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なににしようかな
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「リリアーナ様、お迎えにあがりましたー」
「もうそんな時間だったか」
「あれ、今日はあっさりしてますね、名残り惜しいご本はないんですか?」
「ちょうどきりの良いところでやめてある。そう毎日同じことを繰り返したりはしない」
そう答えると、面白くないとばかりに唇をとがらせるフェリバ。面白くなくて結構。今日はカミロと話したことで読書の残り時間が少ないことはわかっていたから、図鑑を眺めるなどして迎えを待っていた。荒さの目立つこの図鑑は詳細な調べ物にはあまり向かないが、そういうものと割り切って読めばそれなりに楽しめる。むしろ味わいのある筆致が少し気に入ってきたところだ。
カミロは天井裏の報告と木箱の件に了解を返すと、仕事の続きがあるからと言って早々に書斎を出ていった。安全に関わることだからわざわざ侍従長自ら報告に来たのだと、おそらくそういう体面で話をしていたのだろうが、さすがにそのまま受け取るわけはない。
いつもこの時間になればリリアーナが書斎にこもって本を読んでいる、そんなことは身内の誰もが知っている。施錠できる書斎は内密の話をするにはもってこいだ。だからこそカミロは、昨日こちらから持ちかけた打ち明け話を聞くために、侍女を伴わずわざわざ単身で訪れたのだろう。検査後の報告はちゃんと客室へ伝えられることになっていると、フェリバも言っていたのだから間違いない。
忙しい男に足を運ばせた上に、いらぬ気を遣わせてしまった。今後はうかつな発言には気をつけよう。もちろん、うかつな行動もだ。
「リリアーナ様、ここ、誰か来ました?」
「ああ、さっきまでカミロがいた。天井裏の件も報告を受けたぞ」
「そうですか、やっぱり来てたんですね。詳細は侍従長から直接お伝えしているって聞いたので。なんだか役割を横取りされたみたいで悔しいですけどー」
そう文句をたれると今度は頬を丸くふくらませた。丸々とした頬を指で突いてやると、口から「プスー」と空気が抜ける。自分よりも肉付きがふっくらとしているせいか、指先の感触が想像以上に柔らかい。
「リリアーナ様が遊んでくれたからご機嫌直りました!」
「遊ん……だか? まぁいい。検査が終わったならもう部屋に戻れるんだな?」
「大丈夫ですよ。たった今、寝具とかも運び終えてきましたから!」
「それはご苦労だったな、何度も往復しただろう。昼食が済んだらしばらく休んでいていいぞ」
拳を掲げて笑うフェリバからは疲れの気配など微塵も伝わってこないが、とりあえずその働きについては労っておく。小さな体でくるくると良く働く侍女だ。勤勉な者は素直に好ましい。それだけでなく、フェリバとトマサがいなくては、もはや日常生活を送るにも支障が出ることだろう。カリナが暇をもらっているとかで顔を見せない分、受け持つ仕事量の増えた彼女らが疲労を溜めていないか心配だ。
「あまり無理はするなよ、今はふたりしかいないのだから」
「へへへ……、ありがとうございます。トマサさんとうまく分担してるから平気ですよー。もうすぐ新しい人が入るって聞きましたし!」
「ん? カリナが戻ってくるのではなく、お付きに別の者が入るのか?」
「ぐえ!」
鶏を絞めた時の声だ。
そこで突然、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだフェリバは何かぶつぶつと唱えた後、ばね仕掛けのように立ち上がって「お部屋へ戻りましょう!」と廊下を歩き出した。あまり急な上下運動をすると立ちくらみを起こすから気をつけた方がいい、と注意する間もない。先導のつもりなのだろうから放っておくわけにもいかず、書斎の鍵を閉めてその後に続いた。
カミロへ依頼した箱は、その翌日には私室へ届けられた。心当たりがあると言っていたから、てっきり食材の空き箱でも分けてもらえるのかと思っていたが、運ばれて来たのは家具のように立派な木箱だった。
無駄な装飾は一切なく、表面はよく研磨されて艶出しに何か塗布されている濃いブラウンの箱。落ち着いた風合いと、シンプルでありながら手間をかけてある造りは中々好みだ。
持ってきた従者に指示をして、あらかじめ空けておいたスペース……寝室の巨大ボアーぐるみの隣に置いてもらい、スペアと合わせてふたつの鍵を受け取った。
ずしりとして手触りも良く、見るからに高価な品だとわかる。もしかしたらまた内側が傷ついてしまうかもしれないのに、本当にこの中へ引き出しの座標を設定しても良いのだろうか。
そんな心配を抱きながらフタを空けてみると、箱の底には柔らかい毛布のようなものが敷いてあった。箱の内面も外側と同じく、艶やかに磨かれいる。あの小箱も張ってある布が破れただけで木材にはさほど傷がついていなかったから、これだけ頑丈そうなら大丈夫かもしれない。
「リリアーナ様、何を入れるんですか、その箱」
「これは、秘密の箱だ」
「秘密の箱?」
木箱の受け取りから寝室への運搬までを見守っていたフェリバとトマサが、そろって訝しげな声を出す。もっとましな名称もいくつか考えたが、今の自分の年齢を利用するならこのくらい稚気のあるものでいい。
「大事なものを入れておくから、ふたりとも決して触ったり開けたりするでないぞ?」
「なるほどー、了解しました!」
「……はい、かしこまりました」
物わかりの良い侍女で助かる。これも日頃から積み重ねた互いへの信頼の為せるわざというものだろう。はっきり了承を返した以上、ふたりが約束を破ってこの箱にふれることはないと信用できる。
<その、えー、箱も中に敷かれた布も立派ですし……もう引き出し時に内側が傷つくことは、たぶん、ないんじゃないかなーって、思います……>
アルトの見立てでも大丈夫というなら、きっとその通りなのだろう。返事の代わりに頭を軽く撫でると、ぬいぐるみは小さな震えを返す。
最初にアルトバンデゥスの杖を引き出そうとした時は、まだ肉体年齢が三歳を過ぎた頃とあまりに未熟すぎた。宝玉部分を喚ぶだけでもそこから二年近い月日を要したわけだが――八歳となった今なら、もっと短時間で、もっと大きな物を引き出すことも叶うだろう。
『魔王』に与えられた収納空間、様々な品が入っている中から手始めに何を引き出そうか。歴代の魔王たちが詰め込んでいた武具や装飾品に加え、自分でも個人的に保管しておきたいと思ったものをあれこれ収蔵してある。あまり質量のあるものを選ぶとまた時間がかかる可能性もあるから、まずは小さくて軽いものから試してみよう。
「……と、いう訳でだ。まず何から引き出すか考えたいと思う」
その晩の就寝前、一日振りに戻ってくることができた寝室で枕を抱えてうつ伏せる。あまり行儀の良くない姿勢だが、どうせ誰も見ていない。綿と羽毛がたくさん詰まった枕を丸めて抱えてあごを乗せると、異様にしっくりとくる。
<大きさの目安はいかほどでしょう?>
「そうだな、まずは片手に乗るくらいの大きさ、重量はお前のぬいぐるみ程のものから試してみよう」
<では、私の本体はまだしばらく先ですね>
「そう……なるな……」
低くなる声に比例して、暗澹たる気持ちが蘇る。三年の時間を経ても冷え切らず、埋め火となったまま肺腑の奥へ未だに残る憤怒と悔しさ。
アルトバンデゥスの杖さえあれば、完全な形で杖が手元にあれば、あの領道に記された痕跡から誰が土砂崩れを起こしたのか、その記録を読み出すことができるのに。一番確実に犯人を割り出すことが叶うのに。相応の報復をくれてやることが。
――吐く息が重い。胸の内が悪くなりそうで思考を切り替える。今はその件について考える時ではない。
「……軽量で、役に立って、今のわたしが所持していても不自然でないものが望ましい」
<護符の類はいかがでしょう? お役立ちアイテムより、まずリリアーナ様の身の安全を強固なものにされるのが先決ではないかと>
「大きな宝石がついているものや、目立ちすぎるものは駄目だ。入っているのはそういう品ばかりだろう」
歴代魔王が自身の宝として収蔵しているのだから、当たり前と言えば当たり前の話だ。数千年の時をかけて蒐集されたこの世にふたつとない宝がひしめく異層の魔窟、半端な品を秘蔵しているわけがない。
アルトの言う通り、護身の効果に優れたものをひとつでも身につけていれば、寿命が尽きるまでの間そう簡単に害されることもないだろう。形状さえクリアすれば自分だけでなく、常にファラムンドへ装備させておきたいくらいだ。できることなら兄たちや他の身近な人々にも。
だが、そういった品は大抵ロクでもない形をしている。何を思ってあんなデザインにしたのだろう。作者の趣味か、それとも形状に何か意味があるのか。効果の程は確かでも、あんな呪いのアイテムにしか見えない物を家族が身につけてくれるとはとても思えない。
<では、薬品はいかがでしょう。軽量ですし、ヒト相手なら少量でも効果は絶大です>
「回復薬の類か……。あの時に霊薬が手元にあれば、カミロの足もちゃんと治せただろうに」
<あの眼鏡の足は元通りどころか、最近は筋肉量と骨密度が増してるんですけどね……>
「薬は候補に入れておこう。他は何か思いつかないか?」
<そうですね、様々な品ありましたから……軽くて小さいもの……>
アルトが思考に時間をかけるくらい、インベントリの中身は量も種類も膨大なものだ。一度きちんと目録を作ろうとして、七割程で切り上げたことがある。城の裏手に引き出したものを広げてアルトバンデゥスに鑑定させていたのだのが、残り三割は大きすぎてその場へ出すことができなかった。なぜあんなものをしまっておこうと考えたのか、収納へ入れた当時の魔王に訊いてみたい。
懐かしい、あれは臣下を増やし、城の内外が多少落ち着いてきた頃のことだ。余裕が生まれたからこそ、そんな必要外の作業に時間を割こうなんて考えることができた。
結局、かかりきりで六日間ほど続けてリスト化できたのは三十二万点余り。細かな字で記していった巻き紙は計五箱分。あれもヒトの領で使われている紙を使い、紐で綴じたらもっと容量が小さく済んだだろう。ぜひ過去の自分へ教えてやりたいものだ。
「前に収蔵品の目録を作ったな。箱へ詰めたまま放り込んだが、あの中から一巻だけなんて取り出せると思うか?」
<あぁ、やりましたねリスト化、なつかしゅうございますー。大まかな品目で箱を分けておりましたから、明確にイメージができれば引き出せるのではないかと>
「では、まず最初にそれで試してみよう。引き出すのはインベントリの目録二箱目、二列目の右端に収めた巻紙だ」
「もうそんな時間だったか」
「あれ、今日はあっさりしてますね、名残り惜しいご本はないんですか?」
「ちょうどきりの良いところでやめてある。そう毎日同じことを繰り返したりはしない」
そう答えると、面白くないとばかりに唇をとがらせるフェリバ。面白くなくて結構。今日はカミロと話したことで読書の残り時間が少ないことはわかっていたから、図鑑を眺めるなどして迎えを待っていた。荒さの目立つこの図鑑は詳細な調べ物にはあまり向かないが、そういうものと割り切って読めばそれなりに楽しめる。むしろ味わいのある筆致が少し気に入ってきたところだ。
カミロは天井裏の報告と木箱の件に了解を返すと、仕事の続きがあるからと言って早々に書斎を出ていった。安全に関わることだからわざわざ侍従長自ら報告に来たのだと、おそらくそういう体面で話をしていたのだろうが、さすがにそのまま受け取るわけはない。
いつもこの時間になればリリアーナが書斎にこもって本を読んでいる、そんなことは身内の誰もが知っている。施錠できる書斎は内密の話をするにはもってこいだ。だからこそカミロは、昨日こちらから持ちかけた打ち明け話を聞くために、侍女を伴わずわざわざ単身で訪れたのだろう。検査後の報告はちゃんと客室へ伝えられることになっていると、フェリバも言っていたのだから間違いない。
忙しい男に足を運ばせた上に、いらぬ気を遣わせてしまった。今後はうかつな発言には気をつけよう。もちろん、うかつな行動もだ。
「リリアーナ様、ここ、誰か来ました?」
「ああ、さっきまでカミロがいた。天井裏の件も報告を受けたぞ」
「そうですか、やっぱり来てたんですね。詳細は侍従長から直接お伝えしているって聞いたので。なんだか役割を横取りされたみたいで悔しいですけどー」
そう文句をたれると今度は頬を丸くふくらませた。丸々とした頬を指で突いてやると、口から「プスー」と空気が抜ける。自分よりも肉付きがふっくらとしているせいか、指先の感触が想像以上に柔らかい。
「リリアーナ様が遊んでくれたからご機嫌直りました!」
「遊ん……だか? まぁいい。検査が終わったならもう部屋に戻れるんだな?」
「大丈夫ですよ。たった今、寝具とかも運び終えてきましたから!」
「それはご苦労だったな、何度も往復しただろう。昼食が済んだらしばらく休んでいていいぞ」
拳を掲げて笑うフェリバからは疲れの気配など微塵も伝わってこないが、とりあえずその働きについては労っておく。小さな体でくるくると良く働く侍女だ。勤勉な者は素直に好ましい。それだけでなく、フェリバとトマサがいなくては、もはや日常生活を送るにも支障が出ることだろう。カリナが暇をもらっているとかで顔を見せない分、受け持つ仕事量の増えた彼女らが疲労を溜めていないか心配だ。
「あまり無理はするなよ、今はふたりしかいないのだから」
「へへへ……、ありがとうございます。トマサさんとうまく分担してるから平気ですよー。もうすぐ新しい人が入るって聞きましたし!」
「ん? カリナが戻ってくるのではなく、お付きに別の者が入るのか?」
「ぐえ!」
鶏を絞めた時の声だ。
そこで突然、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだフェリバは何かぶつぶつと唱えた後、ばね仕掛けのように立ち上がって「お部屋へ戻りましょう!」と廊下を歩き出した。あまり急な上下運動をすると立ちくらみを起こすから気をつけた方がいい、と注意する間もない。先導のつもりなのだろうから放っておくわけにもいかず、書斎の鍵を閉めてその後に続いた。
カミロへ依頼した箱は、その翌日には私室へ届けられた。心当たりがあると言っていたから、てっきり食材の空き箱でも分けてもらえるのかと思っていたが、運ばれて来たのは家具のように立派な木箱だった。
無駄な装飾は一切なく、表面はよく研磨されて艶出しに何か塗布されている濃いブラウンの箱。落ち着いた風合いと、シンプルでありながら手間をかけてある造りは中々好みだ。
持ってきた従者に指示をして、あらかじめ空けておいたスペース……寝室の巨大ボアーぐるみの隣に置いてもらい、スペアと合わせてふたつの鍵を受け取った。
ずしりとして手触りも良く、見るからに高価な品だとわかる。もしかしたらまた内側が傷ついてしまうかもしれないのに、本当にこの中へ引き出しの座標を設定しても良いのだろうか。
そんな心配を抱きながらフタを空けてみると、箱の底には柔らかい毛布のようなものが敷いてあった。箱の内面も外側と同じく、艶やかに磨かれいる。あの小箱も張ってある布が破れただけで木材にはさほど傷がついていなかったから、これだけ頑丈そうなら大丈夫かもしれない。
「リリアーナ様、何を入れるんですか、その箱」
「これは、秘密の箱だ」
「秘密の箱?」
木箱の受け取りから寝室への運搬までを見守っていたフェリバとトマサが、そろって訝しげな声を出す。もっとましな名称もいくつか考えたが、今の自分の年齢を利用するならこのくらい稚気のあるものでいい。
「大事なものを入れておくから、ふたりとも決して触ったり開けたりするでないぞ?」
「なるほどー、了解しました!」
「……はい、かしこまりました」
物わかりの良い侍女で助かる。これも日頃から積み重ねた互いへの信頼の為せるわざというものだろう。はっきり了承を返した以上、ふたりが約束を破ってこの箱にふれることはないと信用できる。
<その、えー、箱も中に敷かれた布も立派ですし……もう引き出し時に内側が傷つくことは、たぶん、ないんじゃないかなーって、思います……>
アルトの見立てでも大丈夫というなら、きっとその通りなのだろう。返事の代わりに頭を軽く撫でると、ぬいぐるみは小さな震えを返す。
最初にアルトバンデゥスの杖を引き出そうとした時は、まだ肉体年齢が三歳を過ぎた頃とあまりに未熟すぎた。宝玉部分を喚ぶだけでもそこから二年近い月日を要したわけだが――八歳となった今なら、もっと短時間で、もっと大きな物を引き出すことも叶うだろう。
『魔王』に与えられた収納空間、様々な品が入っている中から手始めに何を引き出そうか。歴代の魔王たちが詰め込んでいた武具や装飾品に加え、自分でも個人的に保管しておきたいと思ったものをあれこれ収蔵してある。あまり質量のあるものを選ぶとまた時間がかかる可能性もあるから、まずは小さくて軽いものから試してみよう。
「……と、いう訳でだ。まず何から引き出すか考えたいと思う」
その晩の就寝前、一日振りに戻ってくることができた寝室で枕を抱えてうつ伏せる。あまり行儀の良くない姿勢だが、どうせ誰も見ていない。綿と羽毛がたくさん詰まった枕を丸めて抱えてあごを乗せると、異様にしっくりとくる。
<大きさの目安はいかほどでしょう?>
「そうだな、まずは片手に乗るくらいの大きさ、重量はお前のぬいぐるみ程のものから試してみよう」
<では、私の本体はまだしばらく先ですね>
「そう……なるな……」
低くなる声に比例して、暗澹たる気持ちが蘇る。三年の時間を経ても冷え切らず、埋め火となったまま肺腑の奥へ未だに残る憤怒と悔しさ。
アルトバンデゥスの杖さえあれば、完全な形で杖が手元にあれば、あの領道に記された痕跡から誰が土砂崩れを起こしたのか、その記録を読み出すことができるのに。一番確実に犯人を割り出すことが叶うのに。相応の報復をくれてやることが。
――吐く息が重い。胸の内が悪くなりそうで思考を切り替える。今はその件について考える時ではない。
「……軽量で、役に立って、今のわたしが所持していても不自然でないものが望ましい」
<護符の類はいかがでしょう? お役立ちアイテムより、まずリリアーナ様の身の安全を強固なものにされるのが先決ではないかと>
「大きな宝石がついているものや、目立ちすぎるものは駄目だ。入っているのはそういう品ばかりだろう」
歴代魔王が自身の宝として収蔵しているのだから、当たり前と言えば当たり前の話だ。数千年の時をかけて蒐集されたこの世にふたつとない宝がひしめく異層の魔窟、半端な品を秘蔵しているわけがない。
アルトの言う通り、護身の効果に優れたものをひとつでも身につけていれば、寿命が尽きるまでの間そう簡単に害されることもないだろう。形状さえクリアすれば自分だけでなく、常にファラムンドへ装備させておきたいくらいだ。できることなら兄たちや他の身近な人々にも。
だが、そういった品は大抵ロクでもない形をしている。何を思ってあんなデザインにしたのだろう。作者の趣味か、それとも形状に何か意味があるのか。効果の程は確かでも、あんな呪いのアイテムにしか見えない物を家族が身につけてくれるとはとても思えない。
<では、薬品はいかがでしょう。軽量ですし、ヒト相手なら少量でも効果は絶大です>
「回復薬の類か……。あの時に霊薬が手元にあれば、カミロの足もちゃんと治せただろうに」
<あの眼鏡の足は元通りどころか、最近は筋肉量と骨密度が増してるんですけどね……>
「薬は候補に入れておこう。他は何か思いつかないか?」
<そうですね、様々な品ありましたから……軽くて小さいもの……>
アルトが思考に時間をかけるくらい、インベントリの中身は量も種類も膨大なものだ。一度きちんと目録を作ろうとして、七割程で切り上げたことがある。城の裏手に引き出したものを広げてアルトバンデゥスに鑑定させていたのだのが、残り三割は大きすぎてその場へ出すことができなかった。なぜあんなものをしまっておこうと考えたのか、収納へ入れた当時の魔王に訊いてみたい。
懐かしい、あれは臣下を増やし、城の内外が多少落ち着いてきた頃のことだ。余裕が生まれたからこそ、そんな必要外の作業に時間を割こうなんて考えることができた。
結局、かかりきりで六日間ほど続けてリスト化できたのは三十二万点余り。細かな字で記していった巻き紙は計五箱分。あれもヒトの領で使われている紙を使い、紐で綴じたらもっと容量が小さく済んだだろう。ぜひ過去の自分へ教えてやりたいものだ。
「前に収蔵品の目録を作ったな。箱へ詰めたまま放り込んだが、あの中から一巻だけなんて取り出せると思うか?」
<あぁ、やりましたねリスト化、なつかしゅうございますー。大まかな品目で箱を分けておりましたから、明確にイメージができれば引き出せるのではないかと>
「では、まず最初にそれで試してみよう。引き出すのはインベントリの目録二箱目、二列目の右端に収めた巻紙だ」
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