらく前にこの女のことを調べようと考えた気がする。
だが、ほかの仕事とアミュの件で頭がいっぱいになり、すっかり忘れていた。
「悪いが、これから帰るところだ」
……もしかしたら今夜はアミュが帰っているかもしれない。
根拠はないがそんな考えが浮かんで、ヴィクトルは女の手から自分の体を離した。
「でも、フラフラじゃないの。私の部屋で、少し酔いを冷ましていった方がいいわよ……」
女が媚びを売るような声音でなおも追いすがる。
ヴィクトルは振り返りもせず、酒場の出口に足を向けた。
「必要ない。帰る」
「……。――あなたの大事なペットの居場所を、私が知っているって言ったら?」
ヴィクトルの足が、思わずビクンと静止した。
ミランダに連れられて辿り着いたのは、元々王都の貴族の自宅だったものを商人が手に入れ、一室ずつを宿にしたという瀟洒な館だった。
大通りと建物を隔てる庭園に足を踏み入れると、急に空気がしんと静まり返る。
見た限り、とても踊り子の稼ぎで泊まれるような場所ではない。
金持ちの男が背後にいるのか、それとも――。
ヴィクトルは訝しみながら、注意深く女の後について館に入った。
シャンデリアの灯る上り口の広間を抜け、通された部屋は、知らない異国の香の匂いで満ちていた。
暖炉に赤々と燃える炎に、豪華な調度が揃えられた居室が照らされる。
壁を飾る、深い森と神々をモチーフにしたタペストリー、天蓋のついた貴族のベッド、片側にヘッドレストの付いた寝椅子、花の飾られた卓。
……アミュの姿は、ない。
扉が閉まると、ミランダが慣れた様子で寝椅子を指差し、優雅な仕草で手招く。
「さあ、こちらでどうぞ休んで」
だが、ヴィクトルは部屋の入り口近くに立ったまま首を振った。
「俺はここまででいい。……アミュはどこだ」
単刀直入に質問すると、女は妖艶な笑みを浮かべ、こちらに近づいてきた。
「……ごめんなさい。そうでも言わないとあなたはついてきてくれないかと……アミュっていうのね、あなたの大事なペットは。犬だか猫だか知らないけど……」
その言葉に落胆し、ため息が漏れる。
「……とんだ無駄足だ。フレディか? あんたに余計なことを喋ったのは」
「そうよ。あなたが最近ペットがいなくなって落ち込んでるって聞いたから……ごめんなさい。でも、どうしてもあなたと二人きりで話したかったから……ヴィクトル・シェンク」
名乗った覚えのない名を呼ばれ、ヴィクトルは片眉を上げた。
「……何故俺にそんなにこだわる」
途端、ミランダは上目遣いにこちらを見つめながら、ヴィクトルの首筋に腕を回してきた。
「神殿騎士団のナンバーツー……母親はバルドルの踊り子、そして父親はエルカーズ人の商人。――実は、どうしても気になって、あなたのことを少し調べさせてもらったの。といっても、情報源は殆どあなたのお友達だけれどね」
ヴィクトルは深い闇色をした女の瞳を睨みつけた。
「尻尾を現わしやがったな、メス狐め……。お前、何者だ」
腰に佩いた剣の柄に手を掛ける。
だが彼女は恐れる様子もなく、ヴィクトルに抱きついたまま微笑んだ。
豊満な二つの胸がぴったりと腹筋に押しつけられている。
「待って。ちゃんと話を聞いてちょうだい。私の本当の名はミランダ・エル・アラバスタ」
女の名乗った苗字に聞き覚えがあり、ヴィクトルは愕然とした。
「……まさか……」
「そう、あなたのお母様と同じ。……アラバスタの姓を持つ家は、バルドルには一つしかないわ。私とあなたは間違いなく親戚よ」
訴えるような表情でミランダが軍服の胸を掴む。
「貴方も気づいてるでしょう……どこか似てるわ、私達」
驚きと共にヴィクトルは目の前の女の顔を見た。
確かに女の顔は母に――自分に、似ているかもしれない。
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